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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章76話 無事、任務完了 

――帝国暦三二二年・春中頃 ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 ロングの町――


■ロングの町・商店街


 劇場を出たあと、ようやく本来の目的だった買い物が始まった。


 マリニーファは装身具を扱う店へ入り、髪飾りや小さな装飾品が並ぶ棚を見て回った。


「これを買うのか?」


「まだ決めていません」


「決めてないのか」


「レオン様にも選んでいただきたいので」


 マリニーファは二つの髪飾りを手に取った。


 一つは、落ち着いた青色の髪飾りだった。


「こちらと、こちらでは、どちらがよいと思いますか?」


 レオンは二つを見る。


「こっちでいいんじゃないか」


 レオンが指したのは、青い方だった。


「どうしてですか?」


「どうして?」


「はい」


「理由までいるのか?」


「女性からどちらがよいか聞かれた時は、きちんと理由まで答えるものなんです」


「そんな決まりもあるのか?」


「あります」


 マリニーファは真顔で答えたあと、青い髪飾りを自分の髪につけてみせた。


「では、これならどうですか?」


 レオンは髪飾りをつけたマリニーファを改めて見る。


「……こっちの方が色が落ち着いてる」


「はい」


「それに、よく似合ってる」


「…………」


 マリニーファは一瞬だけ目を丸くした。


「本当ですか?」


「ああ」


「そうですか」


 マリニーファは、隠しきれないほど嬉しそうに微笑んだ。


「普段つけてるものにも合うんじゃないか」


「はい」


「他には?」


「まだあるのか?」


「できるだけ詳しく言った方がいいんですよ」


「分析まで必要なのか」


「はい」


「仕事みたいだな」


 レオンは少し嫌そうな顔をしたが、それでももう一度髪飾りを見る。


「形はこっちの方がすっきりしてる。それに、服を選ばず使えそうだ」


「なるほど」


「これでいいか?」


「はい」


 マリニーファは満足そうに頷いた。


「では、こちらにします」


「それで決めるのか?」


「レオン様が選んでくださったものですから」


「俺は答えただけだぞ」


「それに、この青が気に入りました」


「青?」


「はい。レオン様の色みたいですから」


「俺の色?」


「レオン様の瞳も、とても綺麗な青でしょう?」


「そういうものか?」


「私にとっては、そうなんです」


 マリニーファは青い髪飾りを大事そうに手にした。


「大切にします」


「話を聞け」


 次の店でも同じだった。


「こちらはどう思いますか?」


「悪くない」


「どこがですか?」


「また詳しく言うのか?」


「はい」


「……色はいい。形はさっきの方がいい」


「では、こちらは?」


「少し派手じゃないか?」


「私には似合いませんか?」


「そうは言ってない」


「では、どこが?」


「待て。質問が増えてないか?」


「女性に意見を求められたら、ちゃんと答えなければいけません」


 レオンは額へ手を当てた。


「買い物って大変なんだな」


「そうですか?」


「仕事より細かい」


「レオン様が普段、買い物に付き合わないからでは?」


「もっと簡単だと思ってた」


 それでもレオンは、聞かれるたびに真面目に答えた。


 マリニーファは、そのたびに嬉しそうに頷く。


 何軒か回り、ようやく買い物が終わった。


「これで終わりか?」


「はい」


「じゃあ帰るか」


 レオンが歩き出そうとすると、マリニーファが止めた。


「まだです」


「まだ何かあるのか?」


「買い物は終わりました」


「なら帰れるだろ」


「最後に食事があります」


「腹は減ってないぞ」


「食べなくても帰れる、という話ではありません」


「何でだ?」


「男女二人で出かけた時は、最後に食事をして締めるものなんです」


 レオンが止まった。


「それも礼儀か?」


「はい」


「……知らないことが多いな」


「レオン様は、こういう経験が少ないですから」


「まあな」


 レオンは少し考えた。


「食事までが一連の流れなのか?」


「そうです」


「芝居と買い物と食事で?」


「はい」


「長いな」


「普通ですよ」


「そうか」


 レオンは納得した。


■ロングの町・飲食店


 二人は近くの店へ入り、今度は普通に向かい合って座った。


 向かいに座ったマリニーファの髪には、先ほど自分が選んだ青い髪飾りが、そのままつけられていた。


 レオンは一度だけそこへ目を向ける。


 どうやら、本当に気に入ったらしい。


 料理が運ばれてくると、レオンはようやく少し気を抜いた。


「食事は普通なんだな」


「何がですか?」


「また細かい決まりがあるのかと思った」


 マリニーファは少し考えた。


「……一つだけあります」


「あるのか?」


 レオンの顔が曇った。


「何だ?」


「こちらでは、親しい相手と二人で食事をする時、最初の一口だけは相手に味を見てもらうんです」


「味を見てもらう?」


「はい。自分の料理の一口目を相手に食べてもらって、どうだったか感想を聞くんです」


「…………」


 レオンは料理を見る。


「自分で食べる前に?」


「そうです」


「何でだ?」


「昔からの、ちょっとしたしきたりみたいなものです」


「…………」


「もちろん、片方だけではありませんよ。お互いにします」


「俺の料理の一口目は、お前が食べるのか?」


「はい」


「変わった決まりだな」


「しきたりや決まりというものは、結構面倒なものですから」


「……そうだな」


 言われてみれば、その通りだった。


 騎士団にも、理由を知らなければ面倒にしか思えない規則や手順はいくらでもある。


 土地の暮らしにも、そういうものがあるのだろう。


「分かった」


 レオンは素直に納得した。


「では、レオン様。先にどうぞ」


「ああ」


 マリニーファが自分の料理を少しレオンの方へ寄せた。


 レオンはそこから一口分を取り、口へ運ぶ。


 マリニーファが期待するようにこちらを見ている。


「どうですか?」


「うまい」


「…………」


「何だ?」


「それだけですか?」


「また詳しく言うのか?」


「感想を聞くところまでが決まりですから」


「面倒だな」


 レオンはもう一度料理を見る。


「味は濃すぎない。香りも悪くない。食べやすいと思う」


「はい」


「これでいいか?」


「十分です」


 マリニーファは満足そうに笑った。


「では、今度はレオン様ですね」


「俺も本当にやるのか?」


「お互いにすると言ったでしょう?」


「そうだったな」


 レオンは自分の料理を少しマリニーファの方へ寄せた。


「どうぞ」


「いただきます」


 マリニーファは嬉しそうに、レオンの料理から一口分を取った。


「どうだ?」


「美味しいです」


「それだけか?」


「…………」


 マリニーファがレオンを見る。


「何だ?」


「いえ。レオン様から聞いてくださるとは思わなかったので」


「感想を聞くのが決まりなんだろ?」


「はい」


「なら聞くだろ」


 レオンにとっては、それだけのことだった。


 マリニーファは少し嬉しそうに笑う。


「味付けもちょうどいいですし、とても美味しいですよ」


「そうか」


「はい」


 それで決まりは終わったらしい。


 二人は普通に食事を続けた。


 向かいに座るマリニーファは、会ってからずっと機嫌がよかった。


 芝居を見ている時も、買い物をしている時も、何かあるたびに嬉しそうに笑っている。


 レオンには、そこまで楽しい理由はよく分からなかったが、本人が満足しているなら問題はないだろうと思った。


 やがて食事を終え、二人は店を出た。


 外はもう夕方になっている。


「今日は、本当にありがとうございました」


 マリニーファが頭を下げた。


「ああ」


「楽しかったです」


「それならよかった」


 レオンは少し考えた。


「俺も勉強になった」


「勉強、ですか?」


「ああ。色々教えてもらったからな」


 マリニーファが一瞬黙り、それから笑顔で頷いた。


「それはよかったです」


「今まで知らなかっただけで、男女二人で出かけるのも色々決まりがあるんだな」


「そうですね」


「次から気をつける」


「はい」


 マリニーファは嬉しそうに笑った。


「それと、今日は助かった」


「私がですか?」


「ああ」


「何かしましたか?」


「色々教えてくれただろ」


「…………」


「こういうことは分からないから、分からないことがあったらお前に聞こうと思ってた」


「そうだったんですか?」


「ああ。でも、聞く前に教えてくれた。助かった」


 マリニーファは少し目を丸くした。


「おかげで今日は失敗しなかった」


「…………」


 今度は、はっきりと嬉しそうに笑った。


「それなら、私も嬉しいです」


「ああ。ありがとう」


「はい」


 レオンは今日一日を振り返った。


 男女二人で歩く時は、手をつなぐ。


 親しい男同士でも、手をつなぐことがある。


 男女二人で芝居を見る時は、距離の近い二人席を使う。芝居を見ている途中では手を握り、一緒に見た芝居の感想はきちんと詳しく言う。


 買い物で意見を求められたら、理由まで説明する。


 そして最後には食事をする。


 食事では、自分の料理の一口目を相手に食べてもらい、味の感想を聞く。相手の料理についても同じことをする。


 レオンは、その全部をかなり真面目に覚えていた。


 今日はマリニーファを怒らせていないし、困らせた様子もなかった。買い物も終わり、芝居も食事も、教えられた通りにできた。


 以前のように、知らないことのせいで相手に迷惑をかけることもなかった。


 少なくとも、今回は非常識なやつだとも思われなかったはずだ。


 たぶん、問題なかった。


「…………」


 無事、任務完了。


 レオンは少しだけ安心した。


 これなら、イリスにもいい報告ができる。


 今日一日、特に問題なく終わったと伝えられる。


 だが、そのほとんどがマリニーファに都合よく教えられたものだとは、レオンは知らなかった。

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