表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/228

第27話 巡察の終わりと

 ――帝国暦三二〇年・春終盤東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁 正門前――


 その日、皇太子アシュレイの巡察は、ちょうど終わりを迎えようとしていた。


「では、これで一通りか」


「ああ」


 レオンが短く答える。


 最小限の随行。

 最小限の儀礼。

 必要な確認は済ませた。


 あとは、このまま帰るだけ――のはずだった。


「……なんだ、これは?」


 アシュレイが、思わず足を止める。


 正門前。

 騎士たちが正装でずらりと並んでいた。

 しかも、ただ並んでいるだけではない。


「……泣いているのか?」


 目を拭う者。

 肩を震わせる者。


 本気で嗚咽をこらえている者までいる。

 見送りにしては、あまりにも空気が重い。


「見送りにしては……大げさだな」


 アシュレイが、少しだけ驚いたように言う。


(……やりすぎだろ)


 レオンは小さく息を吐いた。


 皇太子の巡察が終わるからといって、ここまで感情的になる必要はない。少なくとも第七騎士団は、そういう騎士団ではなかったはずだ。


「お前が何かやったのか?」


 レオンが横を見る。


「やってない」


 クリスが即答した。


「俺もこんなの初めて見るぞ」


「そうか?」


 アシュレイは少しだけ考え、それから軽く笑った。


「まあ、見送りなら悪い気はしないな」


 一歩、前に出ようとした。


 そのときだった。


「姫様……!」


 声が上がる。


 アシュレイの足が止まった。

 視線が、ゆっくりと横に流れる。


 そこにいたのは、リリアだった。


 小柄で、華奢な姿。だが、その場にいるだけで、周囲の空気が柔らぐ。騎士たちの視線は、すべて彼女へ向いていた。


「どうか、お気をつけて……!」


「必ずお戻りください……!」


「お待ちしております……!」


 完全に、別の見送りだった。


 長い沈黙のあと。

 やがて、アシュレイが小さく笑う。


「……はは」


 それから、レオンを見た。


「俺じゃないのか!」


「すまん、違うな」


 横からクリスが口を挟む。


「ほぼ全部、あいつだ」


「だろうな」


 アシュレイはあっさり納得した。


「これはまた……すごいな」


 視線を戻す。


 リリアは一人ひとりに丁寧に頭を下げていた。


「ありがとうございます」


「必ず戻ります」


 変わらない笑顔。


 柔らかな声。


 けれど、その奥には、わずかな決意が混じっている。リリアはこれから、短期の書記官養成課程へ向かう。


 家の外。

 騎士団の外。


 レオンの妹としてではなく、ひとりの学ぶ者として、基礎から見直すために。


「……面白い」


 アシュレイが、ぼそりと呟いた。


「どうした」


「いや」


 軽く肩をすくめる。


「来てよかったと思った理由が、また一つ増えた」


 それ以上は言わない。だが、その目は、ただの見送りを見ているものではなかった。


 レオンはその横顔を見て、少しだけ眉をひそめる。


(また何か考えてるな)


 面倒な種類の顔だった。


 やがて、リリアが馬車へ乗り込む。

 ゆっくりと車輪が動き出す。


 騎士たちが手を振る。

 中には、まだ泣いている者もいた。


「……すごいな」


 アシュレイが素直に言う。


「一人で、あれか」


「まあな」


 レオンは短く答える。


「だから“姫様”なんだろ」


 クリスが言った。


 アシュレイは笑う。


「納得した」


 それから、しばらく馬車の後ろ姿を見送っていた。リリアを乗せた馬車が門の向こうへ消えていく。


 それを見届けてから、アシュレイは自分の馬車へ向かった。


「さて」


 軽く息を吐く。


「俺も帰るか」


 だが、数歩進んだところで、ふと足を止めた。振り返らないまま、小さく呟く。


「……ああ」


 誰に向けたものでもない声。


「間に合いそうだな」


 レオンは眉をひそめる。


「何の話だ?」


「いや」


 アシュレイは軽く笑った。


「こっちの話だ」


「そういう言い方をする奴は、だいたい面倒なことを考えている」


「鋭いな」


「否定しろ」


「できないな」


 アシュレイは楽しそうに笑う。


 レオンの眉間に、さらにしわが寄った。


「おい」


「安心しろ。今すぐお前に何かを押しつけるつもりはない」


「今すぐ、は?」


「言葉尻を拾うな」


「拾わせるような言い方をするな」


 クリスが横で肩をすくめた。


「仲良くなったなレオン、殿下と」


「なってない」


 レオンが即答する。


 アシュレイはそれを聞いて、また笑った。


「また来る」


「好きにしろ」


 レオンの返事は変わらない。


 やがて、アシュレイの馬車も動き出した。


 二つの別れが、ほぼ同時に起きた。


 一つは、騒がしく。

 一つは、妙に意味深に。


 そして、どちらも確かに何かを残していった。


「……なんか、すごかったな」


 クリスがぼそっと言う。


「だな」


 レオンも短く返す。

 少し間を置いてから、付け加える。


「でも、いい奴だった」


 その一言に、ほんの少しだけ本音が混じっていた。


 エリシアは、静かに目を細める。


(……危うい)


 理由は、まだ言葉にならない。

 だが、確かに何かが動いている。


 リリアは外へ向かった。


 アシュレイは帝都へ戻った。


 そして、そのどちらも、レオンの周囲に新しい流れを残していった。


(このままでは、済まない)


 エリシアは、遠ざかる馬車を見つめる。


 春の終わりの風が、正門前を抜けていく。


 騎士たちのざわめきだけが、しばらく残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ