第2章95話 感謝されすぎている
――帝国暦三二二年・春終わり ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総庁――
■総庁・総長室
「青剣隊のことは分かったか」
執務机に座るグラナート・グランフェルトは、総長室へ入ってきたマクニッサへ尋ねた。
青剣隊について調べるよう命じてから、すでにしばらく経っている。
「一つだけ、はっきりしたことがあります」
「一つだけ?」
「青剣隊は、ヴァイス騎士団に所属する騎士と騎士団員たちによって構成されているようです」
「やはり、レオンハルトのところの者たちか」
「はい」
マクニッサは少し間を置いた。
「総長。もしかすると、親衛隊と何か関係があるのではないでしょうか」
「親衛隊?」
「はい。親衛隊にも、ヴァイス騎士団所属の騎士たちがいます」
グラナートは一瞬考えたが、すぐに首を振った。
「いや、それはないだろう」
「そうでしょうか」
「親衛隊とは、本来は護衛対象を守るための軍事組織だろう」
「はい」
「まして、あれはレオンハルトの妹の親衛隊だ」
グラナートは眉を寄せた。
「なぜ、その親衛隊が守るべき対象から離れ、ロングの町を清掃し、治安維持に協力する。何の関係がある」
「それは……分かりません」
「護衛をするための組織が、公園を造る理由がないだろう」
「確かに、本来の役割から考えればそうですが」
「青剣隊と親衛隊に何らかの繋がりがある可能性まで否定はしない。だが、同じ組織だと考えるには活動内容が違いすぎる」
「承知しました」
グラナートは腕を組んだ。
「それで、誰が参加している」
「そこまでは分かっていません」
「指揮している者は」
「分かっていません」
「活動資金は?」
「不明です」
「目的は」
「それも分かっていません」
グラナートの眉間に皺が寄った。
「所属しか分かっていないではないか」
「申し訳ありません」
「では、お前が持っているものは何だ」
マクニッサは、両腕に抱えていた大量の封書を執務机へ置いた。
「青剣隊に対する礼状と感謝状です」
一通や二通ではない。
机の上に、小さな山ができた。
「ロングの町長だけではありません。町内会長、商店街協会長、教育長、教会長からも届いています」
「なぜ、そこまで増えた」
「青剣隊が、ロングの町へ新しい公園を造ったためです」
「…………」
グラナートは、しばらく何も言わなかった。
「公園?」
「はい」
「見回りや清掃をしていた集団ではなかったのか」
「以前は、そのように報告されていました」
「いつから公園まで造るようになった」
「分かりません」
「何のためだ」
「それも分かりません」
グラナートは、一番上に置かれた封書を手に取った。
ロングの町長から届いたものだった。
青剣隊は、町の中に子供たちが安心して遊べる公園を整備したらしい。休憩用の長椅子や住民が利用できる広場まで用意し、完成後は自分たちのものにはせず、そのままロングの町へ寄贈していた。
町長は総長府に対し、青剣隊へ感謝の言葉を伝えてほしいと求めている。
「奴らは、一体何を目指しているんだ」
「分かりません」
ほかの封書にも目を通した。
教育長からは、子供たちのための場所が増えたことへの感謝。
商店街協会長からは、公園へ人が集まり、周辺の店にもよい影響が出ているという礼状。
町内会長からは、公園完成後も青剣隊が清掃や整備を続けているという報告。
教会長からは、住民のために働く姿勢を称える言葉。
どれにも、感謝しか書かれていなかった。
「なぜ、正体も目的も分からない集団が、町中から感謝されるほど活動を広げている」
「それについては、まだ調査中です」
「調査中と言い続けているだけではないか」
「強引に調べることができませんので」
「なぜだ」
「理由は三つあります」
マクニッサは姿勢を正した。
「一つ目は、レオンハルト総騎士団副長閣下本人が命じて組織した集団ではないと見られることです。以前、青剣隊が問題を起こしていない限りは、しばらく見守るという話になっていました」
「ああ」
それはグラナート自身も認めていた。
正体は分からなくても、町の見回りや清掃をしているだけなら、急いで取り締まる必要はない。
そう考えた結果、気づけば公園まで造っていた。
「二つ目は、副長府の独立性です。総騎士団副長府とヴァイス騎士団には、総長府から大きな裁量が認められています」
グラナートの表情が、わずかに険しくなった。
副長府の運営をレオンへ任せるため。
ヴァルドが総長だった頃から、レオンの裁量は少しずつ広げられてきた。
そしてグラナートも総長就任後、その体制を認めている。
総長府が細かな判断へ口を出さず、レオンが自分の責任で副長府とヴァイス騎士団を動かせるようにしてきたのである。
「総長府が、明確な問題も起こしていないヴァイス騎士団の者たちへ直接接触し、参加者、指揮者、資金源まで問いただせば、ただの確認では済みません」
「副長府の内部へ、総長府が踏み込んだと受け取られるか」
「はい」
副長府の内部で起きたことは、まずレオンが判断する。
その仕組みを引き継ぎ、認めているのはグラナート自身だった。
今になって、その裁量が調査の壁になっている。
「レオンハルトに任せすぎたか」
「総長は、副長府を任せるために、その体制を認められました」
「それが今は邪魔をしているではないか」
マクニッサは答えなかった。
「三つ目は、ロングの町からの評価です」
マクニッサは、机の上の封書を見る。
「町長だけでなく、町内会長、商店街協会長、教育長、教会長まで青剣隊へ感謝しています。その状況で強引に調べれば、町へ貢献している者たちを総長府が疑っていると受け取られかねません」
「つまり、悪いことをしていないから調べにくい」
「その通りです」
「町のために働けば働くほど、こちらは手を出しにくくなり、評判まで良くなる」
「はい」
グラナートは額へ手を当てた。
「面倒な集団だ」
「ですが、町からは感謝されています」
「それが一番面倒なのだ」
悪事を働いているのなら、正式に調査できる。
軍令へ違反しているのなら、責任者を呼び出せる。
しかし青剣隊は町を清掃し、見回りをし、公園まで造って住民から感謝されている。
強引に動けば、総長府の方が悪者になりかねない。
「青剣隊がヴァイス騎士団の者たちだと分かったところまではよい。それ以上は、外側から調べるしかないということか」
「はい」
「それから、最近になって別の集団も活動を始めています」
グラナートが嫌そうに顔を上げた。
「まだ増えるのか」
「青き輝きの会という集団です」
「そいつらも、ヴァイス騎士団の者か?」
「いいえ。確認できた範囲では、一般の町民たちです」
「町民?」
「はい。青剣隊と一緒に、清掃や奉仕活動を行っています」
「青剣隊が町民まで集めたのか」
「関係があることは間違いありません。ただし、誰が会を作ったのか、何を目的としているのかまでは分かっていません」
「一つ目も調べ終わっていないのに、二つ目まで出てきたのか」
「申し訳ありません」
「そいつらも評判はいいのか」
「はい」
「…………」
騎士による青剣隊。
一般町民による青き輝きの会。
どちらも目的は分からないのに、町のために働き、感謝されている。
「このまま総長府だけで調べ続けても、時間がかかると思われます」
「では、どうする」
「オリオン社から情報を買ってはいかがでしょうか」
グラナートの顔に、明らかな嫌悪が浮かんだ。
「オリオン社か」
「はい」
「あそこは高いぞ」
「承知しています」
「それだけではない。こちらが青剣隊について情報を求めれば、総長府がヴァイス騎士団内部の情報を十分に掴めていないことまで知られる」
「はい」
「奴らは、こちらが何を知らないかまで情報として扱うぞ」
「その可能性は高いと思われます」
「それでも頼めと言うのか」
「はい」
マクニッサは迷わなかった。
「総長府の情報収集能力を疑われることより、総長が騎士団領内で活動している集団について何も知らないままの方が問題です」
「…………」
グラナートは苦々しげに黙り込んだ。
参加者も、指揮者も、資金源も分からない。
さらに一般町民による青き輝きの会まで加わっている。
今は善行しかしていないからこそ、正面から動くことも難しい。
「オリオン社には、帝国内でも一、二を争う情報収集能力がある」
「はい」
「それを認めているからこそ、頼みたくなかった」
「承知しています」
「だが、仕方がない。オリオン社と話をつけろ」
「よろしいのですか」
「総長である私が、領内で何が動いているのか知らない方が問題だ。ただし、向こうの言い値をそのまま受けるな。こちらがどこまで掴んでいるかも、必要以上に話すな」
「承知しました」
マクニッサは一礼した。
「それと」
「はい」
「その礼状と感謝状は、すべて副長府へ送れ」
マクニッサは、机の上に積まれた封書を見た。
「すべてですか?」
「ああ。町長から届いたものも、町内会長、商店街協会長、教育長、教会長から届いたものも、全部だ」
「総長府では保管しないのですか?」
「青剣隊がヴァイス騎士団の者たちなら、感謝されるべきなのはレオンハルトだろう」
「総騎士団副長閣下本人は、何もしていないと思われますが」
「こちらも何もしていない」
グラナートは、積み上がった封書を見て、わずかに口元を歪めた。
「それに、これだけの礼状を一度に送りつければ、レオンハルトも少しは気にするはずだ」
「自分の配下が、知らないうちに公園まで造っていると分かりますからね」
「ああ」
「青き輝きの会についても知らせますか?」
「当然だ」
グラナートは即座に答えた。
「自分のところの者たちが公園を造り、町中から感謝され、一般の町民まで一緒に動き始めている。それを知れば、レオンハルトも放ってはおけないだろう」
「少し、嫌がらせにも見えますが」
「少しではない」
グラナートは迷うことなく認めた。
「こちらだけが苦労して調べる必要はない。自分の配下のことなのだから、レオンハルトにも十分苦労してもらう」
「承知しました」
「一通も残すな。すべてまとめて送れ」
「はい」
マクニッサは、大量の礼状と感謝状を抱え上げた。
「では、オリオン社との交渉と、副長府への送付を進めます」
「ああ」
マクニッサが総長室を出ていくと、グラナートは閉じた扉を見つめた。
青剣隊は、公園まで造って町から感謝されている。
青き輝きの会という町民の集まりまで動き始めた。
それなのに、誰が何のために動かしているのか分からない。
だからオリオン社へ情報を求め、同時に大量の感謝状をレオンハルトへ送りつける。
「自分の配下のことだ」
グラナートは小さく呟いた。
「あいつにも、必死になってもらおう」




