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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章幕間12 聖誓不信

――帝国暦三二二年・春中頃 ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府――


 ■総騎士団副長府・廊下


「クリス」


 後ろから名前を呼ばれ、クリスは足を止めた。


 振り返る。


 そこには、エリシアが立っていた。


「少し、こちらへ来てください」


 クリスは、エリシアの顔を見る。


 その表情を見た瞬間、少しだけ姿勢を正した。


 昔から知っている。


 エリシアが自分を「クリス」と呼び捨てにする時は、たいてい本気で何かを言いたい時だ。


 そして、こういう時のエリシアには、下手に逆らわない方がいい。


「……分かった」


 クリスは素直についていった。


 ■総騎士団副長府・談話室


 連れてこられたのは、レオンともよく使っている談話室の一室だった。


 エリシアが扉を閉める。


 クリスは椅子へ座った。


 自然と背筋が伸びる。


「……エリシアさん。何でしょうか」


「急に丁寧になりましたね」


「その顔してる時のお前に逆らっても、いいことないからな」


「分かっているなら結構です」


 やはり、説教か何かだ。


 クリスは大人しく待った。


「先日のことです」


「先日?」


「シエラさんとの婚約について話していた時です」


「ああ……」


「あの時は何も言いませんでしたが、あなたの言い方を聞いていて、少し気になりました」


 クリスの表情が固くなる。


「何が?」


 エリシアはまっすぐクリスを見る。


「クリス」


「……はい」


「あなた、シエラさんとの婚約に騎士の誓いを使いましたね?」


「…………」


 クリスは黙った。


「使いましたね?」


 誤魔化せそうにはなかった。


 クリスは諦める。


「……使いました」


「やはり」


 エリシアが小さく息を吐いた。


「それで何か間違いや勘違いがあって、シエラさんとの婚約が成立してしまったのですね?」


「結果だけ言えば、そうなる」


「だから、先日はあれほど違う違うと言っていたのですか」


「ああ」


 クリスは少し身を乗り出した。


「でも、俺はあんな意味になると思ってなかったんだ」


「それは関係ありません」


「関係ないのか?」


「騎士の誓いを立てたのは本当なのでしょう?」


「……はい」


「なら、守ってください」


 クリスが黙った。


 だが、すぐに顔を上げる。


「じゃあ聞くけどな」


「何ですか?」


「お前だって、何かの勘違いとか間違いで、誰かと婚約することになったとするだろ?」


「はい」


「それで、よく分からないまま騎士の誓いまで立ててしまった」


「はい」


「あとから、全部勘違いだったって分かっても、その相手と結婚するのか?」


「結婚します」


 エリシアは迷わず答えた。


「……どんなやつでも?」


「私が自分で騎士の誓いを立てたのであれば、当然です」


「間違いだったとしても?」


「はい」


「勘違いだったとしても?」


「はい」


「…………」


 クリスは黙った。


 まさか、迷いもせず答えるとは思っていなかった。


「ただし」


 エリシアが続ける。


「そもそも私は、あなたのようなヘマはしません」


「何?」


「騎士の誓いを立てる時には、何を誓うのか、誰に誓うのか、周囲がどういう状況なのかをきちんと確認します」


「俺はヘマなんかしてない」


「しています」


「してない」


「しているから、こんなことになっているのでしょう?」


「…………」


「シエラさんとの婚約を何とかしたいと思っているのも、そのヘマの結果ではありませんか?」


 クリスは黙った。


 そこを言われると、反論できなかった。


「私は、何も考えずに騎士の誓いを立てて、あとから『そんなつもりではなかった』などというやらかしはしません」


「そこまで言わなくてもいいだろ」


「事実でしょう?」


「…………」


 クリスは、また黙った。


「ですから、クリスも諦めてください」


「それとこれは別だろ」


「同じです」


「違う」


「同じです」


「でも、まだ何とかなるだろ」


「なりません」


「即答するなよ」


「クリス。あなたも分かっているでしょう」


「何を?」


「騎士の誓いを破った者が、どうなるかです」


「……知ってる」


「信用を失います」


「それも知ってる」


「まともに騎士として生きていくことも難しくなります」


「知ってるよ」


「それだけではありません」


 エリシアの声が少し低くなる。


「誓いを破ったことが広まれば、騎士としての立場どころか、人としての信用まで失うかもしれません」


「……それも分かってる」


「噂では、それを苦にして自ら命を絶った騎士もいたそうです」


「聞いたことはある」


「そこまで分かっていて、なぜまだ何とかしようとしているのですか?」


「何とかしたいからだよ」


「諦めてください」


「嫌だ」


 クリスは腕を組んだ。


 しばらく考える。


 そして、ふと顔を上げた。


「……待て」


「何ですか?」


「いい方法を思いついた」


 エリシアの目が少し細くなる。


「嫌な予感しかしませんが、一応聞きます」


「例えばだぞ」


「あくまで、例えばですね?」


「ああ」


 クリスは身を乗り出した。


「これから別の女を見つける」


「はい?」


「それで、その女と結婚の約束をするんだ」


「…………」


「もちろん、騎士の誓いも立てる」


 エリシアは黙った。


「そのあと、シエラに言う」


「何と?」


「忘れてたけど、こっちの女とはシエラより前に結婚の約束をしてたって」


「…………」


「先にした約束の方を守らないといけないだろ?」


 クリスは少し得意そうな顔になった。


「だったら、シエラとの方は仕方なく破棄できる」


「クリス」


「何だ?」


「今の話、本気で言っていますか?」


「いい考えじゃないか?」


「まず、その女性と以前から結婚の約束をしていたという話は嘘ですね?」


「まあ……そうなるな」


「その時点で駄目です」


「でも――」


「そのうえで、シエラさんとの誓いが残っている状態で、別の女性にも同じ結婚について騎士の誓いを立てるのですね?」


「そうすれば、先の約束を優先できるだろ?」


「できません」


「何でだよ」


「それは『聖誓不信』です」


「……何だ、それ」


 エリシアの表情が止まった。


「……知らないのですか?」


「聞いた覚えはないな」


「クリス。本気で言っていますか?」


「だから知らないって」


 エリシアは小さく息を吐いた。


「聖誓不信は、騎士にとって大禁忌です」


「大禁忌?」


「同じ事柄について、相反する騎士の誓いを二重に立てる行為です」


「それをやったら?」


「証明された時点で、騎士としての資格を失います」


 クリスの顔が止まった。


「……即座に?」


「はい」


「そこまでなのか」


「そこまでです」


 エリシアはまっすぐクリスを見る。


「場合によっては、騎士ではなく罪人として処罰されることもあります」


「…………」


「正式な宣告を行うのは、通常であれば総騎士団長です」


「総長が?」


「はい」


 エリシアは少し間を置いた。


「ですが、あなたの場合は、レオンが自分から裁定に関わろうとするかもしれません」


 クリスの顔が止まった。


「……レオンが?」


「あなたの友人だからです」


「何で友人だと、そうなるんだよ」


「他人に任せるくらいなら、自分が向き合うと言う可能性があります」


「…………」


 クリスは黙った。


 それは、少し想像できた。


 レオンなら。


 友人だからこそ、自分がやる。


 そう言う可能性はある。


「ですから、絶対にやめてください」


「……分かった」


「本当に?」


「やらない」


「絶対に?」


「絶対にやらない」


 クリスは素直に頭を下げた。


「すまん」


 今度は、冗談でも強がりでもなかった。


 エリシアはしばらくクリスを見ていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「分かりました」


「…………」


「今回の話は、聞かなかったことにします」


 クリスが顔を上げた。


「いいのか?」


「まだ何もしていませんから」


「助かる」


「レオンにも言いません」


「本当に助かる」


「ですが、次はありません」


「……はい」


「実際にしようとした場合は、私も騎士として報告します」


「分かったよ」


「知っておいてください。それほど重いことです」


「……分かった」


 クリスは大人しく頷いた。


 聖誓不信。


 それだけは、絶対にやめておいた方がよさそうだった。


 エリシアは小さく息を吐く。


「それにしても」


「何だ?」


「クリス」


「はい」


「そもそも、シエラさんのどこがそんなに不満なのですか?」


「…………」


 クリスが黙った。


「仕事もできます」


「ああ」


「あなたのことも、かなり理解しているようです」


「まあな」


「ご実家との関係にも問題はないのでしょう?」


「ないな」


「では、何がそれほど不満なのですか?」


 クリスは少し考えた。


「……あいつが不満っていうより」


「より?」


「俺は、もっと自由でいたいんだよ」


「自由?」


「ああ」


 クリスは椅子の背へ身体を預ける。


「まだいろんなところに行きたいし、いろんなやつと付き合いたい」


「…………」


「もっといろんな人と知り合って、それから誰とどうするか考えたっていいだろ?」


 エリシアは何も言わなかった。


「最初から一人に決める必要なんか――」


 エリシアが小さく息を吐いた。


「聞いた私が馬鹿でした」


「何でだよ」


「もういいです」


「いや、まだ途中なんだけど」


「聞く必要がなくなりました」


「ひどくないか?」


「シエラさんとの婚約をあれほど嫌がるのですから、何かよほど深刻な理由でもあるのかと思っていました」


「だから、シエラが嫌いってわけじゃないんだよ」


「余計に悪いです」


「何でだよ!」


「要するに、まだ自由にいろいろな女性と付き合いたいだけなのでしょう?」


「……言い方が悪い」


「違うのですか?」


「…………」


「違わないのですね」


 クリスは目を逸らした。


「もう諦めてください」


「嫌だ」


「クリス」


「そこは別だろ」


「別ではありません」


「聖誓不信はやらないって言っただろ」


「それは当然です」


「だったら、他の方法を考えればいい」


「ありません」


「あるだろ」


「ありません」


「考えてくれよ」


「嫌です」


「何でだよ!」


「考える必要がありませんから」


「俺は何とかしたいんだよ」


「私は、あなたのことを心配して言っているんですよ」


 クリスが少し黙る。


 エリシアの表情は真剣だった。


 自分をからかっているわけではない。


 本当に心配している。


「……それは分かってる」


「でしたら、諦めてください」


「嫌だ」


「諦めてください」


「嫌だ」


「クリス」


「まだ何とかなる」


「なりません」


「俺は今まで、無理だと言われたことを何度も何とかしてきた男だぞ」


「今回はそういう話ではありません」


「何とかする」


「どうやってですか?」


「それを今考えてるんだよ!」


 エリシアが小さく息を吐いた。


「騎士なら、男なら、もう諦めなさい」


「何でそこまで言われなきゃならないんだ」


「自分で誓ったからです」


「…………」


「安心してください」


「何を安心するんだよ」


「結婚式には、私もきちんと出席します」


 クリスの顔が引きつった。


「お前までそれを言うのか?」


「もちろんです」


「まだ結婚するって決まってない!」


「騎士の誓いを立てたのでしょう?」


「それはそうだけど!」


「祝いも用意します」


「いらない!」


「シエラさんにも、そう伝えておきます」


「伝えるな!」


「喜ぶと思いますよ」


「余計なことするな!」


 クリスは勢いよく立ち上がった。


「俺は諦めないからな!」


「クリス?」


「絶対に何とかする!」


「何をするつもりですか?」


「まだ分からん!」


「何も考えていないではありませんか」


「これから考えるんだよ!」


 クリスは扉へ向かう。


「じゃあな!」


「クリス、待ちなさい」


「待たない!」


 そのまま扉を開け、逃げるように談話室を飛び出した。


「俺は絶対に諦めないからな!」


 廊下に大きな声だけが残った。


 エリシアは閉じられた扉を、しばらく見つめていた。


 最初は、シエラとの婚約をあれほど嫌がるからには、何かよほどの理由があるのかと思っていた。


 だが、実際に聞いてみれば。


 もっと自由でいたい。


 もっといろいろな人と付き合いたい。


 それだけだった。


「……聞いた私が馬鹿でしたね」


 エリシアは小さく息を吐いた。


 それでも、一つだけ安心したことはある。


 聖誓不信の話をした時、クリスはきちんと引いた。


 レオンのことを出した時も、本気で表情を変えた。


 騎士としての誓いを踏みにじってまで、婚約から逃げようとするほどの意思はないようだった。


 少なくとも、騎士の誓いを平然と破れる人間ではない。


 そこだけは、昔から知っているクリスのままだった。


「それなら、まあ……大丈夫でしょう」


 そう呟いてから、エリシアはクリスが走り去った方向を見る。


「婚約から逃げること自体は、まだ諦めていないようですけど」


 もう一度、小さく息を吐いた。

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