歓迎はする
――帝国暦三二一年・夏中頃 東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁――夜
本庁の灯りは、まだ消えていない。
イリスは机へ向かっていた。
便箋と封蝋。
帝都宛の正式書簡。
静かな部屋だった。
窓の外では、まだ誰かが走っている音がする。
第七。
第十二。
新設後の第七騎士団本庁は、昼夜問わず騒がしかった。
イリスは静かに筆を走らせる。
『第十一騎士団は安定しております』
『一方、第十二騎士団は混乱も多く』
『騒がしく』
『問題も続いております』
そこで、少しだけ筆が止まる。
『ですが、機能しております』
『新人教育』
『運用整理』
『基準統一』
『財務管理』
『想定以上に進行しております』
イリスは小さく息を吐く。
理由は分かっていた。
全部、レオンが回しているからだ。
さらに書く。
『本人はかなり疲弊しています』
『最近は屋敷へ戻れてもいないようです』
少し迷う。
だが、そのまま続けた。
『帝都について、珍しく質問していました』
『仕事量』
『生活』
『帰宅頻度』
『……少し、限界が近いのかもしれません』
書き終える。
イリスは、まだ便箋を見ていた。
以前。
アシュレイは聞いてきた。
『レオンとの関係はどうだ?』
何気ないようで。
あまり何気なくない質問だった。
イリスは少しだけ考える。
書くべきか、書かないべきか。
一瞬、ペン先が止まる。
そして。
「……やめておきましょう」
小さく呟く。
何を書いても、少し面倒になりそうだった。
封を閉じる。
帝都まで馬車で五日、返書が届く頃には、また状況が変わっているかもしれなかった。
■帝都アウレシア 皇城・執務室
数週間後。
皇太子アシュレイは、静かに書簡を読んでいた。部屋は静かだった。
帝都の夜は、騎士団領よりずっと穏やかだった。
「……また成果を出したか」
小さく呟く。
第十二は混乱しながらも機能。
新人教育。
基準統一。
南方対応へも。
全部進んでいる。
それなのに。
レオン本人は限界に近い。
アシュレイは静かに目を閉じる。
「帝都へ来たいと言うなら」
「歓迎はする」
ぽつりと言う。
しかし、次の瞬間には否定していた。
「……現状では難しい」
静かな声だった。
「南方情勢が不穏な今」
「騎士団領と揉める余裕は帝都にない」
「まして」
「実質的に騎士団領を回している人間を抜けば」
「混乱は避けられん」
淡々としていた。
かなり重い。
一瞬、アシュレイは視線を落とす。
「なぜ、あそこまで背負わせているのか……」
小さく漏れる。
ヴァルド・エイゼンの意図。
そこまでは読めない。
ただ一つ、今の騎士団領が、レオンを中心に回っていることだけは分かっていた。
アシュレイは返書を書く。
『レオンハルト・ヴァイスが帝都を望むなら、歓迎はする』
筆が止まる。
『だが現状、それは難しい』
さらに続ける。
『ヴァルド総長へ伝達されたし』
『これ以上、レオンハルト・ヴァイスを消耗させるな』
『騎士団領の運用に支障が出れば、帝国側も困る』
書き終える、静かな部屋だった。
だが、アシュレイもイリスも無理だろうと思っていた。
騎士団領は、もうレオンなしで回り始めることはないと。




