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就任式と、誰にも見えないもの

 ――帝国暦三二〇年・春初め

 東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・式場――


 歓声が、やけに遠い。


 名を呼ばれる。


 レオンハルト・ヴァイス。


 拍手が起きる。


 帝国騎士団領、第七騎士団団長。


 史上最年少二十歳。


(……帰りたい)

 壇上の中央で、彼はそう思っていた。

 マントが重い。

 視線が重い。

 期待というものは、

 どうしてこんなにも質量があるのか。


「誓いを」

 差し出された剣を受け取る。


 手は震えない。

 声も揺れない。

 それが、いちばん厄介だった。


「――帝国とロンバルディア領に忠誠を」


 言葉は、完璧だった。

 ただ、その意味だけがどこにもなかった。

 式典が終わる。


 ようやく息ができる――

 そう思った瞬間。


「団長、次の予定です」

 逃がさない声。

「……今、終わったばかりだろ」

「はい。ですので、次です」

 副官エリシアは、いつも通り整っている。


 隙がない。

 乱れがない。

 そして――迷いもない。


「なあ」

「なんでしょう」

「今からでも辞退ってできる?」

「できません」


(知ってた)

 書類が差し出される。

 そこに迷いはない。

 ――当然だ。

 彼女にとって、これは“あるべき形”だから。


(やっと、ここまで来た)

 エリシアは、内心で静かに息を吐く。

 長かった。

 幼い頃から見てきた背中。

 ようやく、届く位置に来た。

 彼は団長になるべき人間だ。

 そうなるように、育てられてきた。

 そして、自分はその隣にこれからは立つ。


(これでいい)

 そう思う。

 ――思っているはずだった。


「団長?」

「聞いてる」

「では、進めます」

 声に出せば、迷いは消える。

 だから彼女は、迷わない。


 夕方。

「いいよなあ、レオンは」

 部下で親友のクリスが、笑いながら肩を叩く。


「何が」

「全部だよ。団長で、家柄もよくて将来も約束されてて」

「……そう見えるか?」

「見えるだろ普通」

 軽い笑い。


(軽いな)

 少しだけ、羨ましいと思った。

「じゃあ、そういうことにしといてくれ」

「なんだそれ」

 誰も深くは聞かない。

 それでいい。


 屋敷に戻る。

 灯りがやさしい。

「お帰りなさいませ、お兄さま」

 妹リリアが出迎える。

 柔らかな声。

 整った所作。

 完璧な“妹”。


「……ただいま」

「本日もお疲れさまでした」

「疲れた」

「存じております」

 くすりと笑う。

 その笑みは、誰よりもやわらかい。


(やっぱり、疲れてる)

 一目でわかる。

 昔からそうだ。

 この人は、自分のことを隠せない。

 だから――

(守ってあげたくなる)


「お兄さま、婚約のお話ですが」

「断った」

「そうですか」

 一度だけ、目を伏せる。

 そして、微笑む。


「ありがとうございます」

「何が」

「大事にしてくださっているから」

「違う」 


(それでもいい)

 リリアは思う。

 この人は優しい。

 だから断る。

 そう思っていれば、ちゃんと立っていられる。

「違わなくて構いません」

 やわらかく言った。



 夜の騎士庁

 執務の合間に、庭へ出る。

 静かだった。

(ここも、悪くはない)

 ふと、思う。

 すぐに否定したくなる。

 ここに留まる理由なんて、

 本当はひとつもないはずなのに。


「なあ」

 背後から声。

 振り向くと、クリス。

「顔、死んでるぞ」

「放っとけ」

「新団長様がそれでいいのか」

「よくない」


 笑われる。

「正直だな」

「取り繕う余裕がない」

「だろうな」

 

 並んで立つ。

 気を使わなくていい相手。

「なあ」

「なんだ」

「逃げたい」

「知ってる」

 また速答。


「どうすればいい」

「知らない」

 それも変わらない。


 風が抜ける。

「……でもさ」

「ん?」

「選べよ」

 その一言だけが、残る。


 庁舎の窓に灯りが揺れる。

 副官は、まだ書類を整理している。

 妹は、静かに明日の準備をしている。

 誰も間違っていない。

 誰も悪くない。

 だからこそ――

(逃げ場がない)

 空を見上げる。

 どこまでも続いている。


(……外は、どうなんだろうな)

 まだ知らない世界を、

 ほんの少しだけ想像した。


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