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二つの距離

 帝国暦三二〇年 春中頃

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 第七騎士団 本庁 執務室


 業務は終わっていた。書類も片付いている。

 人の気配も、ほとんどない。静かだった。


「……リリア」

 エリシアが呼ぶ。

「はい」

 リリアが振り向く。

 いつも通り。

 柔らかい表情。

 警戒はない。


「少し、よろしいでしょうか」

「はい」

 迷いなく頷く。


 エリシアは一歩だけ距離を取る。

 意識して。

「業務に関する話です」

「はい」

 リリアは素直に聞く姿勢をとる。


「最近、執務室への出入りが増えています」

「はい」

「理由は理解していますか」

「……私、でしょうか」

「そうです」


 リリアは少しだけ考える。

「お手伝いできているから、だと思います」

 間違ってはいない。

「それもあります」

 エリシアは否定しない。


「でも、それだけではありません」

 リリアは静かに待つ。

「あなたの対応が原因です」

「……対応、ですか」

「はい」

 淡々と続ける。


「距離が近い」

 短く、言い切る。

 リリアのまつげが、わずかに揺れる。

「……業務上、必要な範囲かと」

 穏やかに返す。

「必要以上です」

 即座に否定。


 空気が、少しだけ張る。

「具体的には?」

 リリアは逃げない。

 エリシアは視線を逸らさない。

「個別対応が多すぎます」

「一人ひとりの理解度に差がありますので」

「承知しています」

 重ねるように言う。

「ですが」


「あなたは、相手に合わせすぎている」

 リリアは、少しだけ首を傾げる。

「それは、問題でしょうか」

 純粋な疑問。

 責める色はない。

「問題です」

 エリシアは言い切る。

「誤解を招きます」


 リリアの表情が、わずかに変わる。

「……誤解、とは」

「距離です」

 言葉を選ばない。

「業務以上の距離に見える」

 リリアは、少しだけ視線を落とす。

 考える。

 ゆっくりと。


「……そのつもりはありません」

「でしょうね」

 エリシアはあっさりと返す。

「だから問題なのです」

 静かに言う。

「意図していないからこそ」

 リリアは顔を上げる。

 目が合う。

 初めて、少しだけ緊張が走る。


「では」

 リリアが言う。

「どうすればよろしいでしょうか」

 素直な問い。逃げない姿勢。


 エリシアは一瞬だけ言葉に詰まる。

 予想していなかった。

(……指示を求めている)

 命令として受け取っている。

「……距離を取ってください」

 選んだのは、それだった。

「必要最低限に」


 リリアは、静かに頷く。

「承知しました」

 迷いはない。


 だが、そのあと少しだけ間があく。

「……エリシアさん」

「なんでしょう」

「それは、“騎士として”の距離でしょうか」


 エリシアの思考が止まる。

「それとも」

 リリアは続ける。

「“お兄さまの側にいる者として”の距離でしょうか?」


 静かに、確実に踏み込んでいる。

 空気が変わる。エリシアの視線がわずかに揺れる。

(……そこを見るか)

 予想していなかった。


「両方です」

 迷わず答える。

 揺れを消して。

「あなたは騎士団の一員です」

「そして」


「団長の側にいる存在でもある」

 言い切る。

 リリアは、それを受け止める。


 否定しない。

 反論もしない。

 ただ。

「……そうですね」

 小さく、頷く。


 けれどその目は、少しだけ違っていた。

 理解している。

 だが、納得しているかは別。

「気をつけます」

 それだけ言う。


 穏やかに。

 いつも通りの声で。

 エリシアは、それ以上言わない。

 言えない、これ以上は踏み込みすぎる。

「以上です」

 業務のように締める。

「はい」


 リリアは一礼する。

 そのまま、部屋を出る。

 足音が遠ざかる。

 静寂が残る。

 エリシアは、その場に立ったまま動かない。

(……正しい)

 自分の判断は、正しい。

 そう思う。


(……それだけか)

 ほんのわずかに。

 何かが引っかかる。

 その正体は、まだわからない。


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