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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章56話 七不思議の調査依頼 

――帝国暦三二二年・春初め ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府庁舎――


■総騎士団副長府庁舎・談話室


 最近、副長府では七不思議の話で妙に盛り上がっている。


 第一執務室でも。


 廊下でも。


 休憩中でも。


 誰かが新しい話を聞けば、すぐ別の誰かへ伝わっていく。


 クリス・ラングレーは、その流れに嫌な予感を覚えていた。


 そして、その日の夕方。


「クリスさん。少し相談があります」


 シエラにそう言われた。


 その時点で、嫌な予感はさらに強くなった。


 クリスは帰りたかった。


 だが、シエラはすでに談話室を指定していた。


 仕方なく向かう。


 幸いというべきか。


 今回は途中でリリアにもエリシアにも見つからなかった。


 談話室へ入る。


 シエラはすでに待っていた。


 クリスの顔を見る。


 立ち上がる。


 そして。


「お願いします」


 いきなり頭を下げた。


 クリスは入口で止まった。


「……ろくな話じゃないな」


「聞いてくれますか?」


「まず内容を言え」


「それでは断られます」


「そんな頼みを聞けるわけないだろ」


 クリスは嫌な顔をしながら、シエラの向かいへ座った。


「何を頼みたいんだ」


「先に、引き受けると言ってください」


「言わねぇよ」


「困ります」


「俺の方がもっと困る」


「そうなんです」


「そこで同意するな」


 シエラは真面目だった。


 だから余計に嫌だった。


「だいたい、お前なら自分で調べればいいだろ」


「はい」


「記録とか、情報集めとか好きだろ」


「大好きです」


「じゃあ自分でやれ」


「今回は苦手なんです」


「何がだ」


「調査がです」


「お前が調査苦手って、どういうことだよ」


 クリスは眉を寄せた。


「自分で無理なら、情報員とか協力者を使えばいいだろ」


「使いません」


「何でだ」


 シエラは少しだけ眉を寄せた。


「こんな馬鹿馬鹿しい話のために、大切な情報員や協力者を使うわけにはいきません」


「……」


 クリスは黙った。


 数秒。


 それから、自分を指差した。


「でも俺には頼むんだよな?」


「はい」


「もしかして俺、大切じゃないのか?」


「大切です」


「じゃあ何で俺は使うんだよ」


「……」


 シエラが考え込んだ。


「そこ悩むところか?」


「婚約者が大切ではないわけではありません」


「言い方がもう不安なんだよ」


 シエラはもう少し考えた。


「ただ、この手のことは、クリスさんにしか調べられないと思うんです」


「何でだよ」


「そういう意味では、とても大切です」


「どういう意味だよ」


「ですが、オリオン社としては、大した情報ではありません」


「俺の価値と情報の価値を一緒に下げるな」


「下げてはいません」


「じゃあ上げてもないだろ」


「それで」


 シエラは話を進めた。


「お願いしたいことなのですが」


「やっと本題か」


「副長府の七不思議についてです」


 クリスの顔から力が抜けた。


「……あれか」


「はい」


「調べてきてほしいんです」


「嫌だよ」


「お願いします」


「だから自分で調べろ。お前、こういうの記録するの好きだろ」


「記録はしたいです」


「なら行け」


「嫌です」


「即答すんな」


 シエラは真顔だった。


「クリスさん。この前の白い影の件を覚えていますか?」


「忘れるわけないだろ」


「あれを見てから、こういうものを実際に確認するのは少し難しくなりました」


「お前、あの時も記録するとか言ってなかったか?」


「言いました」


「頭の中には記録したとか言ってただろ」


「はい」


「じゃあ、その記録を使え」


「もうありません」


「何でだよ」


「思い出すたびに怖かったので、すべて忘れ去ることにしました」


「記録好きが自分から記録消すなよ」


「仕方ありません」


「仕方ないのか?」


「はい」


 まったく悪びれていない。


「記録はしたいんです」


「お前さっき忘れたって言っただろ」


「新しい記録は欲しいです」


「欲しがるな」


「でも、自分で調べるのは怖いんです」


「じゃあ諦めろ」


「それも嫌です」


「面倒くせぇな、お前」


「ですから、クリスさんにお願いしています」


「何で俺が解決策になるんだよ」


 シエラは淡々と答えた。


「オリオン社として調査するような内容ではありません」


「だろうな」


「不確定な噂話ですし、正式な情報として扱えるものでもありません」


「ああ」


「この程度のことで、情報員や協力者を動かすこともできません」


「それも分かった」


「ですが、私は知りたいです」


「個人的な興味じゃねぇか」


「はい」


「認めるのかよ」


「ですので、個人的に調べるしかありません」


「自分で行け」


「怖いので無理です」


「結局そこに戻るのか」


 シエラは立ち上がった。


 そして、また頭を下げた。


「お願いします」


「やめろ」


「私には少し難しい仕事なんです」


「仕事じゃなくて趣味だろ」


「調査結果は記録します」


「知らねぇよ」


 シエラは顔を上げた。


「お願いします、クリスさん」


 今度はクリスの手を両手で握った。


「おい」


「お願いします」


「手を離せ」


「引き受けてください」


「だから――」


 そこで。


 談話室の周囲から、小さな声が聞こえた。


「……あれ、クリス大隊長とシエラさんじゃない?」


「婚約してる二人よね?」


「何か揉めてない?」


「シエラさん、あんなに必死に……」


「別れ話かしら」


 クリスの顔が引きつった。


「……おい」


「はい?」


「周りを見ろ」


 シエラが周囲を見る。


 視線が一斉に逸れた。


 だが、明らかに全員こちらを気にしている。


「……何か誤解されていますね」


「誰のせいだと思ってる」


「私でしょうか?」


「お前以外に誰がいる」


「では、引き受けてください」


「話が戻ったぞ」


「お願いします」


 シエラはまだ手を離さない。


 周囲から、さらに声が聞こえる。


「頑張って……」


「きっと大丈夫よ」


「何が大丈夫なんだよ」


 クリスは思わず呟いた。


「クリスさん」


「分かった! 分かったから!」


 クリスはとうとう折れた。


「調べる。だから手を離せ」


「本当ですか?」


「ああ」


「引き受けてくれるんですね?」


「引き受けるから離せ」


「ありがとうございます」


 ようやくシエラが手を離した。


 すると。


 周囲から、ほっとしたような空気が流れた。


「よかった……」


「仲直りしたみたい」


「やっぱりお似合いね」


 クリスは何とも言えない顔で周囲を見た。


 何なんだ、この状況は。


 別れ話でもなければ、喧嘩でもない。


 七不思議の調査を押しつけられただけである。


「まあ、いい」


 クリスは疲れたように椅子へ座り直した。


「七不思議の内容なら、だいたい把握してる」


 シエラの目が少し輝いた。


「さすが私の旦那様です」


「旦那じゃない」


「では、婚約者です」


「そこも今はどうでもいい」


「はい」


「面倒だから、あとで分かってる範囲を報告書にしてやる」


「本当ですか?」


「ああ」


「助かります」


 シエラは満足そうに頷いた。


「それでお願いします」


「これで終わりだな」


「はい」


 クリスは立ち上がった。


 だが、そこで止まった。


「そうだ」


「何でしょうか」


「報酬は出るんだろうな」


「もちろんです」


「ならいい」


「夫婦の共同資金へ入れておきますね」


 クリスが止まった。


「……何?」


「今後のために、二人で積み立てる口座を作ろうと思っています」


「何でだよ」


「必要になると思いますので」


「何に使うんだ」


「将来のためです」


 クリスはしばらく黙った。


 考えるのが面倒になった。


「……まあいい。俺も引き出せるなら」


「それは無理ですよ」


「何でだよ」


「子供のための資金ですから」


「……」


 クリスは黙った。


 完全に黙った。


 そして。


「聞かなかったことにする」


 席を立った。


「あ、クリスさん」


「もう何も聞かない」


「報告書、お願いしますね」


「分かった」


「楽しみにしています」


「楽しみにするな」


 クリスはそのまま談話室を出ていった。


 背後では、また小さな声が聞こえている。


「子供の話までしてたわよ」


「もうそこまで考えてるのね」


「よかった。別れ話じゃなかったのね」


 クリスは振り返らなかった。


 何も聞かなかったことにした。


 七不思議を少し調べるだけだったはずなのに。


 なぜか。


 気づけば、結婚後の子供のための積立金まで作られることになっていた。


「……ろくな話じゃなかったな」


 最初の予感だけは、正しかった。


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