表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/154

姫様の十七歳

――帝国暦三二一年・秋初め 東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・執務室――


「リリア」

「はい?」

 書類から顔を上げたリリアへ、レオンが普通に言った。

「誕生日、誰か呼びたい相手はいるか?」


 一瞬で空気が止まった。

 かなり。

 リリアは目を瞬かせる。

「……え?」

「十七歳だろ」

 レオンは資料を置く。

「せっかくだから、少し人数を集めるかと思っている」

 普通の口調だった。

 あまりにも普通だった。


 だが、周囲は普通ではなかった。

 フィアナが止まった。

 ココも止まった。

 クリスは嫌な予感を覚えた。


 エリシアは、静かに目を閉じた。

 だいぶ面倒なことになると。


 ■第七騎士団 本庁・執務室


「誰かいるか?」

 レオンが尋ねる。


 その瞬間。

 フィアナが、じっとリリアを見た。

 かなり。

 ココも、じっとリリアを見た。

 かなり。

 ココの方は、もはや見守りではなく祈りに近かった。


 だが、二人とも何も言わない。

 ただ見ている。

 圧だけが、すごい。

 リリアは少し困ったように笑った。

「え、えっと……」

「友人とか、普段世話になっている相手とか」


 レオンは何も気づいていない。

 まったく。

 クリスが小さく呟いた。

「お前、よくその鈍さで生きてるな……」

「何がだ」

「何でもねぇよ」

 言っても無駄だった。


 リリアは少し考える。

「では……第十一のノインさんも、お呼びしていいですか?」


 クリスが止まった。

 エリシアも、わずかに目を開く。

「……呼べば来るだろうな」

 クリスが言う。


「最近、ずっとお忙しそうですし」

 リリアは少し心配そうに言った。

 第十一騎士団、新設後、ノインは明らかに忙しくなっていた。

 第七から離れたが、リリアにとっては今も大切な人だった。


「呼んであげれば喜ぶと思います」

 エリシアが静かに言う。

 リリアは少し嬉しそうに頷いた。

「はい」


 ■第七騎士団 本庁・廊下


 その頃、親衛隊は、すでに動き始めていた。


「姫様の十七歳……」

「重要行事だ」

「警備配置を再確認しろ」

「招待者名簿を作成する」

「第十一騎士団長が来る場合、導線はどうする」

「万一、姫様がお疲れになった場合の休憩室は」


 もう始まっていた。

 ただの誕生日会ではなかった。

 親衛隊にとっては、もはや式典だった。


「誕生日会ですよね……?」

 通りかかったリリアが、少し困ったように聞いた。

 親衛隊長エゼルは、真顔で頷く。

「はい」


「では、そんなに警備は……」

「姫様の安全が最優先です」

「でも、屋敷の中ですし……」

「油断は禁物です」

「油断……」


 リリアは困った。

 

 その横で、ココが深く頷いている。

「正しい判断です」

「ココさんまで……」

「リリアさんのお世話と安全は、常に最優先です」

 こちらも真顔だった。


 ■第七騎士団 本庁・休憩室

 一方。


 フィアナは静かに考えていた。

 とても静かに。

 しかし、内容は静かではなかった。

「……呼ばれたいです」

 小さな声だった。


 ココが隣で頷く。

「当然です」

「でも……直接言うのは……」

「圧をかけましょう」

「圧……」

「見つめます」

「それならできます……」

 よくない相談だった。


 二人は戻ってきたリリアを見た。

 かなりじっと。


 リリアは足を止める。

「あの……何か?」

「いいえ」

 ココが答える。

「何もありません」

 フィアナも頷く。

「何も……ありません……」

 だが、見ている。

 すごく見ている。

 リリアは少しだけ苦笑した。


「ふふ……なんだか、緊張しますね」

「お前の誕生日なんだけどな」

 クリスが呆れたように言う。

「はい。でも、皆さんの方が真剣なので」

「まあ、姫様だからな」

「その呼び方は、まだ慣れません……」

「もう無理だろ」

 たぶん無理だった。


 ■第七騎士団 本庁・執務室

 その後、話はなぜか会議のようになっていた。


「第十一からは、ノイン団長と随行員を想定します」

「第十二からは?」

「フィアナさん、カイルさんは当然では」

「当然です……?」

 フィアナが少しだけ期待に満ちた目をした。


「当然かどうかは、リリアさんの判断です」

 エリシアが釘を刺す。

 フィアナは少しだけしゅんとした。

 ココは静かに姿勢を正す。

「私はリリアさんのお世話要員として必要です」


「招待客ではなく、係になるつもりですか」

「はい」

「誕生日会ですよ?」

「だからこそです」

 話が噛み合っていなかった。


 レオンは資料を見ている。

「料理はどうする」

「補給上、人数の確定が必要です……」

 フィアナが即座に答える。

 完全に仕事だった。


「警備は親衛隊が担当します」

 エゼルも真顔で言った。

「規模が大きくなっていますね」

 エリシアが言う。

「なぜだ」

 レオンは普通に首を傾げた。

 クリスが呆れる。


「お前が聞いたからだろ!」


「呼びたい相手を聞いただけだ」

「それがもう火種なんだよ」

「そうなのか」

「そうだよ」

 レオンは少し考えた。

 だが、あまり理解していなさそうだった。


 ■第七騎士団 本庁・執務室

「……あの」

 リリアが小さく声を上げた。

 全員が見る。


 それだけで、リリアは少し肩を縮めた。

 だが、すぐに顔を上げる。

「一人に、決められませんでした」


 空気が静かになる。

「ノインさんも、お呼びしたいです」

「フィアナさんも、ココさんも」

「カイルさんも」

「親衛隊の皆さんも」

「いつもお世話になっている方も」


 リリアは少し照れたように笑った。

「だから」

「来たい人は、みんな来てください!」


 静かな言葉だった。

 でも、とてもリリアらしかった。

 フィアナの目が、少し輝いた。


「補給できます……」

「誕生日会です」

 エリシアがすぐ訂正する。

 ココも静かに頷く。

「お世話できます」

「誕生日会です」

 二度目だった。


 親衛隊は、すでに動き始めていた。

「姫様のお言葉だ!」

「希望者全員参加可能!」

「警備配置を拡張しろ!」

「招待者確認、急げ!」

「姫様生誕祭だ!」

「生誕祭ではありません!」

 リリアが慌てて否定する。


 だが、たぶん遅かった。

 かなり。


 ■第七騎士団 本庁・夕方

 夕方になる頃には、話はさらに広がっていた。

 誰が来るのか。

 どこで行うのか。

 料理はどれだけ必要か。

 警備はどこまで必要か。

 第十一騎士団長ノインの席はどうするか。

 親衛隊は全員参加なのか警備なのか。

 フィアナの補給は必要なのか。

 ココのお世話配置とは何なのか。

 話題が多すぎた。


 レオンは少しだけ目を閉じた。

「……そんなに大事か?」

 一瞬、全員が止まった。

 そして。

「大事です」

 エリシアが静かに言った。

 かなり真面目だった。


 リリアは少し驚いたように目を丸くする。

 それから。

 少しだけ嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます」

 小さな声だった。

 エリシアは静かに頷く。

「十七歳は、一度だけですから」

 その言葉に、リリアは少し照れた。


 フィアナは感動したように頷き。

 ココは何かを書き留め始めた。

 たぶん、お世話計画だった。

 危険だった。


 ■第七騎士団 本庁・執務室


「それで?」

 クリスがレオンを見る。

「結局、何人くらい呼ぶつもりだったんだ?」

 レオンは普通に答えた。

「来たい者は呼ぶ予定だった」

 周囲が止まる。

「……は?」

 クリスが聞き返す。


「最初からそうするつもりだった」

「なら早く言え」

「誰を呼びたいか聞いただけだ」

「言い方だよ」

 レオンは少しだけ不思議そうだった。

 やはり分かっていなかった。


 リリアは、それを聞いて少しだけ笑った。

「お兄様らしいです」

「そうか?」

「はい」

 レオンは首を傾げた。


 その横で、エリシアは小さく息を吐く。

 フィアナは人数計算を始めている。

 ココはお世話配置表を書いている。

 親衛隊は警備計画を作り始めている。

 クリスは呆れている。


 そしてリリアは、少し照れながらも嬉しそうだった。


 秋の風が、窓の外を抜けていく。

 第七騎士団は、今日も騒がしい。

 

 けれど、その騒がしさの中心で。

 リリアは、十七歳の誕生日を少しだけ楽しみにし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ