表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/214

第3話 騎士団領という場所

――帝国暦三二〇年・春初め 東ロンバルディア帝国騎士団領――


 庭を抜け、石畳の道へ出る。


 夜の街は、静かだった。


 東ロンバルディア帝国騎士団領。


 帝国の中でも、少しだけ異質な場所だ。


 ここには、貴族がいない。正確に言えば、血筋だけで土地を支配する者はいないことになっている。


 税も、治安も、戦力の配分も、人事も。騎士団と、その代表たちの合議によって決まる。


 もちろん、完全に綺麗な仕組みではない。


 派閥もある。

 古い家の影響もある。

 実績の差もある。


 それでも、この土地はうまく回っていた。


 夜でも街灯は安定している。巡回の騎士たちは、静かに街を歩いている。酒場からは笑い声が漏れ、パン屋の明かりもまだ消えていない。


 人の生活が、ここにはちゃんとある。


「団長」


 すれ違った騎士が敬礼した。


「ご苦労」


 レオンは自然に返す。


 それもまた、この場所では当たり前だった。騎士は支配者ではない。


 土地を守る代わりに、領民の税で生きている。守る側であり、仕組みの一部。


 この騎士団領には、十の騎士団がある。


 総兵力は、およそ五万。


 ただし、それは正式な騎士だけの数ではない。


 正式騎士。

 準騎士。

 見習い騎士。


 従卒。

 歩兵。

 弓兵。


 衛兵。

 書記官や、雑務を担う者たち。


 騎士団と呼ばれていても、その中身は、騎士だけで成り立つ集団ではない。


 戦う者がいて。

 支える者がいて。


 記録する者がいて。

 街を守る者がいる。


 そのすべてを合わせて、十騎士団の兵力は五万に届く。その中で、騎兵として扱われる者は全体の二割ほど。


 およそ一万。


 そこには正式な騎士だけでなく、準騎士や見習い騎士も含まれる。従卒や歩兵は、騎士に従い、部隊を支える側だ。だから、騎士団に属している者すべてが、騎士として扱われるわけではない。


 この国で正式な騎士になるのは、簡単ではない。


 剣を振れるだけでは足りない。

 馬に乗れるだけでも足りない。


 任務を果たし、規律を守り、試験を通り、推薦を受ける。


 騎士資格を得て、ようやく一人前。


 ロンバルディアでは、そう見なされる。


(……やはり厳しい国だよな)


 レオンは、夜の通りを見ながら思う。


 騎士団領において、騎士とは、貴族のように血筋で高い身分を得た者ではない。


 強さでその席に立つ者だ。


 国を守っているのは自分たちだ。


 この土地の秩序を支えているのは騎士の力だ。そういう自負が、ロンバルディアの騎士たちには深く染みついている。


 ロンバルディアの騎士といえば、帝国でも知られていた。


 強い。

 誇り高い。

 規律に厳しい。


 そして、扱いづらい。

 身分を笠に着る貴族とは違う。


 だが、実力で国を守っているという自負が強すぎる分、別の意味で面倒でもある。


 誇りが高く、譲らない。自分たちのやり方に強い確信を持っている。騎士としての矜持を傷つけられることを、何より嫌う。


 だから帝都の者たちからは、融通が利かない者と見られることも多い。


 それでも、この土地の者たちは騎士に憧れる。少年たちは、いつか騎士団の制服を着ることを夢見る。


 剣を握り、訓練場に立ち、騎士資格を得ることを目指す。


 それは男だけではない。

 少女の中にも、騎士を目指す者はいる。


 数は多くない。

 簡単な道でもない。


 けれど、騎士になりたいと願う者は確かにいろ。


 エリシアも、その一人だった。もっとも、彼女の場合は父の影響も大きかったのだろう。


 グラナート・グランフェルト。


 騎士として、指揮官として、厳格に生きる男。あの父の背中を見て育てば、騎士というものを特別に思わない方が難しい。


 エリシアが騎士であることに誇りを持ち、規律を重んじ、迷わず前へ進もうとするのも、たぶんこの土地と父の両方が作ったものなのだろう。


(まあ、本人は当然だと思ってるんだろうけどな)


 レオンは小さく息を吐いた。


 この街の者たちは、騎士団を信頼している。騎士団が街を守り、街が騎士団を支える。


 理想的な仕組み。

 そう言っていいのだろう。


 実際、この土地は帝国の中でも安定している。


 治安は良く、物資も回り、街には活気がある。騎士団が強いから、外からの脅威にも耐えられる。


 多分、正しい場所なのだ。

 正しいからこそ。


(逃げ場がない)


 間違っていれば、離れる理由になる。

 腐っていれば、嫌う理由になる。


 どうしようもない場所なら、捨てる言い訳にもなる。


 けれど、ここは違う。


 騎士たちは誇りを持っている。

 街の者たちは騎士団を信じている。


 仕組みは、多少の歪みを抱えながらも、ちゃんと動いている。だから、そこから外れたいと思う自分の方が、どこか間違っているように思えてしまう。


 レオンは足を止めた。


 視線の先には、第七騎士団本庁がある。


 巨大な建物だった。

 第七騎士団を束ねる中心。


 今は、そこに自分の席がある。


 いずれ指揮するのではない。

 もう、自分が指揮している。


(……冗談じゃない)


 小さく息が漏れた。


 史上最年少の団長。

 ヴァイス家の嫡子。

 騎士団領でも指折りの実力者。


 そう見られている。


 たぶん、間違いではない。


 剣も振れる。

 判断もできる。

 書類も処理できる。


 任された仕事は、結局こなしてしまう。


 だから余計に、逃げにくい。


「……似合わないな、騎士団長とか」


 自分で呟いて、小さく笑った。新任団長がそんなことを考えているなんて、誰も思わないだろう。


 背後で足音がした。


「こんなところにいらしたのですね」


 エリシアだった。


 夜の街に出ても、姿勢は崩れない。

 声も、いつも通り整っている。


「仕事は終わったのか」


「一段落です」


 嘘だな、と思った。


 だが、指摘はしなかった。どうせ指摘しても、彼女は仕事に戻るだけだ。


「団長」


「なんだ」


「ここは、良い土地です」


 まっすぐな声だった。

 迷いがない。


「そうだな」


 否定はできなかった。


 エリシアは、少しだけ街を見た。


 巡回する騎士。

 灯りの残る店。


 夜風に揺れる騎士団領の旗。


「だからこそ」


 一瞬、言葉が止まる。


 それから、いつもの整った声に戻った。


「守る価値があります」


 レオンは、すぐには答えなかった。


 ああ。


 やっぱり、この場所は正しい。

 エリシアも、その正しさの中にいる。


 騎士であることを誇りに思い。

 この土地を守ることを当然だと思い。


 そのために自分の隣に立っている。


 父から受け継いだもの。

 この土地から与えられたもの。


 そして、彼女自身が選んだもの。

 それらが、今のエリシアを作っている。


 だから。


(俺だけ、やっぱりズレてるみたいだな)


 風が吹いた。


 整いすぎた街を、静かに撫でていく。


 石畳も。

 灯りも。


 騎士たちの足音も。


 すべてが、正しい場所に収まっているように見えた。


 その中で、レオンだけが。


 ほんの少し、居場所を間違えている気がしていた。風が静かに撫でていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ