第2章44話 青剣隊とは何だ
――帝国暦三二一年・冬中頃 ヴェリア帝国・東ロンバルディア騎士団領 総庁――
■総庁・総長執務室
ロングの町長から、再び一通の書簡が届いた。
前回と同じく、宛先は総騎士団総長グラナート・グランフェルト。
今回は、礼の品は添えられていない。
書簡だけだった。
先に内容を確認したマクニッサが、執務机の前へ進む。
「総長」
「何だ」
「ロングの町長から、再び礼状が届いております」
グラナートの手が止まった。
「再び?」
「はい」
「前と同じ件か」
「そのようです」
グラナートは、差し出された書簡を受け取った。
封を開き、内容へ目を通す。
以前から町の清掃や見回りを行っている、副長府関係者と思われる者たちについて。
その活動は、現在も続いている。
道路の清掃。
危険箇所の確認と報告。
子供たちが通る道の見守り。
荷運びに困っている者への手助け。
町の者たちからは、以前にも増して感謝の声が寄せられている。
また、町に駐留する衛兵隊とも問題を起こさず、必要に応じて連絡を取りながら活動している。
今後も無理のない範囲で協力してもらえるのであれば、町として大変ありがたい。
書かれていることは、ほとんど前回と同じだった。
だが、活動が一時的なものではなく、現在まで継続していることが分かる。
「まだ続いているのか?」
「はい」
「レオンハルトからの返答は、どうなっていた」
マクニッサは、保管されていた書類を取り出した。
「副長府が正式に命じた活動ではない」
「副長府に関わる騎士団員が、勤務外に自発的に行っているものと思われる」
「町から問題は報告されておらず、活動そのものを止める理由はない」
「今後も町の規則を守り、住民へ迷惑をかけないよう注意する」
「そのように回答されております」
「結局、誰がやっているのかは分からなかったのだな」
「はい」
「副長府側でも把握していないのか」
「少なくとも、レオンハルト副長は事前に把握していなかったようです」
グラナートは、町長から届いた二通目の礼状を見る。
「副長府も知らない」
「総庁も知らない」
「だが、町では毎週のように活動している」
「そのようです」
「以前と同じ問い合わせを副長府へ送っても、同じ返答が来るだけか」
「その可能性は高いと思います」
グラナートは椅子へ背を預けた。
「ロングの町に駐留している衛兵隊は、総庁の管轄だったな」
「はい」
「衛兵隊長を呼べ」
「直接、事情を聞かれるのですか」
「町の中で実際に活動を見ている者から聞いた方が早い」
「承知しました」
マクニッサは一礼し、総長執務室を出た。
*
後日。
ロングの町に駐留する衛兵隊長が、総長執務室へ呼ばれた。
年齢は四十代ほど。
町で長く勤務し、ロングの衛兵隊をまとめている騎士だった。
「お呼びでしょうか、総長閣下」
「ああ」
グラナートは、町長から届いた書簡を机へ置いた。
「町で活動している、副長府関係者について聞きたい」
衛兵隊長は、すぐに心当たりがある様子で頷いた。
「あの者たちのことですね」
「知っているのか」
「はい」
「何者だ」
衛兵隊長は少し考えた。
「我々は、青剣隊と呼んでおります」
グラナートの眉が動いた。
「青剣隊?」
「はい」
「正式な名称か」
「いいえ」
「では、なぜそう呼んでいる」
「青を基調とした騎士団服を着ている者が多く、胸や腕に剣と歯車の紋章があるためです」
「衛兵隊が勝手につけた呼び名か」
「そのとおりです」
「本人たちは、その名を使っているのか」
「いいえ」
衛兵隊長は首を振った。
「本人たちは、特に団体名を名乗っておりません」
「名乗っていないのに、毎週のようにまとまって活動しているのか」
「はい」
「剣と歯車の紋章。ヴァイス家の紋章ですね」
マクニッサが口を開いた。
「ああ」
グラナートは衛兵隊長を見る。
「誰が指揮している?」
「分かりません」
「分からない?」
「活動している者たちの中に、班をまとめている者はいるようです」
「ですが、全体を誰が指揮しているのかまでは、我々も把握しておりません」
「副長府からの正式な命令ではないそうだ」
「そのように聞いております」
「それで、なぜこれほど継続して動ける」
衛兵隊長は、少し困った顔をした。
「我々にも、そこまでは分かりません」
「活動の規模は、どの程度だ」
「正確な人数は把握しておりません」
「おおよそでよい」
「日によって変わります」
衛兵隊長は答えた。
「少ない日で十数名」
「多い日には、三十名を超えることもあります」
「一度に三十名か」
「はい」
「同じ者が毎回出ているのか」
「いいえ」
「顔ぶれが変わる?」
「かなり変わります」
グラナートとマクニッサが顔を見合わせた。
「では、実際に関わっている者は、もっと多いのか」
「そう思われます」
「どの程度だ」
「分かりません」
また同じ答えだった。
グラナートは額へ手を当てた。
「衛兵隊とは、問題を起こしていないのだな」
「はい」
「勝手な取り締まりは?」
「ありません」
「ならず者と揉めたことは?」
「軽い口論程度はありますが、力で押さえつけるようなことはしておりません」
「我々が対応すべき事案であれば、すぐに引き継いできます」
「町の衛兵隊としては、迷惑していないのか」
衛兵隊長は、少しだけ姿勢を正した。
「正直に申し上げれば、助かっております」
「助かっている?」
「はい」
「人手の足りない場所を補ってくれています」
「危険箇所も、我々が気づく前に報告されることがあります」
「通学路の見守りも、住民からの評判はよいです」
「町の者たちから、衛兵隊よりも先に頼られることはないのか」
「あります」
「あるのか」
「はい」
衛兵隊長は、少しだけ苦い顔をした。
「最初は、隊員たちの間でも不満が出ました」
「当然だろうな」
「自分たちの仕事を、外から来た者に取られているのではないかと」
「今は違うのか」
「はい」
「青剣隊に先を越されるな、と隊員たちの意識が変わりました」
「先を越されるな?」
「危険箇所を先に見つけられるな」
「住民からの相談を先に受けられるな」
「見回りで手を抜くな」
「そのような声が、隊内で自然に出るようになりました」
「競争相手になっているのか」
「そうとも言えます」
「衛兵隊の士気は?」
「以前より上がっております」
グラナートは黙った。
副長府の正式な命令ではない。
誰が全体を指揮しているのかも分からない。
正確な人数も分からない。
本人たちは、団体名すら名乗っていない。
それなのに、町では継続的に活動し、住民から感謝され、衛兵隊の士気まで上げている。
「止めてほしいと思うか」
グラナートが尋ねた。
衛兵隊長は、少しだけ迷った。
「いいえ」
答えは明確だった。
「今の形であれば、続けてもらいたいと考えております」
「衛兵隊長としてか?」
「はい」
「町の治安維持を預かる者として、そう考えております」
「問題が起きる可能性は?」
「ないとは申し上げられません」
「ですが、現在まで大きな問題はありません」
「我々の指示にも従い、必要な連絡も入れてきます」
「少なくとも、町の治安を乱す集団ではありません」
グラナートは椅子へ深く座り直した。
「青剣隊、か」
「はい」
「名前までつけて、競争相手として見ているのだな」
「隊員たちが勝手に呼び始めたものです」
「本人たちは知らない?」
「おそらくは」
「名前だけが先に広がっているではないか」
衛兵隊長は何も答えなかった。
グラナートは、再び町長からの礼状へ目を落とす。
「分かった」
「現時点で活動を止めるつもりはない」
「ありがとうございます」
「ただし、問題が起きた場合は、すぐに総庁へ報告しろ」
「承知しました」
「活動している者たちの人数や顔ぶれについても、分かる範囲で記録を残しておけ」
「はい」
「無理に探る必要はない」
「町で通常の活動を確認できる範囲だけでよい」
「承知しました」
衛兵隊長は一礼し、総長執務室を退出した。
扉が閉まる。
グラナートは、しばらく無言で座っていた。
「副長府は、正式な活動ではないと言っている」
「はい」
「だが、日によって三十人以上が動き、町では青剣隊とまで呼ばれている」
「そのようです」
「誰がまとめているのかも、実際に何人が関わっているのかも分からない」
「はい」
グラナートはマクニッサを見る。
「どう思う」
「活動内容だけを見れば、問題はありません」
「町からの評価も高く、衛兵隊にも実益があります」
「だが、正式な指揮系統が不明なまま、継続的に人員が動いている」
「はい」
「十数名から三十名以上が、日によって入れ替わりながら活動している」
「自発的な者たちが、その場で偶然集まっているだけとは思えん」
「何らかのまとまりはあると思われます」
「レオンハルトへ、もう一度聞くか?」
「前回と同じ返答になる可能性があります」
「本人も知らないのだからな」
「はい」
グラナートは短く息を吐いた。
「マクニッサ」
「はい」
「青剣隊について調べろ」
「総庁として、ですか」
「ああ」
「ただし、大ごとにはするな」
「承知しました」
「町で問題を起こしているわけではない」
「活動を止めるための調査でもない」
「誰が中心なのか」
「どの程度の人数が関わっているのか」
「副長府の中で、どのようなまとまりになっているのか」
「それだけ確認しろ」
「副長府へ直接問い合わせますか?」
「まずは、総庁側で確認できる範囲からだ」
「レオンハルトへ聞いても、知らないで終わる可能性が高い」
「承知しました」
「急ぐ必要はない」
「だが、何も分からないまま放置するのも気になる」
「はい」
マクニッサは静かに頭を下げた。
こうして総庁は、町で青剣隊と呼ばれている集団について、改めて確認を始めることになった。
副長府の正式な活動ではない。
だが、副長府に関わる騎士団員たちが、継続的に町で活動している。
町民から感謝されている。
衛兵隊にも頼られている。
それでも、誰が動かしているのかは分からない。
「……本当に、何なのだ。青剣隊とは」
グラナートの呟きに、マクニッサは答えなかった。
そして、帝都から派遣される騎士団長候補三名の到着も、少しずつ近づいていた。




