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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章72話 大隊を再編します

――帝国暦三二二年・春中頃 ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府――


■総騎士団副長府庁舎・大会議室


「……続けろ、メリー」


「はい」


 メリーは先ほど手に取った書類を、レオンの前へ置いた。


「次はこちらです」


「まだあるのか」


「あります」


「何だ」


「大隊の再編案です」


「…………」


 レオンの手が止まった。


「再編?」


「はい」


「今の十個大隊を?」


「はい」


「またか」


 レオンは明らかに嫌そうな顔をした。


「作ったばかりだぞ」


「ですが」


 メリーは少しも気にしなかった。


「先ほどの天輪を実際に運用するのであれば、現在の大隊編成は適していません」


「…………」


 レオンは書類を取り、一枚目、二枚目、三枚目と順に目を通していった。


 九人の大隊長も何も言わずに待っている。先ほどまで動き続けていたリリアのペンも止まり、レオンが資料を読み終えるのを待っているらしい。


 やがて、レオンの目が途中で止まった。


「……本気か?」


「はい」


「第一から第三まで」


「はい」


「全部、騎士中心にするのか?」


「その予定です」


 大隊長たちが一斉にレオンを見る。


 だが、レオンはそのまま続きを読む。


「第四から第六は槍兵」


「はい」


「第七から第九は歩兵と弓兵」


「はい」


「第十だけ混成」


「はい」


「予備か?」


「総予備です」


「…………」


 レオンは、もう一度最初から読み直した。


「回せ」


 書類を第一大隊長へ渡す。


「全員読め」


「……承知しました」


 第一大隊長のジェイドが受け取った。


 読み進めるにつれて、その顔が少しずつ険しくなっていく。


 読み終えると、隣の第二大隊長ガレスへ回した。ガレスも黙って読んでいたが、明らかに何か言いたそうな顔をしている。


 第三大隊長を経て、第四大隊長のクリスのところまで書類が回ってきた。


 クリスは黙って一枚めくり、さらにもう一枚めくった。


「メリー」


「何でしょう」


「これ」


「はい」


「絶対揉めると思うぞ」


「分かっています」


「分かってて持ってきたのか?」


「はい」


「そうかよ……」


 クリスは少し嫌そうな顔をして、次へ回した。


 最後まで全員が読み終わり、書類がレオンのところへ戻ってくる。


「読んだな?」


 誰も答えない。


「読んだな?」


「……はい」


 何人かが答えた。


「じゃあ」


 レオンは卓へ書類を置いた。


「言え」


「何をでしょうか?」


 ジェイドが尋ねる。


「不満だ」


「…………」


「あるんだろ。決める前に聞く」


 レオンは九人を見る。


「問題があるなら今言え。あとから聞いてないとは言わせない」


 少し沈黙が続いたあと、ジェイドが口を開いた。


「では、申し上げても?」


「ああ」


「反対です」


「そうか」


「以上です」


「理由を言え」


「…………」


 ジェイドは資料を見る。


「騎士のいない部隊など、私は聞いたことがありません」


「ああ」


「第四から第九まで、大隊の中心となる騎士がいなくなるということですよね?」


「その案では、そうなります」


 メリーが答える。


「それを大隊と呼ぶのですか?」


「呼びます」


「ですが――」


「大隊だから騎士がいなければならないという規則はありません」


「規則の問題ではありません」


「では何の問題ですか?」


「常識です」


 メリーは少し考えた。


「その常識を変えるための再編です」


「だから反対なのです」


 即答だった。


「なるほど」


 メリーは頷く。


「次の方は?」


 ガレスが手を上げた。


「私も反対です」


「理由をお願いします」


「第一から第三が強すぎます」


「強すぎる?」


「騎士を集中させるのでしょう?」


「はい」


「一個大隊、千五百。それを三個。四千五百人です」


「第一から第三の全員を騎士にするわけではありません」


 メリーが答えた。


「…………」


「騎士を中心に置きます。その上で、騎兵を増やします」


「騎兵を?」


「はい」


「現時点で、四千五百人もの騎士はいません」


「それは分かっています」


「ですから、足りない部分をすべて騎士で埋めるつもりもありません」


「では、どうするおつもりで?」


「選抜します」


「……選抜?」


「はい」


 メリーは別の書類を出した。


「現在、歩兵その他として配置されている者の中から、騎兵としての適性がある者を選びます」


「…………」


「身体能力、判断力、騎乗への適性。必要な訓練についてこられるか。それらを確認した上で、第一から第三大隊へ異動させます」


「待ってください」


 第三大隊長が口を挟んだ。


「歩兵を、騎士にするのですか?」


「いいえ」


 メリーはすぐに答えた。


「騎士にはしません」


「…………」


「騎士と騎兵は同じではありません」


 第三大隊長が黙る。


「選抜した者には、騎乗の訓練と、騎兵としての戦い方を教えます」


「騎兵として?」


「はい」


「騎士として戦わせるのではありません。騎兵として使います」


「…………」


「もちろん、馬に乗せればすぐ戦えるという話ではありません。訓練は必要です」


「そんな簡単に騎兵は作れません」


「簡単だとは言っていません」


 メリーは答える。


「適性のない者まで無理に騎兵にするつもりもありません」


「…………」


「選抜して、訓練する。その上で使える者を騎兵として配置します」


「それでも――」


「少し待て」


 レオンが言った。


 声が止まる。


「今は反対意見を聞いてる。最後まで言わせろ」


「……申し訳ありません」


「続けろ」


 第三大隊長は少し息を吐いた。


「第一から第三だけが騎士と騎兵を集中して抱えるのであれば、結局、その三大隊が主力になるだけではありませんか?」


「我々は何のための大隊長なのです?」


「…………」


「第七、第八、第九に至っては歩兵と弓兵だけ。それでは、自分たちにはまともな戦闘をさせないつもりなのかと、そう感じる者も出ます」


「なるほど」


 レオンはメリーを見る。


「どうなんだ?」


「違います」


 即答だった。


 メリーは卓の中央へ三枚の紙を並べる。


「皆さん。先ほどの天輪について、もう一度確認してください」


「…………」


「今回、私は一個大隊ごとに戦わせるための編成を作っているわけではありません」


 メリーは一枚目を指した。


「第一大隊」


 次の紙へ指を移す。


「第四大隊」


 そして三枚目。


「第七大隊。この三つを一つのまとまりとして扱います」


「…………」


「第一大隊が騎士・騎兵。第四大隊が槍兵。第七大隊が歩兵・弓兵。この三個大隊で、一つの戦闘部隊です」


 別の紙へ移る。


「第二、第五、第八。そして第三、第六、第九。この三組を作ります」


「…………」


「ですから、第一大隊と第七大隊を比べて、第一大隊の方が強い。そういう比較をする意味がありません」


「戦う時は一緒です。騎士や騎兵が必要なら第一大隊が出る。槍が必要なら第四大隊が出る。弓が必要なら第七大隊が使う。歩兵が必要なら歩兵が前を支える」


「一個大隊ですべてを持たせるのではありません。三個大隊で持たせます」


 ジェイドが図を見る。


「では、一個大隊だけで動くことは?」


「状況によってはあります。ですが、基本は三個一組です」


「…………」


「その三組を、天輪で交代させます」


 メリーは続ける。


「第一・第四・第七が前へ出る。疲労が出れば下がる。第二・第五・第八が出る。その間に、最初の三大隊を整える」


「次に第三・第六・第九。その間に二組目を整える。そして必要であれば、再び最初の組を前へ戻します」


「…………」


「そのための再編です」


 大会議室が静かになる。


 だが、納得したわけではなかった。


「では」


 第七大隊長が低い声で言った。


「私の大隊には騎士はいない」


「はい」


「槍兵もいない」


「基本的には」


「歩兵と弓兵だけだ」


「はい」


「それで、私は大隊長として何をするのです?」


「歩兵と弓兵を指揮してください」


「そういう意味ではありません」


「では、どういう意味でしょう」


 第七大隊長は少し苛立ったように卓へ指を置いた。


「今まで騎士が中心でした。騎士が敵を崩し、我々がその戦いを支えてきた」


「それを今度は、騎士もいない大隊を作る。自分たちに、戦場の端で援護だけしていろと言っているように聞こえます」


「そうではありません」


「ですが――」


「第七大隊がいなければ」


 メリーがはっきり言った。


「第一大隊は動かしません」


 第七大隊長が止まる。


「第一大隊だけで突撃させるつもりはありません。弓兵が必要なら、第七大隊が先です。歩兵で戦線を支える必要があるなら、第七大隊が残ります」


「騎士や騎兵を休ませる必要があれば、その間、前を維持するのも第七大隊です」


「…………」


「騎士の補助ではありません。一つ欠ければ成立しない部隊にします」


「…………」


「では騎士が中心ではないのか?」


 別の大隊長が尋ねる。


「中心です」


 メリーは答えた。


「そこは変えません」


「…………」


「三つの戦闘部隊すべてに、必ず騎士を中心とした大隊を一つ入れます。騎士を戦場から外すつもりもありません。騎士の価値を下げるつもりもありません」


「ですが、騎士だけで戦場を決めることはやめます」


 そこから、また声が上がった。


「それでも納得できません」


「長年一緒に戦ってきた部下を分けるのですか?」


「兵種ごとに異動させるということですよね?」


「大隊の中身がほとんど変わるではありませんか」


「今までの経験はどうなる?」


「槍だけ千五百集めて、誰が指揮するのです?」


「歩兵だけの大隊など、本当に運用できるのですか?」


「騎士と騎兵を三大隊へ集中させるなら、結局そこだけが優遇される!」


「これでは第一から第三だけが戦功を得るのでは?」


「我々に仕事をさせないつもりですか?」


 次から次へと声が飛び、先ほどよりひどい騒ぎになった。


 クリスは途中から額を押さえている。


「……やっぱりこうなったか」


 小さく呟く。


「何か言ったか、クリス」


「何でもない」


 その騒ぎの少し外では、リリアのペンも忙しく動いていた。


 すべての発言をそのまま書くのは諦めたらしい。一度顔を上げて大隊長たちを見てから紙へ視線を戻し、いくつかの反対意見をまとめて記録している。


 レオンは一瞬だけその様子を見て、すぐに九人へ視線を戻した。


 誰が何を嫌がっているのか。何を不安に思っているのか。何を失うと思っているのか。


 途中で遮らず、最後まで聞いた。


「もうないか?」


 声が止まる。


「まだあるなら言え」


「…………」


「今聞く。あとから出すな」


 誰もすぐには答えなかった。


「ないか?」


「……ありません」


 一人が答えた。


「そうか」


 レオンは椅子へ深く座り、一度息を吐いた。


「じゃあ、文句があるのは分かった」


「…………」


「不安なのも分かった。騎士のいない大隊が嫌なのも、今までの部下と離れるのが嫌なのも、第一から第三だけ得してるように見えるのも、全部分かった」


「…………」


「でも、メリーは何でこうするのか、さっきから全部説明してるだろ」


 レオンはメリーの書類を持ち上げた。


「第一大隊だけで戦うんじゃない。第四だけでもない。第七だけでもない。三つで一つだ」


「それを三組作る。その三組を回す。第十は俺のところに残す。何か崩れた時、足りなくなった時、予定外のことが起きた時に使う」


「…………」


「分からないところがあるなら聞け。おかしいところがあるなら言え。そこは直す」


 レオンは九人を見る。


「問題があるから反対するなら聞く」


「…………」


「だが、騎士がいないから嫌だ。今までと違うから嫌だ。それだけでやらないというなら」


 一度、間を置く。


「前にも言ったが、大隊長を辞めてもいい」


 大会議室が一気に静かになった。


「副長閣下」


「何だ」


「そこまで仰らなくても――」


「言う」


 レオンは普通の顔で答えた。


「別に、今すぐ完璧にやれと言ってるわけじゃない。やったことがないんだから、できなくて当然だ」


「…………」


「でも、やる前から、聞いたことがない、騎士らしくない、そんな大隊は嫌だ。それで終わるなら」


 レオンは書類を卓へ戻した。


「何のためにここにいるんだ」


 誰も答えない。


「やってみればいいだろ」


 静かな声だった。


「一回やる。実際に動かしてみる」


「メリー」


「はい、お兄様」


「いきなり全部入れ替えるな」


「承知しました」


「まず、この案通りに動かせる人数を出せ。仮編成でいい」


「はい」


「三組作る。第十も予備として置く。それで動かす」


「駄目なら直す。使えないなら変える。使えるなら正式に再編する」


「はい」


 メリーが静かに頷いた。


 レオンの視界の端で、リリアが議事録の決定事項へ書き込んでいる。


 仮編成による運用を試す。


 結果を確認した上で、正式再編を判断。


 レオンはそこまで見てから、九人の大隊長へ視線を戻した。


「これなら文句ないだろ」


「…………」


「ありますか?」


 メリーまで尋ねた。


 誰もすぐには答えない。


「意見は言っていい」


 レオンが続ける。


「むしろ言え。実際に戦うのはお前たちだ。メリーに分からないこともある。俺が気づかないこともある。だから聞いてる」


「…………」


「でも、説明を聞いて、実際に動かして、それでも今までと違うからやりたくないと言うなら」


 レオンは少しだけ目を細めた。


「その時は出ていけ。やる気のある奴を大隊長にする」


 怒鳴ってはいない。


 だからこそ、誰も言い返さなかった。


 少しして、ジェイドが小さく息を吐いた。


「……分かりました」


「何がだ?」


「まずは、試してみます」


「ああ」


 ガレスも頷いた。


「実際に動かした上で、問題点を申し上げても?」


「そのためにやる」


「承知しました」


 他の大隊長たちからも、少しずつ返事が続いた。


 最後に、クリスが小さく笑う。


「まあ、一回くらいやってみりゃいいだろ」


 レオンが見る。


「お前、さっきまで黙ってただろ」


「揉めると思ってたからな」


「止めろ」


「無理だろ。あれだけ一斉に言い始めたら」


「大隊長だろ」


「大隊長だから分かるんだよ。今までのやり方をいきなり変えるって言われたら、そりゃ揉める」


「そうか」


「でも、実際に動かしてから文句を言った方がいいのは確かだ」


「ああ」


 レオンは頷いた。


「結局、やってみないと分からない」


「まあな」


 そこでレオンは、しばらくクリスを見た。


 少し灰色がかった短い髪の下で、濃い青の瞳がまっすぐクリスへ向く。本人はいたって真面目な顔だった。


「何だよ」


「お前もそうだった」


「俺?」


「ああ」


「普段は遊んでばかりだし、大隊長室にもあまりいない」


「おい」


「話してても、ろくなことしか言わない」


「ちょっと待て」


「最初は、こいつ本当に大丈夫なのかと思った」


「今も思ってるだろ、お前」


「少しな」


「少しかよ」


 卓のあちこちから、小さな笑い声が漏れた。


「笑うなよ」


 クリスが周囲を見る。


 レオンは気にせず続けた。


「でも、戦場に出ると結構役に立つ」


「結構って何だよ」


「役に立つんだからいいだろ」


「褒めてるのか、それ?」


「光栄だろ」


「どこがだよ」


 また小さな笑い声が聞こえた。


 クリスだけが納得できない顔をしている。


 レオンは少し考えてから、メリーを見る。


「メリー」


「はい?」


「今の例え、どう思う?」


 メリーは一度クリスを見てから、納得したように頷いた。


「分かりました。クリスさんでいいと思います」


「何でその言い方なんだよ」


 クリスがすぐに反応した。


「俺でいいってどういうことだよ」


「分かりやすい例だと思います」


「何が?」


「見た目では駄目そうでも、実際に使ってみると役に立つということです」


「見た目も駄目なのかよ!」


 今度は、はっきりと笑い声が上がった。


 何人かの大隊長が顔を逸らしている。


「お前ら笑ってるだろ!」


「笑ってません」


 メリーは平然と答えた。


「メリー、お前じゃない!」


「クリス」


「何だよ」


「光栄だろ」


「だから何がだよ!」


 また笑いが漏れる。


 クリスは額を押さえた。


「俺、結構真面目に働いてるんだけどな……」


 レオンはそんなクリスを見てから、卓上の編成案へ視線を戻した。


「まあ、そういうことだ」


「どういうことだよ……」


「人間も編成も、実際に試してみないと分からない」


「俺を編成と一緒にするな」


「分かりやすい」


「俺には最悪だよ」


 レオンは九人の大隊長を見回した。


「紙の上で見て、今までと違うから駄目だと決めても分からない。まず動かす。問題が出たら直す。使えないならやめる。使えるなら残す」


「それでいい」


 しばらくして、ジェイドが頷いた。


「……承知しました」


 ガレスたちも続いて頷く。


 こうして、新しい大隊編成は、まず仮編成で試してみることになった。


 大会議室では話がまとまり、リリアも議事録の決定事項を書き終えようとしている。


 その中で。


「見た目では駄目そうでも、使えるって……」


 クリスだけが、まだ少し落ち込んでいた。


 その呟きを聞いて、卓のどこかからまた小さな笑い声が漏れた。

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