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楽しみにしていろ

――帝国暦三二一年・秋初め 東ロンバルディア帝国騎士団領 総庁・総長執務室――


 呼び出しだった。

 レオン。

 エリシア。

 メリー。

 三人揃っての呼び出しは、少し珍しい。

 しかも場所は、総長執務室。

 嫌な予感がしない方がおかしかった。


「失礼します」

 エリシアが扉を開く。

 室内には、ヴァルド・エイゼンが座っていた。

 いつものように静かで。

 いつものように読めない。

 だが、今日は少しだけ機嫌が良さそうだった。

「座れ」

 短い。

 三人は席に着いた。


 ヴァルドは机の上へ資料を置く。

 先日の、全騎士団運用確認会議の資料だった。

「まず」

 ヴァルドが口を開く。

「よくやった」

 低い声だった。

「基準統一」

「再編成」

「新人教育」

「騎士団間の運用調整」

「全部、予想以上だ」

 静かな評価だった。

 だが、軽くはない。

 東ロンバルディア帝国騎士団領の総長が、はっきりそう言ったのだ。


 メリーが静かに頭を下げる。

「ありがとうございます」

 エリシアも姿勢を正した。

「恐縮です」


 レオンは少し考えたあと。

「……仕事が増えた」

 かなり本音だった。

 ヴァルドが笑う。

「そうだな」

 否定しなかった。

「それで結果を出した」


「結果を出すと仕事が増えます」

「当然だ」

「嫌です」

「知っている」

 会話が早かった。

 そして、かなり駄目だった。


 ■総長執務室


 ヴァルドは窓の外へ視線を向けた。

 騎士団区画、その中央。

 建設中の巨大な建物が、遠くに見える。

 まだ骨組みだけ。

 だが、すでに普通の庁舎ではないことは分かる。


「わしは」

 ヴァルドが言った。

「この秋で退く」

 静かな声だった。


 空気が止まる。

 エリシアが目を見開いた。

 メリーも、わずかに動きを止める。

 レオンは黙っていた。

 予感はあった。

 だが、こうしてはっきり言われると、やはり重い。


「後任についてだが」

 ヴァルドは続ける。

「本来なら、お前を推すつもりだった」

 視線が、レオンへ向いた。


 エリシアが止まる。

 メリーも目を細める。

 レオンだけが、ひどく嫌そうな顔をした。

「……やめてください」

「まだ何も言っておらん」

「言っています」

「そうだな」

 ヴァルドは少し笑った。


「だが、現実的には難しい」

「若すぎる」

「騎士団長になってからの日も浅い」

「反対も多い」

「それに」


「本人が嫌がる」

「かなり嫌です」

 即答だった。


 ヴァルドは愉快そうに目を細める。

「だろうな」

 そして、言った。

「恐らく、次はグラナートだ」


 エリシアが完全に固まった。

「父が……総長に?」

「その可能性が高い」

 ヴァルドは頷く。


「実績、年齢、立場、周囲への説得力」

「どれを見ても妥当だ」

「アルヴェルトでは、ヴァイス家が騎士団領を私物化していると言い出す者が出る」

「面倒だからな」

 かなり雑だった。


 だが、間違ってはいなかった。

 レオンは少しだけ息を吐いた。

 正直、安心していた。

 総長だけは避けたかった。

 本当に。

 かなり。


 一方、エリシアは、まだ黙っていた。

 父が総長になる。

 その意味を、すぐに整理しきれない。

 誇らしい、けれど、重い。

 そして、少しだけ。

 残念そうでもあった。


 その表情を見て、レオンは少し止まる。

 珍しい顔だった。


 ■総長執務室


 ヴァルドは、そこで終わらなかった。

「とはいえ」

 小さく笑う。

「お前のために、新しい役職は用意してある」


 一瞬でレオンの顔が変わった。

 かなり分かりやすく。

 嫌そうだった。


「……嫌です」

「まだ内容を言っておらん」

「新しい役職という時点で嫌です」


「出世だぞ」

「仕事が増えます」

「増えるな」

 認めた。

 かなり駄目だった。


 エリシアが静かに目を伏せる。

 メリーは、少しだけ考えるような顔をしていた。

 おそらく。

 今の一言で、いくつか繋がったのだろう。


 中央区画。

 巨大な建設物。

 統括管理官。

 総長退任。

 グラナート次期総長。

 そして、レオンのための新しい役職。

 嫌な形で、線になり始めていた。


 ヴァルドは窓の外を見る。

 建設中の巨大な建物。

 まだ詳細は語らない。

 ただ。

「楽しみにしていろ」

 それだけ言った。


 レオンは少し黙る。

 そして。

「楽しみにできる要素がありません」

「ある」

「どこに」

「出世だ」

「やはりありません」

 即答だった。

 ヴァルドは声を上げて笑った。


 ■総庁・廊下

 部屋を出る。

 廊下は静かだった。


 総庁の空気は、いつも重い。

 だが、今日はいつもより少しだけ違う。

 何かが終わり、何かが始まる。

 そんな気配があった。


 少し沈黙が続いたあと。

 レオンが小さく呟いた。

「……メリー」

「はい、お兄様」

「ちょっと、あのじじいが何を考えているか調べてくれないか」


 一瞬メリーが止まる。

 そして、静かに笑った。

「お兄様のためなら」

 かなりやる気だった。


 エリシアが横目で見る。

「メリエラ」

「はい」

「くれぐれも、無茶はしないでください」

「善処します」


「その返事は信用できません」

「お兄様ほどではありません」

「……それは否定できません」

 珍しく、エリシアが少しだけ疲れた顔をした。

 レオンは聞いていないふりをしていた。

 たぶん、聞こえていた。


 ■総庁・廊下

 エリシアは歩きながら、少しだけ考える。

 父が、総長になるかもしれない。

 レオンは、新しい役職に就くかもしれない。

 メリーは、その動きを調べ始める。


 騎士団領が。

 また少し、形を変えようとしている。

 そして、その中心にはやはり、レオンがいる。

 本人は、嫌がっている。

 けれど周囲は、もう認め始めていた。

 この人が動けば、騎士団領が動く。

 そういう形に、少しずつ変わっている。


「……本当に」

 エリシアは小さく呟く。

「嫌な予感がします」

 レオンが少しだけ振り返る。

「同感だ」

 即答だった。

 その声には、かなり本気の疲れが混じっていた。

 一方、総長執務室の方角。

 遠くで、ヴァルド・エイゼンが笑っているような気がした。


 たぶん。

 気のせいではなかった。

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