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帰れない場所(改訂版)

 ――帝国暦三二〇年・春初め

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 第七騎士団本庁――

 昼を過ぎても、空気は張り詰めたままだった。


「団長、こちらを」

「……増えてる」

「増えています」

 見慣れたやり取り。

 机の上は、もはや“山”ではない。

 壁だ。


「第二の分は?」

「処理済みです」

「第十は?」

「これからです」


(終わらないな)

 レオンはペンを置く。

 一瞬だけ。

 本当に、一瞬だけ。

「……人、足りない」

 思わず漏れる。


「戦力になる者が限られています」

 エリシアは淡々と答える。

「クリスは?」

「現場で有効です」

「だろうな」

 書類は無理だ。


「他は?」

 ほんのわずかな間。

「現状では、不十分です」

(詰んでるな)


 天井を見る。

 現実は変わらない。

 そのとき。

 本庁の入口付近が、わずかにざわついた。

「……お兄さま」

 場違いなほど柔らかい声。

 振り向くと、リリアが立っていた。

「……なんでここにいる」

「お迎えに参りました」

 にこりと笑う。

 周囲の騎士たちが、わずかに視線を向ける。

 当然だ。

 団長の“妹”が、本庁に現れたのだから。


「このままじゃ帰れないんだろ」

「はい」

 あっさり認める。

 そして――

「ここ数日、お兄さまが屋敷にお戻りになっていないと伺いましたので」

 やわらかく言う。

 責めるでもなく、ただ事実として。


「お食事も、あまりお取りになっていないと」

 静かに続ける。

 穏やかな声音。

 非難はない。

 けれど――

 逃げ場も、ない。


「ですから」

 一歩近づく。

「私がこちらに参りました」

(……本気だな)

 レオンは思う。


 エリシアが口を開く。

「団長」

「なんだ」

「効率が向上する可能性があります」

 冷静な評価。


「ただし」

「私的関係者の常駐は、組織内の均衡に影響を及ぼす可能性があります」

 やわらかい。

 だが明確な牽制。

 リリアは微笑む。


「問題ありません」

「私は、この家の一員ですから」

 その言葉。

 この場では、少し重い。

 騎士たちの気配が、わずかに変わる。

 “家”という概念。

 ここでは、きっと前に出ないもの。


(……面倒だな)

 レオンは額を押さえる。

 だが同時に。

(……助かる)

 現実もある。

「……条件付きだ」

 ようやく言う。

「補助だけだ」

「はい」


「勝手に動くな」

「承知しております」

 一瞬だけ、エリシアを見る。

(……どうする)

 エリシアはわずかに視線を落とす。

「業務範囲を限定すれば、運用は可能です」


 許可ではない。

 だが拒否でもない。

「じゃあ、それでいこう」

 レオンが決める。

 リリアは嬉しそうに微笑む。

(これで、お兄さまのそばにいられる)

 その感情を、表には出さずに。


「よろしくお願いします、お兄さま」

「……ああ」

「よろしくお願いします、エリシアさん」

 エリシアは静かに頷く。

(……近い)

 物理的にも。

 関係としても。

(これは)

 ほんのわずかに。

(良くない)

 初めて、明確にそう思った。


 本庁の空気が変わる。

 仕事は減らない。

 だが――

 人間関係だけが、増えていく。


(帰れないな)

 レオンは思う。

 屋敷にも、ここからも。

 どこにも、逃げ場がないまま。


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