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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

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第18話 増える理由

 ――帝国暦三二〇年・春中頃 東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁 執務室――


 最近、執務室の出入りが増えた。


「団長! こちらの確認を――」


「それ、さっきやっただろ」


「念のためです!」


(嘘つけ)


 レオンは書類から目を上げずに思う。


 明らかに増えている。

 理由は、分かっていた。


「姫様、こちらもお願いできますか!」


「はい、承知しました」


 リリアの声。


 柔らかく、落ち着いている。


 少しブラウンが混じった長い金髪が、書類を受け取る動きに合わせて肩のあたりで揺れた。


 髪に結ばれた青いリボンも、遅れて小さく揺れる。


 騎士団の執務室には少し不似合いなほど柔らかな雰囲気なのに、手元の動きには迷いがない。


 書類を受け取り、すぐに処理する。


 迷いがない。


「助かります!」


 にこりと微笑む。


 その一瞬で、場の空気がゆるむ。


(……だから来てんだろうな)


 レオンは小さく息を吐いた。


 リリアが来てから、仕事の流れは確かによくなった。


 書類の仕分け。

 伝言の確認。

 差し戻しの整理。


 茶や軽食の手配。


 判断には関わらない範囲でも、手が増えるだけでかなり違う。


 なにより、部下たちの士気が妙に上がっていた。


(事務を手伝える人間って、やっぱり必要なんだな)


 今さらのように思う。


 第七騎士団には、正式な書記官がいない。


 なぜかいない。


 事務処理を手伝う騎士は何人かいるが、彼らは本来、現場で動く人間だ。


 剣を持たせれば頼りになる。

 巡回や警備なら問題なく働く。


 けれど、机に座らせて書類を分類させると、途端に動きが鈍る。


 要するに、あまり役に立たない。


 結局、これまではレオンとエリシアが中心になって処理していた。


 それでも何とか回っていたから、上層部も人を送ってこなかった。


 そして何とか回ってしまったせいで、第二騎士団と第十騎士団の分まで乗せられている。


(……回すんじゃなかったな)


 今さらすぎる後悔だった。とはいえ、リリアが入ってから少し楽になったのも事実だ。


 だからこそ、余計に面倒だった。


 手伝いとしては助かる。


 士気も上がる。

 効率も上がる。


 だが――


「姫様、こちらの件なのですが!」


「はい。拝見します」


「姫様、先ほどの差し入れ、とても美味しかったです!」


「まあ、よかったです」


「姫様、ええと、その、こちらも一応……」


「はい」


(……多いな)


 レオンは、さすがに思った。


 仕事で来ている者もいる。だが、明らかに用事を作って来ている者もいる。


 忙しい。

 とにかく忙しい。


 こちらは三騎士団分の書類を抱えている。


 その中で、リリアに構ってもらうための出入りが増えるのは、正直に言えば邪魔だった。


(効率が上がって、別の効率が落ちてるだろ、これ)


 とても面倒な状態だった。


「……おい」


 横から低い声がした。


 クリスだ。


「なんだ?」


「増えすぎだろ」


「だな」


 珍しく意見が一致した。


「仕事かと思ったら、ほとんど“ついで”だぞ」


「だろうな」


「ここ、もう執務室じゃないな」


「なんだと?」


「“姫様に会える場所”だ」


 言い切った。


「やめてほしいな」


 本音だった。


 その間にも、扉が叩かれる。


「姫様!」


 また一人、用件を持って入ってくる。


 用件自体はある。

 あるにはある。


 だが、急ぎではない。

 絶対に今でなくてもいい。


(……うるさいな)


 クリスは視線を細めた。


「お前、なんでそんな機嫌悪いんだ」


「別に」


 嘘だ。


 レオンはわずかに口元を緩める。


(分かりやすい)


「……あいつらな」


 クリスがぼそっと言う。


「でも近すぎる」


「仕事だろ」


「違う」


 クリスは短く否定した。


「仕事の距離じゃない」


 静かな声だった。


 レオンは一瞬だけ視線を向ける。


 リリアは、誰かに呼ばれればすぐに応じる。


 目線を合わせ、言葉を返す。

 必要以上に踏み込んでいるわけではない。


 だが、距離が近い。


 物理ではない。

 自然に、相手の中へ入るような近さ。


(……確かに)


 レオンにも、それは少し分かった。


「気になるのか?」


 軽く投げる。


「……さあな」


 クリスは短く返す。


 それ以上は言わない。


 言えない。


 視線だけは、リリアの方へ残っている。


「姫様、こちら終わりました!」


「ありがとうございます」


 リリアはまた笑う。


 同じように。

 誰に対しても。


(……変わらない)


 クリスは思う。


 あの子は昔からそうだ。


 ああやって、誰にでも同じように手を差し出す。近づいて、支えて、相手を安心させる。


 でも。


(自分では気づいてない)


 その距離が、相手にどう見えるのか。

 どんな意味を持つのか。


 リリアは、たぶん分かっていない。


「……危なっかしいな」


 ぽつりと落ちた言葉を、レオンは聞き逃さなかった。


「昔からだろ」


「知ってる」


 短い返答。


 だが、少しだけ間があった。


「だからだよ」


 それだけ言う。


 説明はしないし、できない。


 リリアはまた、誰かに呼ばれている。


 迷いなく応じる。

 変わらず、笑う。


(……やはり無防備すぎる)


 クリスは椅子に深くもたれた。


 視線を逸らす。

 だが、完全には逸らせない。


「……まあいい」


 小さく呟く。


「何がだ?」


「どうせ」


 クリスは、レオンを見る。


 わずかに笑った。


 自嘲とも、諦めともつかない表情で。


「最後は、こいつのところだろ」


 レオンは何も言わなかった。


 ただ、その言葉の意味だけは分かった。


 クリスは見ている。


 ずっと前から。

 リリアの距離の近さも。


 その危うさも。そして、自分ではどうにもならないことも。


 執務室は、今日も騒がしい。


 理由は単純だ。


 そこに、“姫様”がいるから。


 仕事は少し回りやすくなった。


 士気も上がった。


 だが、姫様に構ってもらうために来る者まで増えた。


 仕事のための出入りなのか。

 リリアに会うための出入りなのか。


 その境目が、少しずつ曖昧になっている。


(……さすがに、多すぎるな)


 レオンは思う。


 このままでは、助かっているのか邪魔になっているのか分からない。


 上層部に人員を要求しても、今の状態なら「回っている」と判断されるだろう。


 つまり、また逃げ場が減った。


(……増える理由ばっかりだな)


 レオンは、壁に戻りつつある書類を見た。


 人が増える理由。

 仕事が増える理由。


 評価が上がる理由。

 逃げられない理由。


 そして、仕事が邪魔される理由。


 その全部が、今日も執務室に積み上がっていく。


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