第158話 お姉様を探して
――帝国暦三二一年・秋初め ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁――
メリーは、静かだった。
いつも通り。
仕事は早い。
判断も正確。
資料の整理も、報告のまとめ方も、ほとんど隙がない。
だが、少しだけ。
本当に少しだけ。
いつもより、静かだった。
「……お姉様がいません」
ぽつりと。
メリーが呟いた。
事務室の空気が止まる。
リリアが顔を上げた。
「メリーさん?」
「問題ありません」
メリーは即答した。
かなり問題ありそうだった。
「お姉様が不在であることは把握しています」
「はい……」
「一時的に、代替お姉様を探します」
「代替お姉様?」
リリアが首を傾げた。
かなり不穏な言葉だった。
■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・事務室
「条件を整理します」
メリーは真面目に紙を取り出した。
完全に仕事の顔だった。
「一、年上感」
「二、包容力」
「三、知性」
「四、適度な距離感」
「五、こちらが甘えても許される空気」
リリアは困ったように笑う。
「イリスさん、そんな感じですか?」
「はい」
メリーは頷く。
「少し面倒ですが、総合評価は高いです」
「面倒って言いました?」
「褒めています」
たぶん褒めていなかった。
その時。
ココが静かに顔を上げた。
「リリアさんは?」
「え?」
リリアが自分を指差す。
メリーはじっとリリアを見る。
「優しさ」
「笑顔」
「空気を柔らかくする力」
「非常に高評価です」
「そ、そうですか?」
リリアが少し照れる。
だが、メリーは静かに首を振った。
「ですが、妹感が強すぎます」
「妹感……」
「お姉様ではありません」
「そうですか……」
リリアは少しだけ残念そうだった。
その横で、ココが何かを考え込んでいる。
「妹感が強い……」
なぜか、かなり真剣だった。
■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・廊下
次の候補は、エリシアだった。
メリーは廊下でエリシアを見つけると、じっと見上げた。
「メリエラ?」
「評価中です」
「何をですか」
「代替お姉様適性です」
エリシアが止まった。
「……何ですか、それは?」
「お姉様が不在なので」
「皇女殿下の代わりを探している、という意味ですか?」
「はい」
エリシアは少しだけ目を閉じる。
頭痛がした。
「結論は?」
メリーは真面目に答える。
「落ち着き、判断力、信頼性は高いです」
「そうですか」
「ですが、怖さが勝ちます」
「……」
エリシアが静かにメリーを見る。
メリーは少しだけ視線を逸らした。
「補足します。お姉様というより、上官です」
「正しい認識です」
「はい。よって不採用です」
「なぜ少し失礼な感じになるのですか」
メリーは答えなかった。
■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・中庭
シエラも候補に上がった。
知性。
落ち着き。
年上感。
条件だけなら、悪くなかった。
メリーがじっと見る。
シエラもじっと見返す。
「何でしょう?」
「代替お姉様適性を確認しています」
「なるほど」
シエラは一拍置いて頷いた。
「興味深いですね」
その時点で、クリスが少し嫌そうな顔をした。
なぜか近くにいた。
「やめとけ、メリー」
「なぜですか」
「シエラは絶対分析する」
「では、まずメリエラさんの姉性依存傾向について確認します」
シエラはすでに始めていた。
メリーは即座に一歩下がる。
「不採用です」
「早いですね」
「危険です」
シエラは少しだけ残念そうだった。
「分析対象としては優秀なのですが」
「だから危険なんだよ」
クリスがぼやいた。
■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・休憩室
フィアナも候補になりかけた。
ただし、本人にその自覚はなかった。
「メリーさん……補給します……」
そう言って、両腕を広げて近づいてくる。
メリーは即座に椅子の後ろへ下がった。
「違います」
「補給は重要です……」
「対象が違います」
「小さいので……」
「小さいので、ではありません」
リリアが慌てて間に入る。
「フィアナさん、メリーさん困ってますよ」
「困っているなら、補給が必要です……」
「発想が戻ってます!」
そこへココが来る。
フィアナの動きを見て、静かに目を細めた。
「リリアさんへの接近ではありませんね」
「はい……メリーさんです……」
「なら許可します」
「許可制なんですか!?」
リリアが驚く。
メリーは小さく首を振った。
「フィアナさんは、お姉様ではありません」
「補給役です……?」
「それも違います」
■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・廊下
その頃、ココは別の問題を抱えていた。
クリスである。
中隊長。
相談騎士。
だいたい本庁にいる人。
そして、リリアとの距離が近い男。
「リリア」
クリスが普通に呼ぶ。
「はい、クリスさん」
「この資料、レオンに渡しといてくれ」
「分かりました」
自然だった。
あまりにも自然だった。
リリアも笑っている。
クリスも普通に話している。
距離感が、近い。
昔からの関係。
兄の友人。
リリアにとっても、兄のような存在。
それは分かる。
分かるが。
ココは、静かに見ていた。
「……近い」
小さく呟く。
その声に、フィアナが反応した。
「補給距離ですか……?」
「違います」
ココは即答した。
「警戒距離です」
「警戒……」
「クリス中隊長は、リリアさんとの距離が近すぎます」
「昔からですよ?」
リリアが困ったように笑う。
それがまた、ココには引っかかった。
「昔から」
ココは静かに繰り返す。
「つまり、長期的接近者」
「言い方」
クリスが顔をしかめた。
■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・事務室
「クリス中隊長」
ココが真正面から言った。
「リリアさんとの距離について、確認があります」
「なんでだよ」
「近いからです」
「昔からだよ」
「その昔からが問題です」
「どうしろってんだ」
クリスは呆れる。
「俺はリリアを妹みたいに見てるだけだぞ」
ココの目が細くなる。
「みたいに?」
「そこ拾うな」
「妹ではない、ということですね」
「やめろ、その詰め方」
クリスが一歩下がる。
そこへ、メリーがふと顔を上げた。
「妹感」
全員が止まる。
メリーはクリスを見る。
「もしかして、クリスさんにもお姉様適性が?」
「ねぇよ」
即答だった。
「姉じゃねぇし、そもそも男だ」
「では不採用です」
「審査するな」
メリーは紙に短く書いた。
クリス、不可。
理由、性別および本人拒否。
「書くな」
■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・執務室
話はなぜか、レオンの前まで持ち込まれた。
レオンは資料を見ていた。
南方。
中央区画。
帝都連絡。
嫌な書類が多い。
そこへ。
メリー。
リリア。
ココ。
フィアナ。
クリス。
なぜか全員が来た。
「何だ」
レオンが顔を上げる。
メリーが言う。
「代替お姉様探しが難航しています」
「そうか」
普通に受け流した。
クリスが驚く。
「そこ流すのかよ」
レオンは少し考える。
「イリスの代わりは難しいだろう」
一瞬で部屋が静かになる。
その言葉は、淡々としていた。
だが少しだけ、優しかった。
メリーがほんの少し目を伏せる。
「はい」
「代わりはいませんでした」
「そうだろうな」
レオンは短く答える。
そして、次にココを見る。
「それで?」
「クリス中隊長とリリアさんの距離が近い件です」
「昔からだ」
レオンは即答した。
ココが止まる。
「お兄様もそう言うのですね」
リリアが少し困ったように笑う。
レオンは普通に続けた。
「クリスは昔からいる」
「リリアのことも知っている」
「問題ない」
クリスが少しだけ視線を逸らした。
照れたのか。
少し複雑なのか。
分かりにくい。
ココは納得していなかった。
だが、レオンが問題ないと言った。
エリシアも、その横で静かに頷いている。
「クリス中隊長については、過度な接近でなければ問題ありません」
「過度って何だよ」
「状況によります」
「怖ぇな」
クリスは疲れた顔をした。
■ヴェリア帝国・東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・事務室
結論は出た。
メリーのお姉様探し。
失敗。
ココのクリス警戒。
継続。
フィアナの補給。
継続。
何も解決していない気もした。
けれど、リリアは少し笑っていた。
「イリスさん、戻ってきますよ」
その声は、柔らかかった。
「きっと」
メリーは少しだけ黙る。
そして。
「はい」
小さく答えた。
「戻ってきたら」
「お姉様に、代替候補が全員不採用だったことを報告します」
「それ、報告されてイリスさん困りませんか?」
「たぶん笑います」
リリアは想像して、少し笑った。
確かに、イリスなら面白がるかもしれない。
その横で、ココはクリスをじっと見ていた。
「まだ見るのかよ」
「継続監視です」
「俺、何もしてねぇだろ」
「距離が近いので」
「昔からだって言ってるだろ」
「長期案件ですね」
「悪化してるじゃねぇか」
メリーは静かに紙を畳んだ。
お姉様の代わりはいない。
それは少し寂しいことだった。
でも、代わりがいないからこそ、大切で。
だからこそ戻ってきてほしいと、思えるのかもしれない。
その日。
第七騎士団では、お姉様探しが失敗した。
そして、クリスへの監視だけが、なぜか強化された。




