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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章92話 シエラの嫌いな人 

――帝国暦三二二年・春終盤 ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府――


■総騎士団副長府庁舎・第三執務室


 クリス・ラングレーは、再び第三執務室の扉を開けた。


 シエラは、まだ室内にいた。


 自分の席へ戻り、机の上の書類を整えている。


 扉が開く音を聞くと、シエラは顔を上げた。


「戻ってきたのですか?」


「ああ」


「先ほどは、まだ話の途中だったのですが」


「悪かった」


 クリスは素直に謝った。


 シエラが自分のことを好きらしい。


 どうやら、それは間違いなさそうだった。


 だが、だからといって、その告白を受け入れるわけにはいかない。


 自分が望んでいるのは、婚約をそのまま進めることではない。


 婚約から解放されることだ。


 シエラに別の好きな男がいるのなら、その男と結ばれてもらえばいい。


 そう考えていた。


 しかし、その好きな男が自分では、この方法は使えない。


 なら、別の方法を考えるしかなかった。


「続きは、また今度聞く」


「今度ですか?」


「ああ。それより、まだ聞きたいことがある」


「先ほどの話よりも大切なことですか?」


「かなり重要だ」


 クリスはシエラの前まで歩いていく。


 そして、再びシエラの両手を取った。


 シエラの頬が赤くなる。


「クリスさん」


「頼む」


「何でしょうか」


「今度こそ、正直に教えてくれ」


「先ほども正直に答えていました」


「それは分かってる」


「では、何を聞きたいのですか?」


「お前が嫌いな男のことだ」


「嫌いな男性ですか?」


「ああ」


 シエラは、両手を握られたままクリスを見つめた。


「どうして、今度は嫌いな男性について知りたいのですか?」


「必要なんだ」


「何に必要なのですか?」


「それは、まだ言えない」


「そうですか」


 シエラは少し困ったような表情を浮かべた。


「とりあえず、手を離して座ってください」


「分かった」


 クリスはシエラの手を放した。


 二人は先ほどと同じように、机を挟んで向かい合う。


 好きな男を探すことはできなかった。


 ならば今度は、自分がシエラの嫌いな男になればいい。


 シエラ自身がクリスとの婚約を嫌がり、解消したいと言えばいいのだ。


「仮の話だ」


 クリスは懐から小さな手帳を取り出した。


「お前は、どんな男が嫌いなんだ?」


「嫌いな男性の特徴を答えればよいのですか?」


「ああ」


「また記録するのですか?」


「大切な情報だからな」


「そうですか」


 シエラは少し考えた。


「仕事ばかりしている方は、あまり好きではないかもしれません」


「仕事好きか」


 クリスは手帳へ書き込んだ。


「仕事をすること自体は、悪くありません」


「そうだな」


「ですが、仕事以外のことがまったく見えなくなる方は少し困ります」


「たとえば、レオンみたいな奴か?」


「ヴァイス副長は立派な方だと思います」


「だが、仕事にべったりだ」


「はい。あそこまで仕事だけになってしまうと、家族や周囲の方も心配すると思います」


「なるほど」


 仕事以外のことを考えない男。


 クリスは、その言葉の横へ線を引いた。


「ほかには?」


「意思疎通がまったくできない方も困ります」


「コミュニケーション能力がない男か」


「はい」


「なぜだ?」


「私の実家の仕事を考えると、人と話せない方は難しいと思います」


「オリオン社は、人と話す仕事も多いのか」


「情報を集めるにも、利用するにも、人とのやり取りは必要です」


「そうだな」


「無口なことが悪いわけではありません」


「ですが、必要な時にも何も話してくださらない方とは、一緒に仕事をするのが難しいです」


 クリスは手帳へ書き込む。


 仕事以外では、誰とも話さない。


「ほかには?」


「女性関係にだらしない方も、あまり好きではありません」


 クリスの手が止まった。


「女性好きは駄目なのか?」


「はい」


「多少、女性に慣れているくらいならいいだろ」


「程度によります」


「何人もの女性へ簡単に声をかける男は?」


「困ります」


「女性と食事へ行くのが好きな男は?」


「相手と回数によります」


「女性を見たら、とりあえず褒める男は?」


「信用できません」


「厳しいな」


「普通だと思います」


 クリスは手帳を見つめた。


 これまでの自分の行動は、すでにかなり条件へ近い気もする。


 それにもかかわらず、シエラは婚約を解消しようとしていない。


 現在よりも、さらに徹底する必要がありそうだった。


「では、女性嫌いならいいのか?」


「そういう意味ではありません」


「女性とまったく関わろうとしない男なら?」


「それも困ると思います」


「難しいな」


「普通に誠実な方でよいのですが」


「男が好きな男はどうだ?」


 シエラは少しだけ目を瞬かせた。


「恋愛対象が男性という意味ですか?」


「ああ」


「その方の気持ちを否定するつもりはありません」


「だが、お前とは合わない?」


「私とは、恋愛関係にはならないと思います」


「なるほど」


 クリスは手帳へ書き込んだ。


 男性を好きになる。


 これなら、シエラが婚約を続けることはできない。


「まだあるか?」


「そうですね」


 シエラは少し考える。


「書類仕事を何でも完璧にできる方も、少し困るかもしれません」


「書類仕事が得意な男が嫌いなのか?」


「嫌いというほどではありません」


「では、なぜ困る」


「私の役割がなくなってしまいますので」


 シエラは真面目な表情で答えた。


「調査した情報をまとめたり、報告書を作ったりすることは、私が得意としている仕事です」


「相手が何でも一人で完璧にできる方ですと、私が必要なくなってしまいます」


「なるほど」


「本当に嫌いという意味ではありませんよ」


「分かってる」


 クリスは手帳へ書き加えた。


 書類仕事を完璧にこなす。


 これで必要な情報は揃った。


「ありがとう、シエラ」


 クリスは手帳を閉じた。


「もうよいのですか?」


「ああ」


「何に使うのかは、教えてくださらないのですか?」


「まず、実践できるか確認してみる」


「実践?」


「第四大隊本部へ戻って考える」


 クリスは立ち上がった。


「すまない。また来る」


「クリスさん」


「何だ?」


「先ほどの話の続きは、いつ聞くのですか?」


「それは、また今度だ」


「また今度ですか」


「ああ」


 シエラは、わずかに肩を落とした。


「分かりました」


「では、行ってくる」


「どこへ行くのですか?」


「嫌われる準備だ」


「何ですか?」


「何でもない」


 クリスは第三執務室を出た。


 シエラは扉を見つめたまま、しばらく動かなかった。


「嫌われる準備とは、何でしょうか」


 誰もいない第三執務室に、シエラの声だけが残った。


***


 第三執務室を出たクリスが第四大隊本部の大隊長室へ戻ると、マルクが机の上で書類を整理していた。


「お帰りなさい、大隊長」


「ああ」


「確認事項は終わったのですか?」


「必要な情報は手に入った」


「それはよかったです」


 マルクは、少し疲れたような顔をしていた。


「どうした?」


「ノーラさんには困ったものです」


「何かあったのか?」


「先ほどから、今度食事へ連れていってくださいと何度も言われています」


「行ってやればいいだろ」


「簡単に約束できません」


「さっきも言ってたな」


「守れるか分からないことは、約束しないようにしていると説明したばかりです」


「その話を聞いたから、余計に約束させたくなったんじゃないか?」


「困ります」


 マルクは真剣だった。


 クリスは小さく笑った。


「大隊長?」


「何でもない」


「先ほどとは、ずいぶん表情が違いますね」


「今は希望があるからな」


「希望ですか?」


「ああ」


 クリスは自分の席へ座った。


 手帳を開き、シエラから聞いた内容を改めて確認する。


 一つ目。


 仕事ばかりして、周囲が見えなくなる男。


 二つ目。


 必要な時にも人と話さず、意思疎通のできない男。


 三つ目。


 女性関係にだらしない男。


 そして、シエラとは恋愛関係になれないほど、男性を好きな男。


 四つ目。


 書類仕事を何でも完璧にこなし、シエラの役割をなくす男。


「なるほど」


 クリスは腕を組んだ。


 つまり、今日から自分は、仕事しか考えない男になればいい。


 仕事以外では、誰とも話さない。


 女性関係については、これまで以上にだらしなく振る舞う。


 それだけで足りなければ、男性を好きになればいい。


 さらに、苦手な書類仕事を完璧にできるようにならなければならない。


 そうすれば、シエラは必ずクリスを嫌いになる。


 シエラの方から婚約を解消したいと言う。


 クリスが騎士の誓いを破ったことにはならない。


 次期社長になる必要もなくなる。


 すべて解決する。


「明日から、これでいく」


 クリスは決意した。


 マルクが顔を上げる。


「何がですか?」


「明日から、俺は別の人間になる」


「突然、どうしたのですか?」


「仕事以外の話はしない」


「はい?」


「書類仕事を完璧にする」


「それはよいことだと思います」


「男を好きになる」


 マルクの動きが止まった。


「何を仰っているのですか?」


「必要なことだ」


「何に必要なのですか?」


「俺の自由のためだ」


「まったく分かりません」


「分からなくていい」


 クリスは手帳を閉じた。


 明日から、自分はシエラの嫌いな男になる。


 それほど難しいことではない。


 特徴が分かっているのだから、それを一つずつ実行すればいいだけだ。


 そうすれば、婚約はすぐに解消される。


 クリスは本気で、そう考えていた。



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