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それぞれの選択(改訂版)

 帝国暦三二〇年 春中頃 夕刻

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 第七騎士団 本庁 一室前扉の外。


 エリシアとリリアは、静かに立っていた。

 中から聞こえる声。

 皇太子とレオンの会話。

「……三つある」

「帝国との関係」

「資金の流れ」

 断片的な言葉。

 だが、それで十分だった。


 エリシアの表情が、わずかに硬くなる。

(……危険だ)

 皇太子アシュレイ。

 帝都では“旅人”と呼ばれる変わり者。

 常識に縛られない男。


 そして。

(レオンも)

 “ここから出たい”と、言っている。

 二つが重なる。

(……連れていかれる)

 確信に近い予感。


 静かに拳を握る。

(それだけは、許容できない)

 その隣で、リリアもまた聞いていた。

 けれど。


(……外)

 思考は、別の方向へ向いている。

 レオンが見る景色。

 自分が知らない世界。

(今のままでは)

 並べない。

 はっきりと、理解してしまった。


 エリシアは“引き止める”ことを考え、

 リリアは“追いつく”ことを考える。

 同じ場所に立ちながら、

 まったく違う未来を見ていた。


 ――そのとき。

 扉の向こうで、ふと会話の調子が変わる。

 少しだけ、低く。

「……もう一つあるが」

 アシュレイの声。

「これは今話しても仕方がないな」


 短い間。

「帝都の連中が、お前をどう扱うかで揉めている」

 わずかな沈黙。

「……そういう話だ」

 詳しい言葉は、続かない。

「今言えば、お前は面倒だと思うだけだろうしな」

 軽く笑う気配。

 だが、どこか乾いている。

「だから後でいい」

 それで話は切れる。


 エリシアの指が、わずかに止まる。

(……扱う?)

 リリアも、ほんの少しだけ眉を寄せる。

(……何の話だろう)

 だが、それ以上は聞こえない。


 続いて。

「……ああ、そうだ」

 アシュレイの声が戻る。

「もう一つ、準備は進めている」

 少し笑いながら。

「“あれ”は、そちらに向かわせるつもりだ」


 リリアの呼吸が、わずかに止まる。

 エリシアの視線が鋭くなる。

「今話しても意味はないが」

 それ以上は語られない。


(……誰か、来る)

 エリシアは確信する。

(“外”が、動いている)

 リリアは、ぼんやりと思う。

(……楽しそうだな)

 少しだけ、胸が高鳴る。

 やがて、扉が開く。

 レオンが出てくる。


「どうした?」

 二人を見て言う。

「……少し、よろしいですか」

 リリアが一歩前に出る。

「今?」

「はい」

 レオンは少しだけ考え、

「いいぞ」

 頷き、場所を変える。


 廊下の奥、人のいない場所。

 リリアは静かに息を整える。

「団長閣下」

 呼ぶ。

 だが、すぐに。

「……お兄さま」

 言い直す。

 レオンは何も言わない。

 ただ待つ。


「私」

 一歩、踏み出す。

「一度、騎士団を離れます」

 間を取り。

「長期の休暇という形で」

「戻る前提で、です」

 言葉は整っている。

 迷いはない。


 レオンは目を細める。

「理由は」

「……見てきます」

 短く言う。

「家の外を」

 それだけで十分だった。


 レオンは小さく息を吐く。

(なるほどな)

「いいんじゃないか」

 あっさりと答える。

「え……」

 リリアが少しだけ驚く。

「どうせ止めてもやるだろ」

「……はい」

 正直だった。

「なら最初から許可した方が楽だ」

「……ありがとうございます」

 深く頭を下げる。

 その顔はどこか晴れていた。



 ――数日後。

 本庁前。

「姫様……!」

「どうかお気をつけて……!」

「必ずお戻りください……!」

 騎士たちが並ぶ。

 中には本気で泣いている者もいる。

「大げさだな」

 レオンがぼそっと言う。


「いつものことだろ」

 クリスが肩をすくめる。

 エリシアは少しだけ苦笑する。

(……本当に、どこまで慕われているのか)

 リリアは一人ひとりに頭を下げる。

「ありがとうございます」

「必ず戻ります」

 その声は、変わらない。

 柔らかく、そしてしっかりしている。


 その背中を見送りながら。

 エリシアは、静かに思う。

(……来る)

 何かが。

 ここに。

 外から。


 そしてそれは――

(このままでは、いられない)

 物語は、静かに次の段階へ進んでいた。


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