表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/87

見えているもの(エリシア vs クリス)

 帝国暦三二〇年 春中頃

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 第七騎士団 本庁廊下 夕刻 執務室の外。


 人の流れが、まだ残っている。

「姫様、お疲れさまでした!」

「はい、お疲れさまです」

 リリアの声。

 やわらかい。

 それに応じる騎士たちの声も、どこか柔らいでいる。


(……まだいる)

 エリシアは静かに立っていた。

 業務は終わっている。

 だが、人が引かない。


「……多いな」

 横から声。

 クリスだった。

「通常より多いですね」

 エリシアは淡々と答える。

「通常、ね」

 クリスが小さく笑う。


「もう通常じゃないだろ、これ」

 否定はしない。

 事実だからだ。


「業務効率は向上しています」

 エリシアは言う。

「問題はありません」

「そこだよ」


 エリシアはわずかに視線を向ける。

「何が問題だと?」

「効率の話してるんじゃない」

 クリスは壁にもたれたまま言う。

「見えてないのか?」

「何が?」


 クリスは廊下の奥を見る。リリアにまた一人、騎士が話しかけている。

 少しだけ近い距離。だが、不自然ではない。自然に受け入れている。


「距離だよ」

 ぽつりと落とす。

「近すぎる」

 エリシアは視線を戻す。

「業務上、必要な範囲です」


「違う」

 クリスが否定する。

「必要じゃない距離だ」

 静かに。

「感情の距離だ」

 エリシアの表情は変わらない。

「それは問題ではありません」


「問題だろ」

 即座に返る。

「なんで?」

「騎士団だぞ、ここ」

 クリスは続ける。

「線は引く場所だ」

「引かれています」

 エリシアは一歩も引かない。


「崩れていません」

「崩れる前の話してるんだよ」

 少しだけ声が低くなる。

 エリシアは、わずかに黙る。

「……仮定の話ですね」

「違う」

 クリスは首を振る。


「見てればわかる」

 短く言う。

 エリシアは視線を向ける。

 リリア。

 また笑っている。

 同じように。

 誰に対しても。

(……同じ)

 そこで、止まる。


「何が問題ですか」

 静かに問う。

 クリスは少しだけ考える。

 言葉を選ぶ。

「……あいつはさ」

 リリアを見る。

「区別してない」

 の一言。


 エリシアの視線が止まる。

「誰にでも同じ距離で来る」

「それは長所です」

「違う」


「長所であり、欠点だ」

 エリシアはわずかに目を細める。

「根拠は」

「見てればわかる」

 繰り返す。

「あの距離では、いづれ相手が勘違いする」


「距離を」

 エリシアは、何も言わない。

 ただ、見る。

 リリアと騎士。

 少し近い距離。

 柔らかな応対。

 自然な笑顔。

(……勘違い)


 一瞬引っかかる。

 だが。

「それは個人の問題です」

 切り捨てる。

「管理対象ではありません」


 クリスは少しだけ笑う。

「お前らしいな」

「当然です」

「でもな」

 視線を戻す。

「守る側の問題でもある」

 静かに言う。


 エリシアは黙る。

「……どういう意味ですか」

「そのままの意味だ」

 短い。

「守るなら、距離も管理しろ」

 エリシアの手が、わずかに止まる。

(……距離を、管理する)

 その発想はなかった。

「……過剰です」

 だが、否定する。


「そうかもな」

 クリスはあっさり引く。

「でも、あの娘はまだ十六歳の少女なんだ」

「気づいた時には遅いぞ」

 それだけ言う。


 エリシアは何も返さない。

 ただ、もう一度リリアを見る。

 変わらない。

 いつも通り。

 誰に対しても、同じように。

(……問題はない)

 そう結論づける。


(……本当に?)

 ほんのわずかに。

 疑問が残る。

 クリスはそれを見て、何も言わない。

 ただ、視線を外す。

 夕方の廊下は、まだ少し騒がしい。


 その中心にいるのは、変わらず一人。

 それを見ている人間の数も少しずつ増えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ