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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章84話 遊び人大隊

――帝国暦三二二年・春終わり ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領――


■ヴァイス騎士団・第四大隊本部


 対抗演習まで二週間。もう間もなくだった。


 第一大隊対第四大隊。


 ヴァイス騎士団最精鋭の第一大隊に、第四大隊が新しい戦い方で挑む。


 本来なら、今頃の第四大隊は対抗演習に向けて緊張していてもおかしくない。


 だが、今、第四大隊の面々の顔が暗い理由は、第一大隊ではなかった。


「…………」


「……何だよ、これ」


 何人もの騎士と兵士が、本部の掲示板の前に集まっていた。


 見ているのは、情報部が作成した一枚の印刷物だった。


 一番上には、大きな文字でこう書かれている。


『第一大隊対第四大隊 対抗演習』


 その下には、演習についての情報がまとめられていた。


『実施日時 二週間後 午後二時開始』


『参加大隊 第一大隊・第四大隊』


『演習内容 両大隊による対抗形式の演習』


『演習場所 中央演習場』


『視察予定 グランフェルト総長』


 そのほかにも、集合場所や当日の注意事項などが記されている。


 そこまでは、普通の対抗演習の告知だった。


 問題は、その下だった。


 対戦する二つの大隊について、簡単な紹介が載っている。


 第一大隊――精鋭大隊。


 第四大隊――遊び人大隊。


 しかも、そのさらに下には少し大きな文字で、こう書かれていた。


『クリス大隊長率いる遊び人大隊、精鋭第一大隊に挑む!』


「…………」


「遊び人大隊って何だよ」


 一人が言うと、隣にいた男も掲示物を睨んだ。


「ふざけてんのか?」


「というか、これじゃ俺たち全員、普段から遊んでるみたいじゃねえか」


「そう見えるよな」


「精鋭第一大隊に、遊び人大隊が挑むんだぞ」


「対抗演習の告知だよな、これ?」


「たぶんな」


「何でこんな書き方したんだよ」


「情報部に聞いてくれ」


 一人が、もう一度掲示物を見る。


「第一大隊は精鋭大隊」


「ああ」


「格好いいな」


「格好いい」


「で、俺たちは遊び人大隊」


「…………」


「やっぱりふざけてんだろ!」


 声が大きくなった。


「これ誰が作ったんだ?」


「情報部だろ。下に書いてある」


「普通に第一大隊、第四大隊でいいだろ!」


「しかも何だよ、この文章!」


 一人が下段を指差した。


『クリス大隊長率いる遊び人大隊、精鋭第一大隊に挑む!』


「向こうだけ格好よすぎるだろ!」


「精鋭第一大隊だからな」


「じゃあ俺たちも何か他になかったのか?」


「遊び人以外で?」


「ああ」


「…………」


「なかったのかよ!」


 不満が一気に噴き出した。


 そこへ、一人の騎士が掲示物の上の方を指す。


「お前ら、ここも見たか?」


「何だ?」


「総長が来る」


「…………」


「グランフェルト総長、視察予定」


 空気がさらに暗くなった。


「総長もこれ見るのか?」


「見るんじゃないか?」


「遊び人大隊って書いてあるやつを?」


「そうなるな」


「最悪だ……」


「しかも、これここだけじゃないぞ」


「何?」


「第一大隊から第十大隊まで、各大隊本部にも貼られてるはずだ」


「総騎士団副長府庁舎にもあったぞ」


「…………」


「最悪じゃねぇか!」


 もはや対抗演習そのものより、掲示物の方が大問題になっていた。


「俺、昨日第三大隊の知り合いに『今日も遊びか?』って言われたぞ」


「俺もだ。第五大隊の奴に『第四大隊は気楽でいいな』って笑われた」


「俺なんか『今度遊びに行く時は俺も誘ってくれ』って言われた」


「誰が遊びに行くんだよ!」


「俺たち普通に訓練してるだろ!」


「そう言ったよ。そしたら『遊び人大隊なのに?』だと」


「完全に遊んでると思われてるじゃねえか」


「私なんか昨日、知り合いに聞かれたわよ」


 女性騎士が低い声で言った。


「何て?」


「『第四大隊って、本当に遊んでばかりなの?』って」


「…………」


「私まで遊んでる女みたいじゃない!」


「それは嫌だな」


「嫌よ! 私、普通に仕事してるのよ!」


「知ってるよ! 俺たちもしてる!」


 全員が再び掲示物を見る。


 第四大隊――遊び人大隊。


「…………」


「これ、本当に何なんだよ……」


 その時、少し離れたところにいた一人の新人がおずおずと口を開いた。


「あの……ちょっといいですか?」


「何だ?」


 新人は掲示物を見た。


「自分、ここに来て一か月くらいですけど、毎日普通に訓練してますよね?」


「してる」


「今日もこのあと訓練ですよね?」


「そうだ」


「じゃあ、何で遊び人大隊なんですか?」


「…………」


「自分、この一か月、遊んだ覚えないんですけど」


「俺たちもない」


「ですよね」


 誰も答えを出せないまま、少し妙な沈黙が流れた。


 すると、今度は別の新人が、近くにいた古参へ尋ねた。


「あの、自分は大隊長の顔を見たことがありません。どうしてなんでしょうか?」


「…………」


 古参は少し黙った。


「お前、いつ第四大隊に入った?」


「一か月くらい前です」


 すると、先ほど話していた新人が振り向いた。


「……お前も?」


「はい」


「俺もだ」


「そうなんですか?」


「ああ。俺も大隊長の顔、見たことない」


 二人が顔を見合わせた。


「入隊式の時は?」


「代理の方が出ていました」


「俺もです」


「任命式は?」


「それも代理でした」


「俺もだ。どっちも代理の人だった」


「…………」


 今度は、周囲にいた者たちが黙った。


 一か月ほど前に配属された新人が二人。


 二人とも、入隊式でも任命式でも代理が出ており、クリス本人とは一度も会ったことがない。


 一人が古参へ尋ねた。


「大隊長って、普段からあまりいないんですか?」


「……まあ、いないことは多いな」


「そうなんですか」


 新人は少し考えた。


「じゃあ、大隊長がいつもいないのって、遊びに行ってるからなんですか?」


「…………」


 古参が新人を見る。


「何でそう思うんだ?」


「だって」


 新人は掲示板を指した。


「ここに遊び人大隊って書いてありますよね?」


「…………」


「それに、クリス大隊長率いる遊び人大隊って書いてありますし」


「だから、大隊長がいつもいないのも、そういうことなのかなって」


「…………」


「違うんですか?」


 誰もすぐには答えなかった。


 何人かが、ゆっくり掲示板へ目を向ける。


 第四大隊――遊び人大隊。


『クリス大隊長率いる遊び人大隊、精鋭第一大隊に挑む!』


 一人が低い声で言った。


「これ、初めて読んだ奴はそう思うよな」


「ああ……」


「新人ですらそう思ったんだぞ」


「ってことは、これ読んだ奴等、間違いなく俺たちのことまで遊び人だと思うじゃねえか」


「もう思われてるだろ。実際、他の大隊から言われてるんだから」


「…………」


 また沈黙が落ちた。


「でも、俺たちは毎日訓練してる」


「ああ」


「こいつらだって、一か月ずっと訓練してる」


「してます」


「自分もです」


 一人が大きく息を吐いた。


「やっぱり、原因は大隊長じゃねえか」


「……だな」


「俺たちが遊んでるからじゃない」


「あの人のせいだ」


「間違いない」


 今度は誰も迷わなかった。


 ただ、二人の新人だけは、まだよく分からない顔で周囲を見ていた。


「……大隊長が、どうかしたんですか?」


「お前らはまだ知らなくていい」


「そうなんですか?」


「ああ」


 二人は顔を見合わせたが、それ以上は聞かなかった。


 さっきまで情報部へ向いていた不満が、少しずつ別の方向へ変わっていった。


「俺たち、何も悪くなくないか?」


「悪くない」


「新人なんて、大隊長の顔すら見たことないんだぞ」


「なのに全員まとめて遊び人大隊かよ!」


「おかしいだろ!」


 それまで掲示物の書き方に文句を言っていた者たちも、次第にクリス本人への不満を口にし始めた。


「そもそも、大隊長がもう少し本部にいれば、こんな呼ばれ方されなかったんじゃないか?」


「それはあるな」


「第四大隊に入って一か月も経つのに、大隊長の顔を見たことがない奴までいるんだぞ」


「入隊式も任命式も代理だったんだろ?」


「ああ」


「それで遊び人大隊なんて書かれたら、そりゃ大隊長が遊び歩いてると思われるだろ」


「俺たちまで一緒にされるのが一番困るんだよ」


 これまでなら多少の不在はいつものこととして流されていたが、遊び人大隊という名前を付けられたことで、その不満まで一気に表へ出てきたらしい。


「というか、大隊長、今日いたか?」


「知らん。俺は見てない」


「またいないのか?」


「たぶん」


「対抗演習まで二週間だぞ?」


「知ってる」


「なのに大隊長は?」


「知らん」


「…………」


「やっぱり大隊長のせいじゃないか!」


「そうだよ!」


「何で俺たちまで巻き込まれるんだ!」


 その時、第四大隊本部の玄関が開いた。


「何を騒いでいるんですか?」


 入ってきたのは、第四大隊付き副官のマルク・レイノルズだった。


「あ、副官殿」


「ちょうどいいところに!」


「何ですか?」


「これです!」


 一人が掲示板を指した。


 マルクは掲示物を見る。


『第一大隊対第四大隊 対抗演習』


 第一大隊――精鋭大隊。


 第四大隊――遊び人大隊。


『クリス大隊長率いる遊び人大隊、精鋭第一大隊に挑む!』


「…………」


 マルクは、少しだけ目を閉じた。


「知ってるんですか?」


「知っています」


「何とかしてくださいよ!」


「何のことですか?」


「遊び人大隊です!」


「俺たち、他の大隊から笑われてるんですよ!」


「私もです」


「…………え?」


 マルクは小さく息を吐いた。


「昨日、知り合いの副官に『遊び人副官』と言われました」


「副官殿まで?」


「はい。クリス大隊長を探しているだけなのに、『今日も遊び人大隊長と遊びに行くのか』とも言われました」


「ひどいな」


「『楽な仕事でいいな』とも」


「副官殿、ずっと大隊長探してますもんね」


「はい。全然楽ではありません」


 いつもより少しだけ力の入った返事だった。


「ノーラさんも言われたらしいです」


「ノーラさんも?」


「『遊び人書記官』と呼ばれて、どうして自分まで、と嘆いていました」


「…………」


「ノーラさん、真面目なのに」


「はい」


「副官殿も真面目なのに」


「はい」


「俺たちも真面目なのに」


「その通りです」


 全員が同時に掲示板を見る。


 第四大隊――遊び人大隊。


「やっぱり、大隊長だけじゃないですか?」


「…………」


 マルクは何も言わなかった。


 否定もしなかった。


「副官殿」


「何ですか?」


「大隊長を何とかしてください」


「…………」


「訓練も対抗演習も仕事ですからやります。第一大隊と戦えと言われたら戦います」


「はい」


「総長が見に来るのも仕方ないです」


「はい」


「でも、遊び人大隊って呼ばれるのは嫌です」


「私もです」


「俺も」


「何とかしてください」


 マルクは困った顔をした。


「その要望を私に言われても困ります」


「副官殿しかいないんですよ!」


「大隊長に一番近いの、副官殿でしょう!」


「お願いします!」


「せめて遊び人大隊って呼ばれない程度に!」


「…………」


 マルクはしばらく黙ったあと、周囲を見回した。


「ところで、クリス大隊長を今日、朝から見た方はいますか?」


「…………」


 誰も手を上げなかった。


「……誰もいないんですか?」


「私は見てません」


「俺も」


「昨日も見てないです」


「俺、この一週間ほとんど見てないですよ」


「…………」


 マルクは目を閉じた。


 もう驚かなかった。


 大隊長室にいない。探してもいない。ようやく戻ってきたと思ったら、またいない。


 こういうことは、今に始まった話ではなかった。


 マルクは深く息を吐いた。


「分かりました」


「副官殿?」


「探してきます」


「大隊長を?」


「はい」


「言ってくれるんですか?」


「見つかったら、ですが」


「…………」


「そこからなんですか?」


「そこからです」


 マルクは踵を返した。


 第四大隊本部へ戻ってきたばかりだったが、またクリスを探さなければならない。


「副官殿!」


「お願いします!」


「遊び人大隊だけは何とかしてください!」


「分かりました!」


「大隊長に言ってください!」


「まず見つけてきます!」


 マルクは、先ほど入ってきたばかりの玄関から、そのまま第四大隊本部を出ていった。


 残された面々は、しばらくその背中を見送った。


「大変だな、副官殿」


「ああ」


 そして、もう一度掲示板を見る。


『第一大隊対第四大隊 対抗演習』


 第一大隊――精鋭大隊。


 第四大隊――遊び人大隊。


 その上には、グランフェルト総長の視察予定まで記されている。


「これ、総長にも遊び人大隊って覚えられるのか?」


「やめろ」


「副長府の外にも知られるかもしれないんだよな?」


「やめろって」


 誰もが、先ほどマルクの出ていった方を見る。


「……副官殿、何とかしてくれるかな」


「してもらわないと困る」


「まず大隊長を見つけてもらわないとな」


「そこからか……」


 少し不安は残ったが、それでもクリスのことはマルクに任せるしかない。


「今日は副官殿に任せよう」


「ああ」


「俺たちは俺たちで、やることやるか」


「そうだな」


 一人が掲示板を見る。


 第四大隊――遊び人大隊。


「これ以上、遊んでるって言われるのも嫌だしな」


「俺たちまで大隊長と一緒にされてたまるか」


「訓練に戻ろう」


「ああ」


「遊び人大隊じゃないってところくらい、対抗演習で見せてやろうぜ」


 その言葉に、何人かが頷いた。


 クリス大隊長のことは、副官に任せる。


 自分たちは、これ以上遊び人大隊などと呼ばれないよう仕事と訓練に励む。


 そう決めて、第四大隊の面々はそれぞれの持ち場へ戻っていった。

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