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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章幕間4 総長府に礼状が届きました

――帝国暦三二一年・冬初め ヴェリア帝国・東ロンバルディア騎士団領 総騎士団本庁舎――


 ■総騎士団本庁舎・総長執務室


 総長府に、ロングの町長から一通の書簡が届いた。


 封は丁寧に閉じられ、宛名には、総騎士団総長グラナート・グランフェルトの名が記されている。


 先に内容を確認したマクニッサが、わずかに眉を動かした。


「総長」


「何だ」


 グラナートが執務机から顔を上げる。


「ロングの町長から、礼状と報告書が届いております」


「礼状?」


「はい」


「何に対する礼だ」


 マクニッサは、手元の書簡へ視線を落とした。


「最近、ロングの町で、副長府に所属していると思われる騎士団員たちが、町の清掃や見回りなどを行っているそうです」


「副長府の騎士団員だと?」


「町の者たちは、そのように受け取っています」


「なぜ分かった」


「全員ではありませんが、一部の者が副長府の騎士団服を着ています」


 マクニッサは報告書を確認する。


「胸と腕には、剣と歯車の紋章もあったとのことです」


 グラナートの眉が動いた。


 剣と歯車。


 総騎士団副長府を示す紋章である。


 騎士団内部の細かな組織を知らない町民であっても、その紋章が入った騎士団服を見れば、副長府に関わる者だと分かる。


「レオンハルトの指示か?」


「そこまでは書かれておりません」


「副長府の正式な活動なのか」


「それも不明です」


「では、なぜ総長府へ礼状が届く」


「外部から見れば、総騎士団の一組織である副長府が、町への支援を行っているように見えるためかと」


「俺は何も聞いていないぞ」


「はい」


「レオンハルトからの報告もない」


「ありません」


 グラナートは、マクニッサから書簡を受け取った。


「具体的には、何をしている」


「早朝の街路清掃です」


 市場前の通り。


 住宅地へ続く細道。


 子供たちが多く通る道。


 そうした場所を、定期的に清掃しているという。


「定期的に?」


「町長の報告では、毎週のように活動している者が確認されています」


「毎週……」


 グラナートは報告書を読み進めた。


 活動は清掃だけではなかった。


 壊れかけた柵。


 冬場に凍結しやすい水路の周辺。


 荷車の通行を妨げる段差。


 そうした危険箇所を見つけると、町の担当者へ知らせている。


 子供たちが多く通る時間帯には、道の近くに立って見守る者もいる。


 困っている町民を見かければ声をかけ、荷物を運ぶのを手伝う者までいるという。


「勤務中にやっているのか?」


「町長の報告を見る限り、早朝、仕事帰り、休日などが中心です」


「勤務外か」


「はい」


「副長府の予算を使っているという話は?」


「書簡には記されておりません」


「町の側から、苦情は出ていないのか」


「現在まで、問題は報告されていないとのことです」


「問題がないから、礼状を送ってきたわけか」


「そのようです」


 グラナートは黙った。


 清掃。


 危険箇所の報告。


 通学路の見守り。


 町民の手伝い。


 勤務外の自発的な活動。


 町側から問題は報告されていない。


 むしろ、町長が総長府へ礼状を送るほど評価されている。


「町長は、何を求めている」


「何かを正式に要請しているわけではありません」


 マクニッサは正確に答えた。


「町のために活動している騎士団員たちへの感謝を、総長府にも伝えておきたいという内容です」


「続けてほしいとは書いていないのか」


「今後も、町の規則と住民への配慮を守る形で活動してもらえるのであればありがたい、とあります」


「十分に期待されているではないか」


「はい」


 グラナートは椅子へ背を預けた。


「止める理由がないな」


「ありません」


「勤務外に道を掃除するなとは言えん」


「はい」


「壊れた柵を見つけても、知らせるなとは言えん」


「はい」


「町民からも感謝されている」


「そのとおりです」


「それで、こちらは何も把握していない」


「はい」


 グラナートは額へ手を当てた。


「最後の一つだけ余計だな」


「確認は必要だと思います」


「分かっている」


 グラナートは、もう一度報告書を見る。


 町長からの書簡は、活動への苦情でもなければ、正式な照会でもない。


 純粋な礼状だった。


 総長府が内部事情を確認し終わるまで、返事を待たせる必要はなかった。


「町長への返書を用意しろ」


「先に返されるのですか?」


「ああ」


 グラナートは礼状を机へ置いた。


「町の者たちが、騎士団員の活動に感謝している」


「それに対する返事まで、こちらの確認が終わるまで待たせる必要はない」


「内容は、どのようにしますか」


「まず、礼状を送ってくれたことへの感謝だ」


「はい」


「副長府に関わる騎士団員たちの活動が、町の役に立っていることを嬉しく思うと伝えろ」


「総長府が命じた活動とは書かないのですね」


「当然だ」


 グラナートは眉を寄せた。


「命じていないものを、命じたとは書けん」


「承知しました」


「今後も町の規則を守り、住民へ配慮した活動を続けてもらえればありがたい、と添えろ」


「活動を正式に認める形になりますか?」


「町の役に立ったことを認めるだけだ」


 グラナートは答えた。


「総長府の事業として認めるわけではない」


「はい」


「それで十分だろう」


「礼の品については、いかがしますか」


「品物も届いているのか」


「町民や商家から、副長府へ届けられているそうです」


「総長府宛ではないのだな」


「はい」


「なら、総長府がまとめて礼を言う必要はない。受け取った側で対応させろ」


「ヴァイス邸へ届けられた品もあるようです」


「なぜアルヴェルトの屋敷へ行く」


「剣と歯車の紋章と、ヴァイス家を結びつけた町民もいるのだと思われます」


「副長府の紋章なのだがな」


「町の方々には、細かな区別までは分からないのでしょう」


 グラナートは短く息を吐いた。


「町長への返書は、その日のうちに出せ」


「承知しました」


「それから、レオンハルトへも確認を取れ」


「返書とは別に、ですか」


「ああ」


 グラナートは、町長から届いた書簡を指先で軽く叩いた。


「町からの礼には、こちらから礼を返す」


「副長府の騎士団員が、どのような形で活動しているのかについては、内部で確認する」


「別の話だ」


「どのように尋ねますか」


「ロングの町で、副長府の騎士団員と思われる者たちが奉仕活動を行っていると、町長から報告があった」


「副長府の正式な活動なのか、所属する騎士たちの自発的な活動なのか。それだけ確認させろ」


「参加者や責任者についても尋ねますか?」


「今は必要ない」


 グラナートは否定した。


「問題が起きているわけではない。最初から大がかりな話にするな」


「承知しました」


「レオンハルトが把握していれば、書面で報告させる」


「把握していなければ?」


「本人に確認させろ」


「こちらから人は出さないのですね」


「副長府の者について、副長府へ確認しているだけだ」


 グラナートは答えた。


「総長府が別に人を出して調べる必要はない」


「はい」


「回答を受け取ったら、内部記録として保管しておけ。それで終わりだ」


「承知しました」


 マクニッサは静かに頭を下げた。


 町長への返書は、その日のうちに作成された。


 礼状を送ってくれたことへの感謝。


 騎士団員たちの活動が、町の役に立っていることを嬉しく思うという言葉。


 今後も町の規則を守り、住民へ配慮した活動を続けてほしいという願い。


 総長府が活動を命じたとは書かない。


 だが、町から感謝されている働きを否定することもしない。


 外向きの返事としては、それで十分だった。


「礼には、まず礼を返すべきだ」


 グラナートの言葉に、マクニッサが頷く。


「おっしゃるとおりです」


 副長府への確認書も、同じ日のうちに送られることになった。


 ■ヴァイス邸


 同じ日の午後。


 ヴァイス邸にも、いくつもの手紙と包みが届けられていた。


 応対したセレナは、応接卓へ並べられた品々を見て、少し目を丸くする。


「これは?」


「ロングの町の方々からでございます」


 執事が答えた。


「町の方々から?」


「はい。礼状と、お礼の品とのことです」


 セレナは手紙を一通受け取った。


 封を開け、内容へ目を通す。


 町の道を掃除してくれたこと。


 危険な場所を知らせてくれたこと。


 子供たちの通る道を見守ってくれたこと。


 困っていた時に手を貸してくれたこと。


 丁寧な感謝の言葉が並んでいる。


「あなた」


 セレナは、近くにいたアルヴェルトを呼んだ。


「何だ」


「ロングの町から、礼状とお礼の品が届いているの」


「礼状?」


「副長府の紋章をつけた騎士団員たちが、町で清掃や見回りをしているそうよ」


 アルヴェルトの眉が動いた。


「レオンが命じたのか?」


「分からないわ」


「副長府から、何か聞いているか」


「いいえ」


 アルヴェルトは、卓上に置かれた品々を見る。


 焼き菓子。


 保存食。


 冬用の手袋。


 短い感謝の手紙。


 どれも高価な品ではない。


 だが、一つ一つに、町の者たちの気持ちが込められていた。


「なぜ、うちへ届く」


「剣と歯車の紋章を、ヴァイス家と結びつけた方もいるようね」


「副長府の紋章なのだがな」


「町の方々には、細かな違いまでは分からないのでしょう」


 そこへ、リリアが入ってきた。


「お父様、お母様」


 応接卓の上に置かれた手紙と包みを見て、不思議そうに首を傾げる。


「何か届いたのですか?」


「ロングの町の方々からよ」


 セレナが手紙を差し出した。


「副長府の方々が、町でお手伝いをしているそうなの」


「まあ」


 リリアは手紙を受け取り、丁寧に読み始めた。


 早朝に道を掃除してくれた。


 子供たちの通る道を見守ってくれた。


 危ない場所を町へ伝えてくれた。


 荷物を運ぶのを手伝ってくれた。


 町の者たちが、とても感謝している。


 読み終えると、リリアは嬉しそうに微笑んだ。


「とても素敵なことですね」


「レオンが命じたのか?」


 アルヴェルトが尋ねる。


 リリアは少し考えた。


「お兄様がご存じかどうかは、分かりません」


「知らない可能性もあるのか」


「はい」


 リリアは素直に頷いた。


「でも、お兄様の周りには、親切な方がたくさんいますから」


「困っている方を見かけて、そのままにはできなかったのではないでしょうか」


 アルヴェルトは黙った。


 活動を始めた者たちの本当の理由が、それほど単純なのかは分からない。


 だが、手紙に書かれている活動だけを見れば、リリアの受け取り方も間違いではなかった。


「誰が活動しているのか、心当たりはあるか?」


「全員は分かりません」


 リリアは少し考えてから答えた。


「ですが、勤務の前後に町へ出ている方や、清掃用の道具を運んでいた方を見かけたことはあります」


「その者たちが、今回の活動をしているのか?」


「まだ分かりません」


「同じ方々かもしれませんので、明日、聞いてみます」


 アルヴェルトは頷いた。


「それなら、レオンにも確認してきてくれ」


「お兄様に、ですか?」


「ああ」


 アルヴェルトは、町から届いた手紙を見る。


「副長府の騎士団員と思われる者たちが、町で活動しているという」


「レオンが、この活動を知っているのか」


「知っているなら、どのような活動なのか」


「知らないなら、一度確認してほしいと伝えてくれ」


「分かりました」


「今から書状を用意する」


 アルヴェルトはリリアを見る。


「明日、レオンのところへ持っていってくれ」


「はい」


「返事も、もらってきてほしい」


「分かりました」


 リリアは素直に頷いた。


「お兄様がご存じかどうかは分かりませんけれど、伺ってきます」


「それから」


 アルヴェルトは、リリアが持っている手紙へ目を向けた。


「礼を伝えるのは、誰が活動しているのか確認してからにしなさい」


「分かりました」


 リリアは、もう一度手紙へ目を落とした。


「では、明日、活動してくださっている方々が分かったら、直接お礼を伝えます」


「それがよいと思うわ」


 セレナが柔らかく微笑んだ。


「何か、持っていってもよいでしょうか」


「何を持っていくの?」


「小さなお菓子を作ろうと思います」


「菓子を?」


 アルヴェルトの眉が動く。


「はい」


 リリアは嬉しそうに頷いた。


「たくさんは作れませんけれど、活動してくださった方々へのお礼です」


「一人で作るつもりか?」


「いいえ」


 リリアは首を振った。


「屋敷の方に、少し手伝っていただこうと思います」


 セレナが頷く。


「それなら、メイドたちへ頼んでおきましょう」


「ありがとうございます、お母様」


 その日の夕方。


 リリアは、屋敷の厨房で菓子作りを始めた。


 手伝うことになったのは、屋敷で働く二人のメイドだった。


「お嬢様、こちらは私が混ぜます」


「では、私は焼く準備をいたしますね」


「ありがとうございます」


 リリアは嬉しそうに微笑んだ。


 三人で作ったのは、小さな焼き菓子だった。


 高価な材料は使っていない。


 受け取る側が気を遣わず、何人かで分けられるものを選んだ。


 一人が生地を混ぜる。


 一人が焼き型と窯の準備をする。


 リリアは形を整え、焼き上がった菓子を一つずつ確認した。


「これで、大丈夫でしょうか」


「とても綺麗に焼けています」


「きっと、喜んでくださいますよ」


 二人のメイドが答える。


 リリアは、ほっとしたように笑った。


「それなら、よかったです」


 焼き菓子が冷めると、三人で丁寧に包んだ。


 小さな包みが、いくつも出来上がる。


「明日、活動してくださった方々が分かりましたら、きちんとお礼を伝えてきますね」


 リリアは、出来上がった包みを見て、嬉しそうに微笑んだ。


 まずはレオンへ、町で行われている活動について尋ねる。


 そして、活動している者たちへ直接礼を伝える。


 そのための準備は整った。


 リリアは、焼き菓子の包みを大切そうに抱えた。


「喜んでくださるとよいのですけれど」


 その心配が、まったく必要ないことを。


 この時のリリアは、まだ知らなかった。

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