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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編
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202/210

第2章15話 服のサイズも知らない

――帝国暦三二一年・冬初め ヴェリア帝国東ロンバルディア帝国騎士団領――繁華街


 ポンペイトを食べ終えた後、レオンたちはそのまま繁華街を歩いていた。


 レオン。


 リリア。


 マリニーファ。


 そして、途中から加わったクリスである。


 本来、レオンは一人で街を歩くつもりだった。


 だが、かかとで道を二回鳴らして辻馬車を止め、領内の名物であるポンペイトを知らないことまで判明した以上、もう一人歩きにこだわる理由は薄くなっていた。


 少なくとも、今日に限っては。


「まあ、四人で歩くのも悪くないだろ」


 クリスが軽く言った。


「最初から四人で来たわけではない」


「結果的に四人になったんだから、細かいことはいいじゃないか」


「お前は途中から勝手についてきただけだ」


「偶然だ」


 マリニーファが、じっとクリスを見る。


「偶然を装った気持ち悪い人です」


「君、俺への言葉だけ鋭すぎないか」


「事実を言っているだけです」


「事実でも、もう少し柔らかく言う選択肢があるだろ」


「ありません」


「ないのか」


「はい」


 クリスは少し肩を落とした。


 レオンは横目で見る。


「何を落ち込んでいる」


「いや、俺も一応、第四大隊長なんだが」


「知っている」


「知っていてこの扱いか」


「マリニーファは、俺にも大体こんな感じだ」


「そうなのか?」


「副長には、もっと丁寧です」


 マリニーファは即座に言った。


 クリスは胸を押さえる。


「差がある」


「あります」


「言い切るな」


 リリアが小さく笑った。


 彼女はレオンの横を歩いている。


 少し前に出すぎず、後ろに下がりすぎず、ちょうどレオンが尋ねればすぐ答えられる位置だった。


「お兄様、どちらへ行きましょうか?」


「まだ決めていない」


「では、この先に道具屋と服屋があります。反対側には本屋と菓子屋もあります」


「詳しいな」


「この辺りにはよく来ますから」


「一人で来るのか」


「はい。最近は、完全に一人というわけではありませんけれど」


 レオンは少し感心した。


「一人で買い物に来られるだけでも大したものだ」


 リリアは目を瞬かせる。


 クリスが横から言った。


「レオン、それは褒めてるのか?」


「褒めている」


「リリアはもう子どもじゃないぞ」


「分かっている」


「分かってない言い方だったぞ」


 リリアは少し頬を赤くした。


「最近は、親衛隊の皆さんが周りにいてくださいますので」


「親衛隊?」


 レオンは聞き返す。


「ああ、見たことあるぞ」


 クリスが笑いをこらえながら言った。


「リリアが店に入ると、親衛隊の連中が入口と出口を押さえるんだよな」


「押さえるという言い方はやめてください」


「いや、実際に護衛みたいに立つだろ。それに、店の中に入ると、品物を一つ一つ持ってくるやつもいる」


「親切にしてくださっているんです」


「まるで姫様だな」


 マリニーファが、そこで首をかしげた。


「姫様って、もしかしてリリアのことだったんですか?」


 クリスは目を丸くした。


「お前、気づいてなかったのか?」


「はい」


「毎朝、両側に並んでるだろ。親衛隊の連中が」


「あれもそうなんですか」


「そうだよ」


 マリニーファは少し考え込んだ。


「朝に人が多いとは思っていました」


「そこまで見ていて、姫様がリリアだとは思わなかったのか」


「リリアはリリアですので」


「なるほど、分からん」


 クリスは額を押さえた。


 リリアは少し恥ずかしそうにしながらも、ふわりと笑った。


「皆さん、きっと寂しがり屋なんです」


「寂しがり屋?」


 レオンが聞き返す。


「はい。あんなに毎朝集まってくださるんですから、きっと一人だと寂しいのだと思います」


「そういう理由なのか」


「それに、皆さん優しいんです。店でも荷物を持ってくださいますし、道を開けてくださいますし、危ないものがないか先に見てくださいます」


「それは護衛ではないのか」


「優しさです」


 リリアは真面目に言った。


 マリニーファが、リリアをじっと見た。


「リリアは、少し変わっていますね」


「マリさんに言われるとは思いませんでした」


「そこだけは、俺も同意する」


 クリスが真顔で頷いた。


 レオンは三人の会話を聞いていたが、正直なところ、半分も分からなかった。


 親衛隊。


 姫様。


 寂しがり屋。


 優しい人たち。


 分かったのは、リリアが街の中でも大切にされているらしい、ということだけだった。


「お兄様?」


「いや」


 レオンは首を振った。


「お前のことも、俺はまだあまり知らないらしい」


「そんなことはありません」


「ある」


 レオンは通りの先を見る。


「せっかくだ。服屋へ行きたい」


「服屋ですか?」


「ああ。この私服も、かなり久しぶりに着たものだ」


 レオンは自分の上着を見る。


 飾りは少ない。


 古びているわけではないが、新しくもない。そもそも、私服を着る機会がほとんどなかった。


「自分の私服を、もう何年も買っていない気がする」


「何年もですか」


 リリアの顔が少し険しくなった。


「必要なかったからな」


「必要です」


「そうなのか?」


「必要です」


 リリアの声が、少し強くなった。


 マリニーファも頷く。


「副長の私服は必要です」


「なぜだ」


「休みの日に副長府の制服で出ると、休みではなくなります」


「それは分かる」


「では必要です」


「そうか」


 クリスが軽く笑った。


「いいじゃないか。レオンの買い物練習だ」


「練習と言うな」


「いや、練習だろ」


「……否定できない」


 レオンは小さく息を吐いた。


「リリア。俺の私服を売っているような店に案内してくれ」


「はい。では、こちらです」


 リリアは少し嬉しそうに歩き出した。


 ■東ロンバルディア帝国騎士団領・服屋


 服屋は、繁華街の通りから少し入った場所にあった。


 外から見ると派手ではない。


 だが、店の中は整っていた。


 壁には上着や外套、シャツ、ベルト、手袋などが並び、棚には畳まれた布製品が置かれている。


 レオンは店内を見回した。


 服を買う。


 それだけのことが、思ったより難しそうに見えた。


「いらっしゃいませ」


 店員が丁寧に頭を下げる。


「男性用の普段着を見たい」


「はい。どのようなものをお探しでしょうか」


「休みの日に着るものだ」


 店員は少しだけ間を置いた。


「……普段使いの上着でよろしいでしょうか」


「ああ。それでいい」


 リリアが横からそっと補足する。


「落ち着いた色で、動きやすいものをお願いします」


「かしこまりました」


 店員は棚の方へ案内した。


 レオンはいくつかの上着を見る。


 濃い灰色。

 深い青。


 茶色。

 黒に近い緑。


 どれも軍服ほど硬くはない。


 だが、だらしなくもない。


「これは悪くないな」


 レオンは深い青の上着に目を止めた。


「お兄様に似合うと思います」


「そうか」


「はい」


 リリアが即答する。


 マリニーファも真面目に頷いた。


「健康そうに見えます」


「服の感想か、それは」


「大切です」


 クリスが横で笑った。


「いいじゃないか。健康そうに見える服は貴重だぞ」


「お前は黙っていろ」


「はいはい」


 レオンは店員を見る。


「この服は、他にサイズがあるのか」


 店員は少し不思議そうにした。


「はい。何番でしょうか」


「何番?」


「はい」


「何番とは何だ」


 店員の表情が止まった。


 リリアも止まった。


 マリニーファも止まった。


 クリスだけが、何かを察したように額を押さえた。


「お前、まさか」


「何だ」


「服の番号を知らないのか」


「服の番号?」


 レオンは店員を見る。


「何着欲しいかという話ではないのか」


「違います」


 マリニーファが即座に言った。


「服のサイズのことです」


「サイズなら、合えば買う。合わなければ買わない。それでいいだろう」


「重症ですね」


「なぜだ」


 クリスがため息をついた。


「この街の服屋は、基本的に店頭には見本しか置いてないんだ」


「見本」


「ああ。ここに出ている服は、形や色を見るためのものだ。実際に買う服は、サイズを伝えると奥から出してくれる」


「そうなのか」


「そうなのか、じゃない」


 クリスは店員に軽く頭を下げた。


「悪い。こいつ、買い物初心者なんだ」


「クリス」


「事実だろ」


「否定できないが、言い方がある」


「初心者に優しい言い方だ」


 店員は少し困ったように笑った。


「お客様の体格ですと、四番か五番あたりかと思います。試着されますか」


「四番か五番」


 レオンは眉を寄せた。


「一番から十番まであるのか」


「はい」


「一番が小さいのか」


「違います」


 リリアが申し訳なさそうに言った。


「十番が一番小さいんです」


「十番が一番小さい」


「はい。一番が大きくて、十番が小さいです」


「なぜ逆なんだ」


「そういうものです」


「そういうものか」


「そういうものです」


 レオンは少し黙った。


 服には番号がある。


 店頭に置いてあるものは見本である。


 番号を伝えると、奥から出てくる。


 一番が大きく、十番が小さい。


 知らなかった。


 本当に、まったく知らなかった。


「靴もそうなのか」


「靴もそうだな」


 クリスが言った。


「靴も番号で見る。あと幅も見る」


「幅」


「靴は合わないと歩けないからな」


「それは分かる」


「分かってるなら、今朝みたいに合わない靴で歩くな」


 マリニーファがレオンの靴を見る。


「副長、やはり靴も見た方がいいと思います」


「今日は服だけでいい」


「歩行状態の確認が必要です」


「必要ない」


「かかとを気にされていました」


「見ていたのか」


「見守りですので」


「ついて来ていたからだろ」


「はい」


「認めるな」


 クリスが笑いかける。


 マリニーファが、すぐにそちらを向いた。


「笑っている場合ではありません」


「いや、面白いだろ」


「副長が困っています」


「困ってるけど、知れてよかったじゃないか」


「あなたが笑う必要はありません」


「俺の笑顔にも権利はある」


「気持ち悪い権利です」


 クリスは胸を押さえた。


「また刺された」


「刺していません。言葉です」


「言葉の方が痛い時もあるんだぞ」


「では、気をつけてください」


「俺が?」


「はい」


「俺が気をつけるのか?」


「はい、そうです」


 クリスは完全に肩を落とした。


 レオンはその様子を見て、少しだけ気が楽になった。


 知らないことを知らないと突きつけられるのは、少し苦い。


 だが、クリスが隣で別の方向から刺されていると、妙に深刻になりすぎない。


「お兄様」


 リリアが声をかける。


「まずは四番と五番を試してみましょう。上着は肩が合うかどうかが大事です」


「肩か」


「はい。それから袖の長さです」


「分かった」


 店員が奥へ向かい、四番と五番の上着を持ってきた。


 レオンは試着室に入り、まず四番を着てみる。


 肩は少し余る。


 五番を着ると、今度は身体に合った。


「こちらの方がいいと思います」


 リリアが言った。


「そうか」


「はい。お兄様らしいです」


「俺らしい服というのが分からない」


「落ち着いていて、少し硬くて、でも騎士服ほど近寄りがたくないところです」


「それは褒めているのか」


「褒めています」


「そうか」


 マリニーファも頷いた。


「先ほどより健康そうです」


「お前の評価基準はそこだけか」


「重要です」


 クリスが言う。


「なら、それでいいんじゃないか。健康そうな五番だ」


「変な呼び方をするな」


「いいじゃないか。覚えやすい」


「覚えたくない」


 レオンは鏡を見る。


 私服姿の自分が映っている。


 見慣れない。


 だが、悪くはない。


 少なくとも、今朝の服よりは町に馴染んでいるような気がした。


「これを買う」


「ありがとうございます」


 店員が笑顔で頭を下げた。


 レオンは支払いを済ませる。


 服を買うだけで、ずいぶん疲れた。


 だが、嫌な疲れではない。


 知らなかったことを一つ知った。


 それだけでも、今日の町歩きには意味があった。


 店を出ると、通りの音が戻ってきた。


 人の声。


 荷車の音。


 店先の呼び込み。


 レオンは買った服の包みを持ち直す。


「本当に、俺は何も知らないんだな」


 小さく言うと、クリスが横から軽く肩をすくめた。


「いいじゃないか。今日知ったんだから」


「そういうものか」


「そういうものだ。知らないまま副長でいるより、知った副長の方がいい」


「珍しくまともなことを言うな」


「俺はいつもまともだ」


 マリニーファが首を横に振った。


「それは違います」


「早いな」


「事実ですので」


「俺の扱い、ひどくないか」


「日頃の行いです」


「俺、君に何かしたか?」


「存在が少し騒がしいです」


「存在まで言われた」


 クリスはまた肩を落とした。


 リリアが苦笑する。


 レオンは少しだけ口元を緩めた。


 四人で歩く町は、一人で歩くはずだった町とは違っていた。


 知らないことを突きつけられる。


 からかわれる。


 説明される。


 余計な口を挟まれる。


 マリニーファがクリスを刺す。


 だが、不思議と悪くない。


「ところで、レオン」


 クリスがふと思い出したように言った。


「何だ」


「靴が合わないからって、道でかかとを二回鳴らすのはやめろよ」


 レオンは動きを止めた。


「……」


「この辺じゃ、辻馬車を止める合図だからな。絶対やるなよ」


「……遅かった」


「遅かった?」


「もうやった」


 クリスは沈黙した。


 それから、リリアとマリニーファを見る。


 二人とも、静かに頷いた。


「さっき、少し大変だったんです」


 リリアが言った。


「副長が馬車を止めました」


 マリニーファが補足した。


「俺は止めたつもりはない」


「馬車は止まりました」


「そうだが」


 クリスはしばらくレオンを見た。


 それから、深く息を吐く。


「遅かったか」


「ああ」


「お前、本当に街歩き初心者だな」


「今日、よく分かった」


 レオンは買った服の包みを見下ろした。


 馬車の止め方。


 ポンペイト。


 リリアの親衛隊。


 服のサイズ。


 店頭の見本。


 靴の番号。


 知らないことばかりだった。


 それでも、今日知った。


 知らないまま仕事場に戻るよりは、ずっといい。


「有意義な一日だな」


 レオンが呟くと、三人がそれぞれ違う顔をした。


 リリアは嬉しそうに。


 マリニーファは真剣に。


 クリスは少し呆れたように。


「まだ午前中だけどな」


 クリスが言った。


「そうなのか」


「そうだよ」


 レオンは通りの先を見る。


 まだ午前中。


 つまり、知らないことを知る時間は、まだ残っている。それは少し怖くて、少し楽しみでもあった。


 レオンハルト・ヴァイスの休日は、まだ終わらない。

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