第2章73話 二週間後に分かる
――帝国暦三二二年・春中頃 ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府庁舎――
■総騎士団副長府庁舎・大会議室
再編案そのものについては、ひとまず仮編成で試すことになった。
ならば次に決めるのは、どの大隊で試すのか。そして、何と比べるのかだった。
レオンは九人の大隊長を見回す。
「ジェイド」
「はい」
第一大隊長のジェイドが顔を上げた。
「ガレス」
「はい」
第二大隊長のガレスも続く。
「お前たち二人の大隊でやってみる」
「第一と第二で、ですか?」
ガレスが尋ねた。
「ああ」
レオンはジェイドを見る。
「第一大隊は何も変えるな。編成も戦い方も今まで通りだ。敵が来れば受ける。押せるなら押す。敵が崩れたら追え。戦えるなら、そのまま戦え」
「承知しました」
ジェイドはすぐに答えた。
今度はガレスを見る。
「第二大隊は逆だ。メリーの指導を受けろ」
ガレスがメリーへ視線を向ける。
「天輪を?」
「ああ。一週間、訓練する」
「一週間ですか?」
「ああ」
「短くありませんか?」
「短い」
レオンはあっさり認めた。
「でも、最初から完璧にしろとは言ってない。天輪の動きを覚えられるのか、実際に部隊を動かせるのか。まずはそこを見る」
ガレスは少し考えてから頷いた。
「承知しました」
「それで、一週間後に第一大隊と第二大隊で模擬戦をやる」
大会議室が少し静かになった。
「第一大隊は従来方式、第二大隊は天輪。千五百対千五百で実際にぶつける」
レオンは他の大隊長たちにも視線を向ける。
「お前たちも全員見る。勝ち負けだけじゃない。本当に天輪が使えるのか、従来の戦い方と比べて何が違うのか、使えるところはあるのか、問題があるなら何なのか。全部見たあとで、もう一度話す」
何人かの大隊長が小さく頷いた。
「実際に見てから判断するということですか」
「ああ。口で説明してても終わらないからな。駄目なら直す。使えるなら先へ進める。それだけだ」
大きな反論は返ってこなかった。
少し離れた席では、リリアが決定事項を書き留めている。
第一大隊は従来方式。第二大隊は戦術天輪を訓練。一週間後に模擬戦を実施。
そこまで話がまとまったところで、メリーが口を開いた。
「お兄様」
「何だ?」
「先ほど決めた模擬戦についてですが、反対です」
「…………」
レオンが顔を上げた。
「何に?」
「第一大隊と第二大隊を戦わせることにです」
ジェイドとガレスも揃ってメリーを見る。
「今さらか?」
「確認していました」
「何をだ」
メリーは第一大隊と第二大隊の資料を並べた。
「第一大隊は、旧第七騎士団の精鋭部隊を母体としています。現在の十個大隊を単独戦力で比較するなら、おそらく最も強いでしょう」
ジェイドの表情が、ほんの少しだけ緩む。
「第二大隊も、旧第十騎士団の精鋭部隊を母体としています。第一大隊には若干及ばないと考えますが、戦力はかなり近いです」
今度はガレスがわずかに姿勢を正した。
「だったら、ちょうどいいんじゃないのか?」
「いいえ。近すぎるから駄目なのです」
「何でだ?」
「第二大隊が勝ったとしても、天輪によって勝ったのか、もともとの戦力で勝ったのかが分かりません。それでは比較になりにくいです」
何人かの大隊長が資料へ視線を落とした。
「まあな」
クリスが呟く。
「第二が勝っても、元から強いからだって言われるだろうな」
「はい」
「じゃあ、どうする?」
レオンが尋ねると、メリーは別の資料を一つ抜き出した。
「第四大隊を使います」
「…………」
クリスが止まった。
「は?」
「第一大隊と第四大隊で模擬戦を行います」
「ちょっと待て。何で俺のところなんだよ」
「理由はいくつかあります」
「嫌な予感しかしねぇな」
メリーは第四大隊の資料を開いた。
「第四大隊は、第一大隊と比較して明確に戦力が劣ります。若い騎士や兵士が多く、戦場経験にも差があります」
「いきなりそこからかよ」
「それから、指揮官の経験にも差があります」
「おい。俺まで入れる必要あるか?」
「あります」
メリーは気にせず続けた。
「クリスさんは以前、中隊長でした。中隊を率いた経験は十分にありますが、現在の第四大隊ほどの人数を直接率いるのは初めてです」
クリスは何も言わなかった。
そこは事実だった。
ヴァイス騎士団が作られる以前、クリスが率いていたのは旧第七騎士団の第六中隊である。
「一方、ジェイドさんとガレスさんは、以前から副団長を務めています。多数の騎士や兵を動かす指揮経験という点でも差があります」
クリスは嫌そうな顔で資料を見る。
「つまり、兵も若い。戦場経験でも負けてる。俺も大隊規模の指揮は初めて」
「はい」
「そこまで並べられると、俺のところ相当弱そうだな」
「第一大隊と比較すれば、そうです」
「即答するな」
レオンが第四大隊の資料を見る。
「じゃあ、第四を選ぶ理由は弱いからか?」
「それだけではありません」
「まだあるのか」
「はい」
メリーはクリスを見る。
「クリスさんは、比較的頭が柔らかいです」
「…………」
クリスが少しだけ顔を上げた。
「お」
「これまでと違うという理由だけで、新しい方法を拒否することは少ないです」
「おお」
「理由を説明すれば、必要な指示にも従っていただけると思います」
「珍しく褒めてるな」
「はい」
「もっと言っていいぞ」
「私としても使いやすい人です」
「…………」
クリスの顔から笑みが消えた。
「最後ので全部台無しだろ」
「褒めています」
「どこがだよ」
「頭が柔らかく、指示を受け入れていただきやすいという意味です」
「結局、使いやすい奴ってことじゃねぇか」
レオンが少しだけ笑った。
「でも、間違ってないだろ」
「お前まで乗るな」
メリーは二人を気にせず、第一大隊と第四大隊の資料を並べた。
「従来の戦い方で正面から戦えば、第一大隊が明確に有利です。その第四大隊に天輪を訓練していただき、戦力差をどこまで埋められるのかを見ます」
九人の大隊長を見回す。
「第四大隊が第一大隊に勝った場合、少なくとも『もともと第四大隊の方が強かった』とは言えません。逆に、まったく通用しないのであれば、その結果も受け入れるべきです」
レオンは二つの資料を見比べた。
確かに、第二大隊では戦力が近すぎる。第四大隊ほど明確な差がある方が、天輪そのものの効果は判断しやすい。
「これを覆せれば、他の大隊長も納得するってことか」
「はい。少なくとも、今よりは納得していただけると思います」
大隊長たちは誰も否定しなかった。
その中で、クリスだけが嫌そうな顔をしている。
「……つまり俺のところが」
「ああ」
レオンが答えた。
「一番分かりやすい実験台だな」
「お前が言うと余計腹立つな」
「じゃあ決まりだ」
「待て」
「何だ」
「俺、まだやるって言ってないぞ」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
クリスは腕を組んだ。
「第一大隊だぞ。向こうは何も変えない。こっちは今までやったこともない戦い方を覚えろ。それで勝てって?」
「そうだ」
「断る」
「そうか」
レオンはあっさり答えた。
「ああ。じゃあ今年の賞与なしな」
「…………」
「は?」
「今年の賞与。なし」
「何でだよ!」
「やらないんだろ?」
「そういう問題じゃねぇ!」
「賞与は俺と財務課で決めてるの、知ってるだろ」
「知ってるけど!」
「嫌ならやればいい」
「それ、結局断れないってことだろ!」
「いや。お前にもちゃんと選択肢はある」
「どこにだよ!」
「賞与をもらわない自由と、戦う自由だ」
「選択肢になってないだろ!」
「ああ」
「最初からそう言え!」
「言ったら文句言うだろ」
「今も言ってる!」
「やっぱり同じだな」
「同じじゃねぇ!」
大会議室にクリスの声が響いた。
少し離れたところで、リリアのペンが止まる。一度レオンとクリスを見てから、何かを書き込んだ。
「で?」
レオンが聞く。
「やるのか?」
クリスはしばらく腕を組んだまま黙っていたが、やがて第一大隊長のジェイドを見る。
「もし勝ったら、賞与くらい奮発してくれるんだろうな」
「勝つ自信があるのか?」
「ある」
「第一大隊が相手でも?」
「そりゃ強いのは分かってるけどな。こっちだってちゃんと訓練してる」
「嘘つけ」
「何でだよ」
「お前、普段は大抵うちの第一執務室にいるだろ。第四大隊本部より、こっちで見る方が多い気がする」
「おい。そういうことをここで言うなよ!」
一人の大隊長がクリスを見る。
「第一執務室によくいるという話は聞くな」
「何で知ってるんだよ!」
「噂になるからだろう」
「ならなくていいだろ!」
大会議室に小さな笑いが起きた。
「遊び歩いてるのもよく聞くぞ」
レオンが平然と続ける。
「レオン、お前はもう黙れ」
「訓練してるって言ったからな」
「してるよ!」
「そうか」
「何だよ、その顔!」
また笑いが起きた。
クリスは額を押さえてから、強引にレオンへ向き直る。
「もういい。その話は終わりだ。今は賞与の話だろ」
「話を戻したな」
「戻すよ! 勝ったら賞与、奮発するんだろうな?」
「勝ったら考える」
「考えるじゃなくて奮発しろ」
「自信あるんだろ?」
「ある」
「じゃあ勝てばいい」
「言ったな?」
「ああ」
クリスはもう一度ジェイドを見る。
ジェイドは落ち着いた顔のまま、その視線を受けていた。
「……分かったよ。やる」
「そうか」
「第四大隊で勝てばいいんだろ」
「ああ」
「賞与、忘れるなよ」
「勝ったらな」
メリーは第四大隊の資料をクリスの前へ寄せた。
「では、クリスさん。第四大隊には天輪を訓練していただきます」
クリスの表情が少しだけ真面目になる。
「一週間で?」
「はい。その予定です」
クリスは資料を見ながら、少し考えた。
「俺はやれって言われりゃやるけどな。千五百人全員が、すぐ納得するとは限らないぞ」
メリーの動きが止まった。
「さっき、お前も言ってただろ。今までと違うから嫌だって奴はいる。俺がいいって言ったからって、全員が次の日から頭を切り替えられるわけじゃない」
「……そうですね」
メリーは第四大隊の資料へ視線を落とした。
「まず、そこからですね」
「何がだ?」
レオンが尋ねる。
「天輪の動きを覚えていただく前に、これまでの戦い方に対する認識を変えていただく必要があります。まだ戦えるのに、なぜ下がらなければならないのか。今まで通りではいけないのか。そう考える者もいるでしょう」
ジェイドとガレスは何も言わなかった。
つい先ほどまで、自分たちも似たような反対をしていたからだ。
「まず、その認識を変える。その上で天輪の基本的な動きを覚えていただき、繰り返し訓練する。可能であれば、陣形の変更まで行いたいです」
メリーはそこまで言ってから少し考えた。
「一週間では、短いかもしれません」
レオンが眉を上げる。
「さっき一週間って決めたばかりだぞ」
「はい。ですが、認識を変えるところから始めるのであれば、余裕を持たせた方がいいです」
「どれくらい欲しい?」
「二週間ください」
「二週間か」
「はい。完璧にはできませんが、模擬戦で試せるところまでは持っていきます」
レオンは頷いた。
「分かった。二週間にする」
リリアのペンが動く。
先ほど書いた「一週間後」に線が引かれ、その横へ「二週間後」と書き直された。
「ジェイド」
「はい」
「第一大隊はそのままだ。二週間後、本気でやれ」
「もちろんです」
「クリス」
「何だ」
「二週間、メリーの言うことを聞け」
「…………」
クリスがレオンを見る。
「俺は子供か?」
「勝手なことするなって意味だ」
「しねぇよ!」
どこかから小さな笑い声が漏れた。
クリスが周囲を見る。
「笑うな」
「笑っていません」
メリーが答える。
「お前、何でちょっと嬉しそうなんだよ」
「二週間いただけましたので」
「そっちかよ」
また少し笑いが起きた。
「まあいい」
レオンが話を戻した。
「二週間後、第一大隊と第四大隊で模擬戦をやる。第一大隊は従来方式、第四大隊は天輪。全員で見て、その結果を踏まえて今後を決める。異論は?」
少し間を置いて、ジェイドが頷いた。
「ありません」
ガレスも続く。
「私もありません」
他の大隊長たちからも了承の声が上がった。
「よし」
すると、今まで議事録を取っていたリリアが顔を上げた。
「では、決定事項を確認します」
「ああ」
「二週間後、第一大隊と第四大隊による模擬戦を実施。第一大隊は従来方式、第四大隊は戦術天輪を使用。全大隊長が見学し、結果を確認した上で、今後の運用を検討する」
「ああ」
「それから」
リリアが次の行を見る。
「クリスさんは、賞与につられて演習への参加を承諾しました」
「待て!」
クリスが勢いよく振り向いた。
「そんなこと書くな!」
「でも、本当ですよね?」
「本当でも議事録に書くことじゃねぇ!」
リリアがメリーを見る。
「正式な決定事項ではありませんので、なくても問題ありません」
「ほら!」
「分かりました」
リリアは素直に、その部分へ線を引いた。
クリスが安心したように息を吐く。
「あと」
「まだあるのか?」
「クリスさんは、二週間メリーさんの言うことを聞くように、お兄様から言われました」
「それは言ったな」
レオンが頷く。
「その時、子供みたいでした」
「そんなこと書くな!」
今度は大会議室のあちこちから笑い声が上がった。
「何でそこだけ感想なんだよ!」
「そう見えたので」
「議事録に感想入れるな!」
「はい」
リリアは素直に頷き、そこにも線を引いた。
「じゃあ、決まりだ」
レオンが言う。
「何か最後のせいで締まらなくなったぞ」
「決まったことは決まっただろ」
「そういう問題じゃねぇよ」
レオンは卓の上に並んだ第一大隊と第四大隊の資料を見比べた。
従来通りに戦えば、第一大隊が有利だろう。だからこそ、試す意味がある。
二週間で第四大隊が天輪をどこまで身につけられるのか。そして、その戦術で戦力差をどこまで埋められるのか。
二週間後には、少なくとも今よりは分かる。




