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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章81話 親友に任せた結果

――帝国暦三二二年・春終わり ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領――


■ヴァイス騎士団・第四大隊本部・大隊長室


 翌日。


 クリスのもとへ、オリオン社から一通の手紙が届いた。


 封は丁寧に閉じられている。だが、宛名はクリス個人ではなかった。


 総騎士団副長府関係者各位。


「…………」


 嫌な予感がした。


 昨日、クリスはレオンへすべて話した。レオンも事情を理解し、自分がオリオン社へ話をつけると約束してくれた。


 本来なら、何も心配する必要はないはずだった。


 それでも、妙に嫌な予感がする。


 クリスは封を開き、中に入っていた文書へ目を通した。


『このたび、総騎士団副長閣下より、クリス・ラングレー大隊長についてご連絡をいただきました』


 ここまではいい。


『クリス君は婚約したばかりで、まだ心の整理ができていないようです』


「…………」


 よくない。


 これはかなりよくない。


 クリスは続きを読んだ。


『そのため、周囲の皆様には、今しばらく二人を優しく見守っていただきますようお願い申し上げます』


 これは駄目だ、まるで話が違う。


『いずれ二人が落ち着きましたら、夫婦で暮らすための立派な住居をオリオン社から提供し、今まで以上に力を合わせて働いてもらう所存です』


「…………」


 完全におかしい。


『今後とも、二人の将来を温かく見守っていただければ幸いです』


 最後まで読み終えたクリスは、そのまましばらく動かなかった。


 昨日、自分は何を頼んだのか。


 婚約の噂を消してくれ。


 婚約そのものも解消してくれ


 変な噂を流させるな。


 シエラにも、自分の休みや自宅を勝手に調べるなと伝えてくれ。


 確かにそうレオンに頼んだ。


 それがどうして、婚約したばかりで心の整理がついていないことになり、二人を優しく見守ることになり、最後には夫婦で暮らす家まで用意されることになっているのか。


 クリスはもう一度、最初から文書を読んだ。


 自分が何か読み間違えているのかもしれない。間違いであることを心の中で祈りながら、読み直した。


 読み間違えていなかった。


「……そうか」


 それだけ言って、クリスは文書を机へ置いた。


 不思議なくらい静かな声だった。


 そこへ扉が開いた。


「クリス大隊長」


 入ってきたのはマルクだった。


「何だ」


「先ほどから、あちこちにオリオン社から同じような文書が届いているようです」


 クリスがゆっくり顔を上げる。


「どこにだ?」


「第一執務室や第二・第三執務室、各大隊本部、それから親衛隊室にも届いたと聞いています。私のところにも届きました」


「見せろ」


「はい」


 マルクから文書を受け取り、上から下まで目を通す。


 内容は同じだった。


 自分だけに届いたわけではない。


 本当に、同じ内容の文書があちこちへ送られている。


「…………」


 クリスは文書をマルクへ返した。


 そして、おもむろに腰へ下げていた剣へ手を伸ばした。


 すらりと鞘から剣を抜く。


「クリス大隊長?」


「何だ」


 クリスは落ち着いた声で返事をしながら、布を手に取り、剣身を拭き始めた。


 マルクはしばらくその様子を見ていたが、さすがに不安になった。


「突然、どうされたのですか?」


「見れば分かるだろ。手入れだ」


「それは分かりますが、なぜ今?」


「しばらくちゃんと見てなかったからな」


「そうですか……」


 クリスは黙々と剣を磨いている。


 先ほどまで婚約についての文書を読んでいた男が、突然剣を抜いて念入りに手入れを始めた。


 どう考えてもおかしい。


「クリス大隊長」


「何だ」


「その剣、今日は使う予定がおありで?」


「ああ」


 クリスは剣身を眺めた。


「あいつを、レオンを叩き切ってやる」


「やめてください!」


 マルクが即座にクリスの腕をつかんだ。


「何だよ。急に触るな」


「急なのはクリス大隊長です! 何を普通に剣の手入れをしてから副長閣下を斬りに行こうとしているんですか!」


「離せ。今回は止めるな」


「止めます!」


 さっきまでの静かな態度が嘘のように、クリスの表情が険しくなった。


「昨日、あいつが何て言ったと思う」


「存じません!」


「俺に任せておけ、だ!」


 クリスの声が一気に大きくなった。


 空いている手で机の上の文書を叩く。


「俺は全部話したんだぞ! 第七騎士団にいた頃から、シエラと知り合った経緯も、調査員になったことも、社長候補にされたことも、婚約の噂を否定できない理由も! 何に困ってて、どうしてほしいのかまで全部だ!」


「分かりましたから、まず剣を置いてください!」


「あいつは最後に『任せろ』って言ったんだ!」


 クリスは文書を指差した。


「だから任せた! 任せた結果がこれだ!」


「落ち着いてください!」


「これのどこを見て落ち着けっていうんだよ!」


 クリスは本気で怒っていた。


「俺は婚約そのものを解消してくれって頼んだんだぞ! これ以上変な噂も広げるなって言った! それが何で、夫婦で住む家まで用意されることになってんだよ!」


「…………」


「しかも、こんなものがあちこちに届いてるんだろ!」


 マルクも、それにはすぐ答えられなかった。


「もうどうにもならねえだろ、これ!」


「お気持ちは分かります。しかし、仮にも副長閣下はクリス大隊長の上官ですよ!」


「上官どころじゃねえ!」


「クリス大隊長!」


「もうこれは冗談で済む話じゃねえだろ!」


 クリスは剣を握ったまま立ち上がった。


「俺はあいつをずっと信用してたんだぞ! 何かあったら頼れるやつだと思ってた! 昨日だって、本気であいつに任せたんだ!」


「ですから剣を置いてください!」


「任せた結果がこれなんだよ!」


 クリスが扉へ向かおうとする。


 マルクは慌てて前へ回り込んだ。


「どけ、マルク」


「どきません」


「今回は本当にあいつが悪い」


「それでも剣は駄目です」


「叩き切ってやる」


「もっと駄目です!」


 クリスが一歩進み、マルクが押し返す。


 相手は第四大隊長だった。


 一人で止め続けるのは厳しい。


「ノーラさん!」


 マルクが扉の外へ向かって声を上げた。


「呼ぶな!」


「ノーラさん! すみません、来てください!」


「はい?」


 ほどなくして、第四大隊隊長付き書記官のノーラが顔を出した。


「どうされました?」


「止めるのを手伝ってください!」


「何をですか?」


「クリス大隊長です!」


「…………」


 ノーラは室内を見た。


 剣を握ったクリス。


 その腕を必死につかんでいるマルク。


 そして、机の上に置かれたオリオン社からの文書。


「……クリス大隊長?」


「ノーラ、どけ」


「どちらへ行かれるのですか?」


「レオンのところだ」


「何をしに行かれるんですか?」


「叩き切る」


「駄目です」


「今回はあいつが悪いんだ!」


「それでも駄目です」


 ノーラは少し困ったようにクリスを見た。


「クリス大隊長」


「何だ!」


「まだ心の整理ができていないのは分かっていますから、少し落ち着いてください」


「…………」


 クリスの動きが止まった。


 マルクも黙った。


「今は無理に何かしようとせず、少し落ち着かれた方がよいと思います」


「…………」


 クリスはノーラを見る。


 からかっている様子はなかった。


 本気で心配している。


「……ノーラ」


「はい」


「お前も、あれを読んだのか?」


「はい」


「…………」


 クリスは机の上の文書を見る。


 第一執務室。


 第二執務室。


 第三執務室。


 各大隊本部。


 親衛隊室。


 マルク。


 そして、ノーラ。


 本当に。


 もう、あちこちへ行き渡っている。


「…………」


 クリスは天井を仰いだ。


「くそおおおおおおっ!」


 第四大隊本部に、クリスの叫び声が響いた。

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