表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/126

天使と副官

 ――帝国暦三二〇年・春終盤

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 第七騎士団 本庁 執務室――


「姫様、こちらお願いできますか!」

「はい、承知しました」

 リリアが書類を受け取る。

 動きは静かで、丁寧。

 ペンが走る。迷いがない。


「……早い」

 騎士が思わず漏らす。

「内容も正確です」

 柔らかく微笑む。

 それだけで、騎士の表情がほどける。

「い、いえ!こちらこそ!」


(……なんだこれ)

 少し離れた場所で、クリスが腕を組む。

(完全に落ちてるだろ)

 また別の騎士が来る。

「姫様!」


「どうされましたか?」

 自然に目線を合わせる。

 ほんの少しだけ、身をかがめる。

 距離が近い。


(相変わらず、近いって)

 クリスの眉が動く。

「その、こちらも……」

「はい」

 書類を受け取る。


 ――そのとき。

「お怪我はありませんか?」

「え?」

「手、少し切れていらっしゃいます」

 騎士の手に触れる。

 布を取り出し、そっと巻く。

 迷いがない。

「これで大丈夫です」

 にこりと笑う。

 長い沈黙


「……あ、ありがとうございます!」

 顔が赤い。

(……天使か?)

 クリスは思う。

 いや、思いたくない。

(あれはダメだろ)

 無自覚すぎる。


 一方で。

「副官殿、こちらの確認を」

 エリシアの前に騎士が立つ。

「提出は規定通りですか」

「はい!」

「不備があります」

 即答。


「……え?」

「ここ」

 指摘する。

「形式が違います」

「再提出してください」


 正しい。

 完璧に正しい。

「……失礼しました」

 騎士は少し肩を落として去る。


(……差だよな)

 クリスがぼそっと言う。

「なんだ」

 レオンが聞く。

「同じ仕事してんのにさ」

 視線を向ける。


 リリアは囲まれている。  

 エリシアは、距離がある。

「片方は姫様、片方は近寄りがたい」


 レオンは少しだけ考える。

「まあ、そうだな」

 あっさり認める。

「エリシアは硬いからな」

「硬すぎる」

 クリスが即答する。


「……聞こえています」

 後ろから声。

 一瞬、空気が止まる。

「事実ですので問題ありません」

 エリシアは淡々と答える。


(……問題あるだろ)

 クリスは思う。

 エリシアは視線を落とす。

(……比べられている)

 わかっている。

 リリアの方が好かれる。

 当然だ。

 柔らかくて優しくて。

(私は)

 正しいだけ。

 それでは足りない。

 わかっている。


「エリシアさん」

 リリアが近づく。

「こちら、ありがとうございました」

 先ほどの書類を差し出す。

「助かりました」

 変わらない笑顔。

 誰に対しても同じ。


 エリシアは一瞬、言葉に詰まる。

「……それが仕事です」

 短く返す。

 それでも。

「はい」

 リリアは嬉しそうに頷く。

(……敵わない)

 エリシアは思う。


 正しさでは届かないものがある。

 リリアの周りには光がある。

 人を安心させる、やわらかな光。

「姫様!」

 また呼ばれる。

「はい」

 変わらない笑顔で応じる。


 その様子を見て。

 クリスは小さくため息をつく。

(……ほんと、守りたくなるよな)

 そして。

(だから困るんだよ)

 視線を横に流す。


 エリシアは変わらず立っている。

 姿勢も、判断も、何も変わらない。

 ただ――

 少しだけ、近づきにくいまま。


 執務室には、書類をめくる音が続く。

 仕事は、滞りなく進んでいる。

 ――誰一人、困ってはいない。

 少なくとも、業務上は。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ