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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

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第177話 クリスの証言

――帝国暦三二一年・秋終わり ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課――


 翌朝。


 軍令違反。


 その言葉は、軽くない。


 騎士団において、命令系統を乱すことは、部隊そのものを危険に晒す。


 まして今回は、団長名義の委任状が使われていた。


 偽造。


 領外出動。


 事後報告。


 どれも、見逃せるものではない。


 エリシア・グランフェルトがしたことは、確実に罪になる。


 それは、誰も否定できなかった。


 ただ、どこまでの罪になるのか。


 そこが問題だった。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・廊下


 クリスは壁にもたれていた。


 腕を組み、天井を見ている。


 普段なら、軽口の一つでも出る。


 だが今は、言葉が出なかった。


 人事部監察課の聴取。


 次は、自分の番だった。


 証言を求められている。


 第六中隊長として。


 実際に部隊を動かした者として。


 偽造された委任状を受け取り、そのまま任務を進めた者として。


「……最悪だな」


 小さく呟く。


 エリシアが死刑になることは、さすがにない。


 クリスはそう見ていた。


 イリス皇女殿下は無事に収容されている。


 救護行動そのものは問題ではないと、監察課も整理し始めている。


 シエラの報告書も効いていた。


 だが。


 禁固刑。


 降格。


 職務停止。


 それくらいは、十分にあり得る。


 特に降格。


 それは、エリシアにとってかなり重い。


 副官でいるには、一定以上の階級と騎士資格が必要になる。


 上級騎士以上。


 そこから落とされれば、もう副官ではいられない。


 レオンの隣には、立てない。


 クリスは、その事実を考えて顔をしかめた。


「……それは、きついな」


 エリシア本人は、処分を受け入れるだろう。


 静かに当然のように。


 それが余計に腹立たしかった。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・廊下


「クリスさん」


 声がした。


 リリアだった。


 目元が少し赤い。


 泣いたのか、泣きそうなのを堪えたのか。


 どちらにしても、いつもの明るい顔ではなかった。


「リリア」


「これから、証言ですか」


「ああ」


 リリアは胸の前で手を握る。


「エリシアさんは……どうなるんでしょうか」


「分からん」


 クリスは正直に答えた。


「死刑はまずない」


 リリアの肩が少しだけ下がる。


 だが、すぐにクリスは続けた。


「でも、禁固や降格はあり得る」


「降格……」


「副官でいられなくなる可能性がある」


 リリアの顔が青ざめる。


「そんな……」


「軍令違反だ」


 クリスは言った。


 優しくはない。


 でも、誤魔化さなかった。


「軽くは済まない」


「でも」


 リリアの声が震える。


「エリシアさんは、イリス様を助けるために……」


「それは分かってる」


「だったら」


「分かってることと、罪が消えることは別だ」


 少し前に、自分が言った言葉を、また口にする。


 苦かった。


 リリアは何も言えなくなる。


 クリスは、少しだけ息を吐いた。


「できるだけ、降格くらいまでで止められるようにはする」


「降格でも……」


「分かってる」


 クリスは目を伏せる。


「降格したら、副官ではいられないかもしれない」


「それでも、禁固よりはましだ」


「監察課が重く見るなら、そこまで行く」


 リリアは震える声で言った。


「クリスさん」


「お願いします」


「エリシアさんを……」


 言葉が続かなかった。


 助けてほしい。


 でも、どう助けるのか分からない。


 無罪にしてほしいと言える話ではない。


 罪はある。


 エリシア本人も、それを認めている。


 だから、リリアはただ、クリスを見上げた。


 クリスは頭をかいた。


「……そういう目で見るな」


「すみません」


「謝るな」


「俺は、嘘はつかねぇ」


「はい」


「でも、言うべきことは全部言う」


 リリアは、少しだけ顔を上げる。


「はい」


「エリシアだけの判断じゃなかったこと」


「第六中隊を動かしたのは俺でもあること」


「現場で必要だと判断したこと」


「皇女殿下の収容は、救護行動だったこと」


「兵には混乱を避けるため、帝都の使者として説明したこと」


「全部言う」


 クリスは、廊下の先を見る。


「それでどこまで効くかは分からん」


 リリアは小さく頷いた。


「ありがとうございます」


「まだ礼を言うな」


「はい」


「あと」


「はい」


「俺も怒られる側だからな」


 リリアは、ほんの少しだけ笑った。


「はい」


 その小さな笑みを見て、クリスは少しだけ肩の力を抜いた。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課・聴取室


 聴取室は、白かった。


 壁も。


 机も。


 置かれている紙も。


 妙に色がない。


 クリスは椅子に座り、向かいの監察官を見る。


 横には記録係。


 さらに、参考人としてシエラが同席していた。


 報告書の整理者として。


 彼女は静かに資料を持っている。


「第七騎士団第六中隊長、クリス殿」


「はいよ」


「正式な聴取です」


「分かってる」


「軽い返答は控えてください」


「……はい」


 シエラがちらりと見る。


 クリスは少し顔をしかめた。


「まず確認します」


 監察官が言う。


「エリシア・グランフェルト殿から、団長名義の委任状を提示されましたか」


「提示された」


「その時点で、真正性を疑いましたか」


「疑った」


 記録係の筆が動く。


「理由は」


「レオンが知らない顔をしていたからだ」


「レオンハルト団長が、ですか」


「ああ」


「直接確認しましたか」


「してない」


「なぜ」


「任務が急ぎだった」


「それと、エリシアの様子がおかしかった」


「つまり、偽造の可能性を認識していた」


「そうだな」


 監察官の目が鋭くなる。


「その上で、第六中隊を動かした」


「動かした」


「なぜですか」


 クリスは少しだけ黙った。


 そして、答える。


「イリス皇女殿下の所在が分からなかったからだ」


 部屋が静かになる。


「殿下一行は予定より大幅に遅れていた」


「西ロンバルディア・メットへの到着確認もなかった」


「護衛が減っている可能性もあった」


「放置すれば、危険が増す」


「現場の中隊長として、確認任務を進める必要があると判断した」


 監察官が記録を見る。


「あなたは、エリシア殿の偽造委任状に従ったのではなく、自身の判断でも任務継続を決めた、ということですか」


「そうだ」


 クリスは即答した。


「俺は命令されたからだけで動いたわけじゃない」


「必要だと判断した」


「第六中隊を動かした責任は、俺にもある」


 シエラが、ほんの少しだけ目を伏せた。


 クリスは嘘をついていない。


 むしろ、自分の責任を増やしている。


 それが彼の誠実さだった。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課・聴取室


「兵には、皇女殿下の捜索とは伝えなかったと」


 監察官が言う。


「ああ」


「帝都側使者の所在確認、と伝えた」


「なぜですか?」


「皇女殿下の所在不明を広めるわけにはいかなかった」


 クリスは答える。


「兵の動揺を避けるため」


「情報漏洩を避けるため」


「救護対象の安全を守るため」


「それに」


「使者という説明でも、任務目的は大きく外れていない」


「どういう意味ですか」


「帝都から騎士団領へ向かっていた重要人物の所在確認」


「街道上で遅延していた者の収容」


「この点は同じだ」


「身分を伏せただけだ」


 監察官は少し黙る。


 シエラが補足するように、報告書の一部を示した。


「この部分です」


「情報統制と現場説明を分けて記録しています」


「兵への説明は限定的ですが、任務の基本目的である所在確認、収容、安全確保は一貫しています」


 監察官は報告書を見る。


「あなたは中立ですか」


 シエラは静かに答える。


「事実に対しては」


 クリスが小さく言う。


「こいつ、こういう時ほんと怖ぇんだよ」


「記録しますか」


「しなくていい」


 監察官は咳払いした。


「続けます」


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課・聴取室


「小さな礼拝堂で、皇女殿下を発見した時の状況を説明してください」


 クリスは、少しだけ顔を引き締めた。


「旧林道の奥だ」


「馬車は通れない」


「礼拝堂は荒れていた」


「殿下は疲弊していた」


「同行していたメイド、メリッサと護衛二名も疲労していた」


「山賊に襲われ、馬車を失ったと聞いた」


「護衛は撃退したが、一部は連絡と安全確認のため別行動」


「殿下は徒歩で礼拝堂まで避難していた」


 監察官の筆が止まる。


「皇女殿下は、救護を必要とする状態でしたか」


「必要だった」


 クリスは即答した。


「少なくとも、あのまま歩かせる状態ではなかった」


「エリシアはすぐ収容を決めた」


「俺も同意した」


「第六中隊で周辺警戒を敷き、馬車を用意して帰還した」


「戦闘は?」


「収容時点ではない」


「山賊との接触は?」


「なかった」


「追撃は?」


「しなかった」


「なぜ?」


「救護対象の収容が優先だったからだ」


 監察官は頷く。


「つまり、第六中隊の行動は、収容後は救護および護送に限定されていた」


「そうだ」


「領外戦闘行動ではない」


「少なくとも俺は、そう指揮した」


 クリスの声ははっきりしていた。


 ここは譲らない。


 エリシアの偽造は事実。


 無断出動も事実。


 でも、第六中隊の現場行動まで軍令違反としてまとめられては困る。


 兵たちは命令に従った。


 そして、皇女を救った。


 そこは守る。


 クリスの証言には、その線があった。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課・聴取室


 監察官はしばらく資料を見ていた。


「あなたは、エリシア殿を庇っていますか」


 クリスは一瞬だけ黙った。


 そして、口の端を少しだけ歪めた。


「庇いたい気持ちはある」


 シエラが、わずかに視線を上げる。


 監察官も顔を上げた。


「ですが?」


「でも、嘘は言ってない」


 クリスは言った。


「エリシアが偽造したのは事実」


「俺がそれを疑いながら動いたのも事実」


「兵には使者だと説明したのも事実」


「殿下を収容したのも事実」


「現場判断として必要だったのも事実」


「全部だ」


「都合のいいところだけ切るな」


 監察官の表情が固まる。


「言葉に気をつけてください」


「気をつけてる」


 クリスは真っ直ぐ見た。


「だから、こう言ってる」


「軍令違反は裁けばいい」


「でも、救護行動まで一緒にするな」


「エリシア一人に全部かぶせるな」


「第六中隊の兵を巻き込むな」


「俺の判断も記録しろ」


 部屋が静かになった。


 クリスは軽い男だ。


 普段は。


 だが、この場では軽くなかった。


 中隊長として。


 現場を預かった者として。


 自分の責任を、正面から出していた。


 シエラは、静かに記録を見ている。


 その横顔は、少しだけ柔らかかった。


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 総庁・人事部監察課・廊下


 聴取が終わると、クリスは廊下へ出た。


 長く息を吐く。


「……疲れた」


 壁にもたれる。


 少しして、シエラも出てきた。


「お疲れ様です」


「お前にそう言われると怖い」


「なぜですか」


「報告書が増えそうだから」


「今回は増やしません」


「珍しいな」


「十分、証言されていましたので」


 クリスは少しだけ黙った。


 シエラは続ける。


「良い証言でした」


「褒めてんのか」


「はい」


「素直だな」


「事実です」


 クリスは顔をそらす。


「……エリシアはどうなる」


「分かりません」


 シエラは静かに答えた。


「ただ、死刑や重い禁固刑へ向かう可能性は下がったと思います」


「降格は?」


「可能性はあります」


「だよな」


「副官資格に影響する処分となれば、団長にとっても大きいです」


「本人にもな」


 クリスは苦い顔をする。


「エリシアは、受け入れるだろうな」


「おそらく」


「そこが面倒だ」


「はい」


 シエラは頷いた。


「だから、周囲が事実を出す必要があります」


 クリスは、少しだけ笑った。


「報告書女」


「今の呼称は記録します」


「やめろ」


■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・事務室


 夕方。


 リリアは、クリスが戻るのを待っていた。


 扉が開くと、すぐに立ち上がる。


「クリスさん」


「おう」


「証言は……」


「言うことは言った」


 クリスは軽く肩を回す。


「嘘はついてない」


「エリシアだけの責任じゃないことも言った」


「第六中隊の行動が救護だったことも言った」


「俺の判断も入れた」


 リリアは、少しだけ目を潤ませた。


「ありがとうございます」


「まだ礼は早い」


「はい」


「結果は分からん」


「はい」


「降格くらいは、まだあり得る」


 その言葉に、リリアの顔が少し曇る。


 クリスは頭をかいた。


「でも」


「禁固まで行かせないようには、言えるだけ言った」


 リリアは、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「だから早いって」


 クリスは困ったように言う。


 そこへレオンが入ってきた。


「戻ったか」


「おう」


「証言は」


「全部言った」


「嘘は」


「ついてない」


「そうか」


 レオンは頷いた。


「ならいい」


 短い言葉だった。


 クリスは少しだけ眉を上げる。


「それだけか?」


「今はな」


「後で怒る?」


「当然だ」


「だよな」


 リリアは少しだけ笑いそうになった。


 こんな状況なのに。


 少しだけ。


 いつもの第七に戻った気がした。


 だが、エリシアの席はまだ空いている。


 その空席が、全員に現実を思い出させる。


 クリスの証言は、終わった。


 嘘はなかった。


 言い訳でもなかった。


 ただ、事実が一つ。


 また正しい場所に置かれた。


 しかし、エリシアが今後どうなるのかは、未だに誰も分からない。

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