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整った日常と、整わない気持ち(改稿)

 ――帝国暦三二〇年・春初め

 東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁――


 仮眠室での朝は、大体同じ時間に始まる。


「レオン団長、起きてください」

 扉越しの声。

「……起きてる」

 嘘だ。

「三分後に再度来ます」

 容赦がない。

 足音が遠ざかる。


(あと三分か……)

 短いようで長い。

 長いようで短い。

 結局、起きて食堂へ行く。

 朝食はすでに用意されている。


「遅いです」

 エリシアが淡々と言う。

「三分だろ」

「三分です」

 席につく。

 パンを手に取る。


(こういうのは、嫌いじゃない)

 静かな朝。

 決まった流れ。

 何も考えなくていい時間。

「本日の予定ですが」

「聞きたくない」

「聞いてください」


 逃げ場がない。

 書類がめくられる。

 声は一定で、正確。

 乱れがない。

 その横顔を、ぼんやり見る。


(変わらないな)

 昔からずっと、こうだ。

 真っ直ぐで、迷わない。

(……慣れてるので、楽なんだけど)

 任せておけばいいし、間違えない。

 それはきっと、恵まれている。

 ――だからこそ。

 少しだけ、息が詰まる。


(やっと、ここまで来た)

 エリシアは静かに思う。

 目の前の男は、何も変わっていないように見える。

 けれど、違う。

 ここに立っている、団長として。

(この人は、ここにいるべき人)

 そうなるように、積み上げてきた。

 自分は、その隣に立つ。

 それが当然。

 ――のはずだった。


「団長」

「なんだ」

「話を聞いていますか」

「聞いてる」

 嘘だとわかる。

 だが、追及しない。


(まだいい)

 今は、まだ。

 午前の訓練場。

 騎士たちが整列する。

「団長、指示を」


「任せた」

「……私に、ですか」

「うん」


「……承知しました」

 指示は的確。

 隊は滑らかに動く。

 誰も困らない。

 むしろ、整っている。


「さすが団長だな」

 声が上がる。

(違うんだけどな)

 レオンは空を見る。

 ただ、任せただけだ。

 でも結果は出る。

(こういうのが一番困る)

(……本当に、これでいい?)

 エリシアは横目で見る。

 何もしていないようで、全体を見ている。

 必要なところだけ、任せる。

 無駄がない、理想的。

 ――そう、評価される。


(……本当に?)

 一瞬の疑問。

 すぐに消す。

 この人は、間違えない。



 昼の執務室。

 書類が積まれる。

「これも」

「増えてないか」

「増えています」

「減らないのか」

「減らします」

 言い切る。


 実際、減る。

(すごいよな)

 素直に思う。

 自分一人では回らない。

(……シアがいなくなったら、困るな)


 ふと浮かぶ。

 仕事の話か。

 それだけか。

 自分でも、わからない。


(困ります)

 エリシアは内心で即答する。

 団長がいなくなる、という前提が成立しない。仕事ではない、もっと別の何か。

(いなくならない)

 そう決めている。

 ここにいる。

 ここに、いさせる。

 そのために、自分はいる。

(……それでいい)

 そう思う。

 彼もそう思っているはずだ。



 夕方。

「本日分は以上です」

「本当か?」

「はい」

 珍しく、余裕がある。

「……なあ」

「なんでしょう」

「たまには休むか」

 少しだけ軽い声。


 エリシアが目を瞬かせる。

「休む、とは」

「何もしない」

「非効率です」

「だろうな」


 ほんのわずかの沈黙。

「……ですが」

「ん?」

「本日分は終了しておりますので」

「許可します。」

 そういう言い方だった。


「外に出ますか」

「いいな」

 並んで歩く。

 昔と同じ距離。

 変わらないようで、

 ほんの少しだけ違う距離。


(このままでいい)

 エリシアは思う。

 隣にいる、それでいい。

(いずれは)

 その先も、疑っていない。


(……このままでいいのか)

 レオンは思う。

 隣にいる。

 安心できる。

 正しい。

 ――少しだけ、息が詰まる。


 夕暮れの街。

 整った騎士団領。

 正しい場所。

 正しい関係。

 正しい未来。

 その中で、ほんのわずかに。

 何かが、噛み合っていない。


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