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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章27話  第四大隊長は借りを減らしたはずでした

――帝国暦三二一年・冬終わり ヴェリア帝国・東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府庁舎――


■総騎士団副長府庁舎・第三執務室奥資料室


 資料室に入ると、シエラは扉を閉めた。


 廊下の音が少し遠くなる。


 クリス・ラングレーは卓の前に立ち、頭の中で整理していた内容を、順番に話した。


 親衛隊室。


 徽章。


 シリアル番号。


 朝の整列優先権。


 姫様会報。


 会報の価格差。


 姿絵。


 資金の使い道。


 第一執務室所属親衛隊。


 そして、情報管理の危うさ。


 シエラは途中で口を挟まなかった。


 ただ、必要なところだけ短く確認し、時々小さく頷いた。


「徽章の最安値は、銀貨二枚で間違いありませんか?」


「ああ。ライがそう言っていた」


「初期発行は百五十個」


「そうだ。裏に番号がある」


「親衛隊室への入室にも使われている」


「実際に止められた」


「第四大隊長でもですか」


「第四大隊長でもだ」


「徹底していますね」


「感心するな」


 シエラは静かに記録を続けた。


 クリスが話し終えると、シエラはしばらく黙った。


 その沈黙が、少し怖い。


「……どうだ」


 クリスは先に聞いた。


「情報としての価値はあるか?」


「あります」


「なら、借りは減るか」


「はい」


 クリスは、少しだけ息を吐いた。


「一つか」


「二つ消しましょう」


 シエラは静かに言った。


 クリスは一瞬、言葉を失った。


「……二つ?」


「はい」


「今、二つって言ったか」


「言いました」


「本当に二つか」


「はい」


「九つから二つ減るんだな」


「はい」


 クリスは小さく拳を握りかけた。


 かなり大きい。


 九つから二つ減れば、残り七つである。


 まだ多い。


 だが、九つよりはかなりましだった。


「ただし」


 シエラが静かに言った。


 クリスの動きが止まる。


「ただし?」


「会報の情報管理については、すぐに対処が必要です」


「ああ。それは言ってきた」


「部屋の使用許可もです」


「それも言ってきた」


「なら、その点も評価できます」


「だろう」


 クリスは少しだけ得意げになった。


 そして、すぐに思い出した。


 まだある。


 かなり重要なものがある。


「それと、もう一つ」


「はい」


「部隊表に、妙な項目があった」


 シエラの目が、少しだけ動いた。


「部隊表ですか」


「ああ。登庁見守り班、会報管理班、姿絵管理班、贈り物積立班。そういうのは覚えてる」


「はい」


「だが、その横に、街路美化班、危険箇所報告班、治安維持班と書かれていた」


「……治安維持班」


「ああ」


「外部協力者に関する記載はありましたか」


「たぶんあった」


「たぶん?」


「悪い。第一執務室所属親衛隊の方に気を取られて、細かく聞くのを忘れた」


「聞き忘れたのですか」


「言うな」


 クリスは額を押さえた。


「部屋を出てから気づいた。戻るわけにもいかなかった」


「なぜですか?」


「戻ったら、また入隊を勧められそうだったからだ」


「なるほど」


「なるほど、じゃない」


 シエラは少しだけ考えるように黙った。


 クリスは身を乗り出した。


「ただ、見たのは確かだ。治安維持班。街路美化班。危険箇所報告班。外部協力者らしき欄もあった」


「それは重要です」


「だろう」


「はい」


「これで借り、もう一つ減らないか」


 シエラは、静かにクリスを見た。


「交渉ですか」


「情報提供だ」


「聞き取りは不完全です」


「分かってる」


「ですが、内部の部隊表にその名称があったという確認は価値があります」


「だろう」


「外部協力者の存在と、街での活動に関する内側からの裏付けになります」


「裏付け」


「はい」


「なら」


「一つ消しましょう」


 クリスは、今度こそ小さく息を吐いた。


「よし」


「嬉しそうですね」


「嬉しいに決まってるだろ」


「残り六つです」


「六つか」


 クリスは少しだけ遠い目をした。


 まだ六つある。


 だが、九つよりはましだ。


「それで」


 シエラが静かに続けた。


「こちらからも、関連する情報があります」


 クリスは嫌な予感を覚えた。


「……借りが増える話か」


「情報の価値によります」


「その言い方をやめろ」


「では、有益な情報です」


「もっと嫌だ」


 シエラは、手元の資料を開いた。


 すでに題名が書かれている。


 姫様会報・外部活動調査記録。


 クリスは、その文字を見て眉を寄せた。


「本当に調べてたんだな」


「はい」


「いつからだ?」


「少し前からです」


「少し前、で済む内容じゃないだろ」


「気になりましたので」


「お前も十分危ないな」


「そうでしょうか?」


「そうだ」


 シエラは否定しなかった。


 ただ、淡々と資料をめくる。


「先ほどの部隊表の件ですが、おそらくロングの街での活動と関係しています」


「ロングの街」


「はい。騎士団領のお膝元です」


「完全に副長府の外じゃないか」


「はい」


「何をしてる?」


「巡回、清掃、危険箇所の報告、たむろ行為の解消などです」


「治安維持班そのものだな」


「はい」


「外部協力者は?」


「確認されています」


 クリスは目を閉じた。


「……いるのか」


「はい」


「どれくらい」


「現時点で、五十人近い外部協力者がいるようです」


「五十」


「はい」


「副長府内の親衛隊が三百人に近いんだよな」


「はい」


「そこに外部が五十」


「はい」


「増える可能性は?」


「あります」


「かなり?」


「かなり」


 クリスは卓に手をついた。


 リリア・ヴァイス親衛支援会。


 通称、親衛隊。


 副長府内で自然発生した謎の親衛組織。


 隊長と副隊長がいる。


 親衛隊室がある。


 徽章を売っている。


 会報もある。


 姿絵もある。


 朝の登庁儀式もある。


 そこまでは、まだ副長府内の問題だった。


 だが、今は違う。


 街へ出ている。


 治安維持活動と美化活動が認められている。


 外部協力者までいる。


「誰が管理してるんだ?」


「親衛隊内部の一部です。詳細はまだ確認中です」


「また確認中か」


「はい」


「町の方は何も言ってないのか」


「むしろ、町長からは期待されています」


「期待?」


「はい。巡回、清掃、危険箇所の報告、たむろ行為の解消などにより、治安維持と美化活動に一定の効果が出ているためです」


「町長に期待される親衛隊って何だよ」


「ボランティアとしては、かなり有用です」


「有用なのが一番困るんだよ」


「町の住民からも、好意的な声があります」


「ますます止めづらいな」


「はい」


 クリスは、もう笑えなかった。


 親衛隊は、ただの親衛隊ではなくなりつつある。


 副長府の内側でリリアを見守る集団から、ロングの街の治安と美化に関わる外部協力組織になりつつある。


 しかも、町長から期待されている。


 住民からも感謝されている。


 そうなると、ただの迷惑行為として片付けられない。


 見えるのは、リリア本人が何も知らないまま、周囲だけが勝手に広がっているということだけだった。


「……今の情報はいくらだ?」


「借り一つです」


「やっぱりか」


「はい」


「さっき一つ減ったのに」


「一つ増えます」


「結果、残り七つか」


「はい」


「減った気がしない」


「二つは減っています」


「数字の上ではな」


 クリスは深く息を吐いた。


 親衛隊の情報を持ってきた。


 それで借りが減るはずだった。


 実際、減った。


 九つから六つまで減った。


 そのはずだった。


 だが、その場でさらに別の情報を買わされた。


 結果、七つ。


 減ってはいる。


 減ってはいるが、気分は軽くない。


 むしろ重くなっている。


「その外部協力者は、親衛隊員なのか?」


「現時点では、正式な親衛隊員ではなく、協力者という扱いのようです」


「外部親衛隊員じゃないんだな」


「まだ、そう名乗っている証拠はありません」


「まだって言うな」


「失礼しました」


「名乗りそうで嫌だ」


「可能性はあります」


「言うな」


 クリスは頭を抱えた。


 街路美化。


 危険箇所報告。


 治安維持。


 外部協力者。


 町長からの期待。


 どれも、言葉だけ聞けばまともだった。


 むしろ、良い活動である。


 だが、根っこにあるのはリリア親衛隊だ。


 姫様のため。


 おそらく全部そこから始まっている。


 それが、街の役に立ち始めている。


 そこが一番厄介だった。


「もう一つだけ聞く」


「はい」


「リリアは、これを知ってるのか?」


「おそらく知りません」


「だよな」


「はい」


「レオンは?」


「知れば嫌がると思います」


「四回目だな」


「同じ回答です」


「だろうな」


 クリスは壁を見た。


 リリアは第一執務室にいる。


 たぶん、何も知らずに書類を運んでいる。


 親衛隊は広がっている。


 副長府の中で。


 ロングの街で。


 もしかすると、さらに外へ。


 クリスは小さく呟いた。


「……怖いな」


「はい」


「お前も怖いと思うのか?」


「少しは」


「少しか」


「興味深いです」


「また、楽しむな」


 シエラは、少しだけ笑った。


 クリスはそれを見て、ますます疲れた。


「それで」


 シエラが口を開いた。


「もう一つ、お願いがあります」


「まだあるのか」


「情報料とは別です」


「嫌な言い方だな」


「今度、デートに誘ってください」


 資料室が静かになった。


 クリスは、シエラを見た。


 シエラは、いつものように静かな顔をしている。


 ただ、目だけが少し真剣だった。


「……今、何て言った」


「今度、デートに誘ってください」


「情報料の代わりにか」


「いいえ。借りの調整とは別です」


「別なのか」


「はい」


「じゃあ、何だ」


「お願いです」


 クリスは額を押さえた。


 断れば、また面倒になる。


 受ければ、もっと面倒になる。


 だが、ここで時間をかけると、シエラは淡々と別の情報を出して、借りの数を調整し始めるかもしれない。


 それは嫌だった。


 かなり嫌だった。


「……分かった」


「ありがとうございます」


「今すぐ日時は決めないぞ」


「はい」


「情報の件が落ち着いてからだ」


「はい」


「あと、これは借りの代わりじゃないからな」


「はい」


「本当に分かってるか」


「分かっています」


 シエラは、少しだけ嬉しそうに頷いた。


 クリスは、もう一度頭を押さえた。


「では、来週あたりでよろしいですか」


「早いな」


「はい」


「情報の件が落ち着いてからと言っただろ」


「落ち着かせればよいのですね」


「そういう意味じゃない」


「では、今度また一緒に、私の実家のオリオン社へ行きましょう」


 クリスの動きが止まった。


「……待て」


「はい」


「デートって、そっちかよ」


「はい」


「違うだろ」


「違いますか?」


「違う。普通はもっと、街を歩くとか、食事をするとか、そういうものだろ」


「オリオン社も、二人で行きます」


「そこじゃない」


「今度は兄もいますから」


「もっと違う」


 クリスは即座に言った。


「兄がいたら、なおさらデートじゃないだろ」


「そうでしょうか?」


「そうだ」


「ですが、以前より安心です」


「何がだ」


「前回は、少し緊張しましたので」


「俺もした」


「では、次は兄も一緒に」


「だから違うと言ってる」


 クリスは額を押さえた。


「それはデートじゃなくて、オリオン社への再訪だ」


「一緒に出かけます」


「目的地が悪い」


「条件が悪化してる」


 シエラは静かに首を傾げた。


「では、駄目ですか?」


「駄目だ」


「さっき、承知しましたよね」


「したが、行き先までは承知してない」


「借りはまだ七つありますけど」


 クリスは黙った。


 シエラは静かにこちらを見ている。


 表情は変わらない。


 だが、逃がす気がないことだけは分かった。


「……お前、そういうところだぞ」


「どのようなところでしょうか」


「分かってて言ってるだろ」


「少しだけ」


 シエラは、ほんの少しだけ笑った。


 クリスは深く息を吐いた。


 借りは減った。


 確かに減った。


 九つあった借りは、一度は六つまで減り、情報を買わされたことで七つになった。


 数字だけ見れば、減っている。


 だが、来週あたりにまたオリオン社へ連れていかれる可能性が出てきた。


 しかも、今度はシエラの兄までいるらしい。


 それは、借りとは別の悩みだった。


 かなり大きい悩みだった。


 その日、クリス・ラングレーは理解した。


 親衛隊は、思っていたより大きい。


 そして、これからさらに大きくなるかもしれない。


 第四大隊長は、借りを減らした。


 確かに減らした。


 だがその代わり、副長府の未来に対する不安と、オリオン社再訪に対する不安は、二つ以上増えた。

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