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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章62話 伯爵がいません

――帝国暦三二二年・春中頃 ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総庁――


 ■総庁・総長執務室


 朝。


 以前から派遣が決まっていた帝都の騎士団長候補三名が、前日に騎士団領へ到着していた。


 イリスは、その三名との面談に同席するため、総長執務室を訪れていた。


 執務机の向こうには、総長グラナート・グランフェルトが座っている。


 その傍らには、副官のマクニッサが控えていた。


「失礼いたします」


 イリスが静かに頭を下げる。


「朝から呼び出して悪かったな」


「いえ」


 イリスは室内を見回した。


 帝都から派遣された三名の姿は、まだない。


「三名は、すでに到着しているのですよね?」


「ああ」


 グラナートの返事は短かった。


 だが、少し重い。


 イリスは、わずかに首を傾げた。


「何かありましたか?」


「すぐに分かる」


 グラナートは、それ以上答えなかった。


 やがて、総長執務室の扉が叩かれる。


「入れ」


 扉が開いた。


 入ってきたのは、二人だけだった。


 ローゼンフェルト公爵家の次男、セドリック・ローゼンフェルト。


 ハーゲン男爵家の次男、フェリクス・ハーゲン。


 イリスは、二人の後ろへ視線を向ける。


 誰もいない。


 そのまま扉が閉じられた。


 帝都から派遣されたのは、三名のはずだった。


 セドリックが、イリスへ静かに頭を下げる。


「お久しぶりです、イリス殿下」


「お久しぶりですね、セドリック」


 イリスも礼を返した。


 個人的には、できることなら会いたくなかった相手である。


 だが、今は公的な場だった。


 フェリクスも続けて頭を下げる。


「イリス殿下も、ご健勝のようで何よりです」


「ありがとうございます」


 二人は、グラナートへ向き直った。


「このたびは、我々を受け入れていただき、感謝いたします」


 セドリックが深く頭を下げる。


 フェリクスも、それに合わせた。


「帝都では得られないものを、こちらで学ばせていただく所存です」


「ああ」


 グラナートは短く答えた。


 イリスは、もう一度二人の後ろを見る。


 やはり、三人目はいない。


「伯爵。ヴィクトル伯爵は、どうされたのですか?」


 二人とも黙った。


 セドリックは表情を変えなかったが、フェリクスはわずかに視線を逸らした。


 イリスはグラナートを見る。


「総長閣下」


「現在、ヴィクトル・アルノルト伯爵の所在が分からなくなっている」


「所在が分からない?」


「ああ」


 イリスは眉を寄せた。


「昨日、騎士団領へ到着したばかりですよね?」


「そうだ」


「それなのに、もう行方が分からないのですか?」


「そのようだ」


 グラナートも、明らかに困った顔をしていた。


「何があったのですか?」


「まさか、遊び歩いているのですか?」


 イリスが尋ねる。


 グラナートは机上に置かれていた報告書へ手を伸ばしかけた。


「昨日、三名は騎士団領へ到着したあと、副長府庁舎を見学するつもりで向かった」


「副長府へ?」


「ああ。正式な受け入れ先を決める前に、副長府の施設や仕事を簡単に見るつもりだったらしい」


 イリスの眉が寄った。


「そんな話、私は聞いていませんが?」


 グラナートが顔を上げる。


「何?」


「副長府庁舎を見学するのであれば、事前に申請が必要です」


 イリスはセドリックとフェリクスを見る。


「ですが、私はそのような申請を受けていません」


 二人が黙った。


 総騎士団副長府の首席書記官である。


 副長府への見学や、外部からの訪問に関する申請書類は、まずイリスのところへ回ってくる。


 そこで内容を確認し、必要なものをレオンへ回す。


 帝都から来た騎士団長候補三名が副長府庁舎を見学するという話を、イリスだけが知らないということはあり得なかった。


「私が把握していないということは、正式な申請は出していませんね?」


 セドリックは答えなかった。


 フェリクスも視線を逸らす。


 イリスはグラナートへ向き直った。


「総長閣下」


 グラナートは二人を見た。


 それから、深くため息をつく。


「……無許可だ」


 イリスの表情が止まった。


「無許可?」


「ああ」


 イリスは、ゆっくりとセドリックとフェリクスへ視線を戻した。


「あなたたちは昨日、この騎士団領へ到着したばかりですよね?」


「……はい」


「まだ正式な受け入れも済んでいません」


 二人は黙っている。


「配属先も決まっていない。どこで何を学んでもらうのかも、まだ正式には決められていません」


 イリスの目が冷たくなる。


「つまり現時点で、あなたたちは副長府の所属でもなければ、副長府へ自由に出入りする権限を与えられた者でもありません」


 セドリックがわずかに表情を固くした。


「副長府から見れば、ただの部外者です」


「……殿下」


「その部外者が、申請もせず、許可も得ず、勝手に庁舎へ入った」


 イリスは少し間を置いた。


「それは見学ではありません」


 二人が黙る。


「不法侵入です」


 フェリクスが目を伏せた。


「入口に守衛がいなかったので、入っても問題ないものだと――」


「守衛がいなければ、他人の施設へ勝手に入っていいのですか?」


「……いえ」


「我々は帝都から正式に派遣された騎士団長候補です」


 セドリックが口を開いた。


「いずれ騎士団領の各組織で学ぶことになると聞いていましたので、副長府も見ておいた方がよいと考えました」


「だから?」


 イリスの声が低くなる。


「帝都から派遣された騎士団長候補なら、勝手に入っても許されると思ったのですか?」


「そのような意味ではありません」


「では、貴族だからですか?」


 セドリックが口を閉じた。


「自分たちは貴族だから、多少のことなら許される。そういう感覚で行動したのではありませんか?」


 二人とも答えなかった。


「ここは帝都ではありません」


 イリスは二人をまっすぐに見る。


「確かに、東ロンバルディア騎士団領はヴェリア帝国の領内です」


「ですが、帝都と同じ感覚のまま振る舞ってはいけません」


 二人は黙って聞いている。


「権限も、制度も、組織の成り立ちも違います」


「帝都で貴族として通用していたものが、ここでも同じように通用すると思わないでください」


 イリスは一度言葉を切った。


「ここにいる間は、ほとんど別の国へ来たくらいのつもりでいた方がいいですよ」


 フェリクスが、わずかに目を見開く。


「別の国、ですか」


「そのくらい、考え方を切り替えなさいということです」


 イリスは淡々と続ける。


「知らない土地へ来たのなら、その土地の規則を確認する。知らない施設へ入るのであれば、事前に許可を取る」


「帝都でどれほど高い身分だったとしても、それは変わりません」


 セドリックが深く頭を下げた。


「……申し訳ありませんでした」


 フェリクスも続いて頭を下げる。


「我々の認識が甘かったです」


「今後は、必ずこちらの規則を確認したうえで行動します」


 イリスは二人をしばらく見た。


「そうしてください」


 グラナートも二人へ視線を向ける。


「ただし、今回の件をこれで終わりにはせん」


 二人が顔を上げる。


「お前たち二人についても、無許可で副長府庁舎へ侵入した件は、後で正式に処分を決める」


 セドリックとフェリクスの表情が固くなった。


「……承知しました」


 二人はそれ以上何も言わず、押し黙った。


 イリスがグラナートへ頭を下げる。


「恐縮です、総長閣下」


「当然だ」


 グラナートは短く答えた。


「帝都から預かった騎士団長候補だからといって、無許可の侵入まで見逃すわけにはいかん」


「はい」


 イリスは頷いた。


 そこで、ふと眉を寄せる。


「……ですが」


「何だ?」


「ヴィクトル伯爵が捕まった理由も、不法侵入なのですか?」


 イリスは少し考える。


「それなら、おかしいですね」


 グラナートがイリスを見る。


「何がだ?」


「セドリックとフェリクスも、同じように無許可で副長府庁舎へ入ったのでしょう?」


「そうだ」


 イリスは二人を見る。


「ですが、お二人は今ここにいます」


 セドリックとフェリクスは何も言わなかった。


「不法侵入そのものが理由で拘束されたのであれば、ヴィクトル伯爵だけが連れていかれたというのは不自然です」


 イリスはグラナートへ視線を戻した。


「何か、別の理由があるのですね?」


 グラナートが、深いため息をついた。


「……殿下の言うとおりだ」


「やはり」


「ヴィクトルが連れていかれた理由は、不法侵入ではない」


 イリスの表情が険しくなる。


「では、何をしたのですか?」


 グラナートは、そこで初めて机上の報告書へ手を伸ばした。


 少し嫌そうな顔をして、それを開く。


「ここからが本題だ」


 報告書へ目を落とす。


「庁舎内を歩いている途中で、ヴィクトル伯爵が一人の少女を見つけた」


「少女?」


「ああ」


 グラナートはもう一度、重いため息をついた。


「伯爵は、あそこに自分好みの女がいる、と言って少女へ近づいたらしい」


 イリスの眉が、わずかに動いた。


「それで?」


「少女へ声をかけ、その髪を一房、手に取った」


 イリスの表情が止まる。


「手に取っただけですか?」


「その髪の香りを嗅いだそうだ」


 一瞬。


 総長執務室が静まり返った。


「……本当にですか?」


 イリスの声が強く低くなる。


 グラナートが、セドリックとフェリクスを見る。


「間違いないのだな?」


「はい」


 セドリックが答えた。


「ヴィクトル伯爵は、その女性へ近づき、髪を一房手に取って、香りを確かめました」


「本人の許可は?」


「得ていません」


 フェリクスが小さく答えた。


 イリスの目が、明らかに冷たくなる。


「それは、ひどく侮辱的な行為です」


 グラナートが顔を上げた。


「そこまでなのか?」


「はい」


 イリスは強く頷いた。


「帝都の一部の貴族社会では、身分の高い男性が女性の髪を手に取り、その香りを確かめる行為には意味があります」


「どういう意味だ?」


「その女性を、自分のものとして扱うという意思表示です」


「自分のもの?」


「はい」


 イリスは厳しい表情のまま続けた。


「特に、身分の低い女性に対して行えば、その女性を自分の所有物や囲い者として扱うという意味に受け取られます」


「周囲からも、そう見られるのか?」


「はい。その女性が、自分より身分の高い男性に所有されたという印をつける行為に近いものです」


 グラナートの表情が険しくなる。


「貴族の挨拶という程度ではないのだな」


「まったく違います」


 イリスは、きっぱりと否定した。


「相手の同意もなく行えば、非常に侮辱的です」


 イリスは一度言葉を切った。


「女性を一人の人間としてではなく、自分の所有物のように扱う行為です。貴族としても、恥ずべき振る舞いでしょう」


「ヴィクトル伯爵が、その意味を知らなかった可能性は?」


「ありません」


 返答は即座だった。


「ヴィクトル伯爵は、帝都の貴族社会で育った方です。知らずに行うようなことではありません」


 イリスは、セドリックとフェリクスを見る。


「お二人も、その意味はご存じだったのですよね?」


「……はい」


 セドリックが答えた。


「では、なぜ止めなかったのですか?」


 二人が黙った。


 やがて、フェリクスが小さく口を開く。


「ここまでのことになるとは、思っていませんでした」


「ここまでのこと?」


 イリスの声が、さらに冷たくなる。


「私は、その後に何が起きたかを責めているのではありません」


 二人が顔を上げた。


「その行為自体を、なぜ止めなかったのかと聞いているのです」


「…………」


「騒ぎになると思ったかどうかは関係ありません」


 イリスは二人をまっすぐに見る。


「ヴィクトル伯爵が、女性に対して恥ずべき行為をしようとしていた。その意味を知っていたのに、なぜ止めなかったのですか?」


 セドリックとフェリクスは、深く頭を下げた。


「……申し訳ありません」


「我々も、止めるべきでした」


 イリスは二人を見る。


 それから、わずかに苦笑した。


「伯爵は、本当に馬鹿なことをしましたね」


 二人は何も答えなかった。


「意味を知らなかったわけでもないのに、初めて訪れた土地で、会ったばかりの女性にそのようなことをしたのですから」


 イリスの苦笑が消える。


「何か起きても、不思議ではありません」


 グラナートは報告書へ視線を落とした。


「それなら、処分が必要だな」


「はい」


 イリスは頷いた。


「それで、なぜヴィクトル伯爵の行方が分からなくなっているのですか?」


 グラナートが報告書を置いた。


「伯爵が少女の髪へ触れた直後、周囲にいた騎士団員たちの動きが止まったらしい」


「止まった?」


「ああ」


「その直後、相当な数の騎士団員が集まり、伯爵を取り囲んだ」


「何人ほどですか?」


「分からん」


 グラナートは首を振った。


「報告した者も、どこから現れたのか分からないと言っている。気づいた時には、通路の前後を塞がれていたそうだ」


 イリスは、セドリックとフェリクスを見る。


「お二人も、その場にいたのですよね?」


「はい」


 セドリックが答えた。


「ヴィクトル伯爵が、その女性へ近づくところから見ていました」


「騎士団員たちは、突然現れたのですか?」


「突然というより、周囲にいた騎士団員たちが一斉に集まってきたように見えました」


「その場に、貴方がたは全部で何人いたのですか?」


「我々を含めて、九人です」


「九人?」


「はい」


 セドリックが答える。


「ヴィクトル伯爵と、その護衛が二名。我々二人にも、それぞれ護衛が二名ずつついていました」


 合計九人。


 その全員が、帝都から来た者たちだった。


「それで?」


「ヴィクトル伯爵と、伯爵付きの護衛二名は、あっという間に武装を解除されました」


「三人ともですか?」


「はい」


「抵抗する間もありませんでした」


 フェリクスが続ける。


「伯爵本人も、自分は帝国伯爵だと名乗りました」


「それで?」


「誰も退きませんでした」


「むしろ、さらに人数が増えました」


 イリスの目が細くなる。


「ヴィクトル伯爵本人は、何と?」


「我々へ助けを求めました」


「助けを?」


「『何をしている、助けろ』と」


 セドリックが苦い顔をする。


「それで、お二人は?」


「助けようとはしました」


 フェリクスが答えた。


「ですが、我々もすぐに囲まれました」


「お二人だけですか?」


「いいえ」


「我々二人と、護衛四名。六人全員です」


「六人を?」


「はい」


 セドリックが頷く。


「両手や両足を押さえられ、動くなと言われました」


「武器は?」


「我々の武器は奪われていません」


「ですが、抜くこともできませんでした」


 イリスが少し目を見開いた。


「六人まとめて、動きを封じられたのですか?」


「……はい」


「申し訳ありません」


 フェリクスがうなだれて答えた。


「その間に、ヴィクトル伯爵たちは?」


「連れていかれました」


「どこへ?」


「分かりません」


 フェリクスが首を振った。


「ただ、副長府庁舎の奥へ連れていかれたことだけは間違いありません」


「追わなかったのですか?」


「追えませんでした」


 セドリックが答える。


「我々は、そのまましばらく拘束されていました」


「どのくらいですか?」


「正確には分かりません」


「ただ、しばらくして、突然拘束を解かれました」


「その時、周囲には?」


「ほとんど誰もいませんでした」


「ほとんど誰も?」


「はい」


「我々を押さえていた騎士たちも、すでに立ち去っていました」


 イリスは眉を寄せる。


「ヴィクトル伯爵と護衛の方々は?」


「いませんでした」


 セドリックが静かに答えた。


「そこに残っていたのは、ヴィクトル伯爵と護衛二名の鎧と兜だけです」


「鎧と兜だけ?」


「はい」


「武器は?」


「ありませんでした」


「取り上げられたまま、持っていかれたようです」


 総長執務室が静かになった。


 ヴィクトル伯爵と護衛二名。


 三人の姿は消えている。


 残されていたのは、鎧と兜だけ。


 武器すらない。


「それで、戻ってきたのですか?」


「……はい」


 グラナートが低く息を吐いた。


「九人で行って、三人が消えたということか」


「はい」


「しかも残った六人も、一度は全員拘束された」


「……はい」


「ずいぶん派手な見学になったものだな」


 セドリックとフェリクスは何も答えなかった。


 イリスは、少し考えた。


「その少女は、何をしていたのですか?」


 フェリクスが答える。


「最初は、何が起きたのか分かっていないようでした」


「伯爵に怒ってはいなかったのですか?」


「少なくとも、私にはそう見えませんでした」


「むしろ、伯爵が囲まれたあと、騎士団員たちへ声をかけていました」


「何と?」


 セドリックが、少女の言葉を思い出すように答える。


「『あまり乱暴なことをしないでやってくださいね』と」


 イリスが目を閉じた。


「それだけですか?」


「我々のことまで案じていました」


 フェリクスが続ける。


「怪我はありませんか、と聞かれました」


「ヴィクトル伯爵の護衛たちについても、怪我をさせないでほしいと頼んでいたようです」


 グラナートが小さく息を吐いた。


「自分が侮辱されたことには、気づいていなかったのかもしれんな」


「その可能性があります」


 イリスは静かに答えた。


 それから、セドリックとフェリクスを見る。


「お二人も、今のうちに行動を改めた方がいいですよ」


「我々も、ですか?」


「はい」


 イリスの声は淡々としていた。


「この騎士団領で、帝都と同じような感覚のまま振る舞っていれば、いずれヴィクトル伯爵と同じような目に遭います」


 二人の表情が固くなる。


「今回、ヴィクトル伯爵は命までは助かりそうですが」


 イリスは一度言葉を切った。


「それは、その方が『乱暴なことをしないでください』と言っていたからです」


 セドリックとフェリクスは黙った。


「次も、同じように止めてくれる人がいるとは限りません」


 イリスの目が冷たくなる。


 一瞬、静寂が流れた。


 イリスはセドリックとフェリクスを改めて見る。


「お二人も、あの場では剣を抜こうとしていたのでしょう?」


 二人が押し黙った。


「実際には押さえられて抜けなかっただけです。もし剣を抜いていれば、相手も武器を抜いたかもしれません」


「そうなれば、誰かが死んでもおかしくありません」


 イリスは静かに続けた。


「自分たちから武器を抜こうとしておいて、殺された時だけ身分を理由に文句を言うことはできないはずです」


 イリスは二人をまっすぐに見た。


「殺されても、文句は言えませんからね」


「イリス殿下」


 グラナートが額へ手を当てた。


「二人を脅すのはやめてくれ」


「脅してはいません。忠告です」


「それに、この二人にまで何かあったら、皇太子殿下から預かっている私の責任になる」


「……そうでしたね」


 イリスは少しだけ表情を緩めた。


 副長府庁舎。


 可憐な少女。


 相当な数の騎士。


 少女の髪へ触れた直後に、一斉に囲まれた。


 帝都から来た九人のうち、三人は武装を解除されて連れていかれ、残る六人までその場で動きを封じられた。


 それでも本人は、連れていかれる伯爵や護衛を心配していた。


 思い当たる人物は、一人しかいなかった。


「総長閣下」


「何だ?」


「……まさか、ヴィクトル伯爵が手を出した相手は、リリアさんですか?」


 グラナートが報告書へ目を落とした。


「少しブラウンの混じった長い金髪。青いリボンをしていたそうだ」


 イリスは額へ手を当てた。


「……間違いありません。リリアさんです」


 イリスは深く息を吐いた。


 それから、ゆっくりとセドリックとフェリクスを見る。


「あなたたち、とんでもない相手に手を出しましたね」


 二人が目を瞬いた。


「……とんでもない相手?」


 フェリクスが聞き返す。


「ええ」


 イリスは額へ手を当てた。


「面倒なことをしてくれましたね……」


 セドリックとフェリクスは顔を見合わせた。


 なぜそこまで言われるのか、分かっていないようだった。


「レオンハルトの妹だ」


 グラナートが言った。


「副長閣下の妹君……」


「やはり」


 マクニッサも、報告書を見ながら呟く。


「それでしたら、伯爵を連れていったのは、噂の親衛隊でしょうね」


「親衛隊?」


 セドリックが聞き返した。


 フェリクスも、不思議そうにマクニッサを見る。


「その少女には、親衛隊がいるのですか?」


 グラナートは、少しだけ眉を寄せた。


「いる、らしい」


「らしい?」


 セドリックが聞き返す。


「我々も、詳しいことは分かっていない」


「総長閣下でもですか?」


「ああ」


 マクニッサが補足する。


「リリアさんの周囲に、親衛隊と呼ばれる騎士たちがいることは、こちらでも聞いています」


「ですが、何人いるのか、誰が指揮しているのか、普段どのような活動をしているのか。その実態までは把握できていません」


「総庁側の人間でも?」


 フェリクスが驚いたように尋ねた。


「副長府の内部事情は、こちらから簡単に把握できるものではありません」


 マクニッサは静かに答えた。


「今回の件で、少なくとも噂だけの存在ではなかったことは分かりましたが」


 グラナートは、重い息を吐いた。


「まさか帝国伯爵一人と、その護衛をまとめて連れていくほどとは思っていなかった」


 セドリックとフェリクスが顔を見合わせた。


「副長閣下の妹君ということは分かりました」


 フェリクスが尋ねる。


「ですが、どうして親衛隊などがいるのですか?」


 グラナート。


 マクニッサ。


 そしてイリス。


 三人は、揃って頭を抱えた。

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