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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章57話 相談と文句と

――帝国暦三二二年・春初め ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府庁舎――


■総騎士団副長府庁舎・廊下


 オリオン社での面接を終えて副長府へ戻ってから、クリスには一つ気になっていることがあった。


 シエラとオリオン社へ行く前日。


 クリスは第一執務室の前まで行き、中で自分の噂をされているのを聞いた。


 マリニーファには、あんな人のどこがいいのかと言われた。


 ココには、シエラがかわいそうだと言われた。


 リリアでさえ、クリスの良いところをその場ですぐには一つも挙げられなかった。


 だが、あの時、レオンの声は一度も聞こえなかった。


 親友である自分があれだけ言われているのに、なぜ何も言ってくれなかったのか。


 それが納得できなかった。


 クリスは、副長府庁舎の廊下を歩いているレオンを見つけた。


「レオン、少し来い」


「これから仕事がある」


「すぐ終わる」


「後では駄目か」


「駄目だ」


 レオンは、明らかに嫌そうな顔をした。


「急ぎか?」


「ああ」


「何の話だ」


「ここでは話せない」


「仕事の話ではないのか」


「違う」


「なら、後でもいいだろう」


「よくない」


 クリスはレオンの腕をつかんだ。


「来い」


「自分で歩ける」


「逃げるだろ」


「逃げない」


「さっき断ろうとしただろ」


「仕事があるからだ」


「それは後にしろ」


「お前に言われたくない」


 レオンは抵抗した。


 だが、クリスがいつになく真剣な顔をしているのを見ると、最後まで拒むことはできなかったらしい。


 仕方なく、クリスとともに談話室へ向かった。


■総騎士団副長府庁舎・談話室


 クリスが談話室の扉を閉める。


 レオンは椅子へ座る前に、改めてクリスの顔を見た。


「改めて、婚約、おめでとう」


「その話じゃない」


「違うのか」


「ああ」


「では、何の話だ」


 クリスは婚約について何も答えず、レオンの向かいへ座った。


「少し相談がある。それと、お前に言いたいこともある」


「相談?」


「ああ」


 クリスは腕を組み、少し言いにくそうに口を開いた。


「お前んとこの女たち、最近おかしくないか?」


「俺のとこの女たち?」


「違う。そういう意味じゃない」


「では、どういう意味だ」


「お前のところの書記官たちだ」


「第一執務室の者たちか?」


「ああ」


 レオンはクリスの向かいへ腰を下ろした。


「何がおかしいんだ」


「最近、急に俺のことを嫌ってる気がする」


「前から嫌われていただろう」


「それは知ってる」


「知っているのか」


「ああ」


 クリスも、第一執務室で自分が好かれているとは思っていなかった。


 特にマリニーファが自分を嫌っていることには、以前から気づいている。


 顔を合わせれば辛辣なことを言われるのも、今に始まった話ではなかった。


「マリニーファが俺を嫌ってるのは知ってた」


「なら、何が問題なんだ」


「最近はメリーまで、前より俺に厳しくなってるだろ」


「そうなのか?」


「そうだよ」


「俺には以前と同じように見える」


「それに、ココもだ」


「ココも?」


「ああ」


 クリスは真剣な顔で頷いた。


「前は、あそこまでじゃなかった気がする」


「どの程度だったんだ」


「少なくとも、俺を見ただけでリリアを心配するほどじゃなかった」


「今は違うのか?」


「俺の話になると、すぐリリアを慰めてる」


「そうか」


「そうかじゃない」


「俺には、そこまでの変化は分からない」


「俺には分かる」


「嫌われている本人だからか?」


「嫌な言い方をするな」


「事実だろう」


「だから、その理由をお前に聞いてるんだ」


 レオンは少し考えた。


「思い当たることは多すぎる」


「多すぎるのかよ」


「ああ」


「一つくらいに絞れ」


「無理だ」


「役に立たないな」


「相談とは、その話か?」


「ああ。相談はそれだ」


「では、終わったな」


 レオンが立ち上がろうとする。


「待て、レオン」


「まだ何かあるのか?」


「言っただろ。お前に言いたいこともある」


「何だ」


 クリスは改めてレオンを見た。


「俺がオリオン社へ行く前日、第一執務室にいたか?」


「ああ」


「いたのかよ」


「いた」


 レオンは何でもないことのように答えた。


「だったら、俺の話をしてたのも聞いてたんだな?」


「聞いていた」


「何で何も言わなかった」


「何のことだ?」


「マリニーファたちが、俺のことを散々言ってただろ」


「ああ」


「何で認めるんだよ」


「実際に言っていた」


「親友のお前が、何で俺をかばってくれなかったんだ?」


 レオンは少し黙った。


「そんなことはない」


「何がだ」


「俺も以前は反論していた」


「本当か?」


「ああ」


「だったら、何であの日は黙ってたんだよ」


「無理だったからだ」


「何がだ」


「あいつらが四人、五人と集まると、俺一人では認識を改めさせられない」


「最初から諦めるな」


「最初からではない」


 レオンは真面目な顔で答えた。


「以前は何度も試した」


「何度も?」


「ああ」


「マルクかノーラがお前を捜しに来るたび、マリニーファとメリーがお前の問題点を挙げる」


「問題点じゃない」


「俺もそう言った」


「それで?」


「別の問題点を挙げられた」


「だから問題点じゃないって言ってるだろ」


「俺に言われても困る」


 レオンは淡々としていた。


「俺が一つ反論する間に、向こうは三つほど返してくる」


「そんなにか?」


「ああ」


「マリニーファとメリーにとって、お前を非難することは、もはや得意なことの一つになっている」


「人を悪く言うことを得意にするな」


「俺に言われても困る」


 クリスは額を押さえた。


「殿下はどうしてるんだ?」


「その話が始まると、イリスはいつも予定表を確認している」


「絶対に関わりたくないだけだろ」


「そうかもしれない」


「リリアは?」


「悲しそうな顔をしている」


「ココは?」


「リリアを慰めている」


「フィアナは?」


「時々、マリニーファとメリーの意見に同意している」


「お前は?」


「今は聞かなかったことにしている」


「もう誰も俺を助ける気がないじゃないか」


「だから、以前は助けようとしたと言っている」


 レオンは小さく息を吐いた。


「例えば、お前はそんなに悪い奴ではない。いいところもあると言った」


「ちゃんとかばってるじゃないか」


「ああ」


「何て言った?」


「お前はいろいろな者とよく話す。友人も多いと言った」


「いいところじゃないか」


「そうだろう」


 レオンも頷いた。


「特に女性の友人が多い。毎日のように、あちこちの女性へ声をかけているとも説明した」


「何でそこまで言った」


「分かりやすいと思った」


「余計に悪くなってるだろ」


「そうらしい」


 レオンは少しだけ目を伏せた。


「メリーには、それは友人が多いのではなく、女性へ手当たり次第に声をかけているだけではないかと言われた」


「違う!」


「そうなのか?」


「全然違う」


「では、何なのだ」


「話が合いそうな女性に声をかけてるだけだ」


「話が合うかどうかは、声をかける前には分からないだろ」


「だから声をかけて確かめてるんだよ」


「同じではないのか?」


「違う!」


 レオンは、よく分からないという顔をした。


「それから、マリニーファには、たぶん女性なら誰でもいいのだと言われた」


「あいつはいつも辛辣だな」


「フィアナにも、それは褒めるところではないと言われた」


「お前が言い方を間違えたんだよ」


「事実を説明しただけだ」


「事実を全部言えばいいってもんじゃない」


「そうなのか?」


「そうだよ」


 レオンは少し考えてから続けた。


「それで、別のことも言った」


「何をだ?」


「あいつは部下を信頼している、と」


 クリスは顔を上げた。


「それはいいじゃないか」


「ああ。俺もそう思った」


「部下を信じて、任せられる仕事は任せる。そういうことだろ」


「ああ」


 レオンは頷いた。


「お前が俺に言ったことでもある」


「俺が?」


「忘れたのか?」


「いや」


 クリスはすぐに思い出した。


 少し前。


 レオンが何でも自分で処理しようとしていた時に、クリス自身が言ったことだった。


 仕事を他の者へ任せても、責任までその者へ押しつける必要はない。


 任せられるところは任せる。


 何かあった時の責任は上に立つ者が持つ。


 責任を持つことと、全部自分でやることは違う。


「言ったな」


「ああ」


「だから俺も、少しずつ他の者へ仕事を任せようと思った」


「それでいいんだよ」


「俺もそう思っていた」


「……いた?」


 クリスの眉が動いた。


「何があった?」


「第一執務室で、その話をした」


「俺をかばうために?」


「ああ」


 レオンは真面目に答える。


「お前は仕事を部下へ押しつけているのではない。部下を信用して仕事を任せているのだと説明した」


「そのとおりだ」


「だが、メリーに否定された」


「何でだよ」


「部下を信頼して仕事を任せることと、自分の仕事を放置して、部下に捜し回らせることは違うと言われた」


 クリスの表情が止まった。


「放置してない」


「フィアナにも、仕事を任せることと、任せっぱなしにすることは違うと言われた」


「任せっぱなしじゃない」


「マリニーファには――」


 そこでレオンが少し間を置いた。


「『副長は、クリス様に騙されているのではありませんか』と言われた」


「誰が騙した」


「お前だ」


「……騙してない」


「俺もそう言った」


「ならいい」


「だが、違うと言われた」


「何がだよ」


「お前は仕事をしたくないから、もっともらしいことを言っているだけではないかと」


「違う!」


「そうなのか?」


「そうだよ!」


 クリスは机を軽く叩いた。


「俺が言ったこと自体は間違ってないだろ。全部自分で抱える必要はない。部下に任せて、最後の責任を持つのが上に立つ奴の仕事だ」


「俺もそう思っていた」


「だから過去形にするな!」


「マリニーファからは、仕事は自分でやった方がいいと言われた」


「何であいつが決めるんだよ」


「その方が安心できます、と」


「……」


 クリスは黙った。


 少し考える。


「おい、レオン」


「何だ」


「それ、本当に仕事のやり方の話だったのか?」


「他に何がある」


「いや……」


 クリスはマリニーファの顔を思い浮かべた。


 仕事をしているレオンを見る時だけ、妙に機嫌がいい。


 大量の書類を前にして働き続けているレオンにも好意的だった。


 疲れていようが、仕事をしている限り評価が高い。


「……あいつ、お前が働いてるところを見たいだけじゃないのか?」


「なぜだ!?」


「知らねぇよ」


「なら違うだろう」


「何で俺が否定されたんだ」


 クリスは頭を抱えた。


 本気で仕事のやり方を心配しているのか。


 単に働いているレオンが好きなのか。


 マリニーファ本人にしか分からない。


「それで、お前はどうしたんだ」


「最近は、以前のように自分で処理するようにしている」


「戻ってるじゃねぇか!」


「何がだ」


「俺がせっかく仕事を任せろって言っただろ!」


「だが、お前を見ていると不安になった」


「何で俺を見て不安になるんだよ」


 レオンはじっとクリスを見る。


「お前は本当に仕事をしているのか?」


「してるよ!」


 即答だった。


「大隊長室にはほとんどいない」


「場所の問題だろ」


「部下にも居場所を伝えていない」


「……それは」


「マルクかノーラが、ほとんど毎日お前を捜しに来る」


 クリスが止まった。


「毎日?」


「ああ」


「そんなに来てるのかよ」


「昨日はマルク。その前はノーラだった」


「交代で来てるのか?」


「ああ」


 マルクとノーラが自分を捜し回っていること自体は知っていた。


 以前にも本人たちから、第一執務室や談話室、食堂、娯楽室、廊下、訓練場まで捜していると言われている。


 だが、二人が交代しながら、ほとんど毎日のように第一執務室へ来ているとは思っていなかった。


「一日に一度か?」


「日による」


「どういうことだ」


「一度でお前が見つからなければ、その日の担当が二度、三度と来ることもあるらしい」


「そんなに来てるのかよ」


「お前が見つからないからだろう」


「……分かってる」


「だから、俺がお前の言葉を信じて、少し仕事を任せようと思っても」


「ああ」


「その直後に、お前の部下がお前を捜しに来る」


「……」


「お前は仕事を部下へ押しつけているだけではないかと言われる」


「違う」


「俺もそう言う」


「ああ」


「しばらくすると、またマルクかノーラがお前を捜しに来る」


「……」


「また同じことを言われる」


「……」


「一日に二度、三度と続くこともある」


 レオンは真剣だった。


「俺は、お前から教わったことを信じていいのか分からなくなった」


「そこは信じろ!」


「教えた本人がこれだからだ」


「俺は仕事してる!」


「そうか」


「ああ!」


 レオンは少し考えた。


「……なら、すまなかった」


「何がだ」


「お前が仕事をしていないのではないかと疑っていた」


「親友に仕事してるかどうか疑われてたのか、俺」


「ああ」


「そこは少しくらい信じろよ」


「じゃあ、俺の評価も毎日下がってるのか?」


「毎日ではない」


「今、毎日来るって言っただろ」


「マルクかノーラが来るのは、ほとんど毎日だ」


「何が違うんだよ」


「お前の評価が下がるのは毎回だ」


「毎回?」


「ああ」


 レオンは淡々と説明する。


「一日に二度来れば二度下がる。三度来れば三度下がる」


「一日で何回も下がってるじゃねぇか」


「ああ」


「もう十分下がってるだろ」


「まだ下がっている」


「どこまで下がるんだよ」


 レオンは少し考えた。


「地面も驚くほどだ」


「そんなにか?」


「下がりすぎて、もう俺にも底が見えない」


「親友にそこまで言われるとは思わなかったぞ」


「この件については、お前の責任だ」


「少しくらいかばってくれよ」


「だから、かばった」


「他には何て言ったんだ」


「剣が強い」


「それでいいじゃないか」


「フィアナに、騎士なので当然ではないかと言われた」


「全員が俺ほど強いわけじゃないだろ」


「俺もそう言った」


「それで?」


「レオン副長の方が強いですよね、と言われた」


「お前と比べるなよ」


「合同剣技大会で負けていることも知られている」


「一回も勝てないんだから仕方ないだろ」


「そこで話が俺のことに変わった」


「俺を褒めてたんじゃなかったのか?」


「そうだったはずだ」


「戻せよ」


「戻そうとした」


「何て言ったんだ」


「クリスにも、まだ何かいいところがあるはずだと言った」


「何かって何だ」


「それを聞かれた」


「それで?」


「今、考えていると言った」


 クリスは目を閉じた。


「お前もリリアと同じこと言ってるじゃないか」


「あの場では、それしか言えなかった」


「そのあと、どうなった?」


「やはりいい人ではないのですねと言われた」


「最初に戻ってるじゃないか」


「ああ」


「全部無駄じゃないか」


「ああ」


「認めるなよ」


 レオンは深く息を吐いた。


「だから、もうやめた」


「俺をかばうのをか?」


「ああ」


「親友だろ」


「すでに何度もやった結果だ」


 レオンははっきりと言った。


「俺が説明している間にも、お前の部下がお前を捜しに来る」


「……」


「俺の仕事も止まる」


「俺の評判より仕事を選ぶのか?」


「何も言わなければ、話はすぐに終わる」


「おい」


「彼女たちも少し話せば満足して仕事へ戻る」


「俺だけ傷ついてるだろ」


「お前はその場にいない」


「後で聞こえるんだよ」


「それは知らなかった」


 レオンは悪びれずに答えた。


「そのお願いをするなら」


 レオンが言った。


「せめて、自分の居場所を部下へ伝えろ」


「……分かったよ」


「マルクとノーラがお前を捜しに来なくなれば、第一執務室でお前の話が始まる回数も減る」


「それが一番早いか」


「ああ」


「あと」


「何だ」


「仕事を任せる話は間違ってないからな」


 レオンはクリスを見る。


「本当か?」


「本当だよ。だから、前みたいに全部自分で抱えるな」


「……分かった。もう一度考えてみる」


 クリスはようやく息を吐いた。


 これで話は終わった。


 はずだった。


 だが。


 少し考えて、クリスは別のことに気づいた。


「……待て」


「何だ」


「お前、さっき俺が仕事してるか疑ってたよな?」


「ああ」


「俺のこと、信用してなかったのか?」


 レオンは少し考えた。


「少なくとも、仕事に関しては少し疑っていた」


「親友だろ」


「親友かどうかと、仕事をしているかどうかは別だろう」


「……」


「それに、お前は俺の部下でもある」


「……そうだけど」


「部下を信用しろと、お前が言った」


「ああ」


「なら、信用されるようにしてくれ」


 クリスは黙った。


 反論できなかった。


 確かに、自分はレオンの部下でもある。


 部下を信用しろと言った以上、自分も信用されるようにしなければならない。


 理屈は分かる。


 分かるのだが。


 クリスは今日、そんな話をしに来たわけではなかった。


 本当は相談と。


 少しばかり、親友への文句を言いに来ただけだった。


 自分があれだけ悪く言われていたのに、なぜ何も言ってくれなかったのか。


 その一言を言いに来たはずだった。


 ところが。


 レオンは以前から何度も自分をかばっていた。


 しかも、その弁護が失敗する原因の一部は自分だった。


 さらには、自分が以前レオンに教えた仕事のやり方まで、自分自身の行動のせいで疑われていた。


 その上。


 親友から、仕事に関してはあまり信用していないとまで言われた。


「……」


 クリスは額を押さえた。


「どうした?」


「何でもない」


「では、仕事へ戻る」


「ああ」


 レオンは立ち上がり、談話室を出ていった。


 クリスは一人、椅子へ残った。


 相談をするだけなら、まだよかった。


 文句まで言おうとしたのが間違いだった。


 知らなくていいことまで知ってしまった。


「……言うんじゃなかった」


 ぽつりと呟く。


 結局。


 文句を言いに来たはずのクリスが、一番傷ついて帰ることになった。

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