増える手、揺れる距離(改稿版)
帝国暦三二〇年 春中頃
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁 執務室
「……減ってるな」
レオンが、机を見て言う。
いつもは“壁”になっている書類が、今日は“山”で止まっている。
「はい」
エリシアも視線を落とす。
「処理速度が上がっています」
原因は、明白だった。
「こちら、仕分け済みです」
リリアが自然に差し出す。
書類は分類済み、優先順位も付いている。
迷う余地がない。
「……完璧だな」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑う。
「この案件は先に」
リリアが続ける。
「他団との調整が入りますので、遅れると全体に影響が出ます」
「理由は?」
レオンが一応聞く。
「第十騎士団との連携案件です。あちらの処理が詰まっていますので」
エリシアの手が止まる。
(……正しい)
「その通りです」
短く認める。
リリアは軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
(やりづらい)
エリシアは思う。
間違っていない。
否定もできない。
だからこそ。
(……立場が揺れる)
数日後。
「団長、最近早いですね」
部下が言う。
「まあな」
レオンは曖昧に返す。
「新しい補佐の方、すごいですよ」
「……ああ」
視線の先。
リリアが淡々と書類を処理している。
「判断も速いし、気も利くし」
「副官殿と同じくらいじゃないですか?」
静かに、空気が変わる。
エリシアのペン先が、ほんの僅かに止まる。
「おい」
レオンが低く言う。
「余計なこと言うな」
「す、すみません」
部下は謝罪する。
だが言葉は残る。
(……同じ?)
エリシアは視線を落とす。
(私は副官だ)
役割は明確。
(……役割でしかない?)
「……気にするな」
レオンが言う。
「気にしておりません」
(気にしている)
自覚はある。
「エリシアさん」
リリアが声をかける。
「こちら、私が進めてもよろしいでしょうか」
柔らかい確認の形。
配慮もある。
(奪う気はない)
そう見える。
(でも結果として奪う)
「問題ありません」
エリシアは答える。
「ありがとうございます」
また、笑う。
(……この人は)
善意だ、だからこそ。
(……否定できない)
夕方の執務室
「……空気重くないか」
レオンが言う。
「問題ありません」
エリシア。
「大丈夫です」
リリア。
間髪入れず。
(大丈夫じゃないやつだ)
レオンは確信する。
「無理するなよ」
とりあえず言う。
「しておりません」
「してません」
同時。
(だめだな)
書類の音だけが残る。
(……これ、どうする)
レオンは本気で考える。
どちらも正しい。
どちらも有能。
どちらも悪くない。
「レオン」
エリシア。
「お兄さま」
リリア。
同時に止まる。
「……順番でいいか?」
「どうぞ」
「はい」
また同時。
(詰んでるな)
書類は減っている。
仕事は回る。
評価も上がる。
すべて、うまくいっている。
ただ一つ。
「……めんどくさいな」
レオンの精神以外は。




