増える役職 減らない時間
――帝国暦三二〇年・春初め 東ロンバルディア帝国騎士団領第七騎士団 執務室――
「団長」
その呼び方で、だいたい察するようになっていた。
「増えたか」
「増えました」
やっぱりだ、机の上に、新しい書類が置かれる。見覚えのない紋章。
「……どこのだこれ」
「第十騎士団です」
嫌な予感しかしない。
「現在、副騎士団長が代理を務めておりますが」
「が?」
「正式な団長が不在です」
「まさかとは思うけど」
「そのまさかです」
エリシアは迷いなく告げる。
「第七騎士団長、第二騎士団長に加え――」
「第十騎士団の暫定指揮を命じられています」
「……三つ?」
「三つです」
「無理だろ」
「現時点では問題なく運用されています」
ため息。
「それに、あくまで暫定です」
そして。
エリシアは、わずかに言葉を足した。
「当騎士団領は、団長有資格者の選定基準が非常に厳格です」
「……ああ」
レオンは顔をしかめる。
「実績、統率、戦闘、判断――すべてにおいて一定水準以上」
「それを満たす者が、極端に少ない状況です」
「加えて」
わずかに声が落ちる。
「団長は若い」
「……それ、関係あるか?」
「あります」
迷いなく言い切る。
「長期運用が可能であると判断されています」
「要するに」
レオンは目を細める。
「使い回せるってことか」
「……言い換えれば、そうなります」
否定しない。
「現時点で“任せられる”と判断されているのは、団長のみです」
「やめてくれ」
本音だった。
「模擬戦の結果も評価されました」
エリシアは資料を差し出す。
(……あれか)
数日前の戦闘を思い出す。
第二騎士団を“とりあえずまとめて”出ただけの戦い。
指示は一つだけだった。
「好きに動け」
「各隊の自律性が向上し、柔軟な戦術運用が可能となったと評価されています」
「ただの放置だ」
「高度な指揮です」
「上層部は、“ならば他でも通用する”と判断しました」
「やめてくれ」
その日から、時間の感覚がさらに崩れる。
「第十騎士団、整列!」
見慣れない顔。
違う空気。
違う文化。
(……もう考えたくない)
それでも。
「基本方針は同じだ」
「現場判断で動け」
ざわめきと困惑。
だが――
数日後。
「団長、第十騎士団の運用が安定しています」
「なんで」
「自主性の向上です」
「またそれか」
「三騎士団すべてにおいて、効率が向上しています」
「最悪だな」
執務室。
書類はさらに増える。
座る時間すら減る。
「……これ、寝る時間あるか」
「最低限は確保しています」
「どこに」
「調整しています」
しているのは、エリシアだ。
(……こいつがいなかったら終わってるな)
素直に思う。
「シア」
「はい」
「お前、限界じゃないか」
「問題ありません」
(……問題あるだろ)
それでも、言わない。
その夜、ヴァイス邸。
「お兄さま」
リリアが静かに声をかける。
「さらにお忙しくなられたのですね」
「……まあな」
「三騎士団を同時に」
「すごいことです」
きれいな笑み。
(遠い)
レオンは、ほんの少しだけ思う。
セレナが紅茶を置く。
「評判も上々のようですわ」
「……そうらしいです」
「それに伴い、責任も増えてまいりますわね」
やわらかな言葉。
逃げ道はない。
「当然だ」
アルヴェルトが短く言う。
正しい。
すべてが正しい。
(……だから嫌なんだよな)
夜再び騎士団庁執務室。
「……増えすぎだろ」
「はい」
エリシアも認める。
「なあ」
「なんでしょう」
「やめたいって言ったらどうなる」
一瞬、空気が止まる。
「却下されます」
「だよな」
力のない笑い。
(……でも)
エリシアは思う。
(本当に、それでいいの?)
初めて、強く。
目の前の男を見る。
止まらない。
止められない。
(私は)
何のためにここにいるのか。
「団長」
「なんだ」
一瞬の迷い。
「……レオン」
呼び直す。
「無理は、しないでください」
それだけ。
レオンは、少しだけ笑う。
「してない」
いつもの嘘。
夜は続く。
役職は増える。
評価は上がる。
逃げ場は消える。
それでも。
(外に行きたい)




