第2章94話 公園の休日
――帝国暦三二二年・春終わり ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領――
■LWSS記念公園
その日。
クリスは一人で町を歩いていた。
特に急ぎの用があるわけでもない。
休みの日にまで騎士団へ顔を出す気もなく、適当に町を歩いていたところで、以前見たLWSS記念公園の近くまで来た。
「…………」
何となく中を見る。
何人かが掃除をしていた。
落ち葉を集めている者。
道の端を掃いている者。
植え込みの周囲を整えている者。
町の人間だけではない。
「……あれ?」
クリスは足を止めた。
よく見ると、見覚えのある顔がいくつか混じっている。
騎士団の人間だった。
制服ではない者もいるが、間違いない。
「何やってるんだ、あいつら」
さらに視線を動かして。
「…………」
クリスはもう一度止まった。
リリアがいた。
淡い色の私服姿。
白い肌に、少しブラウンの混じった長い金髪。
その髪を、いつもの青いリボンでまとめている。
そのリリアが。
普通に箒を持っていた。
「……リリア?」
公園の端を掃いている。
近くには、リリアと一緒に来ていた者たちもいた。
さらに少し離れたところでは、二人の親衛隊員がリリアの様子を見守っている。
誰かに命令しているわけではない。
リリア自身も一緒になって掃除をしていた。
「何してるんだ……」
クリスはしばらく、その様子を眺めた。
やがて掃除が一段落したらしい。
「皆さん、ご苦労様でした」
リリアが笑顔で声をかける。
一緒に来ていた者の一人が、持っていた籠を開いた。
中には、小さな焼き菓子がいくつも入っていた。
「よかったら、どうぞ」
「ありがとうございます、リリア様」
「ありがとうございます!」
一緒に掃除をしていた者たちへ、一つずつ渡していく。
その様子を少し離れたところから見ていた子供がいた。
焼き菓子をじっと見ている。
リリアが気づいた。
「食べる?」
子供が目を輝かせた。
「いいの?」
「もちろん」
リリアが一つ渡す。
「ありがとう!」
子供は嬉しそうに受け取った。
そのまま近くにいた別の子供も寄ってくる。
「私もいい?」
「はい。どうぞ」
リリアは笑いながら渡していった。
「…………」
クリスはその光景を見ていた。
そこで。
公園の中に、見覚えのある騎士を見つけた。
顔見知りだった。
クリスは公園の入口近くまで歩いていった。
「おい」
声をかける。
騎士がこちらを振り返った。
「あれ、クリス大隊長」
「ちょっといいか?」
「はい」
騎士が近くまでやってくる。
「やっぱり騎士団の奴だったか」
「はい」
クリスはLWSS記念公園を見る。
「いつもこういうことしてるのか?」
「この公園の清掃ですか?」
「ああ」
「毎週やってますよ」
「毎週?」
「はい」
騎士は普通に答えた。
「休みの者とか、町の人たちとか、都合のつく者で集まってます」
「へえ……」
クリスはもう一度、公園を見る。
「リリアも毎回来てるのか?」
「毎回ではありませんけど、よく来てくださいますよ」
「そうなのか?」
「はい」
騎士は少し嬉しそうに言った。
「来られた時は、何かしら差し入れも持ってきてくださいます」
「差し入れ?」
「今日の焼き菓子もそうです」
「リリアが用意したのか?」
「一緒に来られた方たちと用意してくださったそうです」
「…………」
クリスは少し意外そうな顔をした。
「何でまた、そこまで」
「ああ、それなら」
騎士が答える。
「副長閣下が、休みの日までずっと頑張っているからだそうですよ」
「レオン?」
「はい」
クリスの顔が止まった。
「お兄様が休みの日まで頑張っているので、自分も何かしたい、とおっしゃっていたそうです」
「…………」
クリスは公園の向こうを見る。
レオン。
休みの日まで仕事をする。
リリア。
休みの日に町へ来て掃除をする。
「…………」
しばらく考える。
「兄妹で仕事するの好きなのか……?」
「何がです?」
「いや、何でもない」
「非常に興味深いお話ですね」
「うわっ!」
真横から声がした。
クリスが勢いよく振り返る。
シエラが立っていた。
「シエラ!?」
「はい」
「いつからいた!?」
「最初からです」
「最初から?」
「クリスさんの後をつけて――」
シエラが一度止まった。
「たまたま同じ道を歩いていました」
「今、言い直しただろ」
「気のせいです」
「絶対違うだろ」
クリスは嫌そうな顔をした。
シエラは気にした様子もなく、公園を見る。
「それで、こういう活動は毎週されているのですか?」
「そうみたいだぞ」
クリスは先ほどの騎士を見る。
「他にも何かやってるのか?」
「ありますよ」
「例えば?」
「町を見回っている方たちへの差し入れとか」
「治安維持の?」
「はい。衛兵や見回りをしている方たちですね」
「そこにもリリアが?」
「時々ですけどね」
騎士が笑う。
「皆、ありがたがってますよ」
「そうなのか」
「そりゃそうですよ。わざわざ来てくださるんですから」
「…………」
「リリア様が来るのを楽しみにしている者も結構いますよ」
「そこまでか?」
「はい」
クリスは再びリリアを見る。
リリアは子供たちに囲まれていた。
白い肌に、柔らかな笑顔。
長い金髪をまとめる青いリボンが、春の風に小さく揺れている。
「そんなに急いで食べなくても大丈夫ですよ」
焼き菓子を頬張る子供に、リリアが笑いかける。
「まだありますから」
「ほんと?」
「はい」
その隣では、一緒に来ていた者が籠を持っている。
リリアはそこから焼き菓子を取り、今度は掃除をしていた年配の男へ渡した。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。いつもありがとうございます、リリア様」
「私は少し手伝っただけですよ」
「それでもありがたいですよ」
「…………」
リリアは少し困ったように笑った。
その周りでも。
掃除を終えた者たちが笑っている。
子供たちも楽しそうに話しかけている。
リリアも一人一人に答えていた。
「…………」
クリスの口元が。
ほんの少し緩んだ。
「…………」
その横で。
シエラがクリスを見た。
「今の顔」
「何だよ」
「また少し、リリアさんに惚れましたね」
「惚れてない」
「そうですか?」
「たまたま目に入ったから、見てただけだ」
「そうですよね」
シエラはすぐに頷いた。
「私がいますものね」
「そっちも違う」
「クリスさん」
「じゃあな」
クリスは歩き出した。
「あ、待ってください」
足を速める。
「クリスさん」
「ついてくるな」
「同じ方向です」
「嘘つけ」
「たまたまです」
「お前、それで全部押し通す気か!」
クリスは逃げるように歩いていく。
その後ろを。
シエラが何事もなかったようについていった。




