表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
187/241

Side Story 04 上級騎士資格は、簡単ではない

――帝国暦三二一年・冬初め東ロンバルディア帝国騎士団領 総騎士団副長府庁舎・廊下――


 レオンは、資料を手にしたまま歩き出した。


「上級騎士資格は、また取ればいい」


 かなり普通に。

 そう言い残して。


 エリシアも、静かに頭を下げてその後を追う。


「はい、団長」


 二人の背中が、廊下の向こうへ消えていった。その場に残されたのは、リリアとクリスだった。


 リリアはしばらく黙っていた。

 そして、首を傾げる。


「……上級騎士資格って、また取れるものなんですか?」


「取れるか取れないかで言えば、取れる」


 クリスは答えた。

 ただし、顔は少し苦かった。


「けどな」


「はい」


「そんな簡単に取れるもんじゃねぇよ!」


「そうなんですか?」


「そうなんですか、じゃねぇんだよ」


 クリスは頭をかいた。


「他の国のことは知らねぇ。けど、この国は騎士の国だ。特にロンバルディアは、そういうところがやたら厳しい」


「厳しい、ですか」


「ああ。個人の強さだの、資格だの、実績だのにうるさい。騎士資格を取ってようやく一人前。上級騎士資格を取れば、そこで初めて上の連中に名前を覚えられるくらいだ。」


 クリスは廊下の奥を見る。


「昔よりは少しマシになったらしいけどな。今でも、強さがものを言う雰囲気はかなり残ってる」


「強さが……」


「そうだ。剣が強い。任務で結果を出す。部隊を率いる。そういうのを積み上げないと、上級騎士なんてそう簡単には通らねぇ」


 リリアは少し考え込む。


「でも、エリシアさんは副官でしたよね」


「そこがすごいんだよ」


 クリスは言った。


「リリア、お前、女性の団長付副官をエリシア以外で何人知ってる?」


 リリアは少し考えた。


 金茶色の髪が、ふわりと揺れる。


「……エリシアさんしか、見たことないかもしれません」


「だろ」


 クリスは頷いた。


「そもそも団長付きの副官なんて、普通は男でもあの年齢で簡単になれない。しかもロンバルディアは、強さと実績にやたら厳しい。女性でそこまで強さを求める奴は、あんまりいねぇ」


「そうなんですか?」


「少なくとも多くはない。エリシアは親父さんがあのグラナート総長だからな。たぶん、小さい頃から父親を目指したんだろ」


 リリアは、少しだけ目を伏せた。


「エリシアさんらしいです」


「ああ。らしい」


 クリスは苦笑する。


「だからこそ、あいつは異例なんだよ」


 リリアは黙って頷いた。


「男でもそうだ。上級騎士なんて、三十代、四十代でようやく取る奴が多い」


「そんなに……?」


「騎士資格を取るだけでも相当きつい。上級騎士はその上だ」


 リリアは目を丸くした。


「クリスさんは、すごいんですね」


「まあ、俺も二十代で取ったからな」


 クリスは少しだけ得意そうにした。

 だが、すぐに顔をしかめる。


「ただし、俺みたいなのも普通じゃない」


「普通じゃないんですか?」


「普通じゃねぇ」


 クリスは言い切った。


「早くても二十代後半。普通は実績を積んで三十代、四十代だ。強さだけじゃなくて、任務実績、指揮経験、推薦、試験、全部いる」


「そんなに難しいんですか」


「難しい」


 即答だった。


「普通の騎士から見れば、上級騎士資格なんて化け物の入口だ」


「化け物……」


「ああ」


 そこで、クリスは少しだけ遠い目をした。


「でも、もっとおかしい奴もいる」


 リリアが瞬きをする。


「もっと、ですか?」


「十二歳で騎士資格」


「十七歳で上級騎士」


「十八歳で騎将資格。副騎士団長以上に必要なやつだ」


 リリアはぽかんとした。


「すごい方がいるものですね」


「……」


 クリスは黙った。


 そこへ、背後から静かな声がした。


「もしかして、その方は」


 リリアとクリスが振り返る。


 書類を抱えたメリーが、いつの間にか近くまで来ていた。


「お兄様ではありませんか?」


 リリアは、ぱちぱちと瞬きをした。


「お兄様?」


「そうだよ」


 クリスは疲れたように答えた。


「今の話、全部お前の兄貴だ」


 リリアは、ゆっくり廊下の奥を見た。


 すでにレオンの姿はない。


「……お兄様が、十二歳で騎士資格を?」


「そうだ」


「十七歳で上級騎士?」


「そうだ」


「十八歳で騎将資格?」


「そうだ」


 リリアはしばらく黙った。

 それから、かなり真剣な顔で言う。


「お兄様って……すごかったんですね」


「今さらかよ」


 クリスが即座に突っ込んだ。


「たぶん、この記録は破られねぇ。少なくとも俺は見たことない」


「そんなに……」


「ヴァルド総長の推薦もあっただろうし、アルヴェルト団長の後押しもあったんだろうが、それでも早すぎる」


 クリスは肩をすくめる。


「今もだが、以前はより強さこそが全て、って空気もあった。レオンは大会でも勝ち続けてたし、昔から任務実績もあった」


「だから通った。でも普通は通らない」


 リリアは、まだ信じられないような顔をしていた。


 メリーは静かに頷く。


「お兄様の経歴は、騎士団領の基準でもかなり異常です」


「異常なんですか?」


「はい」


 メリーは迷いなく答えた。


「かなり」


 クリスも頷いた。


「お前の兄貴は、基準がおかしいんだよ。だから『また取ればいい』みたいなことを普通に言う」


「普通じゃないんですね」


「普通じゃねぇ!」


 クリスは強く言った。


「エリシアがまた上級騎士資格を取るのは、不可能じゃない。実力はある。ただ、簡単じゃない」


「はい……」


「降格して資格を失ったなら、実績を積み直して、推薦を取り直して、試験も通らなきゃならない」


「……大変ですね」


「大変なんだよ」


 メリーが、そこで静かに補足した。


「正確には、上級騎士資格を取り直すだけなら、まだ現実的です」


 クリスが眉を上げる。


「まだ、って何だよ」


「問題は、その上です」


 メリーは淡々と答えた。


「副騎士団長以上になるには、騎将資格が必要になります」


「騎将資格を得るには、上級騎士資格を備えたうえで、さらに戦功、指揮実績、推薦、審査、試験を通過しなければなりません」


「エリシアさんは、今回のことで、これ以上の出世は難しくなったかもしれません」


 リリアが息を呑む。


「……そうなんですか?」


「はい」


 メリーは静かに頷いた。


「軍令違反の記録は残ります。能力があっても、上層部からの信頼という点では大きな傷になります」


 廊下が、少しだけ静かになった。


 リリアは、さっきまでよりも真剣な顔になる。


「騎将資格……」


「はい」


 メリーは続けた。


「ですから、騎士団長になれる人材は、そもそも非常に少ないです」


「強いだけでは足りません」


「部隊を率いる能力」


「現場判断」


「戦術理解」


「人員管理」


「上層部からの信頼」


「それらが必要になります」


「お祖父様の意図もあったとはいえ、お兄様が複数の騎士団を兼任していた理由にもなるわけです」


 クリスが頷いた。


「そういうことだ」


 メリーはさらに続ける。


「そのため、騎士団長職は空きやすいのです」


「え?」


 リリアが首を傾げる。


「空きやすいんですか?」


「はい」


 メリーは平然と言った。


「騎士団長の席があっても、条件を満たす人材がいなければ埋まりません」


「新設される第十三、第十四騎士団についても、団長候補がすぐに決まるとは限りません」


「むしろ、決まらない可能性があります」


 リリアは驚いた顔で口元に手を当てる。


「そんなに人がいないんですね……」


「いません」


 メリーは即答した。


「ですから、ノインさんがあの年齢で副団長をしていたのは、別におかしなことではありません」


 リリアが、はっとした顔をした。


「ノインさん……」


「副騎士団長級の職に就くには、それだけの経験と資格が必要です」


 メリーは書類を少し抱え直す。


「四十代、五十代で副団長というのは、むしろ普通です」


「若すぎる方がおかしいのです」


「若すぎる方……」


 リリアがゆっくり廊下の奥を見る。


 そこには、もうレオンはいない。でも、誰の話をしているのかは明らかだった。


 クリスがうんざりしたように言う。


「十二歳で騎士。十七歳で上級騎士。十八歳で騎将資格。二十歳で騎士団長」


 クリスは指を折るように数えた。


「普通じゃねぇ」


「かなり、普通ではありません」


 メリーも静かに同意した。


 リリアは少しだけ困ったように笑う。


「でも、お兄様は普通みたいな顔をしています」


「そこが一番問題なんだよ」


 クリスは深くため息を吐いた。


「本人に自覚がない」


「自覚がないから、エリシアに『また取ればいい』って言える」


「悪気はないんですけど」


「悪気がないのが厄介だ」


 メリーが小さく頷く。


「お兄様は、必要なら取れると考えます」


「できるかどうかではなく、必要かどうかで判断するので」


「基準が壊れてるんだよな」


「はい」


 メリーはあっさり認めた。


 ■総騎士団副長府庁舎・廊下


 リリアは少しだけ考え込んだ。


「お兄様は……真面目で、仕事熱心なんですね」


 その瞬間。


 クリスが、ものすごく微妙な顔をした。


「いや」


「違うんですか?」


「違う」


 即答だった。


 リリアは目を丸くする。


「でも、お兄様はいつもお仕事をしていますし、鍛錬も欠かしませんし……」


「真面目っていうか」


 クリスは少しだけ言葉を探した。


「あいつ、別に仕事好きじゃねぇぞ」


「そうなんですか?」


「全然好きじゃねぇ」


 クリスは呆れたように言う。


「できれば逃げたいと思ってる」


「さっさと引退したいと思ってる」


「それは……知っています」


「だろ」


 クリスは廊下の奥を見る。


 レオンが去っていった方だった。


「あいつは、小さい頃から親父に言われたことを、毎日、ずっとやってきたんだよ」


「お父様に、ですか」


「ああ」


「鍛錬しろと言われれば鍛錬する」


「学べと言われれば学ぶ」


「勝てと言われれば勝とうとする」


「任務をやれと言われればやる」


「文句を言っても、結局やる」


 リリアは黙った。


 その言葉は、思っていたよりも静かに胸に入ってきた。


「ちょっと同情するんだけどな」


 クリスはぽつりと言う。


「あいつ、もうそういう生き方しか知らねぇんだよ」


 リリアは、しばらく何も言えなかった。


 思い返す。

 お兄様は、いつも朝に鍛錬をしている。


 晴れていても。

 雨が近くても。


 忙しくても。

 疲れていても。


 それが当たり前のように。


「……そういえば」


 リリアが小さく言った。


「お兄様、いつも朝は必ず鍛錬しています」


「だろ」


 クリスは苦笑する。


「あいつは、いつもそうだ」


「何も言わず」


「いや、文句は言う」


「言いますね」


「言いながらやる」


 クリスは肩をすくめた。


「逃げたいとか、辞めたいとか、仕事が増えるとか、散々言う」


「でも、なんだかんだ仕事はする」


「鍛錬もする」


「必要なことはやる」


「言ってみれば、ちょっと使いやすいやつなんだよ」


 リリアは小さく目を瞬かせた。


「使いやすい……」


「本人に言うなよ」


「はい」


 クリスは少しだけ苦笑する。


「ただ、かわいそうでもある」


「かわいそう……ですか」


「ああ」


 クリスは廊下の奥を見た。


「常識もあまり知らないしな。最近まで、まともに買い物もしたことなかったらしいぞ」


「買い物、ですか?」


「この前、俺に報告してきた」


「報告……」


「そう。買い物をした、みたいな顔でな」


 リリアは少しだけ困ったように笑った。


「お兄様らしいです」


「らしいけどな」


 クリスは肩をすくめる。


「そういうところも含めて、たぶんヴァルド総長に目をつけられたんだろうな」


 メリーが静かに頷く。


「お祖父様は、お兄様のそういう性質をよく見ていたのだと思います」


「文句を言う」


「逃げようとする」


「でも、必要なことは結局やる」


「しかも、人を集め、人を動かす」


「……かなり便利です」


「メリーさん」


 リリアが少し困った顔で見る。


 メリーは表情を変えない。


「事実です」


 クリスが小さく笑う。


「だろうな」


 リリアは、廊下の奥を見つめる。


 もうレオンの姿はない。けれど、朝の鍛錬をする兄の姿は、すぐに思い浮かんだ。


 文句を言いながら。

 嫌そうな顔をしながら。

 それでも、必ず剣を振る兄。


 そして、リリアはぽつりと言った。


「お兄様は、素晴らしいですね」


 クリスは目を閉じた。


「今の話を聞いて、なんでそうなる」


「だって」


 リリアは少しだけ笑う。


「文句を言いながらでも、ちゃんとやるんですよね」


「まあ、そうだけどよ」


「それは、すごいことです」


 クリスは頭をかいた。


「……ずれてんな」


「そうですか?」


「かなり」


 だが、クリスは否定しきれなかった。

 リリアの言い方はずれている。

 でも、間違っているとも言い切れない。


 メリーも少しだけ目を伏せる。


「お兄様は、すごい方です」


「ただし」


 メリーは、静かに付け足した。


「基準は壊れています」


「そこは否定しないんですね」


「できません」


 リリアは、今度こそ少しだけ笑った。

 笑ってから、すぐに表情を引き締める。


「エリシアさん……大変ですね」


「大変だ」


 クリスは言った。


「ただ、あいつならやるだろ」


「はい」


 メリーも頷く。


「エリシアさんなら、取り戻す可能性は高いです」


「でも、簡単ではありません」


「はい」


 リリアは静かに頷いた。


 レオンが言った。


 また取ればいい。

 その言葉は、簡単すぎた。


 でも、道がないわけではない。

 簡単ではないだけで。


「……エリシアさんなら」


 リリアは小さく言った。


「きっと、取りますよね」


「取るだろうな」


 クリスが答える。


「怖い顔で訓練して、怖い顔で試験受けて、怖い顔で合格する」


「それは、少し想像できます」


 リリアが微笑む。


 メリーもほんの少しだけ口元を緩めた。


「その頃には」


 メリーは静かに言う。


「第二執務室も、かなり怖い場所になっているかもしれません」


「やめろ」


 クリスが即座に言った。


「想像できるからやめろ」


 リリアは、今度こそ少しだけ笑った。


 副官ではなくなった。

 上級騎士資格も失った。


 それでも、取り戻す道まで失ったわけではない。


 ただ、その道がどれほど険しいのかを。


 レオン以外の全員は、よく分かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ