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巡察の終わりと(改訂版)

 帝国暦三二〇年 春終盤

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 第七騎士団 本庁 正門前


 その日、皇太子アシュレイの巡察はちょうど終わりを迎えていた。

「では、これで一通りか」

「ああ」

 レオンが短く答える。

 最小限の随行。

 最小限の儀礼。

 そのまま帰る――はずだったのだが。


「……なんだこれは」

 アシュレイが、思わず足を止める。

 正門前。

 騎士たちが正装でずらりと並んでいる。

 しかも。

「……泣いているのか?」

 目を拭う者。

 肩を震わせる者。

 本気で嗚咽をこらえている者までいる。

「見送りにしては……大げさだな」

 少しだけ驚いたように言う。


(……やりすぎだろ)

 レオンは小さく息を吐く。

「お前が何かやったのか?」

「やってない」

 クリスが即答する。


「俺もこんなの初めて見るぞ」

「そうか?」

 アシュレイは少しだけ考え、

「まあ見送りなら、悪い気はしないな」

 軽く笑う。


 一歩、前に出ようとした――そのとき。

「姫様……!」

 声が上がる。

 アシュレイの足が止まる。

 視線が、ゆっくりと横に流れる。

 そこにいたのは――リリアだった。

 小柄で、華奢な姿。

 だが、その場にいるだけで空気が柔らぐ。

 騎士たちの視線は、

 すべて彼女へ向いていた。


「どうか、お気をつけて……!」

「必ずお戻りください……!」

「お待ちしております……!」

 完全に、別の見送りだった。

 長い沈黙。


「……はは」

 アシュレイが、小さく笑う。

「なるほどな」

 レオンを見る。

「俺じゃないのか」

「すまん、違うな」

 横からクリスが口を挟む。

「ほぼ全部、あいつだ」

「だろうな」

 あっさり納得する。


「これはまた……すごいな」

 視線を戻す。

 リリアは一人ひとりに頭を下げている。

「ありがとうございます」

 変わらない笑顔。だがその奥に、わずかな決意が混じっている。


「……面白い」

 アシュレイがぼそりと呟く。

「どうした」

「いや」

 軽く肩をすくめる。

「来てよかったと思った理由が、また一つ増えた」


 それ以上は言わない。

 だが、その目は。

 ただの“見送り”を見ているものではなかった。


 やがて、リリアが馬車へ乗り込む。

 ゆっくりと動き出す車輪。

 騎士たちが手を振る。

 中には、まだ泣いている者もいる。

 その光景を見て。


「……すごいな」

 アシュレイが素直に言う。

「一人であれか」

「まあな」

 レオンは短く答える。


「だから“姫様”なんだろ」

 クリスが言う。

「納得した」

 アシュレイは笑う。


 暫くして。

「さて」

 自分の馬車へ向かう。

「俺も帰るか」

 ふと、足を止める。

 振り返らずに。


「……ああ」

 小さく、独り言のように。

「間に合いそうだな」

 誰に向けたものでもない声。


 レオンは眉をひそめる。

「何の話だ」

「いや」

 軽く笑う。

「こっちの話だ」

 それだけ言って、歩き出す。


「また来る」

「好きにしろ」

 レオンの返事は変わらない。

 馬車が動き出す。

 二つの別れが、ほぼ同時に起きた。

 一つは静かに。

 一つは騒がしく。

 そして、どちらも確かに何かを残していった。


「……なんか、すごかったな」

 クリスがぼそっと言う。

「だな」

 レオンも短く返す。

「でもいい奴だった」

 その一言に、

 ほんの少しだけ本音が混じる。


 エリシアは、静かに目を細める。

(……危うい)

 理由は、まだ言葉にならない。

 だが確かに、

 何かが動いている気配だけが残っていた。


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