第2章47話 第四大隊長は社長候補にされました
エリオの言葉を聞き、シエラの父が満足そうに頷いた。
「それでは、いくつか確認させてもらおう」
「はい」
ようやく面談らしい話に入った。
クリスは少しだけ姿勢を正した。
隣で、シエラが小さく言う。
「難しく考えなくて大丈夫です。聞かれたことに、そのまま答えてください」
「本当に大丈夫なんだろうな」
「はい」
父がクリスを見る。
「今後も、シエラと共に仕事を続ける意思はあるか」
「はい」
上級調査員となれば、シエラから情報を受け取り、互いに確認する機会は増える。
当然だった。
「オリオン社に、継続して力を貸してもらえるか」
「問題ありません」
扱える情報も増え、報酬も出る。
協力するつもりである。
「シエラと二人で、これまで以上に重要な仕事を担う覚悟はあるか」
「はい」
上級調査員になるのだから、責任も重くなる。
それも理解している。
「シエラと相談しながら、長くオリオン社を支えていくつもりはあるか」
クリスは少しだけ考えた。
長く。
どの程度を指しているのかは分からない。
だが、騎士団を辞める予定はなく、オリオン社との関係をすぐに切る理由もない。
隣を見ると、シエラが小さく頷いた。
「はい」
「では、いずれシエラと共に、会社全体へ責任を負う立場に就く覚悟もあるか」
会社全体へ責任を負う立場。
おそらく、上級調査員の中でも責任ある役目のことだろう。
クリスは、もう一度シエラを見る。
シエラは、また小さく頷いた。
「はい」
父親は、念を押すようにクリスを見た。
「間違いないと?」
そこまで確認されるとは思っていなかった。
だが、上級調査員として重要な情報を扱うのなら、相手から信用されなければならない。
クリスは姿勢を正した。
信用を得るため、騎士の誓いとしてその言葉を口にする。
「騎士に二言はありません」
はっきりと言い切った。
騎士にとって、軽々しく使うべき言葉ではないことは分かっている。
だが、この言葉を口にすれば、大抵の者はクリスを信用してくれた。
これまでも、相手へ自分の本気を伝えたい時には、何度か使っている。
今回も、それで十分だと思っていた。
シエラの父は、力強く頷いた。
「分かった」
母親の顔が明るくなる。
エリオも、どこか安堵したように息を吐いた。
「では、もうクリス君に決めた」
「ありがとうございます」
クリスは反射的に礼を言った。
上級調査員として認められた。
そう思ったからである。
シエラも隣で小さく頷く。
「頑張ります」
「俺も、できる範囲で頑張ります」
すると、向かい側に座る三人の表情が、一気に明るくなった。
「嬉しいわ」
母親が笑った。
「これで我が社の未来も安泰ですね」
「未来?」
クリスは眉を寄せた。
エリオが深く頷く。
「クリス君。妹のことを頼む」
「はい?」
「先ほども言った通り、私は君を支える側に回る」
「待ってください」
「次期社長候補として困ることがあれば、何でも相談してほしい」
クリスは動きを止めた。
「今、何と言いました?」
「次期社長候補として」
「その前です」
「君を支えると」
「その間です」
「困ることがあれば」
「そこじゃない」
クリスは隣のシエラを見た。
「おい」
「はい」
「上級調査員の面談じゃなかったのか」
「そのはずです」
「そのはず?」
嫌な言葉だった。
それもかなり。
シエラの父が、不思議そうな顔をする。
「上級調査員?」
クリスは父親を見た。
本当に何のことか分かっていない顔だった。
「今日は、上級調査員になるための面談ではないんですか」
「何の話です?」
「何の話って……」
母親が少し困ったように笑う。
「上級調査員のことなど、今はどうでもいいではありませんか」
「どうでもいい?」
「今は、あなたとシエラが会社を継いでくださるという、大切な話をしているのですよ」
「初めて聞きました」
父親も、不思議そうにクリスを見る。
「私は、シエラと共に会社を継ぐ意思があるか確認していたのだが」
「上級調査員の話だと思って答えたんです」
クリスは慌てて否定しようとした。
だが、シエラが静かに声をかける。
「クリスさん」
「何だ」
「これ以上、否定してはいけません」
「何でだ」
「騎士に二言はないと、ご自分でおっしゃいました」
「だが、話が違うだろ」
「一度肯定したことを覆せば、騎士としての信用を失ってしまいます」
「これは誤解だ」
「騎士の誓いの大切さを忘れたのですか?」
「……」
クリスは何も言えなくなった。
確かに、つい先ほど自分ではっきりと言い切った。
しかも、信用を得るため、騎士の誓いとして口にしている。
母親が、感心したように微笑む。
「やはり、ロンバルディアの騎士様は素晴らしいですね」
「何がですか?」
「一度口にしたことは決して曲げない。それに、決して嘘もつかないと聞いております」
「いや、今のは――」
「もう、それ以上言うのはやめなさい」
父親が、低い声で母親を制した。
先ほどまでの満足そうな表情とは違い、わずかに怒っている。
母親が驚いたように振り返った。
「どうしてです?」
「クリス君が怒っているのが分からないのか」
クリスは、わずかに目を見開いた。
分かってくれた。
いきなり次期社長候補にされ、話がまったく違うことに怒っていると、ようやく気づいてくれたのだ。
クリスは少しだけ安堵する。
「そうなんです。俺は――」
「お前が、クリス君の言葉を改めて確かめるようなことを言うからだ」
クリスの声が止まった。
父親は母親へ厳しい顔を向ける。
「クリス君は、自分の言葉が信用されていないと思っている」
「私は、そのようなつもりでは……」
「だが、クリス君は、騎士に二言はないと誓約までしてくれたのだ」
父親は、クリスを疑う様子もなく続ける。
「そこまで言い切った騎士様の言葉を、我々が疑っていいはずがない」
「クリス君が、後から言ったことを変えるはずもない」
「それでも念を押すようなことを言えば、騎士様としての信用が、クリス君に足りないと言っているのと同じだ」
クリスは何も言えなかった。
違う。
怒っている理由は、そこではない。
社長候補になるつもりなどなかったからである。
ようやく誤解に気づいてもらえたと思った。
だが、まったく気づいていなかった。
むしろ先ほどよりも、クリスの言葉を強く信用している。
完全に当てが外れていた。
「ロンバルディアの騎士は、自分の言葉を信用されていないと思われることを、何よりも恥じる」
父親は真剣な顔で続ける。
「かつては、一度口にした誓いを曲げてしまったことを恥じ、その場で自害した騎士もいたと聞く」
クリスの動きが止まった。
そこまでの話は知らなかった。
騎士の信用を示すための、大切な言葉だとは思っていた。
だが、誓いを違えた者が、自ら命を絶った話まであるとは考えていなかった。
「騎士がそれほどの覚悟で口にした言葉を、我々が疑っていいはずがない」
父親は母親を見た。
「クリス君が、一度口にしたことを後から曲げるわけがない。これ以上、失礼なことを言うな」
母親は、ようやく自分の言葉がどう受け取られるのかに気づいたようだった。
「……申し訳ありません、クリスさん」
深く頭を下げる。
「あなたのお言葉を疑うつもりはなかったのです」
「いや、俺は――」
「本当に申し訳ありません」
「……」
クリスは何も言えなくなった。
誤解だと説明したかった。
上級調査員の話だと思って答えただけだと言いたかった。
だが、ここで先ほどの言葉を取り消せば、父親が語った通り、自分の誓いを自分で曲げることになる。
しかも母親は、クリスの騎士としての誇りを傷つけたと思い、真剣に謝っている。
その謝罪を受けた直後に、先ほどの言葉は無効だとは言えなかった。
父親は、クリスを疑う様子もなく力強く頷いた。
「クリス君なら、必ずシエラと共に会社を支えてくれる」
「……」
完全に信用されている。
その信用によって、クリスの退路は完全に塞がれていた。
父親は満足そうに腕を組む。
「クリス君の立場から得られる情報と、シエラの調査・分析能力が合わされば、会社にとって大きな力になる」
「……」
「二人が一緒になり、会社を継いでくれるなら、これ以上の形はない」
「……」
エリオも真剣な顔で頷く。
「私はもう、二人には勝てないと判断しました」
「勝負を続けてください」
「いや。会社のためにも、私は身を引く」
「勝手に引かないでください」
「今後は、二人を支える」
「支えなくていいです」
クリスは額を押さえた。
上級調査員になるために来たはずだった。
聞かれたことへ肯定していただけだった。
最後には、自分から騎士に二言はないとまで言ってしまった。
その結果、いつの間にか次期社長候補にされている。
「シエラ」
「はい」
「どうするんだ、これ」
シエラは、向かいに座る三人を見た。
「今はこれ以上否定せず、何も言わないでください。」
「なぜだ?」
シエラは小声で答える。
「後で説明します」
クリスは黙って頷いた。
自分で「騎士に二言はない」と言い切った以上、今さら否定することはできない。
その間にも、父親と母親とエリオは、クリスとシエラの今後について話を進めていた。
「まずは、会社の仕事を少しずつ覚えてもらう必要があるな」
父親が言う。
「シエラと一緒なら、すぐに慣れるでしょう」
母親も嬉しそうに頷いた。
「外部へ紹介する時期も考えなければならない」
エリオまで真剣な顔で続ける。
「引き継ぎについては、私が準備を進めます」
クリスの知らないところで、自分の将来が次々と決められていく。
会社での立場。
仕事の引き継ぎ。
シエラとの今後。
どれも、クリスが一度も了承した覚えのない話だった。
だが、口には出せなかった。
否定したくても、自分で口にした誓いがある。
クリスは黙ったまま、三人の話を聞くしかなかった。
シエラが立ち上がる。
「父さん、母さん、兄さん。今日はこれで失礼します」
「もう帰るのか」
「はい」
父親は少し残念そうにしながらも頷いた。
「話がまとまったら、また二人で来てくれ」
「分かりました」
シエラはクリスの腕を取った。
「行きましょう」
クリスは何も言わず、そのままシエラと共に応接室を急いで出た。




