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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章91話 クリスの探し人

――帝国暦三二二年・春終わり ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府――


■総騎士団副長府庁舎・第一執務室


 クリスは第一執務室の扉を開けた。


 室内は、妙に騒がしかった。


 リリアの周囲へ何人もの女性が集まっている。


 メリーとマリニーファも、リリアの話を聞いていた。


「それで、クリスさんがシエラさんの両手を取って……」


 リリアが赤い顔のまま話している。


「お前、何を話してるんだ」


 クリスが声をかけると、室内が一斉に静かになった。


 全員の視線がクリスへ向く。


「クリスさん」


 リリアの顔が、さらに赤くなった。


「もうお話は終わったのですか?」


「何の話だ」


「シエラさんの本当のお気持ちを聞いていたのではないのですか?」


「それは聞いた」


 第一執務室が小さくざわついた。


 クリスは嫌な予感を覚えた。


「違う。お前たちが考えているような話じゃない」


「両手を握っていたそうですね」


 メリーが静かに言った。


「それは勢いでだ」


「『お前のことが知りたい』とも仰ったそうですね」


 マリニーファも続ける。


「必要な確認だった」


「『本当の気持ちを教えてくれ』とも」


 クリスはリリアを見る。


「……そこまで話したのか」


「はい」


 リリアは素直に頷いた。


「とても大切なお話のようでしたので」


 クリスは額を押さえた。


 廊下でリリアに誤解された時、その場で否定しておけばよかったのだ。


 何も言わずにシエラと第三執務室へ入った時点で、自分にも原因はある。


 しかも、もうこれだけ広まっている。


 今さらリリアに何を言っても仕方がない。


「……まあ、もういい」


「よいのですか?」


「よくはないが、今さらだ」


 第一執務室は、すでに完全な噂の発生源になっている。


 クリスは小さく息を吐いた。


 今はそれより、シエラの好きな男を探す方が先だった。


 クリスは室内を見回した。


 レオンは少し離れた机で、騒ぎに加わらず書類を確認している。


 かなり忙しそうだった。


「レオン」


「今は忙しい」


 レオンは顔を上げずに答えた。


「少しだけ教えてくれ」


「後にしろ」


「重要なことなんだ」


「お前の重要なことは、だいたい俺には重要ではない」


「今回は本当に重要だ」


 レオンは仕方なく書類から顔を上げた。


「何だ」


「ここに、俺以外の大隊員は何人くらい来る?」


「大隊員?」


「ああ。第一執務室へよく来る奴だ」


「たまになら、お前以外の者も来る」


「誰だ」


「仕事でな」


「俺だって仕事で来ることはある」


「たまにはな」


「それで、誰だ」


 レオンは少し考えた。


「この前は、第七大隊長のアポロが来た」


「アポロか」


「あいつも、たまに来る」


「何の用で?」


 レオンは手元の書類へ視線を戻した。


「俺のところに来ることもあるが、あれはついでだろ」


「ついで?」


「ああ。第一執務室に来る目的は、たぶん別にある。そのついでに俺へ話しかけたり、用事を済ませたりしてるだけだ」


「そうなのか」


「そのくらい皆分かってる」


「なるほど」


 クリスは手帳を開いた。


「アポロは、人付き合いが得意か?」


「比較的得意だと思う」


「意思疎通の能力は高い?」


「低くはない」


「女性の扱いはどうだ」


「知らない」


「予想でいい」


「下手なんじゃないか」


「なぜだ」


「あまり話さないからな」


「なるほど」


 条件には、かなり合っている。


「剣の腕は?」


 レオンがわずかに眉を寄せた。


「お前も大隊長だろ。そのくらい知ってるだろ」


「まあ、知ってるけど」


「なら、いちいち聞くな。こっちは仕事中だ」


「分かったよ」


 クリスは少しだけレオンを見る。


 仕事が嫌いだとあれだけ言っているくせに、こういう時は妙に真面目に仕事をしている。


 本当に仕事が嫌いなのか、と少しだけ思った。


「情報収集は得意か?」


「それは本人に聞け」


「第一執務室には、よく来るんだな?」


「たまに来ると言った」


「毎日ではないのか」


「毎日ここへ来る理由がない」


「そうか」


 アポロは有力候補ではある。


 だが、最後の条件が少し違う。


「先ほどから、何を調べているのですか?」


 イリスが尋ねた。


「人を探してる」


「どのような人ですか?」


「俺以外で、第一執務室へ頻繁に来る青い制服の大隊員だ」


 イリスは少し考えた。


「いません」


「もう少し考えてくれ」


「考える必要がありません」


「本当に一人もいないのか?」


「存在しません」


 イリスははっきりと言った。


「第一執務室へ、ほとんど毎日のように用事がある大隊員などいるはずがありません」


「でも、実際に来てる奴がいるらしい」


「それは、あなたではないのですか?」


「俺以外だ」


「なぜ、あなたを除外するのですか?」


「俺が探してるからだ」


「意味が分かりません」


「ほかにいないのか?」


「唯一いるとすれば、クリス大隊長だけです」


 クリスは眉を寄せた。


「どういうことだ」


「こちらが聞きたいです」


 レオンが、クリスの持っている手帳を見る。


「その手帳には何が書いてある」


「探してる男の特徴だ」


「見せてみろ」


「何でだ」


「いいから見せろ」


 クリスは手帳をレオンへ渡した。


 レオンは書かれている内容を上から順に確認した。


「青い制服を着た大隊員」


「ああ」


「女性の扱いが下手」


「そこは俺とは違う」


「情報収集が得意」


「俺も得意だが、ほかにもいる」


「仕事熱心」


「まあ、俺も仕事はする」


「意思疎通が得意」


「そこも俺に近いな」


「剣の腕がある」


「大隊員だからな」


「オリオン社にとって役に立つ」


「俺は上級調査員候補だからな」


「第一執務室へ、ほとんど毎日のように来る」


 レオンは手帳から顔を上げた。


「お前だろ」


「違う」


「全部お前のことだ」


「女性の扱いが下手というところが違う」


「そこも合っている」


「俺は女性の扱いには慣れてる」


「そうは見えない」


「何でだよ」


 レオンは、リリアたちの方へ視線を向けた。


「本当に女性の扱いが上手いなら、あの騒ぎを止めてみろ」


 クリスも振り返った。


 リリア、メリー、マリニーファが、こちらを見ている。


 ほかの女性たちも、聞き耳を立てていた。


「簡単だ」


「そうか」


「見てろ」


 クリスは手帳をレオンから取り返すと、女性たちの方へ向かった。


「お前たち」


「クリスさん」


 リリアが柔らかく微笑んだ。


「シエラさんとは、どのようなお話をされていたのですか?」


「だから、お前たちが考えているような話じゃない」


「では、どのようなお話だったのですか?」


 メリーが尋ねる。


「シエラの好きな男について聞いてたんだ」


 その場が静かになった。


「シエラさんの好きな男性を、クリスさんが尋ねたのですか?」


 リリアが聞き返す。


「ああ」


「両手を握って?」


 マリニーファが続ける。


「そこは関係ない」


「本当の気持ちが知りたいと仰って?」


「必要だったんだ」


「それは、かなり大胆な聞き方ですね」


 メリーが静かに言った。


「嫌味を言ってるのか?」


「いいえ」


 メリーは穏やかに微笑んだ。


「シエラさんは、そういうところがお好きなのかもしれませんね」


「そういうところって、どういうところだ」


「少し問題があって、放っておけないところです」


 マリニーファが答えた。


「誰に問題があるんだ」


「クリスさんです」


「俺にはない」


「またそれですか」


 メリーが小さく息を吐いた。


「何がだ」


「ご自分では問題がないと思っていらっしゃるところです」


「実際にないからな」


「そういうところも含めて、シエラさんは放っておけないのではありませんか?」


「違う」


「でも、クリスさんとシエラさんは、とても仲がよいですよね」


 リリアは嬉しそうだった。


「今日も、とても真剣にシエラさんのお気持ちを聞いていましたし」


「だから違うと言ってるだろ」


「何が違うのですか?」


「それは……」


 クリスは答えようとした。


 だが、自分でも何をどう説明すればいいのか分からなかった。


 シエラに好きな男の特徴を聞いた。


 その男とシエラを結びつけ、婚約を解消してもらうためである。


 それをそのまま説明すれば、さらに話がこじれる。


「ほら」


 背後からレオンの声が聞こえた。


「止められていない」


 クリスは何も言えないまま、レオンの机へ戻った。


「もしかして」


「何だ」


「俺は、女性の扱いが下手なのか?」


「だから、そう言った」


「でも、今のは相手が悪かった」


「三人とも同じ反応だっただろ」


「偶然だ」


「そう思いたいなら、好きにしろ」


 レオンは再び手帳を手に取った。


「それより、この特徴は全部お前だ」


「俺以外の男の話だろ」


「なぜそう思う」


「シエラの好きな男について聞いたからだ」


「それなら、なおさらお前だろ」


 クリスは動きを止めた。


「何だと?」


「青い制服を着た大隊員」


 レオンは手帳を指で叩いた。


「情報収集が得意」


「仕事熱心」


「人付き合いも悪くない」


「剣の腕もある」


「オリオン社にとって役に立つ」


「第一執務室へ、ほとんど毎日のように来る」


「女性の扱いが下手」


「最後は違う」


「全部お前だ」


「……」


 クリスは、手帳へ視線を落とした。


 言われてみれば、確かに自分にも当てはまる。


 むしろ第一執務室へ毎日のように来る大隊員は、自分以外にいないらしい。


「もしかして」


 クリスはゆっくり顔を上げた。


「シエラは、俺のことが好きなのか?」


 第一執務室が静かになった。


 レオンは呆れたようにクリスを見る。


 イリスも、信じられないものを見るような目を向けていた。


「今さら、何を言っているのですか?」


 イリスが言った。


「今さら?」


「今まで気づいていなかったのですか?」


「シエラに騙された」


「騙されてはいないだろ」


 レオンが即座に否定した。


「では、何だったんだ」


「本人がお前に説明していたんじゃないのか」


「好きな男の特徴を聞いていた」


「それが、お前のことだったんだろ」


「でも、最後まで聞いてない」


 クリスは、第三執務室での会話を思い返した。


 シエラは最後に、まだ話が終わっていないと言っていた。


 その人は、と言いかけていた。


 クリスは、その途中で部屋を飛び出した。


「もしかして、あれは告白だったのか?」


「知らない」


 レオンは書類へ視線を戻した。


「本人に聞け」


「俺は告白の途中で飛び出してきたのか?」


「そうなるな」


「それでは、俺は不誠実な男になるんじゃないか?」


「すでにかなり不誠実に見える」


「まずいだろ」


「俺に言うな」


 クリスは頭を抱えた。


 シエラに好きな男がいると思った。


 その男を探し、二人を結びつければ、自分は婚約から解放されると思っていた。


 だが、その好きな男が自分なら、何も解決していない。


 それどころか、シエラの告白を途中で遮り、別の男を探しに行ったことになる。


「何だったんだ、これは」


 騙されたわけではない。


 シエラは最初から、クリスについて答えていた。


 勝手に別の男だと思い込み、勝手に飛び出してきたのはクリスである。


「もう一度、第三執務室へ行ってくる」


「そうしろ」


 レオンは顔も上げずに答えた。


「今度は最後まで話を聞け」


「ああ」


「途中で飛び出すな」


「分かってる」


 クリスは第一執務室の扉へ向かった。


「クリスさん」


 リリアが声をかける。


「今度こそ、シエラさんのお気持ちをきちんと聞いてあげてくださいね」


「……分かったよ」


「はい」


 リリアは嬉しそうに頷いた。


 柔らかな笑顔は消えていなかった。


 メリーとマリニーファも、何か言いたそうにクリスを見ている。


 クリスは、その視線から逃げるように第一執務室を出た。


 向かう先は、再び第三執務室。


 もうすぐ解放されるはずだった。


 ところが、逃げ道だと思っていたシエラの好きな男は、自分自身だった。


 それが本当に告白だったのか。


 それとも、まだ何か別の意味があるのか。


 クリス自身にも、もうよく分からない。


 ただ一つ分かるのは、もう一度シエラの話を聞かなければならないということだけだった。


 クリスは再び廊下を走り、再びシエラの待つ第三執務室へ向かった。



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