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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章29話 一人なら受け入れられます

――帝国暦三二一年・冬初め ヴェリア帝国・東ロンバルディア騎士団領 総騎士団本庁舎――


 ■総騎士団本庁舎・総長執務室


 翌朝。


 メリーは、マクニッサに案内されて総長執務室へ入った。


「失礼いたします」


 静かに頭を下げる。


 執務机の向こうでは、新総長グラナート・グランフェルトが待っていた。


「急に呼び出して悪かったな」


「いえ」


「レオンハルトには、何と伝えた」


「総長府から、帝都関係の確認で呼ばれたと伝えました」


「内容は聞かれなかったか」


「聞かれました」


 グラナートの眉が動く。


「何と答えた」


「総長府宛ての書状なので、私も詳しい内容はまだ知らないと」


「それで納得したのか?」


「はい」


「怪しまれてはいないか?」


「おそらくは」


「おそらくか」


「今朝も仕事が多かったので、それ以上気にしている余裕がなかったのだと思います」


 グラナートは少し黙った。


「相変わらず、働きすぎているのか?」


「はい」


「休ませていないのか?」


「休むようには言っています」


「言っても休まんか」


「休むと仕事が増えると言っています」


「実際はどうなのだ?」


「休まなくても増えています」


 グラナートは目を伏せた。


「そうか」


「はい」


 決して安心できる報告ではなかった。


 グラナートは机の上に置かれていた封書を手に取る。


「まず、これを見てくれ」


 メリーは封書を受け取った。


 帝都の正式な封蝋と、皇太子府の印。


 すでに開封されている。


 中から書状を取り出し、文面を読み進める。


 帝都側の騎士団長候補三名を、一定期間、騎士団領へ派遣したい。


 騎士団領の新体制を学ばせ、ヴァイス騎士団や総騎士団副長府の運用を見せたい。


 第十三、第十四騎士団の増設準備にも触れさせたい。


 仮に、すぐ騎士団長になれる見込みを得られなかったとしても、騎士団領で学ばせること自体に意味がある。


 そのため、三名を受け入れてもらうことは可能か。


 書状には、派遣を予定している三名の名前と経歴も記されていた。


 三名とも若い。


 だが、すでに帝都側の騎士団で実績を重ね、将来を期待されていることが分かる。


 単に人数を揃えるために選ばれた候補ではなかった。


 メリーは最後まで読み、書状を机へ戻した。


「それで」


 グラナートが尋ねる。


「お前は、どう見る?」


 メリーは少し考えた。


「申し出そのものは、よいものだと思います」


「受け入れるべきだと?」


「はい」


 メリーは静かに頷いた。


「この三名が将来、帝都側の中枢を支える立場になるのであれば、今のうちに騎士団領を知ってもらうことには意味があります」


「騎士団長になれなかったとしてもか」


「今回の派遣の価値は、騎士団長になれるかどうかだけではありません」


 騎士団領が、どのような土地なのか。


 騎士たちが何を重く考え、どのような者を上に立つ者として認めるのか。


 帝都とは異なる制度や習慣の中で、どのように騎士団が動いているのか。


「一度でもここで働いた方と、騎士団領を何も知らない方とでは、帝都へ戻ったあとの話の伝わり方も違います」


「帝都側に、こちらの事情を知る人間ができるということか」


「はい」


「将来、間に立てる者になる可能性もある」


「あると思います」


 メリーは書状へ視線を落とした。


「それに、こちらも三名を見ることができます」


「こちらが見る?」


「帝都側で将来を期待されている若い騎士が、騎士団領をどう見るのか」


「こちらのやり方を受け入れられるのか」


「今後、協力できる相手なのか」


「それを知る機会にもなります」


 グラナートは小さく頷いた。


「三名の派遣そのものには、賛成ということだな」


「騎士団領で受け入れることには賛成です」


 メリーは答えた。


「ですが、三名すべてを副長府へ預けることには反対です」


「やはり、そうなるか」


「はい」


「理由は、レオンハルトの仕事量か」


「それだけでも十分な理由です」


 メリーは淡々と答えた。


「副長府の運用」


「ヴァイス騎士団との連携」


「第十三、第十四騎士団の新設準備」


「人事、軍務、工部、輜重補給、統括管理部との調整」


「そのほかにも、総長府や各騎士団から案件が回されています」


「分かっている」


「その状態で、騎士団長候補三名の指導までお兄様へ任せれば、確実に仕事が増えます」


「倒れるか」


「倒れると思います」


 即答だった。


 グラナートが眉を寄せる。


「そこまで言い切るか」


「現在の仕事量を見ていますので」


「副長府には、騎士団長候補を育てるための仕組みを作る案があると聞いたが」


「案はあります」


「まだ動いていないのか」


「はい」


「なぜだ」


「制度が整っていないためです」


 どの騎士団で学ばせるのか。


 どの職務を、どの程度経験させるのか。


 誰が指導し、誰が適性を判断するのか。


 最終的な評価を、どこが行うのか。


 決めなければならないことは多い。


「その課程を作りながら、三名を受け入れるのは難しいか」


「一名でも簡単ではありません」


「三名なら?」


「お兄様が倒れます」


「それは先ほど聞いた」


「結果は変わりません」


 メリーの表情は動かなかった。


 グラナートは短く息を吐く。


「では、副長府での受け入れは無理か」


「いいえ」


 メリーは否定した。


「一名であれば、受け入れられる可能性はあります」


「一名か」


「はい」


「レオンハルトが直接指導するのか」


「それは難しいと思います」


「では、何を学ばせる」


「副長府の仕事を実際に見せます」


 第一から第三までの各執務室。


 人事部、工部分室、輜重補給部分室。


 統括管理部との連携。


 ヴァイス騎士団や総長府、各騎士団との調整。


 新設騎士団の準備。


「副長府の各部署で実務を見せ、必要な部分は担当者が説明します」


「レオンハルトは?」


「常につききりで教える必要はありません」


「重要な判断や、最終的な評価だけを見せる形か」


「それであれば、受け入れられる可能性があります」


「可能性、か」


「一名でも仕事が増えることに変わりはありませんので」


 そこは譲らなかった。


「残る二名はどうする」


「総長府か、ほかの騎士団で受け入れるべきです」


「三名を別々に置くのか」


「全員を同じ場所へ集める必要はありません」


 副長府では、騎士団領全体を見渡すための実務を学ばせる。


 ほかの騎士団では、現場の指揮や訓練、部隊運用を経験させる。


 それぞれに異なるものを学ばせればよい。


「見る側の負担も分けられるか」


「はい」


「では、副長府へ置く一名を選べばよい」


「簡単には選べません」


「経歴を見る限り、三名とも優秀だ」


「帝都側では、そう評価されているのだと思います」


 その言い方に、グラナートが目を向ける。


「帝都側では、か」


「帝都で将来を期待されていることと、騎士団領で認められることは別です」


「分かっている」


 グラナートは元第三騎士団長である。


 実力を示せなければ、家柄や肩書きだけで騎士たちを従わせることはできない。


 その点を、メリーから説明される必要はなかった。


「三名とも、腕は立つようだ」


「はい」


「実戦経験もある」


「それだけでは決められません」


 メリーは書状に記された名前を見る。


「副長府へ置くのであれば、自分で見て、考えて、学べる方でなければ困ります」


「レオンハルトが、一つずつ指示する余裕はないからか」


「はい」


「騎士団領の考え方を受け入れられることも必要だな」


「帝都側のやり方だけを押し通す方を置けば、指導するよりも対応に時間を取られます」


「副長府の仕事を増やすだけになるか」


「それは避けるべきです」


「能力だけでなく、相性も見る必要があるということだな」


「はい」


「それを、どうやって調べる」


「お姉様へ聞きます」


「イリス殿下か」


「はい」


 メリーは三名の名前を順に見る。


「お姉様であれば、三名ともご存じかもしれません」


「直接関わったことがなくても、評判は知っている可能性があるか」


「帝都側の騎士団で、すでに名の知られている方々です」


「経歴書よりは、人柄を知る手がかりになる」


「はい」


 グラナートは少し考えた。


「もともと、このあと殿下にも話を聞くつもりだった」


「そうですか」


「だが、先にお前を呼んで正解だったな」


「なぜでしょうか?」


「三名を、そのまま副長府へ預けるところだった」


「やめてください」


 メリーの声は平坦だった。


 だが、返事だけは早かった。


「三名ともお兄様へ渡せば、本当に倒れます」


「分かった」


「一名でも、受け入れ方を先に決めておく必要があります」


「それも分かった」


 グラナートは少し苦い顔をした。


「では、イリス殿下を呼べるか」


「こちらへ、ですか」


「そうだ」


「お姉様は、副長府首席書記官です」


「分かっている」


「急に総長府へ呼べば、お兄様も気づきます」


「三名の派遣については、まだ知られたくない」


「でしたら、総長閣下から正式に話を通してください」


「私からか」


「はい」


「何と伝えればよい」


「帝都関係の確認で、イリス殿下から話を聞きたいと」


「それだけでよいのか」


「帝都に関係する確認は、ほかにもあります」


「三名のことまでは伝えない」


「受け入れ先と、副長府へ置く一名の選び方が決まるまでは、その方がよいと思います」


 グラナートはメリーを見る。


「先に話せば、レオンハルトは反対すると思うか」


「はい」


「一名でもか」


「まず、仕事が増えると言います」


「実際に増えるだろう」


「正しい判断です」


「では、反対されても仕方がないのではないか」


「だからこそ、受け入れる価値と、負担を抑える方法を先に示す必要があります」


「断る前に、断る理由を減らしておくのか」


「必要な準備です」


 グラナートはしばらくメリーを見た。


「お前も、ヴァルドに似てきたな」


「どの辺りがでしょうか」


「先に逃げ道を減らすところだ」


「お兄様が逃げるとは言っていません」


「逃げようとはするだろう」


「すると思います」


 メリーは否定しなかった。


 グラナートは小さく息を吐く。


「分かった。殿下を呼ぶ件は、私からレオンハルトへ伝える」


「ありがとうございます」


「内容は伏せる」


「お願いします」


「お前からは、三名について確認したいと殿下へ伝えてくれ」


「承知しました」


 メリーは静かに頭を下げた。


「それから」


 退室しようとしたメリーを、グラナートが呼び止める。


「何でしょうか」


「副長府へ置く一名を、殿下の意見だけで決めるつもりはない」


「はい」


「人物を知るために話を聞く。そのうえで、最終的にはこちらで判断する」


「それでよいと思います」


「レオンハルトにも、受け入れ方が決まれば話す」


「それは必要です」


「今ではないのだな」


「今話せば、三名とも断ろうとする可能性があります」


「一名だけだと説明してもか」


「詳しい方法を決めてからの方がよいと思います」


 グラナートは頷いた。


「では、頼む」


「はい」


 メリーは一礼し、総長執務室を出ていった。


 扉が閉まる。


 グラナートは、もう一度、帝都からの書状を見た。


 三名とも、騎士団領では受け入れる。


 だが、副長府へ置くのは一名だけ。


 残る二名は、総長府か、ほかの騎士団へ分ける。


 問題は、誰を副長府へ置くかだった。


 経歴だけでは決められない。


 腕が立つだけでも足りない。


 自分で見て考え、騎士団領のやり方を受け入れ、副長府の負担を必要以上に増やさない者。


 その一人を、三名の中から選ぶ必要がある。


「まずは、イリス殿下か」


 グラナートは、書状に並ぶ三名の名前を見下ろした。


 イリスは、この三名を知っているのか。


 知っているなら、どのような人物だと見るのか。


 副長府へ置く一名を決めるための話は、まだ始まったばかりだった。

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