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休日のヴァイス邸 ― 屋敷が少しだけ持たない日

 ――帝国暦三二〇年・春終盤

 帝都郊外 ヴァイス邸――


 休日のヴァイス邸。本来であれば、静寂と品格に包まれている。

 ――はずだった。


「なぜ今になって騒いでいる」

 低い声が、大広間に落ちる。

 アルヴェルト・ヴァイス。

 腕を組み、動かない。


「……お嬢様が騎士団に」

「知っている」

「正式任官で……」

「それも知っている」


 使用人たちが言葉を詰まらせる。

 主は、すでにすべて把握している。

「では、なぜ……」

「なぜ騒ぐ」

 逆に問われる。

 誰も答えられない。


「リリア様をお呼びです」

 執事が告げる。

 空気が、少しだけ変わる。


(……今さらですか)

 セレナが静かに目を細める。


「呼べ」

 短い指示。


 ――やがて。

 リリアが現れる。

 騎士団の制服姿。

 この屋敷の空気とは、明らかに異質。

 だが、その立ち姿は揺れない。

「参りました」

 一礼。


「来い」

 それだけ言う。

 リリアは頷き、奥へ進む。

 主の部屋。

 扉が閉まり、静寂が戻る。


「……やはり本当か」

 低い声。

「はい」

 リリアは視線を逸らさない。

「志願いたしました」


「辞めろ」

 即断。

「騎士団は遊びではない」


「わかっております」

「ならばなぜ行く」

 リリアは一度だけ息を整える。

「私は、お兄さまのそばにいたいのです」


 セレナの目が、ほんの少しだけ細くなる。

 だが、アルヴェルトは表情を変えない。

「理由は?」


「支えたいからです」

 迷いのない答え。

「今のお兄さまは、多くのものを背負っています」

「だから、少しでも近くで支えたいのです」


 アルヴェルトはしばらく黙る。

 そして。

「合理性はあるな」

 それだけ言った。

 セレナが、わずかに目を伏せる。

(……あなたも、あの子に似ていますね)

 たぶん、わかっていない。

 父も、レオンも。


「家はどうする」

「問題ありません」

「使用人の配置も、業務も」

「ええ」

 セレナの声が重なる。

 いつの間にか、そこに立っている。

「問題ございません」

 穏やかに言う。

「すべて確認済みです」


 アルヴェルトが振り向く。

「お前……」

「リリアは、自分で決めたのです」

 セレナは静かに微笑む。

「それを止める理由はございません」


「危険だ」

「騎士団の秩序が崩れる」

「崩れません」

 静かに断言する。


「屋敷も、生活も」

「何一つ問題は起きておりません」

 逃げ道を塞ぐ言葉。


「あなた」

 一歩近づく。

「子どもが、自分の意思で歩こうとしているのです」

「それを止める理由は、本当に必要でしょうか」

 長い沈黙。

 リリアは何も言わない。

 ただ、立っている。

 その姿が、すべてを語っている。


 やがて。

「……好きにしろ」

 短く、落ちる。

「但し」

 顔を上げる。

「結果は出せ」


「はい」

 迷いなく頷く。

 わずかに、微笑む。



 ――そして現在。

 大広間。

「ですが奥様!!」

 執事が半泣きで訴える。

「屋敷としては問題が山積みでございます!!」

「どんな問題ですか」

 セレナは落ち着いている。


「騎士団側から“人の出入りが増えている”と苦情が!!」

「……何をしているのですか」

「団員の方々が理由をつけてお嬢様に……」

「やめさせなさい」


「さらに贈り物が」

「いりません」

「すでに山積みです」

「処分しなさい」

「できません!!」

 完全に崩壊している。


「で、本人は今どうしてるんだ」

 レオンが入ってくる。

 遅れて登場。


「旦那様と話し合われたあと、自室に」

「そうか」

 それだけ。

 執事が叫ぶ。

「屋敷が持ちません!!」

「知らん」


 アルヴェルトが一瞬だけ視線を向ける。

 だが何も言わない。

「若様!」

 使用人が駆け込む。

「騎士団の方々が門の外に……」


「何しに来た」

「“姫様のご様子を一目”と……」

 短い沈黙。

「帰せ」

 アルヴェルトが言う。


「すでに増えております」

「なぜ増える」

「屋敷の情報が回っているようで……」

(だろうな)

 レオンは小さく息を吐く。

「クリスに任せるか」


「クリス様がすでに対応中とのことです」

「……あいつ死ぬな」

 事実だった。

 セレナは窓の外を見る。

 遠く、騎士団の方向。


(あの子の居場所は、もうあちらにある)

「……大丈夫よ」

 小さく呟く。

 屋敷の中は、いまだ騒がしい。

 だが、その中心にいたはずの少女は、もうここにはいない。


 守られる側ではなく。

 自分の足で立つ場所へ。

 静かに、確実に踏み出していた。


 ――なお。

 門の外では。

「押すな! 並べ!!」

「順番だ!! 順番守れ!!」

 クリスが叫んでいた。

 たぶん、まだ終わらない。

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