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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

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第178話 責任は一人ではない

――帝国暦三二一年・秋終わり ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課――


 責任は、エリシア一人ではない。


 シエラの報告書やクリスの証言。


 それらによって、監察課の見方は少しずつ変わり始めていた。


 エリシア・グランフェルト。


 彼女が団長名義の委任状を作ったことは、事実だった。


 第六中隊を勝手に動かしたことも。


 レオンへ報告しなかったことも。


 事実は消えない。


 けれど、その前にいくつもの判断があった。


 皇太子からの書状を開いた者や。


 それを隠すと決めた者。


 返書を整えた者。


 到着遅延を知りながら、団長へ報告しなかった者。


 委任状の文面を作った者。


 報告を延期しようと決めた者。


 全てを一人の罪にするには、関わった人物が多すぎた。


 だから、その日。


 リリアとメリーも、人事部監察課へ呼ばれた。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課・聴取室


 リリアは、椅子に座っていた。


 背筋は伸ばしている。


 だが、膝の上で重ねた手は、少し震えていた。


 向かいには監察官。


 横には記録係。


 少し離れた場所に、レオンがいた。


 同席を認められたのは、直属の関係者であることと、今回の件が副長府発足前の人事にも関わるためだった。


 レオンは何も言わない。


 ただ、静かに座っている。


 それが、リリアには一番辛かった。


「リリア・ヴァイス書記官」


「はい」


「皇太子殿下から、レオンハルト団長宛に届いた書状を、あなたが開封した」


「……はい」


「宛名人の許可は」


「ありません」


「開封後、すぐに団長へ報告しましたか」


「……しませんでした」


「なぜですか?」


 リリアは、唇を結んだ。


 答えはある。


 でも、その答えが正しいとは思えなかった。


「お兄様、レオンハルト団長が……止めると思ったからです」


 声は小さかった。


 それでも、逃げずに言った。


「イリス様が、騎士団領へ戻ろうとしていました」


「客人ではなく、仲間として」


「そのために、帝都で叱られて」


「閉じ込められて」


「それでも戻ろうとしてくださって……」


「だから、止めたくありませんでした」


 監察官はただ静かに聞いていた。


 同情は見せない。


 当然だった。


「善意であれば、宛名人の書状を開封してよいのですか」


 リリアは何も言えなかった。


 その問いに、答えは一つしかない。


「……いいえ」


 ようやく、それだけ言った。


「では、あなたは自分が越権行為をしたと認めますか」


「はい」


「書簡を秘匿し、団長への報告を遅らせたことも」


「認めます」


 リリアの声が震える。


 けれど、もう俯かなかった。


 顔を上げ、毅然として答えた。


「私が、最初に隠しました」


 その言葉に、レオンの目が少しだけ動いた。


 リリアはそれに気づき、胸が痛んだ。


 それでも続ける。


「私が書状をお兄様に渡していれば、ここまでにはならなかったかもしれません」


「エリシアさんだけの責任ではありません」


「私にも、責任があります」


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課・聴取室


 次に呼ばれたのは、メリーだった。


 メリーはいつものように静かだった。


 小柄な姿、整った所作。


 けれど、その顔には少しだけ硬さがあった。


 監察官が資料を見る。


「メリエラ・エイゼンさん」


「はい」


「あなたは、皇太子殿下への返書作成に関与した」


「はい」


「エリシア殿が作成した委任状の文面整理にも関与した」


「はい」


「西方街道における帝都側伝令遅延確認という名目も、あなたの案ですか」


「はい」


 迷いがない。


 淡々と認める。


 それが逆に重かった。


「あなたは、その文面が団長に無断で使われることを理解していましたか」


「理解していました」


「委任状が、正式な団長命令ではないことも」


「はい」


「それでも文書を整えたと?」


「はい」


「なぜですか?」


 メリーは、少しだけ目を伏せた。


「お姉様を戻すためです」


 短い答えだった。


 監察官が眉を動かす。


「お姉様とは、イリス皇女殿下のことですね」


「はい」


「あなた個人の親愛が理由ですか」


「それもあります」


 メリーは否定しなかった。


「ですが、それだけではありません」


「皇女殿下が騎士団領へ戻ること」


「総騎士団副長府首席書記官として正式任官すること」


「それは、騎士団領と帝都の関係にとっても意味があり、大切だと判断しました」


「また、殿下の所在が不明になった時点で、捜索と収容は必要でした」


「ただし、その必要性を正規の命令系統で処理しませんでした」


「理由は」


「お兄様に知られれば、止められると判断したためです」


 監察官がレオンを見る。


 レオンは動かない。


 メリーは続けた。


「私は、判断しました」


「理解した上で、隠しました」


「文面も整えました」


「ですので、エリシアさん、ひとりだけの責任ではありません」


 リリアが思わず顔を上げる。


「メリーさん……」


 メリーはリリアを見なかった。


 まっすぐ監察官を見る。


「リリアさん一人では、ここまで進みませんでした」


「エリシアさん一人でもありません」


「私が関与しています」


「発言を記録してください」


 監察官は、記録係へ視線を送った。


 筆が走る音だけが、部屋に響いた。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課・聴取室


「あなたは、ヴァルド総長の孫ですね」


 監察官が言った。


 メリーは頷く。


「はい」


「今回の件で、その立場を利用しましたか」


「いいえ」


「総長へ事前に相談は」


「していません」


「任官式については」


「総長が正式に処理しました」


「その件と、今回の委任状偽造は別です」


 メリーは静かに切り分ける。


「お姉様の任官は、現総長の人事権内で行われた正式な手続きです」


「既に完了しています」


「問題は、その前段階で私たちが団長へ報告せず、所在確認のために不正な委任状を用いたことです」


 監察官が少し黙った。


 整理が正確すぎる。


 自分に不利なことまで、きれいに分けて話している。


 そこが、メリーらしかった。


「あなたは、自分の処分を受け入れますか」


「もちろんです」


「どの程度の処分を想定していますか」


「職務上の戒告」


「権限の一部停止」


「減俸」


「場合によっては、統括管理官補佐としての一時的な職務制限」


 リリアの顔色が変わる。


 メリーは淡々としていた。


「ただし」


「ただし?」


「私への処分を、エリシアさんの処分軽減と交換するような扱いは望みません」


 監察官の目が細くなる。


「どういう意味ですか」


「責任を分けることと、責任を誰かに移すことは違います」


 メリーは言った。


「私は私の責任を認めます」


「リリアさんにも責任があります」


「エリシアさんにも責任があります」


「クリス中隊長にも、シエラさんにも、それぞれの判断があります」


「その上で、事実に応じて処分してください」


 静かな言葉だった。


 優しい言葉ではない。


 けれど、逃げない言葉だった。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課・待機室


 聴取が終わった後。


 リリアとメリーは、待機室にいた。


 扉の外には監察課の職員。


 中には二人だけ。


 しばらく、誰も話さなかった。


 リリアは膝の上で手を握りしめる。


「……メリーさん」


「はい」


「ごめんなさい」


「なぜ謝るのですか」


「私が、最初に開けたから」


 リリアは目を伏せる。


「私が、お兄様に渡していたら」


「違います」


 メリーはすぐに言った。


 リリアが顔を上げる。


「リリアさんが開けなくても、私は別の方法で知ったかもしれません」


「知れば、同じ判断をした可能性が高いです」


「ですが」


「今回、私たちは間違えました」


 メリーは静かに言った。


「でも、お姉様を戻したかった気持ちまで、間違いにしたくありません」


 リリアの目が揺れる。


「はい……」


「行動は間違いです」


「動機は、全部が間違いだったわけではありません」


「だからこそ、処分を受ける必要があります」


 リリアは唇を噛んだ。


 優しい言葉だった。


 同時に、厳しい言葉でもあった。


「お兄様、怒っていますよね」


「怒っています」


 メリーは即答した。


「でも、それだけではないと思います」


「それだけでは?」


「たぶん」


「寂しいのだと思います」


「きっと」


 リリアは息を呑む。


 その言葉は、胸の奥に深く入った。


 怒っているのは当然だ。


 でも、それ以上に。


 みんなで隠した。


 自分だけが知らなかった。


 蚊帳の外だった。


 そのことが、きっと寂しい。


 とても。


「……私たち」


 リリアは小さく言う。


「お兄様を、信用していなかったんでしょうか?」


 メリーは答えなかった。


 すぐには。


 しばらくして、静かに言う。


「信じていました」


「ですが、止めると思いました」


「それは、お兄様を理解していたからでもあります」


「でも」


「相談する相手としては、選ばなかった」


 リリアは俯いた。


 それが一番、リリアに痛かった。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課・廊下


 待機室を出ると、レオンがいた。


 壁際に立っている。


 いつからいたのかは分からない。


 リリアは足を止めた。


「お兄様……」


 レオンは、二人を見る。


 まずリリア。


 次にメリー。


「聴取は終わったのか」


「はい」


 メリーが答える。


「何を話した?」


「書状開封と秘匿」


「返書作成」


「委任状文案整理」


「団長への報告遅延」


「私たちの責任です」


 レオンは頷いた。


 そして、しばらく黙る。


 沈黙が、痛い。


 リリアは、もう一度言った。


「ごめんなさい」


 レオンはリリアを見る。


「何に謝っている」


 リリアは詰まった。


「え……」


「書状を開けたことか?」


「俺に隠したことか?」


「イリスを戻したかったことか?」


「エリシアを巻き込んだことか?」


 一つずつ。


 静かに問う。


 リリアは答えられなかった。


 全部だった。


 でも、それが全部ではない。


 レオンはそれを分けようとしている。


「……全部、です」


 リリアは小さく言った。


「全部、謝りたいです」


「そうか……」


 レオンは短く返す。


 それから、メリーを見る。


「メリー」


「はい、お兄様」


「君は、分かっていてやったな」


「はい」


「止める側に回ることもできた」


「できました」


「止めなかった」


「はい」


「文面まで整えた」


「はい」


「かなり悪質だな」


「はい」


 メリーは否定しなかった。


 リリアが青ざめる。


 だが、レオンは怒鳴らない。


 ただ、静かに言う。


「処分は受けろ」


「承知しています」


「リリアもだ」


「はい」


「エリシアだけで終わらせるつもりはない」


 その言葉に、リリアは顔を上げた。


 レオンは続ける。


「責任は一人ではない」


「だから、全員に聞く」


「全員分けて考える」


「そして、全員怒る」


 リリアの目に涙が浮かぶ。


 なぜか、少しだけ安心した。


 怒られる。


 処分もある。


 でも、エリシアだけではないと言ってくれた。


 それだけで、リリアの胸の奥が少しだけ軽くなった。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・執務室


 夜。


 レオンは、一人で執務室にいた。


 机の上には、整理された書類。


 シエラの報告書。


 クリスの証言記録。


 リリアの聴取記録。


 メリーの聴取記録。


 エリシアの容疑資料。


 イリスの任官記録。


 全部が並んでいる。


 あまりにも多い。


 レオンは一枚ずつ見た。


 リリアは書状を開けた。


 メリーは文面を整えた。


 エリシアは委任状を作った。


 クリスは知った上で部隊を動かした。


 シエラは報告を延期した。


 イリスは戻ろうとした。


 誰か一人だけが間違えたわけではない。


 それぞれが、少しずつ間違えた。


 その結果、イリスは助かった。


 エリシアは拘束された。


 責任は一人ではない。


 レオンは、その言葉を頭の中で繰り返す。


 そして、静かに息を吐いた。


 全員が、自分に黙っていた。


 その事実だけは、まだうまく整理できなかった。


 怒りはある。


 当然だ。


 だが、それだけではない。


 なぜ相談しなかった。


 なぜ止めると思った。


 なぜ自分だけが、最後まで知らなかった。


 その問いは、書類には書かれていない。


 自分だけが取り残されたような、強い感情。


 レオンにとっては、初めてのものだった。


 誰の証言にも、完全な答えはなかった。


 レオンは窓の外を見る。


 秋の夜は静かだった。


 エリシアはまだ戻らない。


 イリスは任官した。


 リリアとメリーは聴取を終えた。


 すべてが動いている。


 自分の知らないところで始まったものを、今さら追いかけている。


 その感覚だけが、少しだけ残っていた。


 エリシアだけではない。


 リリアも。


 メリーも。


 クリスも。


 シエラも。


 それぞれ、間違えた。


 その間違いの中心にいた男だけが。


 一番最後まで、何も知らされていなかった。

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