増える評価 減らない余裕(改稿版)
帝国暦三二〇年 春中頃
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁
「姫様!」
そんな声が、本庁に響くようになった。
「姫様、こちらの書類もお願いします!」
「はい、承知しました」
リリアが受け取る。
迷いがない。
「助かります!」
「そんな、大したことではありません」
やわらかく笑う。
(……なんでそうなる)
レオンは少し離れた位置から、それを見ていた。数日前まで“臨時補助”だったはずの妹は、もう完全にこの場に馴染んでいる。
「姫様、差し入れです!」
「ありがとうございます」
自然に受け取り、自然に礼を言う。
誰も違和感を持っていない。
(馴染みすぎだろ)
というか。
(人気出すぎだろ)
「癒しってやつです」
部下が軽く言う。
「団長、いい人連れてきましたね」
「連れてきた覚えはない」
その横で。
エリシアは書類を処理している。
いつも通り。
正確に無駄なく。
(……騒がしい)
内心で思う。
(業務に支障はない)
むしろ、効率は上がっている。
(問題はない)
結論は変わらない。
「姫様、こちらも――」
その呼び方が、耳に残る。
(……副官は、私だ)
役割は変わっていない。
位置も変わっていない。
それでも。
(……同じではない)
何かが、ずれている。
「エリシアさん」
リリアが振り向く。
「こちら、確認をお願いできますか?」
自然な頼み方。
配慮もある。
「……はい」
受け取り確認、内容は完璧。
修正の余地はない。
「問題ありません」
「ありがとうございます」
また、笑う。
(……やりにくい)
否定できない。
だからこそ、立場が揺れる。
夕刻。
「団長」
呼ばれる。
「なんだ」
「上層部から通達です」
嫌な予感しかしない。
「言わなくてもわかる」
「恐らく」
書類を受け取り、目を通す。
「……正式か」
「正式です」
エリシアが淡々と告げる。
「第十騎士団長任命」
「暫定ではなく、正式に三騎士団の団長を兼任する形になります」
「……増えたな」
「増えました」
「理由は」
「成果です」
短い、だが十分だった。
「運用効率、統率、戦績。すべてにおいて高評価」
(だろうな)
レオンは思う。
結果は出ている。
否定できない。
「団長、おめでとうございます!」
周囲がざわつく。
「三団長ですよ!」
「すごいですね!」
「凄くない!!」
レオンは即答する。
その横で。
「おめでとうございます、お兄さま」
リリアが嬉しそうに言う。
純粋にまっすぐに。
(……喜んでるな)
「当然の結果です」
エリシアも言う。
揺れのない声。
(……本当にそう思ってるのか)
一瞬だけ、考える。
だが聞かない。
「……これから忙しくなるな」
レオンがぽつりと漏らす。
「既に忙しいです」
エリシア。
「お手伝いしますね」
リリア。
間を置かず、両側から来る。
(逃げ場がない)
書類は減る。
組織は回る。
評価は上がる。
全てが上手くいっている。
確実に、順調に。
逃げられない形で。
(……なんでこんなに、しんどいんだ)
答えは出ない。
ただ、胸の奥に残る感覚だけが消えない。
「……外、行きたいな」
小さく呟く。
誰にも届かない声で。
だが、その言葉だけは、はっきりと自分の中に残った。




