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個人的な招待(改稿

 帝国暦三二〇年 春中頃 夜

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 ヴァイス邸 応接室 夜。


 レオンは、騎士団本庁ではない本庁執務室でもない。自分の屋敷にいた。

「……珍しいな」

 小さく呟く。

 そして。

「世話になる」

 向かいにいるのは、皇太子アシュレイ。

 まるで気負いがない。


「もっと堅い場所かと思ったが」

「普通だろ」

「いい意味で、な」

 軽く笑う。


 応接室。

 落ち着いた調度。

 余計な飾りはない。

 そこへ。

「お待たせいたしました」

 茶が運ばれる。湯気とともに、やわらかな香りが広がる。


「……いい香りだ」

 アシュレイが素直に言う。

「うちのメイドは優秀だからな」

「それは何よりだ」

 茶が注がれる。


 静かな時間。

 少しだけ、間。

「さて」

 カップを手に取りながら。

「少しは“外”の話でもするか」

 レオンは顔をしかめる。

「余計なことはいい」

「そんな顔で言うな」

 楽しそうに笑う。

「お前、どこまで知ってる?」

「ほとんど知らん」


「だろうな」

 一口飲む。

「例えば――《アストリア連邦》」

 レオンは黙って聞く。

「西の果て、海の向こうだ」

「王も皇帝もいない」

「すべて、議会で決める」

「合議制か」

「そうだ」


「ここに少し似ている」

 騎士団領を示すように言う。

「だが、もっと徹底している」

「商人も、学者も、兵も」

「同じ場で意見を持つ」

「……まとまるのか」

「まとまらないことも多い」

 あっさり言う。

「だが」

 わずかに視線を上げる。

「それでも進む」

「遅くても、止まらない」


 静かな言葉。

 レオンは黙る。

(……止まらない、か)

「他にもある」

「《ヴェルン砂海》」

「南の巨大な砂漠だ」

「国境は意味を持たない」


「どうやって動く」

「星と風だ」

 軽く言う。

「地図は頭の中にある」

「……理解できんな」

「俺もそうだった」

 アシュレイは笑う。

「だが」

「見れば、わかる」


 その一言だけが、重く落ちる。

 レオンは視線を落とす。

(……見れば、か)

 そのとき、扉がノックされる。


「失礼いたします」

 セレナとアルヴェルトが入ってくる。

「ご挨拶を――」

「いらない」

 アシュレイが手を上げる。

「今はただの客だ」

「そういうのは苦手でな」

 さらりと言う。


 セレナは一瞬だけ驚き、すぐに微笑む。

「かしこまりました」

 アルヴェルトも短く頷く。

 それ以上は踏み込まない。

 二人は静かに退室する。


「いい家だな」

 ぽつりと、アシュレイが言う。

「そうか?」

「無理がない」

 それだけで十分だった。


 やがて。

「お兄さま」

 声がする。

 リリアだった。

「……来ていたのですね」

 一礼。

 今日も令嬢としての姿。

「こんばんは、殿下」

 美しいカーテシー。

「こんばんは」

 アシュレイが軽く応じる。

「“姫様”、か」

 少しだけ笑う。

 リリアは困ったように微笑む。


「……その呼び名は」

 否定しきれない。

 レオンは目を逸らす。

 短い挨拶。

 それだけで終わる。


 やがて。

「さて」

 アシュレイが立ち上がる。

「そろそろ戻るか」

 侍従が前に出る。

 明日の予定を確認する。

 無駄がない。


「問題ないな」

「はい」

「では、失礼する」

 軽く手を上げる。

「世話になった」

「別に」

 短く返す。

 そのまま、去っていく。


 夜風が入る。

 静かな空。

 誰もいない。

「……どうだった」

 独り言。

 少しだけの間。

(……悪くない)

 いや。

「……有意義だったな」


 言い直す。

 知らないもの、見たことのない世界。

 それは、思っていたよりもずっと、現実だった。


(……行けるのか?)

 ふと、そんな考えが浮かぶ。

 まだ形にはならない。


 だが確かに、レオンのなかで何かが動き始めていた。


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