増える理由(改稿版)
帝国暦三二〇年 春中頃
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁 執務室
最近、執務室の出入りが増えた。
「団長!こちらの確認を――」
「それさっきやっただろ」
「念のためです!」
(嘘つけ)
レオンは書類から目を上げずに思う。
明らかに増えている。
理由は、わかっていた。
「姫様、こちらもお願いできますか!」
「はい、承知しました」
リリアの声。
柔らかく、落ち着いている。
書類を受け取り、すぐに処理する。
迷いがない。
「助かります!」
「いえ」
にこりと微笑む。
その一瞬で、
場の空気がゆるむ。
(……だから来てんだろうな)
レオンは小さく息を吐く。
その横で。
「……おい」
低い声、クリスだ。
「なんだ」
「増えすぎだろ」
「だな」
珍しく一致する。
「仕事かと思ったら、ほとんど“ついで”だぞ」
「だろうな」
「ここ、もう執務室じゃないな」
「なんだと?」
「“姫様に会える場所”だ」
言い切る。
「やめてほしいな」
本音だった。
その間にも。
「姫様!」
また一人、扉を叩く。
(……うるさいな)
クリスは視線を細める。
「お前、なんでそんな機嫌悪いんだ」
「別に」
嘘だ。
レオンはわずかに口元を緩める。
(わかりやすい)
「……あいつらな」
クリスがぼそっと言う。
「近すぎる」
「仕事だろ」
「違う」
「仕事の距離じゃない」
静かに言う。
レオンは一瞬だけ視線を向ける。
リリア。
誰かに呼ばれれば、すぐに応じる。
目線を合わせ、言葉を返す。
距離が近い。
物理ではない。
自然に、相手の中へ入るような近さ。
(……確かに)
「気になるのか?」
軽く投げる。
「……さあな」
クリスは短く返す。
それ以上は言わない。
言えない。
視線は、リリアのまま。
「姫様、こちら終わりました!」
「ありがとうございます」
また笑う。
同じように。
誰に対しても。
(……変わらない)
クリスは思う。
昔から。
ああやって、誰にでも同じように手を差し出す。近づいて支えて。
でも。
(自分では気づいてない)
その距離の意味に。
「……危なっかしいな」
ぽつりと落ちる。
レオンは聞き逃さない。
「昔からだろ」
「知ってる」
短い返答。
だが、少しだけ間がある。
「だからだよ」
それだけ言う。
説明はしない。
できない。
リリアは、また誰かに呼ばれている。
迷いなく応じる。
変わらず、笑う。
(……無防備すぎる)
クリスは椅子に深くもたれる。
視線を逸らす。
だが、完全には逸らせない。
「……まあいい」
小さく呟く。
「何がだ」
「どうせ」
「最後は、あの人のとこだろ」
レオンを見る。
わずかに笑う。
自嘲とも、諦めともつかない表情で。
レオンは何も言わない。
(見てるな)
そう思う。
執務室は、今日も騒がしい。
理由は単純。
そこに、“姫様”がいるから。
そして、それを静かに見ている人間がいるから。




