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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第2章 総騎士団副長編

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第2章7話 新副長室を警護します

 ――帝国暦三二一年・冬初め ヴェリア帝国東ロンバルディア帝国騎士団領 総騎士団副長府庁舎――第二執務室前廊下


「レオンは、どうしたいのですか?」


 イリスの問いに、廊下は静かになった。


 副長府近衛中隊。

 第十大隊の護衛騎士。


 副長室。

 仮眠室。


 どれも、レオンが後回しにしてきたものだった。


 近衛はいらない。

 大げさな警護もいらない。

 副長室も使わない。


 そう考えて、規模を削った。


 だが、その結果、白い制服の若い騎士たちは、誰も来ない副長室を一週間も守り続けていた。


 レオンは短く息を吐いた。


「どうしたいと言われてもな」


「はい」


「大げさな近衛はいらない。俺の身辺警護は、今のままで足りている」


「足りていません」


 エリシアが即答した。


 声は冷静だったが、迷いはなかった。


「団長が護衛はいらないと仰っても、対外的に護衛をゼロにすることはできません」


「俺はそこまで重要人物じゃない」


「総騎士団副長です」


「それは役職だ」


「だから護衛が必要です」


 エリシアは一歩も引かなかった。


「本来、副長府近衛中隊は百名近い規模も想定されていました。それを、団長が不要だと仰って、ここまで削ったのです」


「……」


「五名は、すでに最低限です。これ以上削ることはできません」


 イリスが静かに続けた。


「その分、人件費はかなり浮いていますけど。」


 クリスが横から小さく笑う。


「そこは現実的だな」


「はい。ですが、ゼロにはできません」


 イリスは淡々と言った。


「副長府に近衛が存在しない、という形にはできません」


 エリシアがレオンを見た。


「それに、団長の今の状態で護衛を減らすことは認められません」


「今の状態?」


「いつも体調が悪そうな顔をしています。顔色も悪いですし、ふらついている時もあります」


「ふらついてはいない」


「ふらついています」


「していない」


「しています」


 エリシアの声は変わらない。


「そんな状態で護衛なし、あるいは護衛をさらに少なくするなど、認められるはずがありません」


「俺はそこまで弱くない」


「強い弱いの問題ではありません」


 エリシアは即座に返した。


「倒れたらどうするのですか?」


「倒れない」


「今の団長は、そう言い切れる状態ではありません」


 レオンは言い返せなかった。


 左側からはイリスが静かに現実を詰めてくる。右側からはエリシアがはっきりと逃げ道を塞いでくる。まるで両側から挟まれているようだった。


 エリシアは、さらに続けた。


「正直に言えば、私は五名では足りないと思っています。むしろ、増やしてほしいくらいです」


 ミズーリの顔が、ぱっと明るくなった。


「少なすぎます。もう少し増員してください!」


「それはいらない」


 レオンが即座に止めた。ミズーリの明るくなった表情が、すぐにしぼむ。


 クリスは肩を震わせながら口を挟んだ。


「レオン、全部駄目にはできないぞ」


「全部駄目とは言っていない」


「言いかけてる顔だ」


「……」


「ここである程度答えを出しておかないと、これから毎日この二人に言われ続けるぞ」


 クリスは、イリスとエリシアを指した。


 イリスは静かにレオンを見る。


 エリシアも、まっすぐレオンを見る。


 逃げ場がない。


「毎日か」


「毎日だろうな」


「それは嫌だな」


 レオンは深く息を吐いた。


 ミズーリは一歩前に出る。


「副長閣下。我々は、閣下の近衛として職務を果たしたいと強く願っております」


 第十大隊の護衛騎士二人も姿勢を正した。


「我々も、副長閣下の警護を任された者として、責務を果たします」


「日中の随行と外出時の警護は、引き続き我々が担うべきと考えます」


 ミズーリが反応する。


「本来、それも我々の職務であります」


「現在任されているのは我々です」


「副長府の近衛は我々です」


「副長閣下の随行は我々です」


「もう、張り合うな」


 レオンの声が低くなった。


 リリアは、心配そうに兄を見上げている。


「お兄様」


「何だ」


「皆さん、お兄様のために真剣なのだと思います」


「……分かっている」


 レオンは額に手を当てた。


 イリスが話を戻す。


「では、整理します」


 全員の視線がイリスへ向いた。


「副長室は、今後どうしますか」


「物置にする」


 廊下が止まった。


 ミズーリの顔から、分かりやすく光が消えた。


「物置、でありますか?」


「ああ。あそこは広い。使わないなら、書類や備品を置いた方がいい」


「では」


 ミズーリの声が沈む。


「我々は、今後、物置を二十四時間警護するのでありますか」


「いや、だから警護はいらないと言っている」


「副長室ではなくなるのでありますか」


「実質的にはな」


 ミズーリの肩が落ちた。白い制服の背中が、少しだけ小さく見える。


 クリスが、さすがに笑うのをやめた。


「レオン」


「何だ」


「それもちょっと、酷いだろ」


「何がだ」


「全部だよ。副長府近衛中隊として残った五人に、物置を守らせる流れになりかけてるぞ」


「物置を守れとは言っていない」


「でも聞こえ方はそうだぞ」


「……」


 リリアが、ぽんと手を合わせた。


「分かりました」


「何がだ、リリア」


「お兄様は、やはり新副長室を警護させるおつもりなのですね」


 レオンの顔が強張った。


 イリスとエリシアが、ほぼ同時にリリアを見る。


 クリスは一瞬だけ黙り、それから口元を押さえた。


「新副長室、でありますか」


 ミズーリが顔を上げる。


「そのような部屋があるのでありますか」


「ない」


 レオンは即座に否定した。


「あります」


 リリアは真面目な顔で言った。


「お兄様が実際に、夜中お仕事をされているお部屋です」


「リリア」


「最近は、そちらにいらっしゃることが多いと聞いています」


「誰から聞いた」


 クリスが笑いながら言う。


「事実だろ。副長府中に広まってるぞ」


「処分対象が多すぎる」


 イリスが静かに補足した。


「仮眠室のことですね」


「新副長室ではない」


「名称はともかく、実際にレオンが長くいる場所ではあります」


 エリシアも頷く。


「団長は、第三執務室での確認後、仮眠室へ帰ることが多くなっています」


「帰ると言うな」


「実態としては、戻っています」


 レオンは額に手を当てた。


 ミズーリは、はっきりと顔を輝かせた。


「つまり、我々は副長閣下が実際におられる場所を警護できるのでありますか!」


「言い方を重くするな」


「重くありません! 職務であります!」


 イリスは予定表を見る。


「ただし、近衛中隊は五名しかいません。今までのように二十四時間体制で張りつく必要はありません」


「二十四時間ではないのでありますか」


「はい。レオンが仮眠室……新副長室を使うのは、主に夕方以降から翌朝までです」


「おい」


「事実です」


 エリシアも静かに頷いた。


「団長は、最近ほとんどあそこにいらっしゃいます」


「おい、エリシア」


「事実です」


 リリアが嬉しそうに手を合わせた。


「お兄様は、新副長室が気に入っているのですね」


「全然違う」


「でも、いつもいらっしゃるんですよね」


「……」


「ほとんど住んでいると聞きました」


「誰から聞いた?」


 クリスが横で笑う。


「家に帰ってないって話なら、もう結構広まってるぞ」


「その噂も処分対象だ」


 ミズーリは感動したように、まっすぐレオンを見た。


「副長閣下は、そこまで副長府のために身を尽くしておられるのですね!」


「違う」


「住み込みで職務にあたられているのでありますか!」


「住んでいない」


「承知しました!」


「承知するな。否定しただろう」


「副長閣下が多くの時間を過ごされる場所であることは、承知しました!」


「そこだけ拾うな」


 イリスは話を続けた。


「近衛中隊は、午後から出勤し、夕方以降の新副長室周辺警護と、夜間の副長府内巡回を担当する形にします」


「夜間巡回も、我々の職務となるのですね!」


「はい。これまで他の騎士に任せていた周辺巡回の一部を、近衛中隊にも担当してもらいます」


 レオンは短く息を吐いた。


「……それでいい」


 ミズーリが姿勢を正す。


「仮眠室を二十四時間守る必要はない。その代わり、夜の巡回はきちんとやれ」


「はっ! 必ず!」


「ただし、仮眠室の扉の前に立つな」


「新副長室前でありますか」


「仮眠室だ」


「新副長室であります!」


「違う」


 リリアがにこにこしながら言った。


「お兄様、新副長室を守っていただけてよかったですね」


「よくない」


「よかったです」


「……」


 レオンは諦めたように額を押さえた。


 それから、第十大隊の護衛騎士二人を見る。


「お前たちも、それでいいな」


 二人は姿勢を正した。


「はっ。副長閣下のご判断であれば、異論はありません」


「日中の随行と外出時の警護は、引き続き我々が担当いたします」


「そうしてくれ」


 レオンは答える。


 クリスは苦笑した。


「それにしても、すごいな」


「何がだ」


「誰もいない副長室を守ってた近衛中隊が、今度はお前が寝てる部屋の周りを巡回することになった」


「言い方を考えろ」


「だいたい事実だろ」


「事実でも言うな」


 ミズーリは第十大隊の騎士二人へ向き直り、深く頭を下げた。


「夜間の新副長室周辺警護は、我々が引き継ぎます!」


「新副長室ではない」


 レオンが即座に否定したが、誰も訂正しなかった。


 第十大隊の護衛騎士二人も、ミズーリへ軽く頷く。


「夜間は任せる」


「日中の警護は、我々が継続する」


「承知しました!」


 ミズーリの声は、これまでで一番明るかった。


 こうして、副長府近衛中隊の新たな職務は決まった。午後から出勤し、夕方以降は新副長室周辺を警戒する。


 夜間は副長府庁舎内を巡回する。


 誰もいない副長室を二十四時間守り続けるよりは、はるかにまともな配置だった。少なくとも、話し合いの場にいた者たちは、そう思った。


 その夜から。


 副長府の廊下には、白い制服の騎士たちが立つことになった。


 夜の灯りに浮かぶ白は、思っていたよりもずっと目立った。

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