続・報告 南の影と東の動き ――歯車は静かに噛み合う
帝国暦三二〇年 初夏
ヴェリア帝国 帝都アウレシア
皇城《アルケイオン宮》
玉座の間。
静寂は、先ほどよりもわずかに重い。
アシュレイは、姿勢を正した。
「もう一点、報告があります」
皇帝アルディウスは何も言わない。
それが許可だった。
「帝国南部――」
「《サルヴァディア王国》の動きが不穏です」
空気が、わずかに締まる。
「国境付近での兵の集結」
「交易路の制限」
「情報の遮断」
「意図は不明」
「ですが、偶発ではありません」
皇帝の指が、肘掛けに触れる。
「続けろ」
「現時点では、直接衝突には至っていません」
わずかに間を置く。
「長くは保たない可能性があります」
短い沈黙。
「東はどうだ」
問いが落ちる。
アシュレイは頷く。
「東ロンバルディア帝国騎士団領」
「現総騎士団長が、近く引退の意向を示しています」
「……早いな」
「はい」
「ですが、それ以上に後継問題が重要です。」
視線がわずかに強まる。
一歩、踏み込む。
「現在、騎士団領は十騎士団を保有」
「帝国内地方領域最大規模です」
「そして、さらなる拡大を視野に入れています」
皇帝の視線が細まる。
「拡大か」
「はい」
「南の情勢を踏まえれば合理的です」
「防衛だけでなく、抑止としても機能する」
理は通っている。
「それを束ねる者は」
皇帝の声が落ちる。
「誰だ」
アシュレイは、わずかに息を整える。
「複数候補がいます」
「第八騎士団長、グラナート卿」
「第九騎士団長、アルヴェルト・ヴァイス」
「そして――」
「レオンハルト・ヴァイス」
重い沈黙。
「二十歳の総騎士団長か、若いな」
「はい」
「しかし、現場掌握力は突出しています」
「三騎士団の兼任も破綻していない」
「……本人はどうだ」
「望んでいません」
正直に答える。
「しかし適性はあります」
静かに言い切る。
再び長い沈黙。
「見ておけ」
皇帝が言う。
「動きがあれば、報告しろ」
「承知しました」
アシュレイは一礼し、玉座の間を後にする。
帝国暦三二〇年 初夏
皇城《アルケイオン宮》 回廊
足音が、静かに響く。
やがて止まる。
「……動き出したな」
その時。
「兄さん」
柔らかな声、イリスだった。
柱の影に、静かに立っている。
「聞いていたのか」
「少しだけ」
アシュレイは苦笑する。
「相変わらずだな」
「お前の話もした」
イリスの目が、わずかに動く。
「……私の?」
「ああ、騎士団領に行かないかとな」
沈黙。
イリスは答えない。
「決定ではない」
「ただの提案だ」
「だが、悪くないと思っている」
「理由は?」
「お前に合っている」
「それと」
わずかに笑う。
「あいつは面白い」
イリスは目を伏せる。
静かに考える。
「……行く」
小さく、だが確かに。
アシュレイは目を細める。
「そうか、急がなくていい」
「どうせ流れは来る」
歩き出すその背を、アシュレイは見送る。
(レオンハルト・ヴァイス)
名前だけが、静かに残る。
まだ会っていない。
だが確実に、交わる。
帝国は動いている南で東で。
そしてそれは、まだ誰も気づかない形で、
確実に繋がっていく。




