外から来るもの(改稿版)
帝国暦三二〇年 春中頃
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁
「団長」
その声で、ただ事ではないとわかるようになっていた。
「今度はなんだ」
「帝国皇太子殿下が、騎士団領を訪問されます」
「……は?」
「公式訪問です。視察および交流とのこと」
嫌な予感しかしない。
レオンは眉を寄せる。
「で、誰が対応する」
「レオンハルト・ヴァイス団長です」
「だよな」
「加えて」
「私と、リリア様が随行いたします」
「……三人か」
「最適構成と判断されています」
(絶対違うだろ)
騎士団本庁前。
「……少ないな」
本来であれば、皇太子の来訪ともなれば大規模な隊列になる。だが、目の前にあるのは最小限。
「本人の意向です」
「助かる」
「同感です」
そのとき、馬車の扉が開く。
軽やかに、一人の男が降り立つ。
「よう」
空気が、わずかに変わる。
「帝国皇太子――アシュレイだ」
「……レオンハルト・ヴァイスです」
形式通りに返す。
「噂は聞いている」
三騎士団長。
最年少団長。
「三つ同時に回す男、か」
「誇張です」
「そうかな」
軽い。
だが、軽さの奥で“見ている”。
「歓迎は最小限でいいと言ったはずだが」
「これが最小限です」
「十分過ぎるな」
視線が流れる。
エリシアへ。
騎士鎧姿をみて、一瞬で判断する。
「相変わらず、堅いな」
「職務ですので」
短く終わる。
そして――
止まる。
「……?」
リリアだった。軍装ではない。
だが、姿勢は一切崩れていない。
「君は」
「レオンハルト団長の妹君、リリア様です」
エリシアが補足する。
「なるほど」
即座に納得する。
リリアが一歩前へ。
裾を軽く持ち、腰を落とす。
無駄のないカーテシー。
「リリア・ヴァイスと申します」
静かに、完璧に。
アシュレイの目がわずかに細まる。
(……完成度が高い)
騎士団に置くには、整いすぎている。
「丁寧だ」
それだけ言う。
だが、その評価は軽くない。
リリアは顔を上げる。
微笑む。
だが――
(……違う)
ほんのわずかに。
空気を読む。
(この娘は、“内側”ではない)
「面白いな」
アシュレイが呟く。
(……軽い)
レオンは思う。
だが、油断はできない。
視察が始まる。
「統率が取れている」
「無駄がない」
淡々とした評価。
「団長の方針か?」
「現場に任せています」
「それができるのは、簡単じゃない」
評価は自然に積み上がる。
(やめてくれ)
一方で。
「姫様、こちらへ」
騎士たちがリリアを囲む。
自然に、当たり前のように。
「人気だな」
「……勝手にそうなった」
「いいことだ」
アシュレイは軽く言う。
「組織には余白が必要だ」
その言葉が、少しだけ残る。
昼食。
「どうだ、この土地は」
「整っています」
エリシアが答える。
「無駄がなく、効率的です」
「模範的だな」
軽く流す。
「君は?」
レオンへ。
一瞬、考える。
「……いい場所だとは思う」
「ただ?」
わずかな間。
「……息が詰まる」
静かに落ちる。
空気が止まる。
エリシアが動く。
リリアも止まる。
アシュレイは――
笑う。
楽しそうに。
「そういうのは嫌いじゃない」
視線が、まっすぐ刺さる。
「外を見たことは?」
「ない」
「見たいとは?」
「……ある」
小さく。
だが確かに。
アシュレイは頷く。
「なら、来るといい」
「帝都に」
さらに。
「それから――外に」
軽く言う。
「世界は、ここだけじゃない」
その言葉が、妙に残る。
午後。
視察は続いている。
だが、レオンの中では。
(世界は、ここだけじゃない)
それだけが、残っていた。
当たり前の言葉。
けれど、今まで誰も言わなかった。
閉じていた世界に、ほんのわずかな隙間ができる。
風が、入り込む。
それはまだ小さい。
だが――
確実に、変わり始めていた。




