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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章 Side Story 2 気を使うんだよ

――帝国暦三二二年・春中頃 ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 第四大隊本部――


■第四大隊隊長室


 クリスは机に座ったまま、珍しく黙っていた。


 書類を見ているわけでもない。


 ただ、何かを考えている。


 その様子を見ていたマルクが、少し首を傾げた。


「クリス大隊長、何か考え事ですか?」


「ああ」


「珍しいですね」


「おい」


 クリスが顔を上げる。


「俺が考え事するのが、そんなに珍しいのか?」


「いえ」


 マルクは少し笑った。


「それで、何を考えていたんです?」


「明日のことだよ」


「明日?」


「大隊長会議があるだろ」


「ああ」


 マルクは頷いた。


「全大隊長が集まる会議ですね」


「そう」


 クリスは椅子の背にもたれた。


「俺、あれ結構苦手なんだよ」


「会議がですか?」


「いや」


 クリスは首を振る。


「他の大隊長と集まるのが」


「どうしてです?」


「気を使うんだよ」


「…………」


 マルクが止まった。


「何だよ」


「いえ」


「今、笑っただろ」


「少しだけです」


「何でだよ」


「いえ、本当に気を使っているんだなと思いまして」


「使うだろ」


 クリスは当然のように答えた。


「俺が大隊長の中で一番若いんだぞ」


「そうですね」


「俺の次に若いヴァルトだって、三つくらい上だし」


「ああ」


「それ以外は、四十代とか五十代とか、年上ばっかりだ」


 クリスは小さく息を吐いた。


「同じ大隊長でも、あれだけ年上ばかりだと気を使うんだよ」


 その時。


 大隊長室の扉が開いた。


 ノーラが入ってくる。


「マルクさん、何か面白いことでもあったんですか?」


「ノーラさん」


 マルクが振り返る。


「ちょうど今、クリス大隊長が面白い話をされていまして」


「おい」


 クリスがすぐに口を挟んだ。


「俺、何か面白いこと言ったか?」


「気を使うという話です」


「それは悩みだよ」


「クリス大隊長がですか?」


 ノーラが目を瞬いた。


「ああ」


「誰に気を使うんです?」


「だから、明日の大隊長会議だよ」


「はい」


「俺以外、ほとんど年上だろ」


「そうですね」


「だから気を使うんだって」


「…………」


 ノーラが口元を押さえた。


「おい」


「すみません」


「笑っただろ」


「はい」


「何で素直に認めるんだよ」


「だって」


 ノーラは笑いを堪えながら言った。


「クリス大隊長が、周りに気を使うなんて言うからですよ」


「使うよ!」


「今年聞いた中で、一番面白い話かもしれません」


「どこにそんな面白い要素があるんだ!」


「絶対、笑わせに来てますよね?」


「来てない!」


 クリスは本気で悩んでいた。


 なのに。


 二人とも笑っている。


「何なんだよ」


 クリスが不満そうに呟く。


 すると。


 マルクが少し考えたあと、口を開いた。


「でも、確かに不思議ではありますね」


「何が?」


「クリス大隊長は、副長閣下にはまったく気を使いませんよね」


「…………」


 クリスが止まった。


「いや」


「普段からタメ口じゃないですか」


「レオンは別だろ」


「どうしてです?」


「どうしてって……」


 クリスは少し考える。


「レオンだから?」


「副長閣下ですよ」


「知ってるよ」


「この組織で一番上の方ですよ」


「それも知ってる」


「クリス大隊長の上司ですよ」


「……まあ、そうだな」


「しかも、クリス大隊長より年下ですよね」


「…………」


 クリスが黙った。


「そういえば」


 少しして。


「そうだったな」


「忘れてたんですか?」


「いや、忘れてたわけじゃないけど」


 クリスは腕を組んだ。


「そう考えると変だな」


「何がです?」


「俺、年上の大隊長には気を使ってるのに」


「はい」


「自分より年下の上司には全然気を使ってない」


「そうですね」


 ノーラも頷いた。


「それに、たまに失礼なことも言っていますよね」


「失礼?」


「言ってますよ」


 クリスは少し考える。


「…………」


 思い当たることは。


 あった。


「まあ」


 クリスは視線を逸らした。


「陰で、常識がないとか」


「はい」


「かわいそうな奴だとか」


「はい」


「言った覚えはあるな」


「ありますよね」


「…………」


 クリスはしばらく黙っていた。


 それから。


 少しずつ表情が明るくなった。


「何だ」


「はい?」


「そう考えたら、気が楽になってきた」


 マルクが瞬きをする。


「気が楽に?」


「ああ」


 クリスは笑った。


「よく考えたら、俺、そんなに心配する必要なかったんだな」


「…………」


「一番上のレオンにあれだけ気楽に話してるんだから、大隊長同士ならもっと気楽でいいだろ」


「…………」


「何だ。今まで気を使いすぎてたんだよ」


 クリスはすっかり晴れやかな顔になっていた。


「もっと気楽にいけばよかったんだな」


「…………」


 ノーラがマルクを見る。


「マルクさん」


「はい?」


「ちょっと」


 マルクもノーラの方を見る。


「何です?」


「今の言い方、よくなかったんじゃないですか?」


「どうしてです?」


「クリス大隊長には、もう少し周りに気を使っていてもらった方がいいですよ」


「…………」


「今でも大隊本部にいないことが多いのに」


「……ああ」


「これでもっと気楽になったら、また仕事を放ってどこかへ行くじゃないですか」


「…………」


「そうなったら、私たちが探しに行ったり、呼び戻しに行ったりすることになるんですよ」


「…………」


「仕事以外の面倒事が増えます」


 マルクは少し黙った。


「……確かに」


「でしょう?」


「今のは、少し言い方を間違えたかもしれませんね」


「はい」


 かちゃり。


 小さく。


 扉の開く音がした。


 マルクはノーラを見たままだった。


 だが。


 ノーラには見えていた。


 クリスが立ち上がり。


 そのまま何も言わずに扉を開けて。


 大隊長室から出ていくところを。


「では、今のうちに言い直して――」


 ノーラが首を横に振った。


「無理です」


「え?」


「もう行きました」


「…………」


 マルクがクリスの方を見る。


 ついさっきまで。


 すぐそばにいたはずだった。


 だが。


 もういない。


 扉だけが閉まりかけていた。


「…………」


「早すぎませんか?」


「クリス大隊長ですから」


「…………」


 マルクは。


 頭を抱えた。


「失敗した……」

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