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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章19話 第四大隊長は借りを作りました

――帝国暦三二一年・冬初め ヴェリア帝国東ロンバルディア帝国騎士団領 総騎士団副長府庁舎――


■総騎士団副長府庁舎・第三執務室前廊下


 クリス・ラングレーは、帰るつもりだった。


 第四大隊の仕事を終え、副長府へ顔を出し、レオンハルトの様子を少し見て、第一執務室で妙な案件に巻き込まれる前に退散する。


 その予定だった。


 最近の副長府は、近づくと仕事が増える。


 レオンに会えば愚痴を聞かされる。


 イリスに見つかれば、予定表の隙間に何かを差し込まれる。


 エリシアに見つかれば、現場側の意見を求められる。


 リリアに会えば、つい様子を見てしまう。


 つまり、長居をして得なことがない。


「よし、帰るか」


 クリスは小さく呟き、廊下を歩き出した。


 その時だった。


「クリスさん」


 静かな声がした。


 クリスは足を止めた。


 聞き覚えのある声だった。


 逃げにくい声でもあった。


 廊下の先に、シエラが立っている。


 淡い表情。


 整えられた姿勢。


 用件がある時の顔。


 クリスは、少しだけ嫌な予感を覚えた。


「……何だ」


「少し確認していただきたいものがあります」


「今からか?」


「はい」


「俺、もう帰るところなんだが?」


「存じています」


「知ってて呼び止めたのか」


「はい」


 シエラは、まったく悪びれなかった。


 副長府ができてから、クリスとシエラの勤務時間は合いにくくなっていた。


 以前は、もう少し顔を合わせる機会があった。


 シエラの実家であるオリオン社に連れていかれたこともある。その時、クリスは見合いのようなものかと一瞬思った。


 だが、実際は違った。


 見合いではなかった。


 ただの調査員への勧誘だった。


 オリオン社は、情報を扱う親族会社である。


 シエラはその家の者で、記録し、集め、整理し、残すことを日課のようにしている。


 そしてクリスは、気づいた時には調査員の一人のように扱われていた。


 もちろん、正式に認めた。


 報酬も受け取っている。

 それも、一度ではない。


 そうなると、完全な部外者だと言い張ることはできなかった。


「今じゃなきゃ駄目か?」


「今でなければ、また勤務時間が合いません」


「明日でもいいだろ」


「明日も合いません」


「明後日は」


「分かりません」


「なら分かる日でいいだろ」


「情報は溜めすぎると処理が重くなります」


「俺の帰宅も重くなってるんだが」


「あなたも調査員でしょう」


 当然のように言われた。


 クリスは、一瞬黙った。


 そうだった。

 そういう扱いだった。


「……そうだったな」


「はい。クリス調査員」


 二人きりで、オリオン社の話をする時は、そうなる。


 前から何度も言われている。


 クリスも、もうそこではいちいち揉めなかった。


「分かるところだけでいいか」


「十分です」


 シエラは、そこでほんの少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、クリスは思った。


 これは逃げられない。


 ■総騎士団副長府庁舎・第三執務室奥資料室


 第三執務室の奥にある資料室へ案内されると、シエラは扉を閉めた。


 棚には整理された資料箱が並び、中央の卓には、すでに厚い紙束が置かれている。


 ここには、今のところクリスとシエラしかいない。


 その時点で、クリスは何となく察した。

 騎士団の第四大隊長としてではない。


 やはり、オリオン社の調査員として扱われる場所だ。


「……この部屋でやるのか」


「はい。外に聞かせる内容ではありませんので」


「だろうな」


 クリスは椅子に座り、紙束を見た。


 厚い。

 相当厚い。


 見ただけで、帰る気力が削られる厚さだった。


「これ、全部か?」


「はい」


「いくら何でも、多くないか?」


「溜まっていましたので」


「俺が来ない間にか」


「はい」


 シエラは静かに頷いた。


「副長府ができてから、情報が増えました」


「まあ、増えるだろうな」


「ヴァイス騎士団、副長府、各執務室、近衛中隊、帝都側の関心。記録すべきことが多いです」


「最後の方が、もう不穏なんだが」


「必要な情報です」


「そうかよ」


 クリスは額を押さえた。


「これ、どこに送るんだ」


「オリオン社の親元へ」


「やっぱりか」


「送る前に、大きな誤りがないか確認したかったのです」


「何で俺なんだ」


「クリス調査員は、副長府とヴァイス騎士団の中枢に近い位置にいます。確認していただけると助かります」


「助かる、か」


「はい」


「そう言われると断りづらいな」


「断られると困ります」


「……まあ、報酬も受け取ってるしな」


「はい」


 そこを突かれると弱い。


 クリスは、完全に部外者だとは言えなかった。


「分かった。分かるところだけ見る」


「ありがとうございます」


「ただ、変なことが書いてあったら止めるぞ」


「そのための確認です」


 シエラは頷いた。


 それから、少しだけ姿勢を正した。


「では、始めます。クリス調査員!」


「ああ」


「この場では、私のことは上級調査員殿と呼んでください」


「……それも前から言われてたな」


「はい」


「分かったよ」


 クリスは、紙束を持ち直した。


「確認します、シエラ上級調査員殿」


 シエラの手が、ほんのわずかに止まった。


 表情はほとんど変わらない。


 だが、返事までに少しだけ間があった。


「……はい」


 クリスは、そのわずかな間を見逃さなかった。


 今、少し喜んだ。

 かなり分かりにくいが。


 だが、喜んだ、間違いなく。


「……なるほどな」


「何か?」


「いや、何でもない」


 クリスは紙に目を落とした。


 この呼び方は、前から決まっている。


 だが、今まではただ言わされているだけだった。


 今回は違う。


 シエラが少し喜ぶ。


 それが分かった。


 なら、覚えておく価値はある。


 もちろん、使えば面倒も増えるだろう。


 だが、シエラが渋った時に少しだけ効くなら、使いどころはある。


 クリスは一枚目を読み始めた。


 最初の数枚は、ヴァイス騎士団全体についてだった。


 旧第七、旧第十、旧第十二。


 三つの騎士団が統合され、ヴァイス騎士団となった。


 形の上では一つの騎士団になっている。


 だが、まだ完全に混ざりきっているわけではない。


 旧所属ごとの空気や、会話の癖や、人の集まり方は残っている。それが良い悪いというより、統合されたばかりなら当然のことだった。


 クリスは数枚を読み、軽く頷いた。


「ここはまあ、外れてない」


「はい」


「ただ、旧所属ごとに分けすぎると、変な誤解をされるぞ」


「誤解、ですか」


「今はもうヴァイス騎士団だ。まだ色は残ってるが、別々の騎士団みたいに書きすぎると面倒になる」


「では、統合直後のため旧所属ごとの傾向が一部残る、程度にします」


「それならいい」


「修正します」


 ここは普通に通った。


 クリスは、少しだけ安心した。


 だが、その安心は長く続かなかった。


 次の紙から先は、レオンハルト・ヴァイスについての情報が多かった。


 それも、かなり多かった。


「……レオンの項目、多くないか」


「需要があります」


「需要って何だ?」


「副長閣下は注目されています」


「本人が聞いたら嫌な顔するぞ」


「聞かせません」


「そういう問題か?」


「そういう問題です」


 クリスは、さらに読み進めた。


 総騎士団副長。


 旧第七騎士団長。


 文句を言いながら働く。


 権力欲は薄い。


 帝都の推薦だからという理由だけで人を通すことはない。


 必要性と実力で判断する。


 ここまではよい。


 だが、次の項目で、クリスの目が止まった。


 レオンハルト・ヴァイスは、騎士団領の実務に関しては極めて優秀。ただし、一般的な市井感覚、貨幣感覚、買い物、名物料理などには疎い面がある。


 クリスの顔から笑いが消えた。


「ここは、もう少し柔らかくできないか?」


「難しいですね」


 シエラはすぐには頷かなかった。


 事実は事実。

 必要な情報は必要な情報。


 そう言われれば、普通はそこで終わる。


 だが、クリスはさっき見た。


 あの呼び方は、少しだけ効く。


「頼む、シエラ上級調査員殿」


 シエラの視線が、わずかに上がった。


 表情は変わらない。


 だが、返事までの間が少しだけ柔らかくなった。


「……理由を聞きます」


 効いた。


 クリスは心の中で小さく頷いた。


 便利だ。

 これは、かなり便利だ。


 ただし、便利なものほど後が怖い。


「本人が気にしてる。情報として残すのは分かる。でも、外へ出すなら、受け取った相手が変に誤解しない書き方にしてくれ」


「事実は残します」


「それでいい。表現だけでいい」


「分かりました」


「助かる」


「貸し、一つです」


「やっぱりそこは増えるか」


「はい」


 クリスは肩を落とした。


 やはり、ただでは済まなかった。


「俺から見ると借りだな」


「はい」


「今のはレオンのためだぞ」


「クリス調査員が頼みました」


「そうだな」


 クリスは渋々頷いた。


 借りが一つできた。


 レオンのため。

 そう思うことにした。


 その後も、紙束は続いた。


 最近の副長の失敗談。


 武具店で貨幣の違いを理解せず、店員を詐欺扱いしかけた件。


 自分の地元の名物料理を知らなかった件。


 町の人間と揉めかけた件。


 外へ出るたびに、周囲が不安になる件。


 クリスは無言になった。


 それから、ゆっくり顔を上げる。


「シエラ上級調査員殿」


「はい」


「これも、もう少し柔らかくならないか?」


「どれでしょうか」


「全部だ」


「全部ですか」


「全部だ」


 シエラは紙束を見た。


「三件あります」


「だから?」


「貸しは四つになります」


「一つじゃないのか」


「先ほどの項目で一つ。今の三件で三つ。合計四つです」


「数え方が厳しくないか」


「情報は正確であるべきです」


「そういう正確さはいらない」


「必要です」


 クリスは額を押さえた。


「分かった。俺の借りは四つでいい。だから頼む。レオンの名誉を少し守ってくれ」


「分かりました」


「本当に?」


「はい。事実は残しますが、表現を調整します」


「それでいい」


 クリスは深く息を吐き、さらに読み進める。


 次の項目で、また止まった。


 レオンハルト副長は、最近イリス殿下への苦手意識を強めている。


 理由は、逃走対策、護衛への耳打ち、予定表による拘束感。


 クリスは目を閉じた。


「……これは?」


「事実です」


「事実だな」


「削りますか」


「いや、これは……まあ、本人が悪い」


「では残します」


「ただ、このままでいい。恐れている、とか書いてないだけマシだ」


「すでに表現は調整済みです」


「そこは助かる」


「貸しには含めません」


「そういうところは良心的なんだな」


「事実に近い表現なので」


「それはそれでひどいな」


 クリスは紙をめくった。


 今度はエリシア・グランフェルトの項目だった。


 降格処分。


 第二執務室での役割。


 レオンへの圧。


 処分後の働き。


 クリスは少しだけ顔をしかめた。


「エリシアの件、ここまで調べてあるのか」


「私は当事者でしたので」


「ああ、そうだったな」


 シエラは淡々と言った。


 クリスは紙を見下ろす。


「これも、もう少し柔らかくできないか」


「どの部分でしょう」


「処分のところだ。事実だけを書くと刺さりすぎる」


「事実です」


「だから、事実の書き方を変えてくれ。本人も、もう仕事で返そうとしてる」


「難しいですね」


 シエラは、すぐには頷かなかった。


 クリスは少しだけ息を吐いた。


 ここでまた使うのは、分かりやすい。


 分かりやすいが、効くものは使うべきだ。


「頼む、シエラ上級調査員殿」


 シエラの手が、ほんのわずかに止まった。


 やはり効いている。


「……理由を聞きます」


「このままだと、本人が必要以上に悪く見える。情報として残すのは分かる。でも、外へ出すなら、処分後にどう働いているかも分かる書き方にしてくれ」


「事実は残します」


「それでいい。表現だけでいい」


 シエラは少し考えた。


「分かりました」


「助かる」


「貸し、五つです」


「また増えた!」


「はい」


 クリスは肩を落とした。


 便利だ。

 便利だが、確実に危ない。


 シエラ上級調査員殿という呼び方は、使うたびに頼みが通りやすくなる。


 そして、借りも増える。

 クリスは、諦めたように次をめくった。


 そこから先も、細かな情報が並んでいた。


 第一執務室で増え続ける予定表。


 メリーの呼称。


 マリニーファのレオン様呼び。


 そして、クリス・ラングレーの項目。


 第四大隊長。


 現場対応能力は高い。


 部下からの信頼も厚い。


 不測の事態に巻き込まれた場合の判断は早く、処理能力も高い。


 ただし、事前の危険察知能力は高くない。


 副長府へふらりと顔を出し、予定外の仕事を押し付けられることが多い。


 また、余計な一言により、女性陣から冷たい目を向けられる傾向がある。


 オリオン社調査員としては、観察力、記憶力、現場感覚に優れる。


 騎士団内の人間関係と、現場で起きた出来事を結びつけて判断できるため、情報確認役として有用。


 ただし、面倒事を避けようとする割に、面倒事の中心へ近づいてしまう傾向がある。


 クリスは、そこで手を止めた。


「シエラ上級調査員殿」


「はい」


「俺の項目、長くないか」


「必要な情報です」


「俺が調査員として有用、と書いてあるんだが」


「事実です」


「そこはまあ、悪い気はしないが」


「はい」


「危険察知能力が高くない、は余計だろ」


「事実です」


「俺は危険を察知していないわけじゃない」


「では、危険を察知しても回避に失敗することが多い、に修正します」


「悪くなってるだろ」


「正確になりました」


「正確にするな」


 クリスは紙を見下ろした。


 まだ続きがあった。


 昨日の合同訓練において、レオンハルト副長に徹底的に痛めつけられた。


 本人の発言と態度に問題があったため、一定の教育的効果があったと推定。


 今後も必要に応じて、しつけは有効。


 クリスは、紙を持つ手を止めた。


「……待て」


「はい」


「何だ、この項目」


「一昨日の合同訓練の記録です」


「レオンに痛めつけられたことまで書くな」


「重要です」


「重要か?」


「はい」


「俺、かなり痛めつけられてたんだが」


「はい」


「心配はしなかったのか」


「記録で忙しかったので、少し難しかったです」


「難しかったのか?」


「はい」


「そこは少しくらい心配しろ」


「あとで確認しようと思っていました」


「今か」


「はい。生きていますね」


「確認が雑過ぎだな」


 シエラは、表情を変えなかった。


 クリスはさらに下を読んだ。


 しつけには、一定の効果が見込まれる。


 ただし、実施者はレオンハルト副長級の実力者が望ましい。


 シエラ・オリオン単独では、物理的なしつけは困難。


 その場合、記録、交渉、貸しの管理による拘束が有効。


 クリスは、ゆっくり顔を上げた。


「シエラ上級調査員殿」


「はい」


「俺は、何の資料を読まされているんだ」


「クリス調査員に関する資料です」


「しつけって書いてあるぞ」


「はい」


「俺は犬か」


「違います」


「なら書くな」


「必要です」


「何に」


「今後の運用に」


「だから運用って言うな」


 シエラは、少しだけ首を傾げた。


「では、今後の協力依頼に」


「まだ悪い」


「今後の関係維持に」


「……それなら、少しだけマシだ」


「修正します」


 シエラは短く頷いた。


 クリスは深く息を吐いた。


 貸しは増えなかった。


 だが、なぜか別のものが増えた気がした。


 さらに、紙は続いていた。


 シエラ・オリオンへの態度について。


 基本的には警戒している。


 ただし、拒絶ではない。


 呼び止めれば止まる。


 頼めば文句を言う。


 文句を言いながらも、最終的には確認に応じることが多い。


 他者の不利益を減らす目的であれば、本人の帰宅予定より優先する場合がある。


 シエラ・オリオンへの感情は、警戒、困惑、信頼、情の混在。


 クリスは、紙を持つ手を止めた。


「……待て」


「はい」


「まだあるのか」


「あります」


「ここから急におかしいだろ」


「どこでしょうか」


「シエラ・オリオンへの感情、のところだ」


「重要です」


「重要か?」


「重要です」


「何の情報だ」


「将来的な判断材料です」


「何の将来だ」


 シエラは、少しだけ視線を落とした。


 その先には、さらに続きがあった。


 次期オリオン社社長候補としては、申し分ない。


 騎士団側の人脈、現場経験、判断力、対人感覚を持ち、情報を扱う素養もある。


 ただし、本人に経営者意識はまだ薄い。


 副社長として補佐する者が必要。


 その役割は、シエラ・オリオンが担う予定。


 クリスは黙った。

 それから、ゆっくり顔を上げた。


「……シエラ上級調査員殿」


「はい」


「これは何だ?」


「将来計画です」


「俺の知らないところで、俺がオリオン社の社長候補になっているんだが」


「候補です」


「候補でもおかしいだろ」


「申し分ありません」


「褒められている気がしない」


「褒めています」


「副社長として補佐する者が必要、とも書いてある」


「はい」


「その役割は、シエラ・オリオンが担う予定」


「はい」


「予定なのか」


「予定です」


「俺に確認は」


「今しています」


「遅いだろ」


 シエラは、表情を変えなかった。


「クリス様は、調査員として優秀です」


「そこは分かった」


「現場を知っています」


「それも分かった」


「人を見ています」


「まあ、見る必要はあるからな」


「私のことも、見ています」


 クリスは、少しだけ言葉に詰まった。


 シエラは淡々としている。


 だが、その一文だけは、他の記録とは少し違って聞こえた。


「……それは、情報として書くことか」


「必要です」


「何に」


「私に」


 シエラは、まっすぐ答えた。


 クリスは額を押さえた。


「俺の名誉も守れ」


「ご本人の確認なので、貸しにはなりません」


「なら消せ」


「消しません」


「何でだよ」


「有用だからです」


「誰に」


「私に」


 シエラは表情を変えなかった。


 クリスは、深く息を吐いた。


 貸しは増えなかった。


 だが、なぜかもっと大きなものを握られた気がした。


 結局、その後も何度か止まった。


 レオンのこと。


 エリシアのこと。


 副長府の内情。


 そして、自分のこと。


 どれも完全な嘘ではない。


 だからこそ厄介だった。


 嘘なら消せと言える。


 だが、事実なら、せいぜい表現を柔らかくするしかない。


 クリスは、読むたびに止めた。


 止めるたびに頼んだ。


 頼むたびに借りが増えた。


 ただし、自分の項目だけは貸しに数えられなかった。


 その代わり、何か別のものを少しずつ握られている気がした。


 シエラは、そのたびに短く頷いた。


 表情はあまり変わらない。


 だが、貸しの数だけは正確に増えていく。


 やがて、クリスは次の紙をめくった。


 そこに何が書かれているのか、この時のクリスはまだ知らなかった。

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