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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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210/213

第2章22話 姫様のためです。

――帝国暦三二一年・冬初め ヴェリア帝国・東ロンバルディア騎士団領 総騎士団副長府庁舎――


■総騎士団副長府庁舎・第三執務室奥資料室


「この徽章の件は、まず確認する」


 クリスは、そう言って紙を卓に置いた。


 青地に金縁。


 表面に、LWSSの文字。


 複数名が胸元に装着。


 購入者あり。


 価格は通常の小型徽章より高額。


 販売者は親衛隊内部の一部と推定。


 資金の用途、不明。


 主導者、不明。


 分からないことが多すぎる。


 しかも、金が絡んでいる。ただの親衛隊遊びで済ませるには、嫌な匂いがした。


「徽章の作成者、販売者、資金の流れ。まずはそこだな」


「はい」


 シエラは頷いた。


「妥当だと思います」


「妥当か」


「はい」


「それ以外は、今はまだ見ない」


「見ないのですか?」


「見たら、今日はもう帰れなくなる気がする」


 クリスは現在の時刻を確認した。


 仕事はとっくに終わっている。


 本来なら、もう帰るつもりだった。


 それがシエラに呼び止められ、「情報の確認」という名目でLWSS関連の確認作業をさせられ、気づけばもう真夜中である。


「もう帰れないのでは?」


「……言うな」


 クリスは嫌そうな顔で紙束を睨んだ。


 リリア親衛隊。


 正式名称、LWSS。


 リリア・ヴァイス親衛支援会。


 隊員は三百名に接近中。


 隊長と副隊長がいて、影の存在がいるかもしれない。


 さらに独自の徽章まである。


 それだけでも十分に面倒だった。


 これ以上、何かあると言われても困る。


 かなり困ることになる。


 *      *


 だが、シエラは静かに次の紙を抜き出した。


「徽章の件を確認するのであれば、組織の活動実態も把握しておいた方がいいと思います」


「活動実態?」


「はい」


「嫌な言葉だな」


「事実ですので」


「その事実が嫌なんだよ」


 シエラは表情を変えない。


 そして、紙を一枚、クリスの前へ置いた。


 過去の事例。


 街中にて、褒められない格好をした若者三名、ないし四名が道端にたむろしていた。


 リリアさんは、それを少し怪訝そうに見た。その後、リリアさんは特に声をかけることなく、その場を離れた。


 リリアさんが完全に視線を外し、帰路についた後、近くにいたLWSS隊員が行動開始。


 若者たちは、短時間でその場から排除された。以降、その場所で同様のたむろ行為は確認されていない。


 地域住民からは、治安改善として好意的に受け止められている。


 クリスは、紙から顔を上げた。


「……怖えよ」


「治安対策としては、有効です」


「有効なのが怖いんだよ」


「実際、その後は同様のたむろ行為が減っています」


「そういう成功例みたいに書くな」


「成功例です」


「成功例にするな」


 クリスは眉間を押さえた。


 リリア本人は、何も命令していない。


 ただ少し見ただけである。


 怪訝そうに見た。


 それだけだ。


 だが、それを見た親衛隊員が動いた。


 そして、たむろしていた若者たちは排除された。


 結果として、地域住民は喜んだ。


 治安が改善した。


 それだけ聞けば、悪い話ではない。


 むしろ、役に立っている。


 だが、動機が重い。


 それもかなり。


「リリアは何も言ってないんだよな?」


「はい」


「見ただけだよな」


「はい、見ただけですね」


「それで動くのか」


「動きました、迅速に」


「怖いな」


「はい」


「お前も怖いと思うのか」


「少し」


「少しか」


 シエラは次の紙を示した。


 別事例。


 リリアさんが公園を歩行中、足元の小石につまずきかけた。


 転倒はしていない。


 怪我もない。


 本人も、そのまま歩行を続けた。


 しかし、その様子を遠方から見守っていたLWSS隊員が確認後、行動開始。


 翌日、公園内のゴミ、落石、小枝、不要な障害物はほぼ撤去された。


 歩行経路は大幅に改善。公園利用者からは、非常に好意的な反応が寄せられた。


 クリスは、しばらく黙った。


「……公園を掃除したのか?」


「はい」


「全部?」


「確認できる範囲では、ほぼすべてです」


「小石まで?」


「はい、ひとつ残らず排除されました」


「何でだよ」


「リリア様がつまずきかけたためです」


「一回つまずきかけただけだろ」


「はい」


「それで公園中のゴミと障害物を撤去したのか」


「はい、全て」


「行動力がおかしい」


「公園利用者には絶賛されていました」


「絶賛されるのがまた困るな」


「結果として、地域環境の改善に寄与しています」


「だから成功例にするな」


 クリスは呆然とした。


 若者を排除すれば治安がよくなる。

 公園を掃除すれば利用者が喜ぶ。


 やっていることの結果だけ見れば、悪いとは言いづらい。


 むしろ、役に立っている。


 だが、動機が全部リリアである。


 リリアが見た。


 リリアがつまずきかけた。


 リリアが少し気にした。


 それだけで、周囲が勝手に変わっていく。


 本人は、おそらく知らない。


 知らないまま、街の治安と公園の環境が次々と改善されている。


「それから、その後の定期的な見回りと清掃も確認されています」


「定期的な?」


 クリスが嫌そうに聞き返した。


「はい。街の一部区域で、LWSS隊員と思われる者たちが、定期的に見回りと清掃作業を行っています」


「見回りと清掃」


「はい」


「誰が許可したんだ」


「不明です」


「また不明か」


「はい」


 シエラは淡々と続けた。


「見回りの内容は、道端に不審な者がいないかの確認、通行の妨げになる物の撤去、清掃作業は汚れている場所の清掃、危険そうな小石や木片の除去などです」


「小石にこだわりすぎだろ」


「リリア様がつまずきかけた件以降、小石拾いが最重点項目作業になっているようです」


「最重点項目にするな!」


「さらに先程の、町の定期清掃を専任担当している者たちもいるらしいです」


「町の清掃専任?」


「はい。話によると、親衛隊の中に、そうした外部活動を担当する部隊があるらしいです」


 クリスは、少しだけ固まった。


「……部隊?」


「はい」


「親衛隊の中に?」


「はい」


「町の見回りと掃除をする部隊が?」


「そのようです」


「もう親衛隊じゃないだろ、それ」


「名称は不明ですが、活動実態はあります」


「活動実態って言うな」


 クリスは頭を抱えた。


 親衛隊。


 正式名称、LWSS。


 リリア・ヴァイス親衛支援会。


 その中に、街の見回りと清掃を担当する部隊がある。もう意味が分からなかった。


「それ、誰のためにやってるんだ?」


「姫様のため、という証言が多いです」


「だろうな」


「ただ、町の人々からは、治安維持と環境改善として感謝されています」


「だろうな!」


 クリスは思わず声を上げた。


「無料で見回りして、掃除して、危ない物をどかしてくれるなら、そりゃ感謝されるだろ」


「はい」


「だから困るんだよ」


「はい」


「善行みたいになってるじゃないか」


「実際、外部からはそう見られています」


「中身は姫様親衛隊なのにか」


「はい」


「最悪だな」


「好意的に受け止められています」


「余計に最悪だ」


 クリスは深く息を吐いた。


 悪いことなら止められる。


 危ないことなら処理できる。


 だが、町の人に感謝されている善行のようなものを、簡単に止めろとは言いづらい。


 しかも、本人たちは町のためではなく、リリアのために動いている。


 そこが一番ややこしかった。


「それから、一部の隊員は制服のまま活動しています」


「制服?」


「はい。副長府、あるいは騎士団所属者だと分かる服装のまま、見回りや清掃をしているようです」


「……待て」


 クリスは嫌そうに顔を上げた。


「それ、町の人からどう見える?」


「騎士団が町のために動いているように見えます」


「だよな」


「そのため、副長府および騎士団関係者への評判も、軒並み上がっています」


「上がるな」


「上がっています」


「勝手に評判を上げるな!」


「評判が上がること自体は、悪いことではありません」


「悪くないのが困るんだよ」


 クリスは頭を抱えた。


 制服のまま、街を見回る。


 制服のまま、道を掃除する。


 制服のまま、子供たちの通り道に立つ。


 町の人からすれば、それは騎士団が町のために動いているようにしか見えない。


 実際には違う。

 動機は、やはりリリアである。


 姫様が嫌な顔をしないように。


 姫様が転ばないように。


 姫様が心配しないように。


 それだけである。


 だが、外から見れば善行だった。


 しかも、騎士団の制服付きである。


 評判が上がらない方がおかしい。


「これも、レオンが知ったら嫌な顔するぞ」


「はい」


「騎士団の評判が上がってるのに……」


「はい」


「だろうな。あいつはそういう顔をする」


「嫌がると思います」


「絶対嫌がる」


 クリスは深く息を吐いた。


「ありがたい。ありがたいんだが、ものすごく困る」


「はい」


「何で親衛隊の暴走で副長府の評判が上がってるんだ」


「結果として、そうなっています」


「結果が一番厄介だな」


「はい」


 シエラは、さらに別の紙を出した。


「ほかにも、確認できている範囲では、子供の帰宅時間帯に、親衛隊が見守りを行っていた例があります」


「子供?」


「はい。リリアさんが以前、街で子供の列を心配そうに見ていたそうです」


「それで?」


「翌日以降、複数名のLWSS隊員が、子供たちの通り道付近に立つようになりました」


「……見守りか」


「はい」


「それも無料か」


「はい」


「町の人は?」


「感謝しています」


「だろうな」


 クリスは頭を抱えた。


 困った。


 これは本当に困った。


 悪いことをしているなら、止めればいい。


 違法なら、処理すればいい。


 危険なら、潰せばいい。


 だが、やっていることは、見方によっては善行である。


 道端のたむろを減らす。


 公園を綺麗にする。


 町を定期的に掃除する。


 街を見回る。


 子供の行き帰りを見守る。


 困っている人を助ける。


 しかも、全て無料。


 地域住民からすればありがたい。


 さらに、一部は制服で動いている。


 だから、騎士団の評判まで上がっている。


 だが、理由はリリアである。


 リリアが嫌な顔をしないように。


 リリアが転ばないように。


 リリアが心配しないように。


 全部、そこから始まっている。


「……本人たちは、全て町のためにやってるつもりなのか?」


「少なくとも、最初の動機は違うようです」


「だよな」


「やはり、姫様のため、という表現が多く確認されています」


「だろうな」


 クリスは、もう一度紙を見た。


 治安改善。


 公園清掃。


 定期見回り。


 町の清掃。


 子供の見守り。


 副長府および騎士団関係者への評判向上。


 どれも、字面だけなら立派だった。


 立派なのに、怖い。


 怖いのに、役に立っている。


 役に立っているから、止めづらい。


「これ、町の人に受け入れられてるのか?」


「はい、ここまでは」


「そりゃそうか。無料で掃除して、治安もよくして、子供まで見てくれるならな」


「はい」


「親衛隊だとは知られてるのか?」


「一部では知られているようです」


「どう説明してるんだ」


「今のところ、そこは不明です」


「不明が多いな」


「はい」


「そこも確認した方がいいな」


「必要だと思います」


 シエラは静かに頷いた。


「外部から見たLWSSの評価、活動理由の説明、協力者の有無。そこも、今後確認すべき項目です」


「今後って言うな」


「では、確認項目です」


「同じだ」


 クリスは椅子の背にもたれた。


 分かってきた。


 これは、徽章だけの話ではない。


 徽章は入口である。


 その奥に、活動実態がある。


「シエラ」


「はい」


「これ、徽章だけ確認して終わりにはならないな」


「はい」


「最初からそう思ってただろ?」


「はい」


「隠すな」


「クリス調査員なら、そう気づくと思いました」


「だから調査員扱いするな」


「確認員ですか?」


「それも嫌だ」


 シエラは、ほんの少しだけ首を傾げた。


「では、何と呼べばよろしいですか」


「第四大隊長だ」


「では、第四大隊長として確認をお願いします」


「結局やらせる気じゃないか」


「はい」


 クリスは大きく息を吐いた。


 逃げたい。


 正直、もう逃げたい。


 だが、逃げても、たぶんこの件は消えない。むしろ、放っておけば大きくなる。


 レオンが知った時には、もっと嫌な顔をするだろう。


 リリアが知った時には、もっと困るだろう。


 イリスは書類を作る。


 エリシアは運用を考える。


 そして、なぜかクリスも巻き込まれる。


 そこまで想像できてしまうのが嫌だった。


「これ、町の事例も確認したら、情報として価値があるのか」


「あります」


「即答か」


「はい」


「徽章の販売経路、資金の流れ、活動実態、町での評価。そこまで持ってきたら?」


「情報の価値は高いです」


 クリスは、そこで少しだけ黙った。


 情報の価値。


 その言葉は、今のクリスにとってかなり重要だった。


「……それを持ってきたら?」


「はい」


「お前への借りは、どのくらい減る」


 シエラは、少しだけ目を細めた。


「内容によります」


「それは分かってる」


「では、あくまで目安ですが」


「ああ」


「徽章の販売経路、販売者、資金の流れまで確認できれば、一つは減らせます」


「一つか」


「はい」


「町での活動実態と、外部からの評価も確認できれば?」


「さらに一つ」


 クリスの目が、少しだけ動いた。


「二つか」


「はい」


「外部協力者の有無まで分かったら?」


「内容次第では、三つ以上もあり得ます」


「三つ」


 クリスは、そこで完全に黙った。


 三つ。


 シエラへの借りが三つ減る。


 それは、かなり大きい。


「……ちなみに」


「はい」


「今、俺がお前に作っている借りは、いくつだった」


「九つです」


「……九つか」


「はい」


「九つのうち、三つ減るかもしれない」


「可能性としては?」


「三分の一か」


「はい」


「まあまあだな」


「まあまあ、ですか」


「ああ。まあまあだ」


 クリスは、もう一度紙を見た。


 青地に金縁の徽章。


 LWSS。


 販売経路不明。


 資金用途不明。


 活動実態。


 町の見回り。


 定期清掃。


 制服のまま動く隊員。


 子供の見守り。


 町からの評価。


 外部協力者の可能性。


 正直、どれも関わりたくない。


 だが、借りが三つ減る可能性がある。


 九つある借りのうち、三つ。


 それなら、まあまあだ。


「……分かった」


「はい」


「徽章の件と、町での活動例。その二つは確認する」


「ありがとうございます」


「調査じゃないぞ」


「確認です」


「そうだ。確認だ」


「はい」


「それで三つ減る可能性があるなら、少しはやる気も出る」


「三つ減るとは限りません」


「分かってるよ」


「価値次第です」


「分かってるって」


 クリスは嫌そうに息を吐いた。


「でも、一つや二つでも減るなら、やらないよりはましだ」


「はい」


「三つ減ったら、かなりましだ」


「はい」


「……よし」


 クリスは紙を卓に置いた。


「やる」


「記録しておきます」


「するな」


「クリス調査員、LWSSの徽章および外部活動の実態確認に着手」


「長くするな。より本格的に見えるだろ」


「正確です」


「正確にするな」


 シエラは、ほんの少しだけ笑った。


 クリスはそれを見て、嫌な予感を覚えた。


 この女は、たぶん最初からこうなると思っていた。


 徽章の紙だけを見せる。

 次に活動実態を見せる。


 最後に、情報の価値を匂わせる。


 そうすれば、借りを減らしたいクリスは動く。そう読まれていた気がする。


「シエラ上級調査員殿」


「はい」


「お前、性格悪いな」


「評価がひどいですね」


「事実だ」


「では、記録しておきます」


「するな」


 シエラは紙束を整えた。


「追加資料はまだありますが、本日はここまでにしましょう」


「まだあるのか?」


「あります」


「もう聞きたくない」


「では、次回に」


「次回って言うな」


 クリスは椅子から立ち上がった。


 今度こそ帰る。


 そう思った。


 だが、手元には紙が残っている。


 どれも、頭から離れない嫌な情報だった。


 だが、使える情報でもある。


 そして、使える情報なら、シエラへの借りを減らせるかもしれない。


 そこが一番ずるかった。


「徽章と活動例を確認する。そこまでだ」


「はい」


「それ以上はやらない」


「はい」


 クリスは扉へ向かった。


 資料室の扉を開ける前に、もう一度だけ振り返る。


「これ、レオンにはまだ言うなよ」


 シエラは静かに頷いた。


 クリスは、それ以上何も言わずに資料室を出た。


 廊下は静かだった。だが、静かなはずの副長府が、今日は少しだけ違って見えた。


 どこかにLWSS隊員がいるかもしれない。


 どこかに青地に金縁の徽章があるかもしれない


 第四大隊長は、歩きながら小さく呟いた。


「……親衛隊って本当何なんだよ」


 誰も答えない。


 ただ、胸元に青い徽章をつけた誰かが、廊下の先を横切ったような気がした。


 クリスは見なかったことにした。

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