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譲れない話

――帝国暦三二一年・夏初め 東ロンバルディア帝国騎士団領 総庁――


 呼び出しは、簡潔だった。

「新設騎士団についてだ」


 レオンは黙っている。

 机の向こうで、書類が滑る。

「第十一騎士団団長」


「空いている」

 短い。

 レオンは視線だけ上げる。

「候補は」

「お前のところのノイン」


「以前、断っているな」

「……ああ」


「再度、説得しろ」

 静かに言われる。

「受けるなら、それでいい」


「受けない場合」

 わずかな間。

「お前だ」

 沈黙。

 レオンは動かない。


「……了解した」

 短く言う。

 それだけだった。


 ■総庁・廊下

 扉が閉まる。


 レオンは歩き出す。

 速い。

 止まらない。

「……ノイン」

 小さく呟く。


(絶対に、受けさせる)

 迷いはなかった。


 ■第七騎士団 本庁・副団長室

 ノック。

「入れ」

 その直前。

 ノインの手が止まる。


 机の奥へ視線が向く。

 リリアの姿絵。

 無言で手を伸ばす。

 引き出しを開ける。

 滑らせるように中へ。

 閉じる。


 表情は、もう戻っている。

「入れ」

 扉が開く。

 レオンが入る。

「話がある」

「聞こう」


「第十一騎士団団長の件だ」

 一瞬の間。

 ノインは止まる。

「……またその話か」

「受けろ」

 即答だった。


「断ったはずだ」

「事情が変わった」

「変わっていない」


 視線がぶつかる。

 レオンは引かない。

「……受けろ」

 繰り返す。


 ノインは静かに言う。

「今のままでいい」

 それだけだった。

 レオンは言葉を失う。


 ■第七騎士団 本庁・執務室

 戻ってきたレオンを見て。

 エリシアは小さく息を吐いた。

「……やはり、受けませんでしたか」

 暫くの間。

 レオンが止まる。

「分かっていたのか」


 エリシアは答えない。

 だが、沈黙がそれを肯定していた。

「……なぜだ?」

 レオンは言う。

「合理性がない」


 エリシアは視線を落とす。

「合理性だけが理由とは限りません」

 静かな声。


「ですが」

「それを他者が断定することはできません」

 短く言う。


 レオンは黙る。

 納得していない顔だった。

「再度、説得する」


 エリシアはすぐに返事をしない。

「……副団長は」

 一瞬間を開け。

「考えを変えないかと」

 珍しく、歯切れが悪かった。

 レオンは書類を手に取る。

「それでもやる」

 短い答え。


 静かな時間が流れる。

「……シア」

 不意だった。

 エリシアが止まる。

「は、はい?」

 声が揺れる。

 レオンは書類を見たまま言う。

「インク」


「ああ、切れてるな」

 それだけだった。

 エリシアの思考が白くなる。

「……シア……?」

 小さく呟く。

 持っていた書類を棚へ戻そうとして。

 違う場所へ入れる。

 止まる。


「……っ」

 慌てて戻す。

 今度は別の書類を落とす。

 乾いた音が響いた。

 エリシアは数秒遅れて屈む。

 耳が赤い。

 普段ならありえないほど、動揺していた。


「……ノイン副団長の件は」

 小さく言う。

「私も、再度当たってみます」

 言ってから止まる。


(……何を言っているのですか私は)

 思考が遅れて追いつく。

 レオンは頷く。

「頼む」

 それだけだった。

 レオンは気づかない。

 書類を読んでいる。

 それだけだった。

 ……少し、嫌な予感がした。

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