第2章71話 天輪
――帝国暦三二二年・春中頃 ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府――
始まりは、冬の初めだった。
副長府の下に置かれた十個大隊を、別々の部隊としてではなく、一つの戦力として動かす。
そのためにメリーが作ったのが。
――複数部隊運用教育案。
レオンが許可を出し、各大隊長へ通達された。
前へ出る部隊があれば、それを支える部隊を置く。
戦い続けて消耗させるのではなく、必要なら別の部隊と交代する。
下がった部隊は休ませ、補給し、整え直して、再び戦える状態にする。
一つの部隊だけで戦うのではなく、複数の部隊を連動させる。
これまでの騎士団とは、かなり違う考え方だった。
ただし。
あの時は、まだ通達だけだった。
まず読ませる。
考え方を共有する。
実際にどう動かすのかは、その先。
そして季節が進み、春も中頃になった。
今日。
ようやく、その先の話をすることになった。
■総騎士団副長府庁舎・大会議室
第一大隊から第九大隊まで、九人の大隊長が長い卓を囲んでいた。
第十大隊長の席だけは空いている。
第十大隊は現在も大隊長が置かれておらず、レオンが直接指揮しているためだった。
卓の一番奥には、レオンハルト・ヴァイス。
その隣にはメリーが座っている。
メリーの前には、かなりの量の書類が積まれていた。
少し後ろにはイリスも控えている。
総騎士団副長府首席書記官。
ただし今日は、会議へ積極的に口を挟むつもりはないらしい。
戦術。
兵種。
戦場での部隊運用。
そこはイリスの専門ではない。
今日は首席書記官として、会議を見届けるためにいる。
そして、少し離れたところにはリリアも座っていた。
目の前には紙の束。
手にはペン。
今日は、この会議の議事録を担当する。
議事録を取るのは初めてだった。
もともとはリリア本人が、
「私もやってみたいです」
と言い出したことだった。
そのため会議が始まる前に、メリーから一通り教えてもらっている。
「全部を書こうとしなくていいですよ」
「全部じゃなくていいんですか?」
「はい。誰が何を言ったかも大切ですが、それ以上に分けてください」
「分ける?」
「意見なのか、質問なのか、決まったことなのかです」
「……なるほど」
「特に決定事項は、後から誰が読んでも分かるようにしてください」
「はい」
そう教えられたリリアは、紙の端に小さく三つの項目を書いていた。
意見。
質問。
決定。
レオンは一度だけ、そちらへ目を向けた。
リリアは紙を見つめたまま、何度か小さく頷いている。
初めてだからか、いつもより少し緊張しているようにも見えた。
「……多いな」
レオンはメリーの前に積まれた書類へ視線を戻した。
「必要ですので」
「その言葉、最近よく聞くな」
「必要ですので」
「二回言うな」
メリーは気にしなかった。
九人の大隊長たちは、黙って二人を見ている。
クリスも第四大隊長として、今日はきちんと席に座っていた。
「では、始めます」
メリーが一番上の書類を取った。
リリアもペンを構える。
「まず、こちらをお願いします」
用意されていた資料が、九人の大隊長へ順番に回された。
一人に一部ずつ。
大隊長たちが表紙を見る。
そこには。
戦法天輪。
そう記されていた。
「……何だ、これ」
最初に反応したのはクリスだった。
「名前まで付けたのか?」
「はい」
「戦術天輪?」
「はい」
メリーは頷いた。
「今回考案した、新しい複数部隊運用方式の名称です」
紙の上を、リリアのペンが動く。
戦術天輪。
新しい複数部隊運用方式。
一度ペン先を止め、それから次の行へ移った。
「副長閣下」
第一大隊長のジェイドが報告書から顔を上げた。
九人の中でも古株で、発言力の強い大隊長の一人だった。
「こちらは、すでにご存じなのですか?」
「ああ」
レオンが答える。
「先に読んだ」
「メリーから出された案を確認して、今日の会議に出すことを許可した」
大隊長たちは、改めて報告書へ目を落とした。
メリーがその場で思いついたことを話しているわけではない。
レオンが事前に確認し、会議へ出すことを認めた案だった。
リリアは少し考えるように手を止めてから、紙の端へ何かを書き加えた。
メリーは九人の大隊長を見回した。
「改めまして、今回の説明を担当します。統括管理官補佐のメリエラ・エイゼンです」
「以前、複数部隊運用教育案として、基本的な考え方については皆さんへ通達しています」
「本日は、その続きです」
「統括統合管理官である副長閣下に代わり、実際にどのような形で部隊を運用するのか、ご説明します」
そう言って。
メリーは一度、レオンへ目を向けた。
レオンが小さく頷く。
それを確認してから、メリーは手元の資料を開いた。
「では、概要から説明します」
メリーも自分の報告書を開いた。
「正式には戦術天輪」
「普段は、天輪と呼びます」
「陣形なのか?」
ジェイドが尋ねた。
「いいえ」
メリーは首を横に振った。
「天輪そのものは陣形ではありません」
「では何だ?」
「戦い方そのものです」
何人かの大隊長が報告書へ目を落とした。
「戦場では、状況に応じて陣形も変えます」
「ですが、どの陣形を取っていても、複数の部隊を連動させ、戦力を維持しながら戦うという考え方は変わりません」
「その運用全体を天輪と呼びます」
クリスが資料を見る。
「形の名前じゃなくて、軍の動かし方の名前ってことか」
「はい」
リリアのペンが再び動いた。
今度は短く、一行。
レオンの位置からでも、書かれている文字の一部が見えた。
天輪――陣形ではなく、戦い方・部隊運用。
「まず、これまでの戦い方から確認します」
メリーが次の頁を開いた。
「これまで騎士団の戦いでは、騎士が中心でした」
誰も否定しない。
「敵の騎士が前へ出れば、こちらも騎士を出す」
「最初の騎士同士の激突で優勢を取った側が、そのまま攻勢に入る」
「騎士が敵を崩し、歩兵や槍兵が続き、弓兵が援護する」
「それが基本でした」
「ああ」
ジェイドが頷いた。
「それで勝ってきた」
「はい」
「何か問題があるのか?」
「あります」
メリーは即答した。
わずかに空気が変わった。
「今後は、敵騎士が来たからといって、必ずしもこちらの騎士をぶつける必要はありません」
「……何?」
ジェイドの眉が動いた。
隣では、第二大隊長のガレスも顔を上げている。
「待て」
ジェイドが言った。
「今、何と言った?」
「敵騎士に対して、必ず騎士を出す必要はありません」
メリーは同じ言葉を繰り返した。
「敵と状況に合わせて、こちらが使う兵種を選びます」
「槍兵の方が有効なら槍兵を使います」
「弓兵を先に使った方がよければ弓兵を使います」
「歩兵や盾が必要なら、それを使います」
「もちろん、騎士が最も有効なら騎士を使います」
「敵が何を出したかではなく、どうすればこちらが有利に戦えるかで決めます」
「敵騎士に槍兵をぶつけるのか?」
ジェイドが尋ねた。
「必要なら」
「騎士がいるのに?」
「はい」
ジェイドの表情が険しくなった。
「それは騎士の戦いではないだろう」
「戦争ですので」
「そういう話をしているんじゃない」
ジェイドの声が低くなる。
「敵の騎士が正面から出てくる」
「それをこちらの騎士が受ける」
「そこで勝つ」
「それは今まで、誰もが当然としてきたことだ」
「はい」
「それを変えると言うのか?」
「はい」
「簡単に言うな」
ジェイドの声が少し強くなった。
そこでガレスが口を開いた。
「理屈だけなら分かる」
ジェイドほど声を荒らげてはいない。
だが、表情は厳しかった。
「だが、実際に部下へ何と言うのです?」
「敵騎士が目の前まで来ている」
「そこで自分の騎士たちに」
「『お前たちは待て。槍兵に任せる』と?」
「必要なら、そう命じてください」
「そんな命令で納得すると思いますか?」
「従ってもらいます」
「だから」
ガレスが少し身を乗り出した。
「それが簡単ではないと言っている」
「騎士は、敵騎士と戦うために訓練してきた者も多い」
「それを急に、敵騎士との戦いを槍兵へ譲れと言われて、全員が素直に従うと思うか?」
「従えるように訓練します」
「…………」
ガレスは黙った。
その横から、別の声が飛ぶ。
「士気はどうする」
第三大隊長のハインツだった。
「騎士が敵騎士の前へ出なければ、他の兵がどう見るかもあるぞ」
「それに」
第五大隊長のヴァルトも報告書を見ながら言った。
「我々は騎士団だ」
「騎士を中心に置かない戦い方に抵抗が出るのは当然だろう」
それをきっかけに。
あちこちから声が上がり始めた。
「槍兵が受け切れなかった場合はどうする」
「敵に臆病だと思われないか」
「勝てるなら正面から勝てばいいだろう」
「そもそも、そこまでやり方を変える必要があるのか」
レオンは黙って聞いていた。
反発が出ること自体は予想していた。
むしろ。
ここまで何も言われなかった方が不自然だっただろう。
ふと。
紙を擦る音が耳に入った。
レオンがそちらを見る。
リリアのペンが忙しく動いている。
一度止まり。
発言している大隊長を見る。
また紙へ戻る。
さらに別の声が上がり、今度はペンが追いつかなくなったらしい。
リリアは一瞬だけ手を止めた。
それから、紙の新しい場所へ何かを書き始める。
少し俯いた拍子に。
長い金髪に結ばれた青いリボンが、小さく揺れた。
「…………」
初めてにしては、よくやっている。
レオンはそれだけ思い、会議へ視線を戻した。
リリアの紙には、反対意見がまとめられていた。
騎士の礼儀。
騎士の誇り。
部下の士気。
騎士団としての在り方。
兵種変更時の危険。
さっきまで一つずつ追っていた発言を、今は内容ごとにまとめているらしい。
「俺は認められん」
ジェイドが言った。
「敵騎士が目の前にいるのに、こちらの騎士は出ない」
「弓兵に射たせる」
「槍兵に受けさせる」
「それで弱ったところへ騎士を出す」
「それを騎士の戦いと呼べるのか?」
「騎士の戦いである必要はありません」
メリーは答えた。
「戦争です」
「だから、その考え方が気に入らんと言っている!」
ジェイドの声が大会議室へ響いた。
「我々は長い間、それで戦ってきた」
「敵騎士には騎士をぶつける」
「強い方が勝つ」
「勝った側がそのまま押す」
「それで何度も勝ってきた」
「今になって、全部間違いだったと言うのか?」
「間違いだったとは言っていません」
「では、なぜ変える!」
「もっと損害を減らせる可能性があるからです」
ジェイドが止まった。
「損害?」
「はい」
メリーは頷いた。
「こちらの騎士の方が強ければ、正面から戦っても勝てるでしょう」
「その通りだ」
「ですが」
「勝ったあと、その騎士たちはどうなっていますか?」
「…………」
「騎士同士を正面からぶつければ、勝った側にも負傷者は出ます」
「死者が出る可能性もあります」
「その戦いには勝っても、次の戦いに出られない者もいるでしょう」
「それが戦争だ」
ガレスが答えた。
「損害を完全になくすことなどできん」
「はい」
「なら――」
「ですが」
メリーがガレスを見る。
「避けられる損害まで受ける必要がありますか?」
「…………」
ガレスが言葉を止めた。
「特に優れた騎士は、簡単に補充できません」
「一人育てるのにも時間がかかります」
「装備も必要です」
「経験も必要です」
「勝てるからといって、毎回正面からぶつけて消耗させる必要はありません」
「できるだけ負傷させない」
「できるだけ疲れさせない」
「できるだけ戦えない状態にしない」
「優れた騎士には、長く戦線に残ってもらいたいのです」
また、ペンが紙を走る音がした。
レオンは見なくても、リリアが記録しているのが分かった。
「騎士を使わないと言っているわけではありません」
「最も有効な時に使います」
「相手の騎士が疲れたあとで、こちらの騎士を出してもいい」
「同じ騎士同士でも」
「相手だけが疲れていて、こちらがまだ十分に戦えるのであれば」
「最初から正面衝突するより、こちらの損害を減らせます」
ジェイドが眉を寄せたまま尋ねる。
「つまり」
「騎士を戦わせないのではなく、使う時を選ぶと?」
「はい」
「騎士だけではありません」
メリーは続ける。
「すべての部隊について同じです」
「一つの部隊を、戦えなくなるまで前線に置き続けない」
「必要なら別の部隊と交代させます」
「下がった部隊は休ませ、整え、再び使える状態にする」
「その間は別の部隊が戦う」
「そして、その部隊も必要なら交代させます」
メリーが資料の簡単な図を指す。
「前へ出る」
「戦う」
「下がる」
「整える」
「また前へ出る」
「それを繰り返します」
「部隊を使い潰すのではありません」
「戦力を循環させます」
メリーの指が図の上を一周した。
「それが、天輪です」
「…………」
大隊長たちは黙った。
何をしたいのかは分かる。
だが。
納得したわけではない。
「下がる?」
ガレスが聞き返した。
「まだ戦える部隊を?」
「必要なら」
「敵を押している時でも?」
「必要なら」
ガレスが首を横に振った。
「それは現場では簡単ではない」
「敵を押している」
「あと少しで崩せる」
「その時に下がれと言われて、素直に下がれる者がどれだけいる」
「訓練します」
「また訓練か」
「はい」
「…………」
ガレスは深く息を吐いた。
「あんた、結構言うな」
クリスが横から呟いた。
それを聞いて、メリーが少し呆れて口を開く。
「クリスさんも大隊長なのですから、他人事ではありませんよ」
「分かってるよ」
「本当ですか?」
「そこまで疑うな」
少しだけ空気が緩んだ。
だが。
ジェイドは腕を組んだままだった。
「俺なら追う」
「何をですか?」
「敵だ」
ジェイドは即答した。
「こちらが勝っている」
「敵が崩れた」
「逃げ始めた」
「なら追う」
「追える限り追う」
「それが勝つということだ」
「そこも変えます」
メリーが答えた。
ジェイドがメリーを見る。
「……何?」
「勝っている部隊を、戦えなくなるまで使い続ける必要もありません」
「敵を追えるからといって、同じ部隊へいつまでも追わせる必要もありません」
「必要なら、別の部隊を使います」
「馬鹿な」
ジェイドが即座に言った。
「目の前で敵が逃げているんだぞ」
「それを止めるのか?」
「必要なら」
「敵を逃がすことになる!」
「だから、その『必要なら』をどう判断するのかという話になるんだろう」
ガレスも口を挟んだ。
「戦場は一瞬で変わる」
「書類を読んで考える時間などない」
「誰が判断する」
「どこで交代する」
「交代中に敵が突っ込んできたらどうする」
「そういう部分まで決めないと、実戦では使えんぞ」
「はい」
メリーは頷いた。
「ですから、今日は皆さんに集まっていただきました」
「…………」
「私は、これが最初から完成しているとは思っていません」
「現場で使えないところがあれば直します」
「必要なことがあれば追加します」
「そのために、大隊長の皆さんの意見が必要です」
ガレスは少し黙った。
「……そういうことなら、最初からそう言え」
「最初に概要から説明すると言いました」
「…………」
クリスが少しだけ笑った。
ガレスがそちらを見る。
「何だ、クリス」
「いや」
「何だ」
「メリー相手にそこ突っ込んでも、多分勝てないぞ」
「余計なことを言うな」
「それと」
メリーが何事もなかったように続けた。
「数週間前にお渡しした通達にも、兵種を固定せず、複数部隊を連動させる考え方については記載しました」
「覚えていますね?」
「読んだ」
ジェイドが答えた。
「俺もだ」
ガレスも続く。
「俺も」
クリスが言った。
「理解したかどうかは別としてな」
メリーがクリスを見る。
「何だよ」
「最後まで読みましたか?」
「…………」
「クリスさん?」
「大体」
「大体」
「長かったんだよ」
「必要でしたので」
「それは分かるけどな」
メリーは他の大隊長たちを見る。
何人かが視線を逸らした。
「お兄様」
「何だ」
「通達は最後まで読むように言ってください」
「俺に言うな」
「お兄様からお願いします」
レオンは九人を見る。
「読め」
「…………」
「通達は最後まで読め」
「……承知しました」
いくつか返事が返った。
レオンの視界の端で、リリアのペンが一度止まる。
三つに分けた欄を見比べたあと。
決定。
そう書かれた場所へペンを移した。
――通達は最後まで読むこと。
「…………」
そんなことまで議事録に残すのか。
レオンは少し思ったが、何も言わなかった。
間違ってはいない。
むしろ必要かもしれない。
レオンは自分の報告書へ視線を戻した。
敵騎士が来れば、こちらも騎士を出す。
真正面からぶつかる。
勝てるなら、そのまま押す。
まだ戦えるなら戦う。
敵が逃げれば追う。
それがレオンにとっても、長い間当たり前だった。
十二歳で騎士になってから、ずっとそうやって戦ってきた。
自分なら。
敵騎士が来れば、自分で倒せばいい。
それで何度も勝ってきた。
ジェイドが言っていることも分かる。
ガレスが言っていることも分かる。
数か月前なら。
自分も、おそらく同じ側で反対していた。
だが。
今、自分の下にあるのは、一つの中隊でも、一つの騎士団でもない。
十個大隊。
三十個中隊。
一人の強い騎士だけで、すべてを動かすわけにはいかない。
「副長閣下」
ジェイドがレオンを見る。
「本当に、この考え方を採用されるおつもりですか?」
「ああ」
レオンは答えた。
「少なくとも、試す」
その言葉と同時に。
また、ペンが止まった。
レオンは一瞬だけリリアを見る。
今度は迷わなかった。
リリアはすぐに決定の欄へ書き込んでいる。
戦法天輪。
実用性を確認するため、試行する。
「ですが、副長閣下」
ガレスが続ける。
「本当に部下が従うかどうかは、別問題です」
「ああ」
「我々が納得しても、千を超える部下全員が同じように理解するとは限りません」
「そうだな」
「それでも?」
「やる」
レオンは短く答えた。
「反対する理由は分かる」
「俺も、最初に聞いた時は引っかかった」
「騎士がいるのに槍を使う」
「まだ戦える部隊を下げる」
「勝てるのに、わざわざ正面から戦わない」
「俺も好きな戦い方じゃない」
ジェイドがレオンを見る。
「なら――」
「でも」
レオンが遮った。
「好きかどうかと、使えるかどうかは別だ」
大会議室が静かになる。
「メリーは、俺の命令でこの案をまとめている」
「報告書も俺が確認した」
「意見があるなら言え」
「現場で使えないところがあるなら直す」
「そのために九人全員を呼んだ」
「ただ」
レオンの声が少し低くなる。
「今までと違うから嫌だ、だけでは駄目だ」
「騎士らしくないから嫌だ、でも駄目だ」
「使えるかどうかで考えろ」
ジェイドはしばらくレオンを見ていた。
やがて、報告書へ視線を落とした。
ガレスも何も言わなかった。
リリアは再び議事録へ書き込んでいた。
少しして。
レオンの位置から、その一部が見えた。
反対意見は可。
ただし。
新しいから嫌だ、では不可。
「…………」
レオンは一瞬だけ眉を動かした。
少し雑だが。
意味は分かる。
初めてなら、こんなものだろう。
しばらく。
誰も話さなかった。
やがて。
ジェイドが再び口を開いた。
「一つだけいいか」
「何でしょうか」
メリーが尋ねる。
「俺はまだ、納得したわけではない」
「はい」
「だが、何をしようとしているのかは分かった」
ジェイドは報告書を見る。
「こちらの騎士を温存する」
「敵が疲れたところへ、元気な騎士を当てる」
「不利な相手には、正面から付き合わない」
「部隊も、潰れる前に入れ替える」
「はい」
「…………」
ジェイドは少し黙った。
「それは」
ゆっくり顔を上げる。
「卑怯ではないのか」
「…………」
大会議室が再び静かになった。
「敵の騎士が正面から来ている」
「こちらはそれを避ける」
「槍や弓を使う」
「疲れさせる」
「弱ったところへ、こちらの元気な騎士をぶつける」
「勝つためとはいえ」
ジェイドは少し言葉を選んだ。
「汚いやり方ではないか?」
ガレスが黙って腕を組む。
他の大隊長たちからも、小さく頷く者が出た。
レオンも何も言わなかった。
ジェイドがそう思う理由は分かる。
騎士として育った人間なら。
むしろ、そう考える方が自然だった。
紙を擦る音も止まっていた。
リリアまでペンを止めている。
メリーもしばらく黙っていた。
「騎士の方々のお気持ちは、私にも分かります」
「父も祖父も騎士でしたから」
「でも我々は、戦いに勝つためにこの騎士団に集っているのではありません」
「…………」
大会議室が静まり返った。
レオンもメリーを見る。
ジェイドまで、わずかに目を見開いていた。
「……何?」
「勝つためではない?」
「はい」
「では」
ガレスが眉を寄せる。
「何のために戦うと言うんだ」
メリーは答えた。
「負けないためです」
「…………」
誰も、すぐには口を開かなかった。
勝つためではない。
負けないため。
レオンも、その二つの言葉を頭の中で並べた。
似ている。
だが。
同じではない。
「前総長が進めていた軍団化も」
メリーは続ける。
「一度の戦闘で大勝するためだけのものではありません」
「複数の部隊をまとめ」
「戦力を維持し」
「何度でも戦えるようにする」
「継戦能力を高めるためです」
「一度の戦闘で大勝しても」
「そこで優れた騎士を大勢失えば、次以降の戦いでは勝つことが難しくなります」
「例え二度目に勝てても」
「三度目には戦える者がいなくなるかもしれません」
「それでは意味がありません」
大隊長たちは黙って聞いていた。
先ほどまで強く反発していたジェイドも、今は口を挟まない。
ガレスも黙っている。
「天輪も同じです」
「一度の戦いで、派手に勝つことだけを目的にはしません」
「こちらの戦力を可能なだけ残す」
「次も戦えるようにする」
「さらにその次も戦えるようにする」
メリーは九人を見る。
「もちろん、最終的には勝ちます」
「ですが」
一度、静かに言葉を切った。
「その前に重要なのは」
「決して負けないことです」
「…………」
誰も口を開かなかった。
しばらくして。
止まっていたペンが、再び動き始めた。
レオンがそちらを見る。
リリアは議事録の最後に新しい項目を書いている。
今度は迷っている様子はなかった。
戦法天輪の目的。
戦力を維持し。
負けない戦いを続けること。
「…………」
レオンは、その文字を少しだけ見た。
そして、何も言わずにメリーの報告書へ視線を戻した。




