第2章96話 聞けば仕事になる
――帝国暦三二二年・夏初め ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府――
■総騎士団副長府庁舎・第一執務室
朝。
首席書記官のイリスは、レオンの机の上へ大量の封書を置いた。
一通や二通ではない。
二十通ほどの封書が積み重なり、机の一角を埋めている。
レオンは、手元の書類から顔を上げた。
封書の山を見る。
イリスを見る。
もう一度、封書を見る。
「これは何だ」
「総長府から送られてきました」
「それは見れば分かる」
封書の上には、総長府からの通知書も載せられていた。
「なぜ、これだけの手紙が俺の机にある」
「すべて、ロングから届いた礼状と感謝状です」
「誰に対するものだ」
「青剣隊です」
レオンは止まった。
「青剣隊?」
「はい」
「何だ、それは」
「私も、今回初めて知りました」
イリスは通知書を開いた。
「ロングで見回りや清掃、住民への奉仕活動を行っている集団だそうです」
「騎士なのか」
「ヴァイス騎士団に所属する騎士と騎士団員たちで構成されていると見られています」
レオンは眉を寄せた。
「そんな隊を作った覚えはないぞ」
「ヴァイス騎士団の正式な部隊ではないようです」
「では、誰が作った」
「そこまでは分かっていません」
「誰が率いている」
「それも不明です」
通知書には、青剣隊という名称と、確認された活動内容だけが記されていた。
誰が組織し、誰が指示を出しているのかは書かれていない。
「それで、なぜ二十通も感謝状が届く」
「公園を造ったためです」
「公園?」
「ロングに新しい公園を整備し、そのまま町へ寄贈したそうです」
レオンはしばらく動かなかった。
「見回りと清掃をしていた集団ではなかったのか」
「活動が広がったようです」
「広がりすぎだろう」
イリスは封書を一通ずつ確認した。
「差出人は、ロングの町長、教育長、商店街協会長、町内会長、教会長。そのほかにも、町の関係者がいます」
「全部、公園の礼か」
「公園だけではありません。清掃や見回り、子供たちへの支援など、感謝している内容はそれぞれ違います」
「一通にまとめて返せないのか」
「差出人も内容も異なりますので」
「そうか」
レオンは目を閉じた。
その日に処理する仕事は、すでに決めていた。
午前中に総長府から届いた書類を確認する。
その後、人員配置に関する決裁を済ませる。
昼までに対外文書を終わらせ、午後は各所から上がってきた報告書へ目を通す。
順番まで決まっていた。
そこへ、二十通ほどの返礼が突然加わった。
「総長は、これを全部こちらへ送ってきたのか」
「青剣隊がヴァイス騎士団の者たちである以上、返礼は副長府が行うべきだとのことです」
「こちらは何もしていないぞ」
「青剣隊の者たちがしています」
「その青剣隊を、俺は知らない」
「ですが、ヴァイス騎士団の者たちです」
知らないところで配下の者たちが町へ貢献し、その結果として感謝状が届いた。
返事を出さないわけにはいかなかった。
「返礼を書く」
「お願いします」
イリスは最初の感謝状をレオンの前へ置いた。
レオンはペンを持つ。
「何も知らない相手へ、何と書けばいい」
「まずは、公園を喜んでいただけたことへのお礼からでよろしいかと」
「俺は公園を見ていない」
「それでも、寄贈した側の長ですので」
「知らないうちに寄贈されていた側の長だ」
「役職上は同じです」
レオンは諦めて、返礼を書き始めた。
リリアは別の用事で席を外しており、第一執務室にはいなかった。
その時、扉が開いた。
「レオン、少しいいか」
書類を抱えたクリスが入ってくる。
クリスは、レオンの机に積み上がった封書を見た。
「何だ、その山は」
「感謝状だ」
「お前に?」
「違う」
レオンは即座に否定した。
「青剣隊に届いたものです」
イリスが説明する。
「ああ、青剣隊か」
クリスはすぐに頷いた。
イリスが顔を上げる。
「クリスさんは、ご存じなのですか?」
「一応な。前にシエラから聞いた」
「そうなのですか」
「ああ」
レオンはクリスを見る。
知っていたらしい。
だが、クリスはそれ以上何も言わなかった。
レオンも聞かなかった。
「ロングで見回りや清掃を行い、最近では公園を整備して、町へ寄贈したそうです」
イリスが続けた。
「ああ」
クリスは頷いた。
「あの公園なら見たこともある」
レオンは顔を上げた。
「どうだった」
「なかなかいいところだったぞ」
クリスは少し考え、言い直した。
「いや、かなり立派な公園だったな。広さもあったし、子供たちも喜んでいた。あれを町へ寄贈したのも大したものだ」
「そうか」
レオンは返礼へ視線を戻した。
「いい公園だったのか」
「ああ」
レオンは返礼文へ一文を書き加えた。
実際に公園を見た者からも、素晴らしい場所であったと聞いている。
これで、少なくとも嘘にはならない。
レオンはもう一度、クリスを見る。
青剣隊の名前を聞いても驚かなかった。
公園についても知っていた。
どうやら、自分より事情を知っているらしい。
だが。
クリスは何も言わない。
なら、今は聞かなくていい。
レオンは返礼へ視線を戻した。
「それから、もう一つ通知があります」
イリスが通知書の続きを読んだ。
「最近、青き輝きの会という集まりも活動しているそうです」
レオンのペンが止まった。
「今度は何だ」
「青き輝きの会です」
「名前は聞こえた。何をする会だ」
「一般の町民による集まりで、青剣隊と共に、清掃や奉仕活動を行っているそうです」
「騎士ではないのか」
「はい」
「青剣隊が、町民まで集めたのか?」
「関係はあるようですが、詳しい経緯は不明です」
レオンはクリスを見る。
クリスは黙っていた。
青き輝きの会という名前を聞いても。
やはり、驚いた様子はない。
「…………」
何か知っている。
レオンには、そう見えた。
目が合う。
クリスもレオンを見る。
それだけだった。
レオンは何も尋ねず、再び返礼を書き始めた。
イリスが二人を見比べている。
「それにしても、これだけ返事を書くのは大変だな」
クリスが机の上の封書を見た。
「今日の予定になかった仕事だ」
レオンは不機嫌そうに答えた。
「これのせいで、午前中の仕事が遅れる」
「なら、俺が持ってきた分は一度持ち帰る」
クリスは、自分が抱えていた書類を持ち直した。
「こっちで確認できるところまで済ませてから、もう一度持ってくる。お前が見るところを減らしておけば、少しは楽になるだろう」
レオンは顔を上げた。
「助かる」
「じゃあ、そうする」
クリスは青剣隊についても、青き輝きの会についても、それ以上何も言わなかった。
そのまま第一執務室を出ていく。
◇◇◇
扉が閉まった。
レオンは二通目の返礼へ手を伸ばした。
「副長」
イリスが呼んだ。
「何だ」
「クリスさんは、青剣隊をご存じでした」
「ああ」
「公園についても詳しくご存じのようでした」
「ああ」
「青き輝きの会についても、何かご存じのように見えました」
「ああ」
「なぜ、お尋ねにならなかったのですか?」
レオンは、返礼を書きながら答えた。
「聞けば仕事になるからだ」
イリスが少し黙る。
「尋ねるだけではありませんか?」
「尋ねて終わりなら聞く」
レオンはペンを動かし続ける。
「だが、知れば確認しなければならない。確認すれば、その後を決めなければならない」
「それは、そうですが」
「今のところ届いているのは、苦情ではなく感謝状だ」
レオンは封書の山を指した。
「今日やる仕事も、もう決まっている。わざわざ新しい仕事を増やす必要はない」
イリスはまだ少し納得しきれていないような顔をしていた。
「クリスさんも、それを分かっていたのですか?」
「ああ」
レオンは何でもないことのように答えた。
「あいつは、俺が仕事を増やされるのを嫌うと知っている」
「だから、知っていても話さなかった?」
「聞けば言う。だが、俺が聞かなければ自分からは言わない」
レオンは、次の返礼へ手を伸ばした。
「クリスは、俺のことをよく分かっている」
「…………」
イリスは黙った。
少し前のクリスとのやり取りを思い返しているようにも見える。
「あと何通だ」
レオンが尋ねると、イリスは封書を数え直した。
「まだ十通以上あります」
レオンは深く息を吐いた。
「総長め」
「青剣隊については、調べないのですね」
「調べない」
「青き輝きの会も?」
「同じだ」
「問題があれば、クリスが必ず言ってくれる。言わないということは、今は必要ないのだろう」
レオンは嫌そうに次の封書を開いた。
結局。
その日、レオンに増えたのは。
二十通ほどの返礼だけだった。




